36 シーフな女の子、その4です。
知恵の迷宮。それは、迷宮の主にたどり着くまでに、戦闘よりも頭脳や特殊な技能を必要とする迷宮の総称だ。
そして、7番エリアに存在する知恵の迷宮は入り組んだ迷路になっているのだが、基本的に敵はいない。だが一つだけ例外があってグランドワームというモンスターが一匹だけ徘徊している。
このグランドワームはとても強力で、レベル60以上の冒険者が4人がかりでやっと狩れるモンスターだ。実の所、ボスのアクアゴーレムよりはるかに強い。
動きは速く、横幅が3メートルと通路をほぼ塞ぐ程の巨大の為、逃げることはほぼ不可能だ。また所々1メートル幅の細い通路が用意されており、セーフティゾーンとなっている。
とどのつまり7番エリアの迷宮は、速くて強いグランドワームをいかに避けて進むか、そういう迷路だ。
一般的な攻略方法としては腕の良いシーフが不可欠で、シーフが目となり耳となりパーティーを導いていく必要がある。
ボスのアクアゴーレムは頑強でなおかつ水属性の魔法をほぼ無効化するが、鈍重で特殊な攻撃方法も少ない為に、レベル13〜15のカルテットならば大した問題もなく狩れるそうだ。
……という情報を、冒険者図書館にいる分身から俺は受けとった。
そして、目の前のクーヤに断言した。
「無理だろう。完全に俺たちの手に余るぞ」
「そこをなんとかお願い!」
「なんともできるか! そもそもなんでこの迷路に入らなきゃいけないんだよ?」
それはね、と前置きしてクーヤは語り始めた。
「私ね、冒険者を始めて3カ月なんだけど、前々から薄々、自分は冒険者に向いていないんじゃないかって思っていたの。ううん。今日はっきり自覚したわ、向いていないって」
うん。残念ながらこの娘は冒険者に向いてない。
「しょうがないわ。どだい私の様な、きしゃで繊細でたおやかで可憐な美少女には、冒険者なんて無理だったのよ」
「お……おぅ」
「それでね、冒険者を止めてこれからどうするのかなんだけど……私、商人の娘なの。子供の時から商いの事は仕込まれてきたから商いには自信があるわ」
「だったら、なんで冒険者になったんだ?」
「うるさい! 自信はあるけど、最初は小さな事からやらないと駄目なのよ。それなら、派手に冒険者やる方がいいかなって思ったのよ。……それはともかく、これからこの街で商人になるけど、今の私には何もないの。元手になるお金も、売れる様な品物も。そこで7番エリアの知恵の迷宮よ。あそこの迷宮はちょっと掘れば、高品質のアクアマリンが幾らでも出てくるでしょう? それにアクアゴーレムを倒したドロップアイテムは泉石でしょ? その二つがあれば商人としてやっていけるわ」
そう自信たっぷりに言うクーヤ。確かにその理屈はわかる。アクアマリンが取れれば高値で売れる。
そして、泉石は大気中の水分を集める性質があり、水筒に入れておけば水が溜まる。長旅をする商人には必須とも言える貴重品だ。だから理屈は正しいのだが問題はどうやって入手するかだ。
「クーヤはどんなスキルを持ってんの?」
「えと、俊足と聞き耳ね」
「そのスキルだけでグランドワームを避けられると本気で思ってんの?」
シーフとしてのレベルが一桁足りない。それでやれると思っているなら馬鹿にも程があると思うのだが、どうやらそれほど馬鹿でもなく、
「そんな訳ないでしょう」
そう否定した。
「じゃあ、どうすんの」
「どうするって決まっているじゃない。あなた達がどうにかするのよ」
「?……???」
意味がわからない。
「自分で気がついてないの? 貴方の分身を作る能力とフルル君の亜空間ボックスを使えば、グランドワームを避ける事なんてわけないでしょう」
「あー……」
確かにわかる。迷宮の情報を調べながら、俺とフルルの能力なら、グランドワームを避ける事は簡単にできる。
そうは思った。でもさぁ、
「確かに俺とフルルだったらグランドワームを避けられるけど、その場合クーヤはいらなくね?」
俺が問いかけるとクーヤは目をそらした。
この女、確信犯か。
「それは……あれよ……私たち、仲間じゃない?」
「出会って二日だよ! ざけんな! 冒険者はボランティアじゃねーぞ!」
「そこをなんとか! 私の新しい人生の為に一肌ぬいで下さい! お願いします!」
またもや土下座するクーヤ。
「お前、土下座すりゃいいってもんじゃねーぞ……」
「そこをなんとか譲って下さい! それにちゃんと見返りはあるわ! 私が商人になったら貴方の事は恩人として色々融通してあげるわ。一般に流通していない、貴重品とかも取り寄せる事が可能よ」
「いや、一般に流通していないもんなんて、そうそう必要になんて…………魔光器を取り寄せたりはできるの?」
「魔光器? 確かに難しいけどできるわよ。でもそんな物なんに使うの? 冒険者止めて農家でも始めるの?」
「それは置いといてくれ、とにかくできるんだな? だったら手伝ってもいいぞ」
「ほんと! やったあ!」
飛び跳ねて喜びを表現するクーヤ。
「あんまりはしゃぐな。問題はまだあるだろう。ボスのアクアゴーレムはどうすんだ?」
「なんとかできない?」
「なんともできない」
俺は即答した。俺たちのパーティーで、一番攻撃力があるのは重鋼のギロチンだが、基本待ちの戦法だ。
ボスの部屋まで行って、ボスの見ている前で準備してボスを罠に嵌める。
どう考えても無理のある話だ。
「アクアマリンだけじゃ駄目か」
「うーん。商人って色んな地域を回らなきゃならないから泉石は持っておきたいのよね。割と本気で命に関わるわ」
「そうか…………じゃあ、助っ人を呼ぶか? 一人だけアクアゴーレムを倒せそうで、協力してくれそうな人に心当たりがあるわ」
「おお! やった! ……一人? 一人だけでアクアゴーレムを倒すの? 何、上級冒険者にでもツテがあるの?」
「いや。多分まだ俺たちと同じ初級の冒険者だよ」
俺は脳内に鮮やかな金髪の少女を思い浮かべながら答えた。




