130 天空迷宮、その1です。
「隊長……隊長!」
俺はフルルの声と頬の痛みで目を覚ました。目の前には、涙ぐんでいるフルルがいる。
「えっと……」
一瞬、状況が分からずに困惑したが、
「そうだ! たわわちゃん!」
と、彼女の安否が気になり、連鎖的にサリエルのこと、そして自分が一度、死んだことを思い出した。
「痛……くは無かったな……」
即死だった事もあり、苦痛は無かった。
そして、サリエルとの戦いの前に選んだ『魂の転移』は無事発動した。
その後は表現し辛いのだが、肉体を失い魂だけになった俺は、あらかじめ決めておいた分身へと引き寄せられた過程が、目も耳も失った筈なのにはっきりと分かった。
どうやら、『魂の転移』は死後、色々と動けるスキルのようだ。今回はあらかじめ決めておいた分身にそのまま入ったが、状況によっては別の分身への鞍替えも、たぶん出来そうだ。使い勝手の良いスキルだと思うし、元の体を失ったわけだが、喪失感はなかった。俺は俺という実感がある。
──案ずるより生むが易しか。
男でありながら、そんな言葉が浮かんできた。
とにかく、『魂の転移』は成功した。
ところが、分身の体に俺の魂が入り込んだ時、地面に叩きつけられるような衝撃があって俺は気を失った。
「くそ! ミスった!」
俺が意識を失ったせいで、呼び出していた分身が全て消えていた。痛恨のミスだ。確かに衝撃はあったが、そこまで酷いものでもなかった。ちゃんと覚悟して受身? を取っていれは耐えられたし、いっそのこと『代行権』のスキルで、俺が意識を失った時の後釜を用意していれば良かった。死んだのは初めてだから仕方がないとはいえ、悔いが残る。どれだけの時間が経って、たわわちゃんはどうなったのか?
「フルル! 俺はどれっくらい死んでた⁉︎」
焦りのあまり、そんな問いかけをした俺にフルルは目を白黒させながら答えた。
「えっと、15分くらい」
「15分!」
なんてこった! 15分もあれば、あのクソ野郎がたわわちゃんに酷いことをするには十分じゃないか⁉︎ もしかしたら、今ごろ奴はたわわちゃんを、どこぞの宿屋に連れ込もうとしているかもしれない。
──もし、そうだったら都市中の宿屋をしらみつぶしにしてでも探し出してやる!
俺はそう決めた。例え、無関係の他人にどれだけ迷惑をかけようとも知ったことか。なんなら、この騒動が終わった後、俺の分身をずらりと並べて何千人規模の土下座を披露したって構わない。
──とにかく、今は!
俺は分身を生み出し始めた。
戦うにしろ、探索するにしろ、俺は分身がいなければ何もできない。
じゃかじゃかと分身を作って地面に散らばっている武具を拾わせる。
そんな時だ。
「あの……隊長は本当に隊長なの?」
と、フルルに尋ねられた。
「?」
一瞬、何を言っているのか理解出来なかったけれど、フルルの戸惑う顔を見てピンときた。
俺はまだフルルに『魂の転移』のスキルのことを話していない。そのことを知らなければ、そりゃ、幽霊を見るような顔をする筈だ。
「悪い。話してなかった。俺、新しいスキルを手に入れたんだ。ほら、これ」
そう言って、俺のステータスを開いてフルルに見せた。『魂の転移』の部分を指差して強調する。
「何? ……魂の転移?」
「そう、魂の転移。文字通り、俺の魂を分身の体へと移し替える能力。例え、今みたいに死んでも、分身が一人でも存在していれば、そいつに魂を定着させられる。俺は呼び出した分身が全滅しない限り死なない存在へと、超パワーアップしたんだ。──今は、ちょっと失敗したけど、次からはもう大丈夫!」
「〜〜〜〜!」
俺はフルルを安心させる様に言ったけど、フルルからはグーで殴られた。グーで!
小柄なのでたいして痛くはなかったし、むしろ、奴隷の首輪が反応して、フルルの方が辛そうに地面に崩れ込んでしまったのだが……、
「だ、大丈夫か⁉︎」
呻き声をあげるフルルに、心配して問いかけるとジロリと睨まれた。
「先に言ってよ、そういうことは! こっちは、隊長が死んじゃったって、本気で思ったんだから!」
「ごめん! えと……その、ごめん」
かつてない程にお怒りのフルル君。
いや、そもそも、『魂の転移』を選択したのは、アストリアさんが窓ガラスをぶち破って、たわわちゃんがピンチで、敵が天位の4番だと聞いた時なので、のんびり説明する時間はなかった訳だが、滅多に怒らないフルルが怒っているので、言い訳よりも、こめつきバッタの様にペコペコと頭を下げることを選んだ。
それが功を奏したのか、フルルは怒りを解いてくれた。
そして、分身たちも、とりあえず100人位は呼び出したので、フルルに『転移』をお願いした。
「大丈夫?」
フルルが心配そうに尋ねてきたが、
「大丈夫! 今の俺は魔王より強い」
俺は、ついさっき殺されたばかりにもかかわらず、そう断言した。
ただの気休めや、根拠のない楽観なんかじゃ断じてない。確信がある。
何故なら、今の俺は、前の体の時に感じていたマナポーションを飲んだとき特有の倦怠感が無くなっている。
それでピンときた。選択スキルを選ぶ時に、いつものように『分身召喚数倍化』を選ばなかったのは、本体を狙われたら弱いという弱点を消す事が第一だったけど、他にも、もしかしたら新しい体に移れば、それまでの消耗や疲弊を、全てリセットできるんじゃないかという仮説があったからだ。
ステータスを開いて見ると、魔力がほぼ最大値まで回復している。
減っている分は、たった今呼び出した分だろうから、新しい体に引っ越した時点で魔力は最大値まで回復していたんだろう。
これはあれだ、新しい分身は常にフレッシュ、魔力満タンの状態で出てくるわけだから、そこに引っ越したら当然、フレッシュな状態なわけだ。
つまりは、魔力が尽きるまで分身を呼び出し続けて、魔力がなくなったら新しい体へと移動、更に魔力が尽きるまで分身を呼び出しつづける……なんて、無限ループじみた真似も可能なのだ。
──これなら、あのクソ野郎にも勝てる!
『魂の転移』を得た俺は、はっきりと奴を、『魔王』と呼ばれる天位の4番を超えていると思う。
際限なく増え続ける数の暴力は、きっと最強すらも凌駕する筈だ。
「行くぞ、野郎ども!」
俺は分身たちの先頭を切って『転移』へと飛び込んだ。もう後ろで、安全を確保する必要もない。
『転移』で再びカテュハさんの屋敷があった場所に戻った俺は、予想もしていなかった状況を目の当たりにして絶句した。
「……………………………………………………サリエル」
長い沈黙の後、魔王に向かって名前を呼んだが、奴は何も返さなかった。
それもそのはずだ。どこをどう見ても奴は死んでいた。
物を言わない骸の開かれた瞳は虚ろで、一瞬、憐れむような感情が沸いて出てきたが、ブンブンと首を振って打ち消した。
何で死んだにせよ、自業自得だ。それよりも──、
「たわわちゃんは?」
彼女はどこにもいなかった。俺は更に分身を呼び出し彼女を探す為に散らばらせた。
「何があったんだよ、お前」
答えがないことはわかっていて、それでも言わずにはいられなかった。
見ればサリエルの体には所々、焼け焦げた後がある。炎による攻撃を受けたか……もしくは電撃か、後者ならサリエルを仕留めたのはたわわちゃんという事になる。
あの状況から逆転できるとは、にわかには信じられない。が、『魔王』より強い誰かが、偶々、ここを訪れてサリエルを負かした……というのも、なかなか無理がある。
──なんかないか?
手がかりを探して辺りを見回しても、それらしい物は見つけられなかったが、ふと、見覚えのある物を見つけた。
たわわちゃんが常日頃、肌身離さず身に付けている愛剣だ。
拾って、まじまじと眺めた。
たわわちゃんの剣は、この激戦の最中でも無事だった。折れたり刃毀れをしている様子はまるで無い。
もし、たわわちゃんがサリエルを倒したのだとしたら、剣はイの1番に回収するだろう。
「わっかんねーな……」
ぼやいた俺に、分身から連絡が届いた。
「隊長! こっちでアストリアさんが気を失っています!」
「わかった! すぐ行く!」
一緒に戦った戦友は、さほど離れていない場所で気を失っていた。
「アストリアさん、アストリアさん!」
幸いにして、怪我はなさそうだったので、俺がフルルにされた様に、ペシペシと頬を叩くと、彼女は目を覚ました。
「大丈夫か?」
俺の問いかけに、彼女は寝起きの様な半眼で答えた。
「いえ、死人が目の前にいます。私も死にましたか? なら、墓碑には『タワワ様の忠実な僕、ここに眠る』と記載してくれませんか?」
「……起き抜けに、そんだけ言えるのなら大丈夫だね。あと俺は死んでない。……ところでたわわちゃんが何処にもいないんだけど、アストリアさんは俺がいなくなった後のことを知ってる?」
「はっ⁉︎ タワワ様!」
アストリアさんはたわわちゃんの名前を聞いてばっと飛び起きた。
そのまま、俺を置き去りに戦場に戻ると、まず、サリエルの遺体をジッと見つめたが、直ぐに興味を失って、あたりをキョロキョロと見回した。
どこにもいない事を確認した彼女は、やっと追いついた俺を振り返った。
「タワワ様……タワワ様は何処に行きました?」
「それは俺が知りたい。俺は俺が潰された後のことは知らない。ついさっき、戻ってきてサリエルが死んでるのを見つけたし、タワワちゃんは何処にもいなかった…………因みにサリエルをやったのはたわわちゃん?」
彼女は、難しい顔をして思い返すように独白した。
「私も途中からどうなったかは知りません。でも、こいつを倒したのはタワワ様だと思います。……いえ、あれはタワワ様と言ってもいいのか……タワワ様はヒビキさんが潰された後、拘束から抜け出しましたが、まるで人が変わったようでした。笑い転げたり、飛び跳ねたり……戦い方も、いつものクールさは影を潜めて遊び心が混じっているような感じでした。あと、私が邪魔だったらしく、気絶させられたのですが……そうです。タワワ様はテェルネと名乗っていました」
「テェルネ?」
知らない名前だ。たわわちゃんは二重人格者だったりするのだろうか?
──もしくは、なんらかの憑依系スキル持ちだったり?
確か、ごく稀にそんなスキルを発現した奴がいたらしいが、何にせよ、今のところ、それ以上のことはわからない……というより、俺はそのたわわちゃんを見ていないから実感が湧かない。笑い転げるたわわちゃんとか、本当にイメージ湧かない。
「とりあえず、サリエルを倒したことは間違いなさそうだけど、一体、何処に……」
なんとも言えない不安を募らせていると、晴天に霹靂が轟いた。
ばっと、そちらを向くと、遅れて雷鳴がやってきて、俺たちは顔を見合わせた。
「今のは?」
「タワワ様?」
根拠はない。
ないが、たわわちゃんの仕業だと確信した。
どの道、ほかに当てがないこともあり、俺たちは雷の落ちた方角へと駆け出した。