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124 放浪の魔王、その5です。

 

 突如始まった天位同士の戦いは、周囲の人間を避難させた。事の詳細を知らなくても、あの風月が引き起こした事態を見れば、巨大な影の獣を見れば、大抵の人間は、賢明に避難するだろう。

 ごく一部、愚かな勇者が、遠巻きに見つめているが、それも瓦礫の中に足を入れるほど愚かではなかった。


「本当に、最後まで面倒だったな……」


 サリエルは闇の幻獣に捕まっているカテュハに、隷属の鎖をかけながら、そんな事を呟いた。


「ぅ……」


 対するカテュハは、闇属性の攻撃で、体内のエネルギーが枯渇して、半ば意識が飛んでいた。


「こうなることはわかっていただろうに、理解できないよ」


 結局のところカテュハの攻撃は、サリエルの絶対防御を貫くことは出来なかった。

 さもありなん。サリエルはかつて、2度、天位と矛を交えたことがあるが、そのどちらもサリエルを傷つけることは出来なかった。

 ましてやカテュハはシーフ、決して戦闘に向いているとは呼べないジョブだ。

 サリエルにしてみれば、戦う前から結果は知れていた。


「さて、ようやく手に入るわけだ」


 カテュハを支配したサリエルは、そのまま、カテュハのタワワ=リンゴレッドに対する支配権を譲ってもらう事にした。この手の誓約魔法はお手のものだ。

 カテュハの手と自身の手を合わせた。


「タワワ=リンゴレッドの主は、これよりサリエル=ダーウィンとなる。同意してくれ」

「……ど、同意する」

「………………よし、終わった」


 主従権の受け渡しを終えたサリエルは、カテュハにかけていた隷属の鎖を解いた。平和主義者のサリエルは、必要もないのに人を殺しはしないし、支配し続けたりはしないのだ。


「さて、後はあの子が帰ってくるまでどう暇つぶし……」

「カテュハ!」

「を、する迄もなかったな」


 ちょうど良いタイミングで、彼女が戻ってきた。

 その彼女、タワワ=リンゴレッドは自分の暮らす屋敷が瓦礫と化したことに驚き、戸惑いながらも、サリエルの元へのやって来た。


「やあ、また会えて嬉しいよ」


 サリエルは朗らかに言ったが、彼女は笑わなかった。険しい瞳でサリエルと背後に控える魔物と、その手に握らせるカテュハを見据えている。


「貴方は昨日の……。貴方がこれをやったの?」

「ああ、そうだよ」

「何故? カテュハに恨みでもあったの?」

「いや、彼女には別に恨みなどないさ。ただ、君を私に売ってくれないかと話を持ちかけたんだが、頷いてくれなくてね。挙げ句の果てには蹴りかかってくる始末だ。仕方がないから応戦して、力ずくで君との主従契約を奪うことにしたんだ。ああ、屋敷を壊したのは私ではないよ。彼女がやったのであって私は悪くない」

「…………」


 サリエルが言葉を発するごとに、タワワの放つ気配が冷たく鋭利な物に変化していった。


「私を手に入れる為にカテュハを傷付けたの?」

「ああ、私は君を愛しているからね」

「愛? これが⁉︎」


 その言葉がきっかけでタワワは剣を抜いた。

 高みを目指す訳でもなく、誰かを助ける為でもない。

 只の憎しみによって剣を抜くのは、タワワにとって初めての事だった。

 そのまま、サリエルを斬り伏せようとして、身体中を駆け巡った痛みに地面に膝をついた。


「っ……!」

「やめたまえ。君の主人はもう彼女ではなく私だ。その私に剣を向ければ、契約違反として辛い目に遭うのは君だ。大人しく剣を捨てなさい」


 タワワの為を思っての忠告だったが、タワワは苦痛に顔を歪めながらも拒絶した。


「絶対にイヤ……例え死んでも貴方には従わない」


 断固とした決意と共にタワワは切っ先をサリエルに向けた。


「その苦痛の中で、剣を手放さないのは大したものだが……不毛だよ。例え、主従契約が無くとも私に傷を付けることなど出来ない。天位たるカテュハですら不可能だったんだ。──そういえば自己紹介がまだだったね。私の名はサリエル=ダーウィン。400年の時を生きる私を人は魔王とも呼ぶ」

「天位の4番? …………ううん、関係ない」


 例え、誰が相手だろうと引く気は無い。そんな態度のタワワにサリエルはため息をついた。このままだと、彼女は死んでしまう。


「仕方がない」


 手の平から生み出した闇の勾玉を彼女に向けた。

 普段のタワワなら容易く避けられるだろうが、今は全身が苦痛で引き裂けそうで、まともに動けなかった。

 タワワは闇の勾玉をかわせず、その体を影が縛った。


「くっ!」


 振りほどこうにも、振りほどけない。特に剣を持つ効き手が雁字搦めで一切の自由が効かず、タワワは剣を取り落とした。


「こっちに来なさい」


 言葉と同時に、タワワの体は宙に浮き、サリエルの元へと運ばれた。

 そして、もう自分の物なのだ、という事を分からせる様に、その頬を撫でた。


「私に触るな」


 なおも拒絶するタワワに、サリエルは肩をすくめながら言った。


「世の中というのは、力を持つものがルールを決めるものだ。優しくしたければ優しくするし、欲しければ奪う。誰よりも力を持つ私には、全てを思いどおりにする権利がある。君は内心はどうあれ従うしかないのだよ」


 それは、サリエルにとって当たり前の理屈だった。400年という年月がそれを裏打ちしていた。彼は思いのままに生きてきて、それを止められる者は誰一人としていなかった。

 だが、タワワにとっては到底頷けるものではなかった。

 この迷宮都市に来てからと来る前、生まれてきてから今までの全てがサリエルの主張を否定していた。


「力を持つものは、自らを律して、誰かを助ける為に力を使うべき。決して横暴に振る舞うべきじゃない」


 サリエルは嘆息した。彼にとっては子供の理屈だ。


「それは只の綺麗事だよ。世の中は、そんな風には回ってない。大体、その理屈が正しいのなら、奴隷など生まれはしないだろう?」


 言い聞かせるつもりでそう言った。が、


「そうかもしれない。でも、きっと沢山の人たちが綺麗事に命をかけてきた。これまでも、これからも、絵空事を現実にしようと頑張る人は沢山いて、思いは繋がっていく。貴方がどれだけ強くても、自分さえ良ければいいという貴方の理屈は貴方だけのもの。他の誰にも繋がらない貴方の事を可哀想とすら思う」

「………………」


 タワワの言葉にサリエルは沈黙した。

 何ら力の裏づけのない、綺麗なだけの夢を語っているだけだ。

 それだけなのだが、その揺らぎのない眼差しが、過去を思い出させた。


『あんたには夢がないな、サリエル。そんなんで生きてて楽しいのか? まあ、何にせよ、そんなあんたの隣なんざまっぴら御免だね』

『綺麗事? 只の自己満足? 上等じゃないか? 私は自己満足を死ぬまで貫くよ。それで死んでも、私の意思を継いでくれる人が沢山いるさ』


 天位の3番、救世の騎士、ミディナス=マーズアリア。サリエルの前に最強と呼ばれ、サリエルが初めて恋をして、そしてサリエルの物にならずに死んでしまった女。

 今、目の前にいる少女は、容姿も雰囲気も似つかないが、その目と物言いが彼女を思い出させた。

 そんな、一種の感慨に浸っていると、少女は続けた。


「もう一度、言う。私は貴方には絶対に従わない。──天の導き」


 その言葉と共に、陽光を収束して作られた光の槍がタワワの首を貫いた。サリエルの首ではなく、タワワ自身の首をだ。


「天の導き……だと?」


 あらゆる支配の力を打ち砕く天の槍。

 いま、正に思い返していたミディナスだけが使っていたスキルだ。

 少女の体を縛っていた影が消し飛び、更には奴隷の象徴でもある黒い首輪が二つに割れた。

 次の瞬間、サリエルの前から少女の姿が掻き消えた。

 何処に行った? と、思う前に全てが終わっていた。

 何の制約も受けなくなったタワワは、サリエルの斜め後ろに回り込むと、磁力を操る魔法を使って、先程取り落とした剣を手元に引き寄せ、しっかりと掴み、カテュハを握りしめていた闇の幻獣の腕を切り落とし、返す刀で指を切り落とした。

 そして、自由になったカテュハを片手で担ぎ上げながら、闇の幻獣の背後へと飛び、剣技一線。

 光の刃が闇の幻獣を容易く袈裟懸けにして、更にその先にいたサリエルをも襲いかかった。


「うお!」


 傷を負いはしなかったが、予想外の攻撃にバランスを崩した。

 その隙に、タワワはカテュハを担いだまま、かろうじて形が残っている屋敷の門へと向かい、その影に潜んでいたメガネの少女に声をかけた。


「アストリア」

「タワワ様! ご無事でなによりです!」


 そう破顔するアストリアはその手に弓を構えていた。どうやら、あの男を狙撃するつもりだったらしい。


「私を助けようとしてくれたの? ありがとう」


 タワワが率直に謝辞を述べると、彼女は歓喜に震えた。

 別に自分はそんな御大層な存在でもないのに、と思いながらも彼女の好意に甘える事にした。


「貴方にお願いがあるの」

「なんなりと言って下さい!」

「カテュハを病院まで連れて行って欲しい。私には、まだやるべきことがあるから」

「あの、いけ好かないストーカー男をぶちのめすんですよね? ……大丈夫ですか? あいつは天位の4番。カテュハさんがこんな風になる相手ですよ?」


 アストリアの意見は至極まっとうだったが、それでもはっきりと答えた。


「大丈夫、私が勝つ」


 どのみちタワワ自身が狙いなら逃げられないし、逃げる気もない。

 表面上は冷静に見えて、その内面では体の隅々まで怒りと闘志が駆け巡っている。

 そのことがアストリアにも理解出来た。故に、これ以上言葉を重ねることなく、大人しく怪我人を受け取った。

 そのまま、傍らに置いてあった浮遊版に乗り、


「ご武運を」


 短く、激励の言葉を送ってから病院に向かった。

 それを見届けたタワワは、改めてサリエルへと向かった。

 サリエルは天剣の一撃を受けたにも関わらず無傷だった。


 ──これが、名高い精霊石の力……。


 慎重に相手の力量を見計らいながら、再び、今度は対等な立場で向き合った。

 口火を切ったのはサリエルの方が先だった。


「何故、今まで奴隷だったんだい? 天の導きを使えるなら、いつでも解放されただろうに?」

「カテュハは、いつか私を奴隷から解放するつもりだった。なのに、わざわざ、天の導きを使う理由がない」


 更に言うなら、カテュハがタワワを解放する時は、きっと、カテュハがタワワが独り立ちしても大丈夫と認めた時だった筈で、タワワはカテュハから認められたかったのだ。


「ふーむ、よくわからないな?」

「貴方にわかってもらう必要はない」


 サリエルと言葉を交わすうちに、おやっと思った。

 タワワがサリエルの支配から逃れたというのに、サリエルの気配から落胆を感じない。それどころか妙に生き生きとしている様にすら思える。


「君はミディナス=マーズアリアを知っているかい?」


 唐突に、話題が変わった。タワワには質問の意図が読めなかったが、それでも正直に返した。


「知ってる。天位の3番、常に弱者の為に戦い続けた救世の騎士。剣を取る者の理想の姿。私も、そうあれと父から教わった」

「君は彼女に似ているね。剣を取る者であることも、その力も。知っているかい? 彼女もまた、天の導きや、天剣……それにアステリアの祝福か、それらを持っていたのだよ」

「…………何が言いたいのかわからないけど、私は彼女の様に貴方に殺されたりはしない」


 そうサリエルに告げて剣を構える様は、やはり彼女を思い起こさせた。


「殺したりはしないさ。私は彼女を誤って殺してしまった事を、ずっと後悔していたのだよ……今度は失敗したりはしない。上手く、手に入れて見せるさ」


 その言葉と共に、サリエルの手から黒鳥が飛び立っていった。



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[一言] んー、魔王見事なクズっぷり。 次回が楽しみ。
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