03 俺には夢がある・・です。
空間術師。その一文が俺に衝撃を与えた。
まじまじと少年を見つめ直す。
濃い茶髪におかっぱの少年は、俺の露骨な視線にたじろいだ。
「あ、あの、何かご用でしょうか」
「……オタクはさ、空間術師なの?」
「え? ええ、一応そうです」
本人に確認を取ってもまだ納得がいかなかった。
空間術師。無限術師と同種の特殊系希少職にカテゴリーされる職業で非常になり手が少ない。しかし、無限術師や他の特殊系希少職が不人気で倦厭されやすい事に比べ空間術師は選択肢にあればまず選ばれる人気職。
その人気の元はスキル、亜空間ボックスが有用すぎるという事にあるんだ。
亜空間ボックスは一辺が5メートルの立方体で術者の任意で人も物も出し入れできる、一言で言えばとらえもんポケットの様なものだ。
空間術師がいればエリアから多くの素材を持ち帰る事ができる。それはわかるだろ?
そして、それ以上に役に立つのがセーフティーエリアとして扱える事だ。先に進むほど貴重品に出くわすエリアでは高位の冒険者ほど一回の冒険に長い期間がかかる。いわゆる遠征という奴だ。エリア内で何泊もしなければならない時、一番危険なのは寝込みを襲われる事なんだけど、空間術師が一人いれば亜空間ボックス内で安全に休む事が出来ちゃう訳だ。
だから、高位の冒険者は空間術師を高待遇で迎えいれる。空間術師の奴隷がいれば億の単位が動く。それこそ投げ打っているにしても100万ゼニーなどありえない。そのありえない現実が今目の前にある。
俺は主人に聞いた。
「なんで、空間術師が100万ゼニーで売られているんだ? いくらなんでもありえないだろう?」
「彼ですか? まあ、普通はありえませんよ。いくら急ぎとは言え、わずか100万ゼニーで売り払うくらいなら、同業者に買い取って貰った方がよほど儲かりますからね。ただ彼は厄病神と呼ばれていて、まともな買い手がつかないですから」
「厄病神?」
「ええ。彼は今まで4度買われたのです。いずれも高名な冒険者の方々だったのですが、どの方も全てパーティーごと、ほぼ壊滅の憂き目に遭いましてね、一人生き延びた彼には悪名がついてしまったのですよ」
「なるほど……」
なんとなく理解した。冒険者は命がけであるがゆえに縁起にこだわる奴は多い。安い亡くなった人間の中古の装備より、高価でも新品を大抵の人は選ぶ。高位の冒険者は同時に資産家でもあるから、厄病神なんて二つ名の空間術師よりは何億ゼニーかかろうが普通の空間術師を選ぶだろう。それはわかるのだが同時にそれは偶然の範疇だとも思う。
この気弱そうなおかっぱが、主となった冒険者を意図的に危険にさらした可能性はほぼないと思う。主と奴隷には幾つかの誓約魔術が交わされ奴隷が主を傷つけることは不可能だ。例えば強敵に出くわし亜空間ボックスに逃げ込もうとした主を意図的に閉め出すといった行為は絶対に出来ない。
それに、冒険者が死ぬのは珍しくもなんともない事だ。無事に引退できる冒険者は4割に満たない。そう言われている。
たまたま、おかっぱの主達は死に、本人は亜空間ボックスに避難していた為難を逃れ、通りかかった他のパーティーにくっついて戻ってきた。真相はそんな所だろう。
ちなみに主が死に奴隷が残った場合、奴隷はまた奴隷商の預かりとなる。奴隷商がずいぶん得してるなと思わなくもないが、そうでもしないと主を殺して奴隷を解放しようなどというケースが生まれる為、そういうルールになっている。そして奴隷商になる人間には幾つかの誓約が課せられて不正を予防している。
なんにしても.……なんにしてもだ、この空間術師は多少のいわくつきではあるが紛れもない本物で、俺は今こいつを買うことが出来るという事だ。
……。
……。
………………どうする?
長い間、少年を見つめたまま悩む俺に、奴隷商が話しかけてきた。
「忠告しておきますが、転売して儲けることはできませんよ」
「は?」
いきなりなんだ? 何の話しだ?
唐突な主人の言葉が全く理解できなかったが、続く懇切丁寧な説明で理解することができた。
「ですから、いま彼を買って後で他の奴隷商に高値で売り捌く事はできませんよ。人の売り買いが私どもの商売です。常に情報には目を通しています。これほど悪名高い彼の事を知らない奴隷商などいるはずもない。よそに何食わぬ顔で売りに行ったところで二束三文で買い叩かれるのがオチですよ」
うん。理解した。要するにここの主人は俺が100万ゼニーで買った空間術師をよその奴隷商で売り払って差額で儲けようと考えていると思っているんだ。
俺に空間術師のパーティーメンバーなんて必要ないだろうと思っているんだろう。
不愉快だよな……。
我慢するけどさ。
「そんなつもりはねーよ」
俺はそれだけ言うと、また考えこんだ。
どうする? パーティーメンバーに欲しいか欲しくないかで言ったら、欲しいに決まっている。
空間術師が仲間にいれば、今の現状が劇的に変わる……かもしれない。
少なくとも可能性はある。
だが、このおかっぱを買えば当然の事ながら、たわわちゃんを買うことはできなくなる。
また、後日と言う訳にもいかないだろう。俺以外にも金策に走っている初級冒険者はいるだろうし、ここら辺は初級冒険者が固まっているとは言え、中級や上級冒険者がふらりと寄らないとも限らない。奴らには100万ゼニーなんて即金で払える財力がある。今しかないのだ。
けど……。
………………。
正直に言うと、ただの魔法剣士と空間術師だったら空間術師を選ぶ。
それでも迷っているのは、たわわちゃんだからだ。ぶっちゃけ、今日は一つ屋根の下、同じベッドで、いちゃいちゃラブラブタイムを過ごす気満々だったんだ。
それにパーティーメンバーとしてもたわわちゃんは悪くない。悪くないどころかこれ以上などそうそうない。有望職と呼ばれる魔法剣士で天才と呼ばれるたわわちゃん。彼女に前衛を任せれば問題なくこなしてくれるだろう。状況によっては後衛に回る事も出来る。彼女の実力や評判を考えれば、仲間を募る事も出来ると思う。若干ヒモくさいがとにかく彼女はとても有望なのだ。
だが、それでも……。
……。
……。
予測、メリット、デメリット、様々な考え方が入り混じり、答えが出せずに考え込んでいると、今度は部屋の中からおかっぱ君が話しかけてきた。
「あの、僕を買おうと思っているならやめた方がいいですよ」
その言葉には、俺を心配している様な気配があった。 自分で言うのも何なんだが、金で人を買おうって奴にずいぶんとお人好しな行動だと思う。今まで優しい奴に買われたのかもしれない。
何でだ? 言葉には出さず表情で続きを促した。
「僕は本当に厄病神なんです。僕を買った人は皆強い人達だったんですが、皆不運に見舞われてしまいました。お前が不幸を運んで来たんだって言われました。昔から……奴隷になる前から僕はそうなんです。どんくさくて周りに迷惑ばっかりかけていたんです。きっとあなたも、僕が側にいるだけで不幸になってしまいますよ」
「…………」
なんというマイナス思考。割とまじでこいつの周りがよどんでみえちゃうぜ。厄病神の二つ名も納得ですよこのおかっぱ君は。
止めとこうかな……そんな事を考えていると更に続けた。
「それに、僕には亜空間ボックスしか取り柄がありません。闘うことはできないんです。そんな僕なんてあなたの役には立たないと思います」
その言葉に俺は黙り込んだ。
今の言葉はあれだ。確かに俺を気遣っているんだろう。それは分かる。分かりはするのだが……。
ぶちっと俺の理性の音が切れる音がした。
「……ったく、どいつもこいつも」
そう呟くと、格子の間から手を差し込んで、がばっとおかっぱの胸ぐらを掴み寄せた。
「えっ? えっ⁉︎」
戸惑うおかっぱに、感情をぶちまけた。我慢できなかった。
「亜空間ボックスしか取り柄のないお前は俺の役には立たない⁉︎ なんでだ⁉︎ それがあれば充分だろ! 前の奴らだって、そいつが目当てでお前を買ったんだろ! なんでお前が俺の役に立たないと思うんだ⁉︎」
唐突の展開におかっぱは何の反応も返せない。構わず続ける。
「俺が無限術師だからか? 中級冒険者にもなれない無限術師には上級冒険者御用達の自分は必要ないと、そういう事か⁉︎」
「そ、そんなつもりじゃ……」
おかっぱの言葉は途中で途切れた。悪意はなかったにせよ、そういうつもりだったのだろう。
別にこのおかっぱだけじゃない。
無限術師というだけで仲間になる奴はいなかった。
無限術師というだけで見下される事も沢山ある。
故郷の父母からは、冒険者を止めて帰って来い、そう手紙が来た。
たわわちゃんには、はっきりとお前は弱いと言われたし、ここの主人もそうだ。じゃなきゃ転売なんて発想はでてこない。
どいつもこいつも俺を見下しやがって! ……挙げ句の果てはこんな気の弱そうなお人好しにまで無自覚にディスられるとか、いい加減我慢の限界突き抜けるつーの!
「なあ、おかっぱ。 俺にはな、夢があるんだ」
俺は掴んでいた手を離しながら言った。
「ありふれた奴なんだがな、冒険者として成功したい」
強くなりたいし、お金も欲しい。女の子にもてたい。そういう、何処にでもある俗な夢だ。
「運悪く無限術師になっちまったが、諦める気はないんだよ。そもそも諦める必要がないんだよ。俺はな、無限術師として半年やってきたんだが、このジョブは使えると思ってる。世間がどう評価してようが天辺までたどり着けると思ってる。そしてその為に空間術師が必要だと思ってる」
今はレベル1だけど、ゴブリン1匹に四苦八苦だけど、未来に希望は持っている。
……うん。決めた。
今、決めた。
「あらためて自己紹介しておこうかフルル=ゼルト。俺の名前はヒビキ。無限術師のヒビキ=ルマトールだ。今日からお前の主で、いずれ9人目の天位の座に着く男だ。よろしくな」
そんな俺の自己紹介は一瞬、周りを静寂にした。
だが次の瞬間、
「「「ぎゃっはははははははは‼︎」」」
周囲が大爆笑を起こした。隣やその隣の奴隷たちだ。大声だったし、会話が聞こえていたんだろう。どいつも腹を抱えて笑っている。
「ひははははっ‼︎」
「うははは! む、無謀すぎる!」
「やばい! 腹痛い! 引き千切れそうなんだが!」
「無限術師が〜天位の座とか〜どれだけ夢見てんだよ!」
「おいおいテメエら笑ってやるなよ。虫ケラにだって夢を見るくらいは許されるだろうが? ……ぎゃっはははははははは‼︎」
俺は周囲の嘲笑を腹立たしく思いながらも黙殺した。隣の奴隷商に話しかける。
「と言う訳で、俺はこいつを買うから」
「……かしこまりました」
奴隷商は頷いておかっぱの部屋の鍵を開けた。因みに口調こそ静かだが、かすかに肩が震えている。笑っているのを隠しきれてねえぞ! 人の売り買いは眉ひとつ動かさずにやるくせにさ。
腹立たしいが、我慢だ我慢。
部屋の鍵が開き、おかっぱが出てきた。おかっぱは笑ってはいなかった。代わりにおどおどしているが。
改めて言う。
「よろしくな」
「よろしくお願いします」
俺たちは短く挨拶を交わすと、歩き出した奴隷商の後をついていった。あとは、代金を支払い契約を交わせば終了だ。
その際に、意図的にたわわちゃんの方は見なかった。もし、たわわちゃんと目を合わせてしまい、彼女から、
「ヒビキ。私を置いていかないで、連れていってよ」
などと、言われたら俺の覚悟は揺れてしまうから。
ごめんな、たわわちゃん。俺は愛より夢を取ると決めたんだ。
あと、ありえないと思うけど、もし俺に買われなかったことで、清々しい笑顔を浮かべていたり、あるいはさっきの自己紹介を笑われたりしていたら俺は立ち直れないダメージを受けるだろう。
だ、大丈夫だ。シュレディンガーの猫って奴だ。たぶん。
たわわちゃんが悲しんでいる可能性と喜んでいる可能性の二つの可能性があり、振り向かない限り悲しんでいるたわわちゃんの可能性は消えないのだ。
「あー終わったー」
無事に契約を交わして貸し屋に戻ってきた俺は、食事や風呂などを速やかにすましてベッドに寝っ転がった。
疲れた。 鉄亀、重かった。
因みにフルルはさっきまで一緒に飯を食べていたが、小さな貸し屋で、ベッドがひとつしかないのを悩んでいたら、亜空間ボックス内に仮眠用に毛布と枕が用意されているので、ボックス内で寝ますと言って、部屋の隅に入り口を開いて中に入っていった。
早速、亜空間ボックスが便利だなと思う。
まあ、早めに一部屋用意してやりたいが現状金がない。稼ぐ為にもさっさと寝よう。そう思っているのだが、眠れなかった。理由はわかっている。じっとしていられないんだ。
ごろごろ、ごろごろ。
布団の中で転がりながら、遂に耐えきれず叫んだ。
「山賊王に俺はなるとか言っていいのは、十歳までだろおおおおおおお‼︎」
やってしまった。思いっきりカッコつけた自己紹介とかやってしまった。今になって思いっきり恥ずかしい。
「ううううううううっ、恥ずい!恥ずいいいいいいい!」
結局、その夜は日付が変わるまで眠れなかった。