エピローグ
とある春の晴天日。
迷宮都市は今日も今日とて賑わっていて、四方から次から次へと人が集まってくる。
迷宮へ入り、資源を入手する冒険者。
冒険者が集めた資源を売り買いする商人。
冒険者や商人の生活基盤を支える職人。
果ては観光客や芸人、巡行中の聖職者など、本当に多種多様な人々が都市を訪れる。
そんな人々の中には、冒険者を目指す若者も大勢いて、彼らはジョブを授かる為に教会を訪れる。
今もまた、田舎から上京してきた成功を夢見る二人の姉弟が、ジョブを授かるところだった。
まずは姉の方。サラという名前の女の子が、女神像の前で必死に祈りを捧げている。そんな彼女に神父が告げた。
「貴女が就けるジョブは…………無限術師だけですね」
神父の宣告に少女は目を見開いた。
祈りを捧げていた両手はほどかれ、引き締められていた形のいい唇は無意識のうちに開き、気持ちを吐き出すような吐息が漏れた。
次いで体が震え出し、肩で揃えた茶色の髪が揺れた。
無限術師、無限術師、無限術師と頭の中がたった一つの事で一杯になり、遂には感情を爆発させずにはいられなかった。
「無限術師…………………いゃったぁぁああああああ! 勝った! 私、勝った! 神様ありがとう!」
喜色満面、喜びのあまりにクルクルと回り始める姉を、後ろで順番待ちをしている弟、カントは醒めた目で眺めた。
──そりゃ当たりを引いて嬉しいのは分かるけど、はしゃぎ過ぎだぜ……。
──大体、今どきの無限術師は昔と違って、上級まで行かずに中級で満足する奴ばっかりじゃん?
──金を稼げても強さ的には微妙だし、自分は働かなくていいから怠けるし、自分と同じ顔がたくさんって何か気持ち悪りぃし、それに……それに……………ああ、羨ましいな、コンチクシュウ!
当たりを引いた姉に嫉妬しないように頑張ってみたが無理だった。カントが一番なりたかったのが無限術師なのだ。それでも、ドロドロとした感情を表に出すのはみっともないので必死に抑え込むが、妬心は次から次へと湧いてきてカントは自分との戦いを、しばし繰り広げた。
そうこうする内に姉は選定を終え、無事、無限術師のジョブを得た。
次はカントの番だ。
神父に呼ばれてドキドキしながら女神像の前に立ち、神に向かって祈りを捧げた。
──神様、お願いします! 俺も無限術師、無限術師がいいです! それが駄目なら聖騎士や魔法剣士……いやいや、戦士でも騎士でも! とにかく戦えるジョブを下さい!
カントの祈りは、それはもう必死なものだったが、世の中には無情という言葉がある。神父がカントに告げた言葉が正にそれだった。
「貴方が就けるジョブは……………………天候術師だけですね」
「ええええぇぇえええっ⁉︎」
静かな教会に、夢破れた若者の悲鳴が響き渡った。
……。
……。
「はぁ……」
教会から死人の様な顔をして出てきたカントは、とぼとぼと近くの公園までたどり着くと、そのまま芝生の上へと座り込んでしまった。
「はぁ……」
もう何回目かもわからない溜息が、カントの受けた心の傷を雄弁に表している。
そんな辛気臭さに耐えかねた姉がカントに向けて言う。
「もう! いつまでも落ち込んでないで元気出しなさいよ! いいじゃん天候術師だって! そりゃ戦えるジョブじゃないけど、働き口には困らないじゃん⁉︎」
「………………うるせえ。無限術師を引いたサラに俺の気持ちなんて分からねえよ」
まさに、やさぐれて、ひねくれたガキそのものだったが、それも仕方がないだろう。特殊系希少職である天候術師はカントの希望である戦闘職とは掛け離れた場所にある。
そのスキルである『天候予知』は、レベルに比例して未来の天候が分かるという極めて希少な代物だが、戦闘に限って言えばクソの役にも立たないゴミスキルだ。
明日、雨が降ったところで、それがゴブリンやオークを倒すのに何の役に立つというのか? そういう話である。
確かに姉の言う通り天候術師は働き口には困らない。天候を先読み出来るスキルは、特に農業地帯では引く手あまたで、そこで働く分にはカントはこれから先、一生食いっぱぐれることは無いだろう。
けれども、迷宮へと足を入れ、モンスターを狩り、いずれは上級冒険者となりクランに入る──そういう若者らしい夢を抱いていたカントには、畑に囲まれて明日の天気を占う生活を魅力的だとは思えなかった。
──それじゃ、村にいた頃と変わらねえじゃん……。
野望を抱いて上京したのに農村にとんぼ返り。夢も希望もない話だ。
「はあ、ちくしょう……」
失意のあまり、手近な芝生を引き抜いては投げ捨てるという、何ら生産的ではない行為を繰り返していると、そんなカントの態度に業を煮やした姉が実力行使に出た。
「いでよ! 分身召喚!」
高らかな宣言と共に、うざったい姉が二人に増えた。
そして、カントの両脇を掴むと、そのままカントを引きずって歩き出した。
「おい、止めろ!」
カントは抵抗しようとしたが、2対1では無駄だった。昔みた野菜泥棒のように、有無を言わさず引きずられていく。
「ほら、いい加減自分の足で歩きなさいよ! 陽の高いうちに宿とか確保しなくちゃいけないし、他にも色々と準備を整えなきゃいけないんだから! 私たち、貧乏なんだから座り込んでいる余裕なんてないでしょ? ──大体、どんだけ悩んでも意味ないじゃない。どうせ、大人しくお天気兄さんとして生きていく気なんてないんでしょ? 足掻くなら手伝ってあげるから行くわよ!」
「わかった! わかったよ!」
考えるより行動が先に立つ、良くも悪くもサラはそういう性格だ。
サラの勢いに負けたカントは、サラの手を振り払って自分の足で歩き始めた。
そのまま、近くの店で昼食を済ませて、当面の宿を確保するべく街を練り歩いた。
「あ〜、それにしても、どこもかしこも人だらけ。なんだか人混みに酔いそうだわ」
「……だな」
姉の感想にカントは同意した。田舎では祭りの時でも、この10分の1もいないだろう。ちょっと邪魔臭い。
「あっ! 今すれ違った人、出来る冒険者って感じですごカッコイイ! やっぱり都会は違うわよねー」
「…………」
本当に姉はこういう性格だ。既にカントが傷心中であることなど忘れ去って、純粋に街の景観を楽しんでいる。
「綺麗なお店も沢山あるし! 冒険家稼業が上手くいったら見て回りたいわね。その為にも、最初は空間術師のパートナーを見つけなきゃ。どこかに、年上でクールな感じの空間術師はいないかしら?」
「いないと思う」
「それに無限術師なら、やっぱり軍勢を名乗るのがセオリーよね? えーと………………青系統は流石に悪目立ちしそうだし、赤や緑はありきたりすぎてつまんないし………………そうね、ピンクの軍勢とかいかがかしら?」
「……クソダサいと思う」
時折、放り込まれるカントの嫌味を物ともせずに、理想の未来を語る姉。遂には、分身1人に付き1人恋人を作ってハーレムを作るのはどうかしら? などと言い出す始末だ。
本来のカントなら、ちっちゃな村では3本の指に入る程の美人と言われようが、この大都市ではちょっと見回すだけでもサラより美人は沢山いる。ましてや、その性格ではハーレムどころか真っ当な恋人1人作るのも難しい筈だと、皮肉の一つも言う所だが、気が滅入っている今の状態ではパワフルな姉と言い争う気になれない。なので丁重に無視した。
姉の戯言を右から左に聞き流しつつ、初心者が集まる地区を目指していたカントだが、ふと、人気で賑わう開けた場所に出た。
そこにいる人たちの多くが一点を見つめている。
そんな視線につられてそちらを見ると、沢山の人が描かれた横長い壁画が飾られていて、カントは息を飲んだ。
「うわっ! これって人形戦争の大絵画⁉︎ 凄いね!」
姉もまた同様に息を呑み、感嘆の声を上げたが、絵に見入ったカントは右から左へと聞き流した。それくらいカントにとっては特別な絵だ。
子供のころから憧れた英雄たちの姿が色鮮やかに描かれている。
「……凄え」
それしか出てこなかった。
この迷宮都市には、一度は見るべきだと言われる観光スポットの様な場所が幾つかあり、このランタン広場の大絵画もその一つだ。
事の始まりはおよそ百年近く前。数百年ぶりに姿を現した天位の5番、マリオロス=カトブレアが、
「人の世に終焉を。これからは人形達の時代だ」
という、本当に訳の分からない主義を振りかざして世界征服に乗り出したことがきっかけだ。
当然、そんな馬鹿な主張が受け入れられる筈もなかったが、マリオロスが率いる人形師団が、これまた凶悪な成長を遂げていて、逆らう者を皆殺しにして、次から次へと支配地を拡大していった。
いくつもの村が焼かれ、いくつもの町が壊れ、いくつもの都市が灰と化した。
戦争勃発からおよそ1月で、国の3割が切り取られる事態に、人々は世界の終末を予感した。
そんな状況で立ち上がったのが、この迷宮都市だ。
その当時、領主の座を継いだばかりの若き指導者、アーレスト=ドルガンの主導の元でマリオロス討伐軍が編成された。
マリオロス討伐軍。それはこの迷宮都市の総力を結集して作られた代物で、討伐軍結成からおよそ3ヶ月少々、運命の100日間と呼ばれる戦いを経て、マリオロスと彼の率いる人形師団を討ち滅ぼした。
人類は救われ、その功績は讃えられた。そして百年経った今では、この国のどこに行っても……それこそ、カントやサラのような片田舎の少年少女でも知っている英雄譚だ。
特に、強くなって活躍したい、という子供らしい夢と野望を持つカントのような若者には、「何故、俺は百年前に生まれなかったんだ!」と歯噛みするほど憧れる話である。
そして、その当時の討伐軍の姿を描いたのが、ランタン広場の大絵画だ。
終戦から10年ほどのちにそれを描いたのは、一人の天才少女だった。彼女は一度見た物は絶対に忘れない才能を持っていて、幼い頃に見た討伐軍が戦いに赴く瞬間を、10年越しであるにもかかわらず鮮明に絵描いた。
そして彼女の描いた絵は、百年近くたった今では、都市の観光名所と化していた。
カントもおのぼりさんよろしく繁々と絵画を眺めた。
大絵画は、一人一人の顔形だけではなく、その表情すらも鮮明に絵描かれていてカントを興奮させた。
ここに描かれている人達は一人残らず英雄だ。
カントが幼い頃、寝物語として、母親に幾度と無くせがんだ、人形戦争で世界を救った英雄たちなのだ。
端から順に見ていくと、まずは凛々しい顔つきの若き領主が目についた。冒険者たちを送り出す彼の横顔には信頼と責任感が滲み出ていた。
そして彼の横には商人や職人たちが、同じく討伐軍を見送っている。中でも、無愛想な大男と茶色髪のサイドテールの女性が一際目立っている。
無愛想な大男は、たぶん職人たちの中心だったラドンという名前の武器職人だ。腕のいい鍛冶屋だったらしいが、それ以上に男気溢れる男で、要塞作戦では怯える職人たちを、叱咤激励して、人形達の真ん前で砦を作り上げたそうだ。彼の工房『ステラ』は代々子孫に受け継がれ、今なお、この迷宮都市で繁盛しているらしい。
茶色い髪の女性は慈愛の聖女クーヤ=マリベル。聖職者でもないのに、そんの大仰な呼ばれ方をするのは、損得にシビアな商人でありながら、戦争以前に大勢の命を利益を度外視して救った事があったからだ。
また人形戦争の時も、自己の利益を第一に考える商人たちを説得して周り、物資をかき集めたと伝えられている。
しかも、終戦後の復興事業でちゃっかり一儲けしたらしく、商人たるものクーヤを見習うべし、とか言われている。
実のところ商人や職人にあまり興味がないカントでも、この二人のことは一目おかざるを得ない。
商人たちの次はいよいよ冒険者たちの姿が描かれている。
世界の危機に、命をかけて人形と戦った冒険者たち。
都市の総力を結集しただけあって実に多種多様な顔触れだ。
剣をブラ下げた騎士がいる。棍棒を腰に携えた戦士もいる。杖を持つ魔術師もいるし、身軽さを優先した軽装のシーフもいる。
大楯と大弓という、一見ミスマッチな装備を携えたメガネをかけた女性は、十害と呼ばれた、特に強力な人形どもの一つを撃ち落とした風の弓のアストリアだろうか。カントが想像していた通り、小柄な女性だった。
それより少し離れたところ、全身をこれでもかという程に真っ赤な服で身を包んだ女性は、同じく十害の一角を灰に変えた炎術師ダリアだろう。話によると彼女は既に冒険者を引退していたそうだが、未曾有の危機に再び杖を持ったそうで、当時の情勢がいかに厳しかったのかが想像できる。
特別派手な格好をしている彼女の先からは、冒険者の華であるクランの面々が続いた。
当時の序列一位の龍殺しから、末席の冬将軍までそうそうたる面々だ。なるほど、面構えがいかにも出来る冒険者の顔つきばかりで、戦争時も主戦力を担ったらしい。中でも、冬将軍は序列としては末席であっても、その実力は確かで十害の一角を落とす戦果を上げている。
そんな彼らから少し離れたところに、軽装の女性が一際目立つように描かれていた。その肩には、冒険者なら誰でも一度は憧れる紋章が刻まれていて、他の誰かと間違えようがない。
我知らずカントの鼓動が跳ね上がる。
天位の7番、天馬カテュハ。
歴史上10人しかいない、天空迷宮の到達者。
不老の薬を飲み、今もなおこの迷宮都市で時を刻んでいる彼女は、歴史の生き証人だ。
そして彼女の姿は、この大絵画の構図が変えられている証拠でもあるらしい。
実はこの大絵画、人物やその身につけている装飾は精緻に描かれているのだが、活躍した人間に目がいくように、人の並びや構成は恣意的に組み替えられているという説が有力だ。
どれくらい有力かと言えば、片田舎出身のカントが普通に知っている程度には有力な説だ。
そしてその証拠となるのが彼女だ。絵画では真ん中辺りのいいポジションに絵描かれてる彼女だが、実際には戦争には参加せずに、領主や商工人たちと共に見送る立場だった。
といっても怖気づいた、などという訳でもなく都市中の冒険者、特にクランが戦争に参加した結果、不足した魔石の供給を、ほとんど彼女一人が請け負い人々のライフラインを支えたらしい。それは人形と戦った冒険者たちに勝るとも劣らない偉業だ。
故に作者は、史実とは異なっても彼女をド真ん中に絵描いたのだ……と言われている。無論、カントに異論はない。
しばし、天位の7番を眺めていたが、突如、横で同じく大絵画を眺めていたサラが奇声を上げた。
「あっ、あの二人! ご先祖様! 私たちのご先祖じゃない⁉︎」
「えっ、どこ⁉︎」
絵の一点を指すサラに釣られてそちらを見ると、父さん母さんから散々聞かされた風貌の騎士と魔術師を見つけた。
──この二人が、ひいひいじいちゃんとばあちゃんなのか……。
今までカントの目に止まった偉人たちと違って目立つ描かれ方をしていない。ちょっと残念だがそれも仕方がない。幼馴染だったと言われる二人は戦争当時はまだ中級冒険者であり、後世に残るような活躍をしていない。
いわゆる名も無き雑兵の一員だ。
雑兵とはいえ、世界の為に戦ったのだから村の英雄として語り継がれているし、その子孫であるカントだって二人ことは誇らしいと思っている。
ただ、一つだけ不思議でならないのは彼らが残した家伝のことだ。
『ゴブリンを決して侮るなかれ』
謎である。
世紀の決戦とも言える人形戦争を戦い、その後、クランに入りドラゴンやヒドラなどの猛者と渡り合った筈なのに、何故、そんな地味な家伝を残したのか? 父さんは、「実際に迷宮都市に行けばわかるさ」と言っていた。だから、きっと大絵画で二人の姿を見ればわかると思っていたが、こうして二人の姿をこの目で見ても謎は深まるばかりだ。
首を傾げながら、ご先祖様を眺めていたカントだったが、しばらくして、やっぱりわからん、という結論が出た。
気を取り直すように首を軽く降ると、絵の続きを見ることにした。
ご先祖様の近くでは、白衣を着た緑髮の男が、形容しがたい、しいて言うなら時計のような何かを背負っていた。
その冒険者らしくない容貌にピンと来た。
──お騒がせグレイスだ。こいつ絶対にお騒がせグレイスだ!
お騒がせグレイスことグレイス=ラルラトル。
彼は、ある意味人形戦争以上に有名な存在だ。
落語の主役として。
時折、村に訪れる役者芸人による『お騒がせグレイスの10の奇行』は、村の老若男女、誰もが楽しみにする演目だ。
話の内容としては、グレイスが馬鹿な事を考えつき、馬鹿な事を実行し、馬鹿げた事態を引き起こし、結果、妹や領主に雷を落とされる、という物だ。
カントももちろん楽しみにしていた。特に3番目と6番の奇行には腹を抱えて悶絶するくらいに笑ったものだったが、それだけに、実はグレイスは奇行と同じぐらいの数の偉業を成し遂げた男で、人形戦争でも活躍した英雄の一人である、と知った時には容易に受け入れることが出来なかった。「あのグレイスが⁉︎ 嘘だろう⁉︎」と言った感じなのだが、こうして大絵画に絵描かれているグレイスを見ると不思議と納得出来た。馬鹿で天才というグレイスの性質がまじまじと伝わってくる。
「凄えな……」
と、カントはかつて存在していた天才画家への賛辞を呟いた。
グレイスに限らず、誰も彼もその内面までもを映し出しているのだ。
姉と同じで、考えるよりも先に手が出そうな勢いの詰まった徒手空拳の少女は、錬鉄ナナルー=ホラル。その丸っこい瞳から戦意が伝わってくるし、氷の様な双剣をぶら下げている女性は不承不承という感情を隠してもいない。
ナディア=ララバイ、彼女も冒険者を引退していたが、人類の危機に一時復帰したらしい。
どちらも十害の一角を落とす戦果を上げている。
更に、先を見ていくと、青を基調とした軽装を纏う小柄な若者(といってもカントよりは年長者だが)が目につき、この長い長い大絵画も終わりが近いと悟った。
フルル=ゼルト。あの蒼の軍勢の副団長。
当時、唯一の『転移』スキル持ちの空間術師で、人形戦争でもそのスキルを使って八面六臂の大活躍を成し遂げた。
1番有名なのは、人形戦争の中でも特に名高いダゴラス丘の迎撃戦において、職人と資材を迷宮都市から持ってきて即席の防衛拠点を作り上げた『要塞作戦』だろうが、それ以外にも、兵力の高速移動、逃走時の避難経路、民間人の速やかな救助と撤退、迷宮都市からの物資の補給など、とにかくありとあらゆる場所で兵士たちをサポートし、彼がいなければ勝利は不可能だった、とまで言われている。
だから、フルル=ゼルトがこの大絵画で3番目に絵描かれてることは、最後尾が領主アーレストである事や天位カテュハが中央に描かれているのと同じ程度に知れ渡ってる、いわば常識だ。
そして、3番目である彼が登場したということは残りはたったの2人だけ。カントは感慨深くその先を見た。
細身の直剣を携えたこの世の者とは思えないような美人と、その美人を追いかけている男。
当時の迷宮都市の最大戦力。天位の9番タワワ=リンゴレッドと天位の10番ヒビキ=ルマトール。
どちらも、その名を知らぬ者はこの世にいない。物心ついた時には自然とその名前を知っている。そういう二人だ。
サラも同じく先頭の2人までたどり着いたのだろう、まずタワワ=リンゴレッドに目がいき感嘆の声を上げた。
「うわっ! 超綺麗〜〜〜〜っ! 一体、何を食べたらこんな美人が出来上がるのかしら?」
食べ物の問題じゃないと思う。とはいえカントにも姉の気持ちは良くわかる。実のところカントはヒビキ=ルマトールのファンなのだが、それでもまず彼女の華やかな容姿に惹きつけられて目が行ってしまう。
タワワ=リンゴレッド。彼女は『雷の刃』という二つ名で呼ばれているが、こうして見る限り、とてもそんな厳つい二つ名がつけられる様には見えない。小柄で華奢で、剣士というよりお姫様と呼ぶ方が断然似合ってる。
だが、お伽話で伝わる彼女は神業の如き剣術と精霊魔術を持っていて、戦場に立てば常に先頭に立って敵陣に斬り込み、十害のうち半数を打倒し、最後には敵の首領マリオロスを斬り伏せた剣神だ。
──誰よりも強く美しい、か〜〜。
有名な節句を思い出しながら彼女の横顔に見入っていると、暇さえあれば誰と誰がくっ付いた離れたの、恋愛噂話大好きなサラが、
「あれあれ〜、カント。そんなまじまじと見つめちゃって、もしかしてあれかな、タワワ=リンゴレッドに見惚れちゃたのかな? ラブかな? 結構いるのよね〜、大絵画を見て惚れちゃうタワワっ子が」
と、非常にウザい台詞を投げかけてきたので慌てて否定した。
「ちゃ、ちゃうわい! 俺はヒビキ=ルマトールの方を見てたんだよ!」
その言葉自体は真っ赤な嘘だったが、カントがヒビキ=ルマトールの大ファンであることはサラも良く知っていた為、疑われることなくスルーされた。
「なんだ。ちぇっ、つまんないの」
そう呟く姉には、無駄だとわかっていても、もうちょっと恋愛から離れろと言ってやりたい。まあ、絶対に無駄だが。
──と、とにかく。
カントは気をとりなおして大絵画の続きを見た。最後の一人『蒼の軍勢』こと天位の十番ヒビキ=ルマトール。
史上最強の無限術師と呼ばれる男は、あんがい普通の男だった。どこにでもいそうな、強いて言えば笑顔がちょっとだけ印象的な、それだけの男だ。
でも、そこがいい。男はやっぱり姿形よりも何を成したかで評価されるべきなのだ。(と、十人並みの容姿しか持たないカントは思う)
そして、ヒビキ=ルマトールは容姿の上ではタワワ=リンゴレッドより遥かに劣っていても、戦争時の彼の功績はタワワ=リンゴレッドに勝るとも劣らないものだ。
無限術という希少なスキルを使って召喚された数多の分身たちが、剣を取り、盾を構え、隊列を組む様は正に軍勢だ。
ましてや、幾らでも補充が効くとなれば無敵といっても過言じゃない。
実際、戦争当時は、危険な偵察役や、撤退時の殿を進んで務めたらしい。
それだけも凄いのだが、なんといってもダゴラス丘の迎撃戦。
王都に迫る人形師団の本隊を即席要塞を駆使して3日3晩たった一人で押さえ続けた。
そうやってヒビキ=ルマトールが時間を稼いだ隙にタワワ=リンゴレッド率いる討伐軍本隊が各地に散らばった人形師団を各個撃破、最後にはマリオロス本人を討ち果たした。
人類の未来を決めた、正に世紀の一戦だ。
ヒビキ=ルマトールを見ている内に無限術師になれなかった悔しさが蘇ってがっくしきた。
──ああっ⁉︎ なんで俺は無限術師になれなかったのかなあっ⁉︎ しかもサラがなるし……。
悔しさのあまり幾分肩を落としていると、隣でサラが真面目な顔でおかしな事を言った。
「カント。私、間違っていたわ」
「ん? 何が?」
「私ね、折角無限術師になったんだからハーレムを作って、世のイケメン冒険者を取っ替え引っ替え、この世の春を謳歌しちってもいいかなって割と本気で思ってたんだけど……」
「割と本気って……マジかよ……」
さっきそんな事を言っていたが、流石に冗談だと思っていた。
心底呆れた、という表情を浮かべるカントを横目にサラの独白は続いた。
「でもね、この二人を見たら私が間違っているって気付いたわ。カントも知ってるでしょ? タワワ=リンゴレッドはもちろん、ヒビキ=ルマトールだって何気に異性にモテたってことは」
「そりゃ、知ってるけど……」
天位の10番で、竜すら容易く狩れるから金持ちで、性格だって悪くなくて、人形戦争で大活躍した英雄だ。そりゃモテただろうとはカントにも想像がつく。
「でも、そんなモテモテの二人なのに、人形戦争の後、浮気の一つもなくゴールインしたじゃない? つまりね──」
「つまり?」
話の着地点が分からずオウム返しに問い返したカントに、サラが力強く断言した。
「つまり、時代は純愛ってことよ!」
カントに向けてビシッと人差し指を向けて宣言する姉。
まるで人類の真理にたどり着いたかのような意気込みだ。
「そう、中途半端に色々揃えたって仕方がないわ! それよりもたった一人、最高のパートナーがいればいいのよ! イケメンで、背が高くて、優しく思いやりがあって、冒険者として有望で、当然お金も持っていて、細やか気配りも出来て、私のワガママを喜んで聞いてくれて、いざという時は私の為に体を張ってくれて、私の体調が悪い時には私の代わりに炊事洗濯をやってくれて──」
「長えし……」
理想……というか妄想を語るサラはカントの嫌味をものともしない。
「結婚の申し込みはあっちからロマンチックに花束を渡されたりして、結婚してからもあの二人みたいに仲睦まじくずっとラブラブかつ子供は三人くらい、ペットに猫を飼ったりして……とにかく! 最高のパートナーと最高の純愛を私はするわ! それが私がこの都市で成し遂げる目標よ!」
そう長々と語り終えて、大きくも小さくもない胸を張る姉にカントは冷めた目で答えた。
「いくら何でも要求が高すぎじゃねえ?」
欲張りすぎると、返って失敗しそうな気がするがサラはすまし顔で言った。
「あら、そんことないわよ。ヒビキだって言ったじゃない? 若者は大志を抱け……って」
「それ、自信の無い初心者を励ます奴だから! いい男を捕まえろって意味じゃあ、断じてない! ……第一、それヒビキ本人の言葉じゃないからな」
カントの反論にサラは目を丸くした。
「うっそー……⁉︎ え? いや、だって有名な言葉じゃない? カント、あんた何か勘違いしてない?」
「してねえよ!」
疑われてムカっときた。こちとらずっと冒険者や天位に憧れてきたんだ。だから冒険者の逸話については、頭の半分が恋愛で占められているサラより自分の方が絶対に詳しい。
「正確には『俺の知ってる偉い人が言っていた。若者は大志を抱けって。まあ確かに不遇職になっちまったのはお気の毒だ。俺もそうだったから気持ちはわかるよ。でも、本当のところはやってみなきゃわかんねえ。開き直って思いっきりやってみるのも悪くないと思うぞ』だよ。そう言って特殊系希少職に就かざるを得なかった新米冒険者を励ましたんだ。つまり、若者は大志を抱けって台詞はヒビキ本人の言葉じゃなくて、その偉い人の言葉ってことなんだよ」
物知らずの姉に優越感と共に詳細を話してやると、姉はどん引いた目を向けてきた。
「うわっ……カント、あんたヒビキの言葉を一字一句覚えているの? いくら憧れているっていっても、それって何か気持ち悪くない?」
「き、気持ち悪くなんかねえよ!」
サラだって誰々がくっ付いたとか、そういう話はこっちが引くほど詳しいくせに何て失礼なことを言いやがる!
「うん、まあ、私はいいけど……あんたそれ、女の子の前で出さない方がいいわよ。……それで? その偉い人って誰?」
「いや、分かんねえ。それは伝わってない……そんな事言った偉人は居ないらしいから、多分ヒビキの身の回り誰かの言葉だろうって説が有望かな……」
「ふーん……だったらそれ、もうヒビキの言葉って事でよくない? だってめんどくさいじゃない」
「よくねーよ!」
思わずうなった。
──本当に何でこいつは、こんなに大雑把なんだよ⁉︎
そう思ったカントだったがサラにはサラの言い分がある。
「少なくともヒビキはそういう考え方だったって事でしょう? そんでもってカント。私はこう言いたいのよ。あんたが憧れているヒビキは言ったわ。若者は大志を抱けって。だからあんたもいつまでもメソメソしてんじゃないわよ」
「あっ……」
カントは思わず絶句してしまった。あっ……の後に言葉が続かない。
そうだ。確かにそうだ。今のカントの状況は、ヒビキがその言葉を語った場面とそっくり同じじゃないか。
──そうだ……やってみなきゃわかんない。確かに天候術師は戦いに向いてないって言われてるけど、実際にやってみなきゃわかんねえっ!
ヒビキの言葉を自分と重ねる内に、ふつふつとやる気が湧いてきた。
ヒビキの言葉が単なる綺麗事や根拠のない絵空事ではないことは重々に知っている。というのも、今では信じられないことだが、ヒビキが無限術師になった当初の頃は、無限術師は誰からも選ばれない不遇職だったらしく、ヒビキは周囲から馬鹿にされることも頻繁にあったようだ。
だが、ヒビキはそんな周囲の評価を笑い飛ばしながら天位の座を目指して実際にたどり着いた。
そういう所だ。カントはヒビキのそういう所に憧れたのだ。決して無限術師だったからではない。
──だから俺は……俺も!
意を決したカントはそれを姉に告げた。
「サラ、俺は天位の座を目指すよ! 最強の天候術師に俺はなる!」
「うわーーっ……大きく出たわねカント。でも腐ってるよりなんぼかマシね。大丈夫。もしダメだったとしても無限術師である私が養ってあげるわ」
「おい! ダメだったらとか言うな!」
……。
……。
周囲から生暖かい目で見られている姉弟は、しばらく口喧嘩を続けていたが、やがてランタン通りを後にした。
彼らも近いうちに冒険者として、この迷宮都市を賑わせるのことになるだろう。
この都市が生まれておよそ900年。未だ冒険者たちの時代は終わらず、街は今日も今日とて騒がしく生きている。
終わった。やっと終わった。
最後の最後、なかなか筆が進まず、だいぶ間が空いてしまいました。待っていてくれた方、ありがとうございます。
戦え無限術師はこれで完結です。
小説自体はまだまた書くつもりなので、また別の作品で出会えれば嬉しいです。
それでは。




