34 シーフな女の子、その2です。
受付嬢が俺を見て笑っている。それに非常に嫌な予感がする。
「たしか……ヒビキさんですよね? お久しぶりです」
「ああ、お久しぶりですね……」
「正直、最近見かけなかったのは、帰らぬ人の仲間入りをしたのではないか? などと心配していたんですよ。お元気そうでなによりです」
「それは……ありがとう」
当たり障りのない返事をしながらも、嫌な予感は増すばかりだ。そもそも、今までこんな風に世間話をすることはなかった。一体何を企んでいるのだか……。
「おとなりさんは、ヒビキさんの仲間なんですか?」
「ああ。フルルは仲間なんだ」
「フルルさんですか、よろしくね」
フルルの首輪に気がついていないはずがないだろうに、踏み込まずにこやかに挨拶するあたり、受付嬢としての年期が長いんだろうなと思う。
そして、挨拶が終わったあと、ツノうさぎの女の子ににこやかに言った。
「ねえ、クーヤちゃん。この人のパーティーに入れてもらうよう頼んでみない?」
「え? こいつに?」
受付嬢の言葉を聞いて、クーヤと呼ばれた女の子が俺をまじまじと見た。
俺も正面から見返したが。なかなかに可愛い女の子だと思う。栗色の髪をサイドテールに流していて、年は一つ二つ上じゃないかと思う。
そんな彼女は、不思議そうな顔で受付嬢をみた。
「はじめて見る顔なんだけど、どういう奴なの?」
「うーん、ある意味あなたの先輩かな……仲間になれば色々と勉強になるんじゃないかしら」
「ふーん……じゃあ、よろしくね」
「ちょっと待て!」
俺は待ったをかけた。二人で勝手に話を進められても困る。受付嬢に問いただす。
「唐突になんなんだ?」
「いや、ヒビキさんとフルルさんは二人だけのパーティーなんでしょう? でも二人ってちょっと危険じゃないですか? 3人目がいればより安全に狩りができると思いません?」
「……言いたい事はわかる。でも、もうちょっと説明が必要じゃないか? この娘が他のパーティーに入れない理由とかさぁ?」
「なによ? 私になんか不満があるわけ?」
「不満もなにも、君のことぜんぜん知らないよ? 君がどんなジョブかすら知らないんだ」
「? あんたもシーフじゃないの? 先輩なんでしょう?」
そう捉えたか……。違う。ハイエナの先輩という事だ。
「違う、俺は無限術師だ」
「無限術師ぃぃい⁉︎」
驚き、次に馬鹿にした表情になった。感情がそのまま顔に出る娘だ。そして、受付嬢に突っかかった。
「ちょっと⁉︎ なんで私が無限術師なんかの仲間にならなきゃいけないのよ⁉︎」
「落ち着いてクーヤちゃん。彼も前はソロだったの。でも、ちゃんとお金を稼ぐ事ができていたからクーヤちゃんにも参考になると思うの。話を聞くだけでも勉強になるんじゃないかしら」
「却下よ却下。ありえないわ」
クーヤという少女は断言して、冷ややかな表情で俺を見た。
「ねえ、あんた! パーティーを組む話はなかった事にしてくれないかしら?」
「俺の方から頼んだ訳じゃねえよ!」
「確かに今の私はソロだけど、無限術師と組むほどお安くないの。というか貧乏くさいパーティーとかマジで無理。いずれ、上級冒険者になって優雅に暮らすんだから」
「それはそれはご立派な事で! ところでいい加減そこを変わってくれないかな? どこぞの誰かがツノうさぎの皮一枚でうだうだケチくさい事言っているから待ちくたびれたんだけど?」
「うわっ! ムカツく! 死ね!」
そう決裂して、クーヤは受付嬢の方を向いたが、彼女はため息を吐きながらも仕事に取り掛かった。
「じゃあ、ヒビキさん。買取をします」
「ちょっとぉ! 私が先でしょう!」
「その件はもう終わったの。ではヒビキさんどうぞ」
「はいはい」
いつまでも退かないクーヤを、押しのける様に前に出た。
したら後ろから、
「ふんだ。どうせゴブリン程度しか狩れない癖に」
とか聞こえてきた。
全く、仮に俺がゴブリンしか狩れないとしても、ゴブリンも狩れないシーフに馬鹿にされる筋合いはないというのに。
不愉快極まりないけど、まあ俺は精神年齢がこの小娘よりはるかに上だから言い争ったりはしないけどね。
「フルル、よろしく」
「うん」
フルルがゲートを開き、品物を取り出した。どさどさどさっと大量の狩猟物が机の上に乗った。後ろから「えっ」っと驚く声がした。
「えーと、アースバイパーと、ライトニングボアと、ジァイアントフロッグの魔石と牙とか肉とか色々。それからコダインの実に森で見つけた薬草、これだけ査定お願いします」
やっぱ空間術師がいると大量に持ち運びできて便利だ。
受付嬢は俺をまじまじと見つめて、感心した様に言った。
「あらぁ、ヒビキさん出世したんですね」
出世、とはおかしな表現だが、まあ言わんとする事はわかる。前はゴブリンの魔石1個とか、森の薬草がちょろっととか、そんな程度だった。
その何十倍もの品物を渡して査定の間に食事でもとろうと振り向いたら、さっきのシーフの女の子が土下座していた。
「えっ?」
「さっきは、失礼な事言ってごめんなさい。そんなに稼げる人だと思いませんでした。大変反省しております。つきましては、改めて私をパーティーに加えて下さい」
「……現金だな、お前」
「なんなら犬と呼んでも構いません」
「いや、そんな事言われても……」
「犬と呼んで下さい!」
……。
……。
…………変なのと出会ってしまった。