125 放浪の魔王、その6です。
「全く、とんだじゃじゃ馬だ」
サリエルとタワワの戦いが始まって、およそ15分。サリエルはそう呟かざるを得なかった。
今も、サリエルが放った四方から襲いかかる黒鳥の群れを、あっさりと抜けて懐に入られた。と同時に右腕と右脚に衝撃が走った。
斬られたのだ。ダメージはないが、愉快ではない。
──じゃあ、これは、どうだい?
シャドウランス。死角である足元からの攻撃だったが、少女は見えているが如く避けた。
だが、構わずに追撃を放っていく。基本、サリエルの戦術は物量戦だ。1で駄目なら10。10で駄目なら100を出せばいい。
下から漆黒の槍が這い出る。
更に上空から黒鳥の群れが襲いかかった。
しかし、彼女はひらりと舞った。先程、カテュハが耕したせいで、大分足場が悪いのだが、その上を滑る様に駆け抜けて黒槍をかわし、煌めく白刃が黒鳥を斬り落としていく様は、まるで、あらかじめ動きが決められている舞踊の様にさえ見える。
──美しい。
思わず見惚れたほどだったが、唐突に雷の剣がサリエルの肩に刺さった。
中級雷撃魔法『ライトニングエッジ』全くの無詠唱、何ら予備動作の無い一撃だった。剣の腕だけではなく、魔法の腕も超一級品だ。
彼女の攻撃は更に続いた。
「雷・伝波」
手のひらに生まれた雷を、そのまま地面に叩きつけた。
雷は地面を伝い、彼女に迫るシャドウランスを駆逐し、それでも飽きたらず、サリエルを襲った。
「これも、効かない……」
相変わらず無傷のサリエルを見て、タワワはそう呟いた。
言葉だけなら落胆している様にも聞こえるが、その表情に動揺はない。ただ事実のみを捉えて、次の方策を練っている。
サリエルに対して激しい敵意と戦意を向ける一方で、冷静に冷徹に状況を把握する様は、まだ10代の少女のものとは思えない。まるで百戦錬磨の古豪の如き立ち姿だ。
「将来有望の剣士……か、噂など当てにならないものだ」
ついサリエルは、聞き込みをおこなったギルドの職員の言葉を思い返して愚痴を吐いた。
将来有望どころではない、カテュハに匹敵する回避能力と、遠近、共に豊富な攻撃手段、それらを十全に使いこなす判断力、彼女は現時点で既にカテュハに肩を並べているか……もしくは超えている。
その上、
「空を蝕む夕闇の調べ、ブラックカーテン」
上級闇魔法『ブラックカーテン』とにかく攻撃範囲の広い魔法で、それを以ってして、素早い彼女を包み込もうとしたが、再び生み出された雷の刃がブラックカーテンに突き刺さり、霧が晴れるように霧散した。
中級魔法で上級魔法が相殺された。
「相性が悪すぎるな……」
魔殺しのアステリアの祝福。厳密には魔と闇は違うものだが、それでも親和性があり、破魔系の能力には相性が悪い。
また、天の導きを持つのだから、サリエルの18番たる闇の勾玉以下、拘束や支配のスキルは軒並み効果がない。
殺すならともかく、生け捕りとなると、中々に厳しい物がある。
「本当に彼女を思い出す……」
思い余って、彼女を殺してしまった、あれから数百年。サリエルはずっと、あの時どうすればよかったのか考えてきたのだ。
──厳しくともやってみせよう。
そう思った瞬間、左腕に雷の刃が刺さった。
「無駄だよ」
スキル『精霊石』は魔でも闇でもない。相性の悪さは存在しない。そしてサリエルの持つ膨大な……理不尽なまでの霊力と組み合わさる事で、正に無敵の鎧と化す。今まで、それを打ち破った者など一人もいなかったのだが……。
一瞬で距離を詰めたタワワがサリエルの左腕を切りつけた。
それも、やはりサリエルに傷を負わせる事は出来なかったが、構わずに斬撃を続けた。
息つく間もないというのはこの事だろう。時折、スキルも交えた連撃は終わることなく繋がっている。サリエルでなければ何回殺されている事やら。
──だが、これは逆に都合がいい。
素早い彼女が近寄って来ているのだ。前がかりに襲ってくれた方が捕まえ易い。と、自らの防御力に絶対の自信を持つサリエルは思ったのだが、タワワの方が一枚上手だった。
至近距離から中級闇魔法『アドルガアックス』を放ったが、あれだけ勢いよく攻め込んでいたのが嘘の様に、サッと身を翻した。
外れたか、などと思っていると、置き土産の一撃を貰った。
「落雷」
上級魔法をワンフレーズで発動させ、サリエルに落とすと、なおも天剣の一撃が飛んで来た。
一瞬、妙な感覚が左腕に走った。
なんだと左腕を動かそうとしたら、今度は再び同じ感覚が走った。今度はわかった。ずっと、それこそ、何百年という単位で感じたことがなかったが、これは痛みだ。
見れば、服が切り裂かれ、うっすらと切り傷が出来ていた。
戦闘に支障が出る程ではないが、サリエルは動揺した。
──馬鹿な⁉︎ 一体、何故⁉︎
『精霊石』の防御は絶対。というサリエルの常識が崩れた。タイミング的には天剣の一撃で斬られたのだろうが、斬れぬもの無しと謳われる天剣ですら、サリエルの『精霊石』だけは斬れない筈なのだ。
「一体、何をしたんだい?」
「……………」
思わず問いかけたが、タワワは無言だった。無言のまま、呼吸を整えている。
その姿を見てピンときた。今までの戦いで、彼女が呼吸を乱したの始めてだ。つまり、今の一連の攻撃は彼女にとっても呼吸を乱す程の無茶だったのだろう。
そして、思い返せば、最初から最後まで彼女はサリエルの左腕だけを狙ってきた。
理屈としては単純な足し算だ。一撃では足りないから二撃。二撃でも足りないから3撃と、『精霊石』の防御力を上回るまで積み重ねていったに違いない。あまりにも短期間に行われた為に、霊力の補充が間に合わなかったのだ。
真相を悟ったサリエルが抱いた感情は……感嘆だった。
理屈としては簡単でも実行するのは至難の業だ。
剣と魔法をあれだけの密度で繋げなければならないのだ。少なくともサリエルは、同じ真似ができる人間を知らない。
強いて言うなら賢帝ハウゼルの多重魔法が似ていると思うが、あれは攻撃範囲が広く、一点に攻撃を集中させるような真似は出来なかっただろう。
「本当に稀有なる存在だ。君は既に天位に肩を並べている……ますます、君の事が欲しくなったよ」
褒めて、求愛したというのに、彼女は冷たかった。
「貴方は不滅の存在ではない」
つれなくそう返して、再び、突撃の構えを見せた。
このままでは、更に傷を負うことになる。
「仕方がない」
サリエルは嘆息した。そして、
「傀儡王、阿修羅」
そう呼ぶと同時にサリエルの足元から影が広がった。
咄嗟に、危険だと判断したのか彼女は距離をとった。その判断は正解だが、これを出す以上はどんな判断も無駄だ。
広がった影が、今度は縦に伸びていく。人の肩を模した腰を、肩を、腕を、そして頭を形作った。
6本の腕を持つ、影の巨人。
サリエルの切り札だ。だが、実の所、サリエルはこれを使いたくはなかった。これは手加減が難しいのだ。かつて、天位の3番たるミディナスを殺してしまったのもこれだ。
阿修羅を深刻な表情で見上げているタワワに告げた。
「出来れば使いたくはなかったが……死なないでくれよ」
影の巨人が動き出した。
戦え無限術師、読んでくれてありがとうございます。
新作始めました。『サッカーと恋愛』です。よかったら、そちらの方も見て行って下さい。




