02 運命の出会いです
「おや、戻ってきましたか。それも、その様子だと首尾よくお金を用意出来た様ですね」
奴隷商を訪れた俺にそう声をかけてきたのはここの主人だ。今日の朝、ここに訪れた俺を案内してくれたのも彼だ。人の売り買いを眉ひとつ動かさずに行うクールな人だ。
「ただいま!たわわちゃん! たわわちゃんはまだいるかな⁉︎」
「ええ、まだ買い手は現れておりませんね」
「いょっしゃあああああっ‼︎」
おっと、思わず叫んでしまったぜ。主人を見習ってクールにいかねば。
「では、早速ですが彼女の元に行きますか?」
「もちろん!」
俺は二つ返事で頷き、歩き出した主人のあとに続いた。
商館は独房の様な造りになっている。中の商品が見やすい様にだ。中の商品は様々な奴がいるが、状況が状況だけに元気発剌な奴は、まあいない。質素だが清潔な服を着て食事も三食しっかりと与えられるらしい。
まあ、不潔な奴とか、餓死寸前の奴なんか、皆買わないからね。
ちなみに奴隷は総じて安い。だいたい50万ゼニーもあれば、初級冒険者のいい奴が買える。これはこの店だけではなく、迷宮都市全体の方針だ。高く売って利益を得るよりも、さっさと売り払い、迷宮から魔石を取ってきてもらいたいのだ。無論そのぶん、都市の方から奴隷商に便宜が図られている。
それにしても……。
「ずいぶんと売れているね……」
朝一で通った時よりも、空の独房がずいぶんある。
「まあ、お安くしていますから」
しれっと主人は答えた。
そう、この商館は今現在、閉店セールの真っ最中なのだ。
朝、70万ゼニーでそこそこ良い奴を買おうとやってきたら、買おうとしていたランクが10万ゼニーとか15万ゼニーで売られていて、超びっくりだった。
ここまで安いと詐欺なんじゃないかと疑いが先にきて、事情を聞いてみると、ここの主人、迷宮都市での商売を洗って、王都に上京するらしい。それにあたって速やかに在庫を整理しているらしい。こんなに安くて儲けなんてでないんじゃないかと聞いてみると、色々と予定が詰まっていてそれが滞る方が損害が大きいらしい。よく聴くまでもなくヒドイ話だ。
だが俺にしてみれば千載一遇のチャンスでもある。
出来るだけ良い奴を見せてくれと頼んだら、真っ先に案内されたのがタワワ=リンゴレッドだった。
「着きましたよ」
その言葉に鼓動が跳ねた。
主人の右手側の独房をみると、鮮やかな金髪の少女が椅子に座っていた。
念のため、扉に貼られている彼女のプロフィールを確認すると、値段と名前と年齢と職業とレベル、それから未経験と書かれている。何が未経験かは書かれていないが、まあ、判りはする。
間違いない、今朝見たたわわちゃんだ。
隣の部屋の奴らと同じ質素な白い服を着ているのに受ける印象は全然違う。他のむさい奴らが、奴隷を超えて罪人に見えるのに対して、彼女はまるで純白のドレスを着ている様じゃないか!
そんな、囚われの姫ぎみ的なたわわちゃんを見て、俺の胸中に何とも言えない達成感が湧き上がってきた。
やった、やり遂げたのだ。
今朝彼女を一目見て彼女に決めた。だが彼女の値段は100万ゼニーだった。高い。
いや、本来なら5倍から10倍の値段がついてもおかしくないから、破格といえば破格なんだが、持ち合わせが足りない事には変わりがない。
だが、諦める気になれなかった俺はエリアに走って向かい、鉄亀の入手と言う無謀なミッションに手を出した。
そもそも鉄亀はエリア内に存在する転移ゲートを通った先、セカンドエリアに生息している。間違ってもレベル1のソロが行く所じゃない。
行ったら行ったで、うまく他の冒険者が戦う所に出くわす保証もないし、魔石に変わり回収されない保証もない。ひどく成功率は低いし、死亡率は高い。
普段の俺なら絶対にやらない仕事だ。
だが、成功した。賭けに勝った。今なら、女神様に感謝の祈りを捧げられる。
これは、あれだ。女神様がたわわちゃんを手に入れろと言っているのだ。
囚われの姫ぎみを助け出す王子になれと言っているんだ。
だったら、せいぜいカッコつけて彼女を迎え入れようか。
「たわわち……」
「消えろ」
「…………」
カッコ良く声をかけようと思ったら、冷たい声で拒絶されちゃったぜ。
ショックでしゃべれない俺に変わって、奴隷商が淡々と言った。
「こちらのヒビキ様が貴女をお買い上げになりました。あまり、つれない態度は取らない方が、貴女の為ですよ」
「……そいつはイヤだ」
「貴女に選択する権利はないんですよ」
「でも、イヤだ」
断固として拒絶するたわわちゃん。
「一体、俺の何がいけないのさ、たわわちゃん⁉︎」
ショックから回復した俺は彼女に理由を聞いた。
たわわちゃんは、俺を冷たい目で見つめながら言った。
「貴方が私の名前を呼ぶとき、何となく卑猥に聞こえる」
「………………ソンナコトハナイヨ」
いやいや、全く何を言っているのだろうね。たわわちゃんは? そりゃ確かに前世の日本で胸の大きな娘を、たわわちゃんなんて呼んだらセクハラだよ。最悪、警察のお世話になるよ。……でも、前世は前世、こちらの世界には何の関係もありません。たわわちゃんと呼ぶ事に何らセクハラ的意図はありません。
これはあれだ、濡れ衣、冤罪と言うやつだ。人に冤罪をかけるなんていけない娘だよたわわちゃんは。そんないけない娘にはお仕置きが必要だな。あとでお尻をペンペンしてあげよう。それからそれから……。
俺が今後の妄想をしていると、たわわちゃんは更に
言ってきた。
「それに、貴方は無限術師でしょう?」
この言葉には優しく温厚な俺もイラッときた。
「……確かに無限術師だけど何か悪いのかな」
「そんな弱い奴に仕えたくない。どうせ奴隷になるなら私より強い人がいい」
「そんなだから奴隷になっちゃうんだよ、たわわちゃん……」
俺はその脳筋思考に呆れた。
実の所、彼女とは今日が初対面なのだが、噂ぐらいは聞いていた。噂になるくらいのルーキーなのだ。
噂によると彼女は、儚げな容姿からは考えられないくらいガチの武闘派だ。
何でもリンゴレッド家は有名な武家であり、『天位の座』を輩出する事が一族の悲願だとか。
実際彼女は『天位の座』を掴むと公言している。
幼少より厳しい訓練を重ね、天才と呼ばれる様になったたわわちゃんは、結果優れた武人に成長したのだが、同時に世間知らず全開だった。
たわわちゃんのパパは、もうちょっと金銭管理の重要性を教えておくべきだったよな〜。
「まあ、なんにせよ、ここの主人が言った通り、たわわちゃんには決定権はないからね? 決めるのは俺だからね?」
そんな俺の言葉に反論出来ないのか、たわわちゃんは無言だった。
変わりにキッと俺を睨みつけてきた。
「いや……いやいや、そんなに睨んだって駄目だからね」
ギン! 更に鋭い視線を向けてきた。
やばいわーこれ、殺気入っている。視線というより死線だよこれ。
気圧された俺はつい後ろに下がってしまった。向かいの格子に当たり、ガシャっと音を立てた。
「ひゃっ‼︎」
背後から小さな悲鳴が聞こえた。
振り返ると12、13くらいの少年と目が合った。高い声からして一瞬女性かと思ったが、まだ声変わりもしていないようだ。
「す、すいません」
どうやら悲鳴をあげた事を謝っている様だが、あれはぶつかった俺の方に非がある。気弱な奴なんだな、と言うのが第一印象だった。そして、別に大した意味もなく少年のプロフィールを流し読んだ。
値段、100万ゼニー……高っ! たわわちゃんと同額かよ!
名前、フルル=ゼルト……なんか、いかにも気弱そうで名は体を表してんな……。
年齢、12歳……まあ、予想通り。
職業、空間術師 Level 1
……。
……。
…………えっ?
空間術師、その一文に俺の鼓動が止まった。冗談抜きで心臓止まった様な感覚に陥った。