123 放浪の魔王、その4です。
天位の4番、魔王サリエルと、天位の8番、賢帝ハウゼルが本気で矛を交えた事があることを知る者は、ごく僅かしかいない。カテュハはそのごく僅かに分類される人間だった。
何故、知ることになったかと言えば、二人の戦いの結果、ハウゼルが敗北し、しばらく使い物にならなくなったからであり、その代役として王都に滞在していたからだ。
当時は、まだ、賢帝の制約と呼ばれる法律が作られたばかりの頃で、理念に現実が追いついておらず、魔石の供給にせよ、野良の魔物への対処にせよ、不測の事態がたびたび起きた。
そんな時、ハウゼルは自らの足で出向いた。
強く、賢く、権力を持ち、金や名誉も持っているが為に執着しないハウゼルが出向けば、大抵の厄介事は問題なく解決するのである。
そんな万能の駒であるハウゼルが、怪我で寝たきりになれば代役は自ずと限られる。少なくとも武力が必要な場面においては、同じ天位であるカテュハにしか勤まらないだろう。
「という訳で、ルミナスの地に行ってくれぬか? 君がそこにいて武力衝突を牽制してくれれば、カラド派もラグナ派も自分から動きはすまい。後は他の者が和平の段取りを整える」
「ああ、そりゃ構わないけどさ……その怪我でよく仕事をする気になるな?」
ハウゼルは身体の至る所に包帯を巻いていた。王族お抱えの治癒師に治療してもらってなおそれなのだ。
そんな、寝たきりで指一本満足に動かせぬ容体でありながら、なおも政治を行うハウゼルは、尊敬に値するが呆れもする。少なくともカテュハにはやれない。やりたくもない。
「民の暮らしは待ってくれぬ。ましてや私戦が原因で政りごとを滞らせるなどあってはならぬ」
「……ご立派。皇族の鑑だよ、あんたは」
投げやりの口調ではあったが、言葉自体はカテュハの本心だった。
この若き天位は、世の為人の為に身を粉にしている。
自由人のカテュハには真似できないが、できないが故にハウゼルには一定の敬意を抱いている。
手伝いくらいなら、やってやっても構わない。
それにしても、
「あんたが、ここまでやられるとはな……サリエルの奴はそれほどに強かったのか?」
当時、何げにハウゼルに上手いこと、こき使われていた。魔物の駆除の為に共闘することも度々あった。
ハウゼルの実力が自分よりも数段上である事は知っていた。だからこそ、そのハウゼルがここまでやられるとは、ちょっと信じられない。
「ああ。こちらは殺すつもりで、数多の術を試したのだが、とうとう、あの男の障壁を越えることは出来なかった。あの男が手心を加えなければ死んでいたな、私は」
「まじかよ……」
後年、ハウゼルは賢帝と称されているが、それはハウゼルの政治や治世に対する賞賛であり、当時は千の魔弾という二つ名で呼ばれていた。その由来となった、あの理不尽なまでの多重魔法を、あのヤサ男が凌ぎきったらしい。
「魔王の称号に、最強の呼び名に偽りはなかった訳だ。あれを超える輩なぞ、後にも先にもおらんだろう」
「まあ、あんたがそう言うなら、間違いないだろうが……いいのかよ? 娘さんは?」
それが、サリエルとハウゼルの争いの理由だった。
「……しょうがあるまい。あれが家を捨ててまで、あの男と一緒になりたいと望むのだ。それに皇族といっても、ウチは傍系、本家は盤石であるし、領地の治世は息子がやる。あれが家を捨てた所で、一族も治世も揺るがんよ」
周囲からの特別扱いにうんざりしていた皇族の姫君が、普通に接してくれる貴公子に心を惹かれ、政略結婚を嫌い、その地位を捨ててまで真実の愛を取る。
たいそうドラマチックなヒロイックサーガではあるが、サリエルを知るカテュハには首を傾げざるを得ない。
いや、カテュハだけではなく迷宮都市の人間なら大多数の人間が首を傾げるだろう?
あの男が一人の女に、永遠の愛を誓うのだろうか? と。
そして、ハウゼルもまた若い頃は迷宮都市で暮らしていたのだから、サリエルの噂を知らない筈がない。
「サリエルは、あんたの娘とずっと添い遂げる気はあるのか?」
「ないな」
即答だった。
「あの男にとっては、今までと同じ気晴らしの相手にすぎんよ。娘相手に普通に接したのも、あれにとって、皇族の娘であることなど、どうでもいいことだからだ。気晴らしが終われば去るだろうさ」
「……つまらん話だ」
カテュハは嘆息した。容姿だけなら満点のあの男を好きになれないのは、こういう所だ。
実の所、カテュハとサリエルの恋愛観は、割と似ている。
特定の相手とずっと添い遂げるのではなく、一時の恋人と割り切っている。それは、不老という要素から、必然的にそうなる。
だが、一つ決定的に異なる点がある。相手への配慮だ。
少なくとも、カテュハは惚れた相手の事情を汲み、時と場合によって身を引くこともある。
サリエルは違う。付き合う相手の事情を考慮しない。
お姫様に地位を捨てさせておきながら、いずれ、平然と放り投げるだろう。
なまじ、価値観が似ているだけに、より好きになれない。
ハウゼルがポツリと呟いた。
「あれは、幸せにはなれんだろうな……」
「…………」
体中に怪我を負い満足に動けない。そんな状況にあって、なおも覇気と知性と気品を失わない男が、この時ばかりは、ゴブリンよりも無力に思えた。
その後、特に変わった事は起こらなかった。
サリエルはしばらくして、いつもの様に放浪の旅を始め、お姫様だった女の子は幸せになれなかった。
もう、ずいぶんと昔の話だ。
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カテュハとサリエルの戦いはカテュハの方から仕掛けた。側面に回りこんでからの回し蹴りが、サリエルの首すじに直撃した。
──ちっ、駄目か!
大木すら容易にへし折る威力だが、サリエルは微動だにしない。
蹴り足を戻すと同時に、軸足を中心として駒のように一回転、今度は逆側の首すじにカカトを入れたが、やはり効果はなかった。
それでも尚、蹴りを入れようとしたが、悪寒を覚えて距離を取るのと、一瞬前までカテュハがいた場所に黒い球が殺到するのは、ほぼ同時だった。
──闇の勾玉……あれに捕まったら終わりだな。
たとえカテュハでも、一つ張り付いただけで大分動きが制限される。動きが鈍れば、二つ目を付けるのも容易で、後はなし崩しだ。カテュハは完全に拘束されることになるし、そうなれば、射程、起動時間を鑑みて、およそ戦闘向きとは言えない隷属の鎖でも、抵抗出来ずにタワワの支配権を奪われるだろう。
とはいえ、感覚に優れたシーフであるカテュハなら、貼り付けられる前に知覚できるし迎撃もできるだろう。
だから、より深刻な問題はカテュハの攻撃が一切効かなかった事の方だ。
──ハウゼルの言う通りか……。
スキル『精霊石』 高位の魔物が持つ、魔石によるダメージ吸収能力と同じく、あまねく攻撃を無効化するスキル。
一見、無敵なスキルに見えるが、スキルを使うには多大な精霊の力が必要で『精霊召喚』と併用しなければ意味がなく、名のある精霊術師でも、一度や二度のお守りがわりが精々という燃費の悪いスキルなのだが……。
──こいつは、これで千の魔弾を凌ぎきった。
異常なまでの精霊を扱う才能。
喧嘩を売っておきながら、いや、売らざるを得なかったのだが、とにかく、こちらから仕掛けておきながらサリエルの完全防御を突破する方法が思いつかない。
カテュハが攻めあぐねていると、
「今度は、こちらから行こう」
今度はサリエルが仕掛けてきた。
スッと手を挙げて、放たれたのはごく初歩的な魔法、魔弾。ただし闇の精霊が混じったソレは、カテュハにダメージを与えうる代物だ。
ひらりと回避したが、2発、3発と立て続けに撃たれた。
更に、闇の勾玉が魔弾とは別に、上から弧を描いて飛んできた。
「ちっ!」
舌打ちしながらも、大きく真横に飛び退いた。サリエルの攻撃を交わしたカテュハは、そのまま、半月を描く様にサリエルの懐に入り込んだ。
硬気功で自らの体を強化してからの、紫電脚。
カテュハのスピードについて行けなかったサリエルは、喉、みぞおち、金的への三連打をまともに食らった。
が、多少よろけただけでダメージを負った様子はまるでない。
それどころか、カテュハの攻撃を喰らいながらも自らの攻撃を辞めなかった。
──くっ! シャドウランス!
カテュハは真下から突き出る槍を、紙一重で回避したが続きがあった。
追撃の槍が地表を伝って、次から次へとカテュハの元へと迫った。
ジャキ! ジャキ! ジャキ! と、逃げるカテュハの後に、闇の槍のオブジェが作られる。
上から俯瞰する者がいたら、まるで黒い大蛇が地表に這い出る様にも見えるだろう。しかも、サリエルの攻撃は続きに続いていて、一向に止む気配がない。
「くそ! なんて数だよ!」
カテュハは、悪態をつきながら地を這うシャドウランスの届かない処まで高く跳んだ。
「それを待っていたんだ」
サリエルの呟きを、感覚を研ぎ澄ましたカテュハの耳が拾い、包み込む様に迫る数十もの闇の勾玉を、カテュハは肌で感じた。
自由の効かない空中では回避できない。そうサリエルは思っただろうが、カテュハがこの場所で跳んだのは、苦し紛れではない。
この場所は、丁度、カテュハの背後からサリエルの方に風が吹いている。そしてカテュハは風に乗れる。
スキル『風の道』文字通りのそれを使い、カテュハは、闇の勾玉の隙間を抜け、サリエルの元まで一直線に駆けた。
その勢いのままに繰り出した飛び蹴りが、相手の顔面に直撃する。
例え、相手が甲冑を着て、大楯を構えていても、防御ごと蹴り砕く威力があったのだが、先程と同じくサリエルは平然としていた。
それどころか、
「なるほど。今の動きが天馬の由縁か……見事なものだ」
などと、関心する始末だ。
構わずに追撃を加えたが、サリエルは悠然とした構えを崩さない。
全く効果がない訳でもない筈だ。魔石にダメージの吸収限界がある様に、攻撃を食らわせる度に確実に力を使っている筈だ。
例え魔王といえども底無しではない……と思いたい。
「黒鳥よ、舞え」
サリエルが新たな攻撃を仕掛けてきた。その左手から黒い鳥が羽ばたいていく。長い時間を生きたカテュハでも見たことのない魔法だ。
黒い鳥たちは、上空を旋回しながら、ある時、カテュハめがけて滑り込んできた。
迎え撃つのは危険だと感じたカテュハは避けることを選んだが、予想以上に鳥のスピードが速い。バックステップを2度、3度重ねる内に、あっという間にサリエルとの距離が開いてしまった。
基本、カテュハは近づかなければ、ろくな攻撃手段を持っていない。
「厄介だな!」
思わず悪態をついた。おそらく、闇の精霊の力で形作った擬似生物なのだろうが、速い上に動きが不規則だ。
ましてや、避けた後も鳥は再び上空に舞い上がり、機を見ては飛び込んでくる。
終わりがない上に、鳥の数は着々と増えている。
段々と余裕がなくなってきたカテュハは、気に入っている花壇に、土足で足を入れざるを得なかった。
足元で輝仙花と呼ばれる花が、グシャと潰れたが嘆く暇もない。
黒鳥が群れをなして襲いかかってくる。カテュハ自身には当たりはしなかったが、黒鳥に触れた輝仙花がみるみると萎れた。闇属性の特徴である枯渇だ。花壇だった場所は、今や生命エネルギーを吸い取られた花の墓場と化していた。
「タワワだって気に入っていたのに……そういうとこだぞ、クズ野郎が!」
先に踏み散らかした自分を棚に上げて、カテュハは怒った。
その怒りのままに、サリエルめがけて駆け出した。
途中、風に乗り、まさに風のごとくサリエルに迫った。
黒鳥と勾玉がカテュハの行く手を遮ったが、構わず突き進む。
そして黒鳥とぶつかる瞬間に、カテュハは手のひらで、ひょいっと黒鳥をどかした。
神の手。両手限定ではあるが、如何なる物理攻撃も魔法攻撃も弾く絶対防御。
その両手をもって、途中の障害物をどかしたカテュハは、加速、剛体、硬気功、からの鉄槌。
ドラゴンの鱗すら打ち砕くかかと落としだったのだが、それでも、サリエルの涼しい顔は変わらない。
──これでも、駄目か⁉︎
顔をしかめるカテュハにサリエルが言う。
「無駄だよ。いい加減に諦めたらどうかな?」
「言ってろ、ボケが!」
罵声で返すも、それは只の強がりにすぎなかった。
このままでは、永遠にサリエルにダメージを与えることは出来ないし、いずれ、捕まるだろう。
なら、より強い手札を……カテュハの切り札を出すしかないのだが……。
──どうする?
そう思案してから、およそ2秒、カテュハは屋敷を捨てる決断した。
鳥を避けながら屋敷の中央に立つ銅像に飛び乗った。
カテュハが、長らくここに居を構えているのには、幾つか理由がある。屋敷の外観や庭が気に入っていること、交通の便がいいこと、日々を過ごす内に愛着が出来たこと、などなど色々とあるが、最大の理由は庭も含めた屋敷の広さが丁度良かったことだ。
これだけの広さがあれば、カテュハが切り札を使っても周囲に被害が及ばない。
腰に下げている短剣を引き抜き、空中に放り投げた。
「荒れ狂え、風月」
カテュハの言葉に反応するように、赤い刀身の短剣は空中で動きを止めた。そして、カテュハが身を遠ざけるのと短剣から風が生まれるのは、同時だった。
まず、真下にあった銅像が細切れに千切れた。
それどころか、地面にも亀裂が生まれていく。
地割れの様にヒビ割れが続き屋敷まで到達すると、屋敷も綺麗なまでに分かれて崩壊していく。
そんな様子を見ていたサリエルが、カテュハに尋ねた。
「どうやら精霊武具のようだけど……なんだい? 全然制御されてないじゃないか?」
「ああ、そうだよ。放し飼いだ。私には精霊を扱う才能なんてないからな」
短いやり取りの間にも、刻々と状況は変化していた。
空を舞う黒鳥も、風に切り裂かれるか、叩き潰されるかして数を減らしていく。
風が渦巻く範囲は、徐々に広がっていき、あわや屋敷を超えるかという所で、膨張するのを止めた。そこが境界だ。
そして次の瞬間、境界内で今までとは比べ物にならない風が吹き荒れた。
カテュハの屋敷だった場所に暴虐の月が生まれた。
「なっ⁉︎」
サリエルが初めて、驚きの声を上げた。
彼が立っていた地面が風に巻き上げられ、傾いたからだ。
斜めになった地面を転がり落ちたサリエルもまた、地を這う風にぶつかって空へと投げ出された。
高く放り投げ出されたサリエルだったが、今度は天井を覆う風にぶつかって下方へと叩きつけられる。
サリエルだけではなく、庭も、屋敷も、境界内にある何もかもが風に巻かれていく。
風の牢獄は、その領域内に存在する全てのものを捉えて逃がさす、翻弄し、もて遊ぶ。
それは使用者であるカテュハも同様だ。荒ぶる風は何の遠慮も無く、使用者であるカテュハに牙を向いた。
人ひとり簡単に圧殺する様な風が向かってきたが、カテュハは下手に逆らわずに、風に乗った。
シーフ特有の優れた感覚で、上に下に不規則に暴れる風の行く末を読み、時に他の風に乗り換え、一緒に巻き込まれた土砂や建物の残骸は神の手で弾いた。
「こんな代物、どうやって制御するんだろうな?」
これを使う度に疑問に思う。
精霊武具は、主にダンジョン型エリアで入手できる希少品で、精霊使い達がこぞって目の色を変える代物だ。
理由は、武具そのものに精霊の力が備わっているからで、その精霊の力を利用することで、精霊魔法の威力を上げたり術者の負担を減らしたりと大変便利な代物だ。
反面、力の塊なだけに、力を解放する時は、常に支配下に置いて置かないと暴走してしまう危険な代物でもある。
そしてこの風月は、小さな刃に似合わずに、宿っている力が大きすぎた。
かつての使用者は、その時代の精霊使いの中でも指折りの使い手だったのだが、扱いきれずに自滅した……どころか、その場にいた、その術者の所属していたクランを丸々壊滅させた。
この迷宮都市の歴史に刻まれた、最も凄惨な同士討ち事件を引き起こした、曰くつきの短剣。
もはや、呪いの武具と呼んでも差しつかえのないそれを、天位にたどり着く為に手に入れた当時のカテュハは、頭がどうかしていたのだと思う。
「サリエルはどうなった?」
あの男は風に巻かれて姿が見えなくなっていた。この荒れ狂う月の内側のどこかにはいるのだろうが、なんせ範囲が広い上に、巻き上げられた土砂や建物の残骸で視界が狭く、何よりも、カテュハ自身が生き延びるのに精一杯だ。
「細切れになっていたら、止めどきがわからんな」
そう呟いた時だ。獣の咆哮が風に乗ってカテュハの元まで届いた。
「……っ!」
戦慄が体を駆け巡った。サリエルはこの嵐の中で生きている。それどころか、危険な何かをやっている。
「人の声じゃない。……黒鳥のような擬似生物か、それとも召喚魔法か」
どちらにせよ、ドラゴンやケルベロス、ベビーモスといった面々すらも屠ってきた、この皆殺しのフィールドでは生きられない筈なのだが……。
ぬっと、黒く、細長い指が背後から伸びて来て、カテュハを捕まえようとした。
「ちっ!」
するっと回避しながら敵の姿を視認して驚いた。
「闇の幻獣?」
二足歩行に獣の顔に影の体。特徴はまさしく闇の幻獣そのものだ。しかし一点だけ相違点がある。その桁外れの体格だ。通常の闇の幻獣が1メートルそこそこであるのに対して、目の前のこいつは10メートルを超えている。
そこまで確認してから、事態の深刻さを悟った。
──やベえ! こいつ、風の影響を受けてねえ!
吹き荒れる嵐の中、平然と動いている。闇の幻獣の最も厄介な所は、物理攻撃も魔法攻撃も無効化することだ。
その上、この巨体となると手が付けられない。
打開策が思い浮かばないカテュハに、闇の幻獣が腕を振り下ろした。
そのスピードは鈍く、カテュハは容易にかわした。そのまま、風を蹴りつけながら顔の横へと移動して、回し蹴りを放ったが手ごたえがない。
「くそ!」
図体が大きいだけではなく、ちゃんと闇の幻獣の特性を有している。
とはいえ、動きは遅い。カテュハを捕まえるには10年早い。
──このまま、サリエルがくたばるまで我慢比べだ。
そう覚悟して、闇の幻獣の周囲を駆け回った。
迫る両腕を、ひらりひらりとかわしていく。
嵐を足場にするカテュハは、まさに縦横無尽で、のろまなデカブツに影すら踏ませなかったが、ある時、唐突に、カテュハを放置して歩き出した。
「? ……っ!」
一拍遅れて、カテュハは気付いた。闇の幻獣が向かっているのは嵐を引き起こしている風月だ。何者も近づけない突風を撒き散らしているが、物ともせずに近づいていく。
カテュハより先に風月を破壊する気だ。
そして、気付いた所でどうしようもなかった。幻獣の気を引くように、至近距離まで近づき、その顔に蹴りを入れたが、幻獣の方はカテュハに目もくれずに短剣に手を伸ばした。
そして──幻獣の手の内からパキッ! という風月が砕かれる音がした。
同時に風が止んだ。
巻き上げられていた土砂や建物の残骸物が、風月にえぐられてクレーターのようになった大地に落下していき、粉塵が舞い上がる。
その残骸物の隙間から飛び込んできた黒鳥に、カテュハは気付くのが遅れた。
「ぐっ⁉︎」
避けきれずに、掠めた足から力が抜けていき、バランスを崩して地面に落下した。
「やれやれ。やっと捕まえた」
粉塵の向こう側から、サリエルが姿を見せた。
その外見は、少しホコリにまみれているが傷はない。
「ちくしょう……」
「それは、こちらのセリフだよ。ずいぶんと振り回されたから気持ちが悪い。こんなに気持ち悪いのは、初めて船に乗った時以来だよ」
カテュハの切り札を受けておいて、船酔い程度。理不尽だ。
「でも、これで私には勝てないとはっきり分かっただろう? だから、大人しく彼女を譲ってくれないか? 何なら、今からでも対価を払うよ」
君は頑張ったさ。そんな慰めの言葉をかけられた、カテュハの心の内に溜まる感情は何と表現すべきなのか。
──ハウゼル。あんたも、こんな気持ちだったか……。
まだ、上手く力の入らない右脚を、それでも無理矢理動かして、カテュハは立ち上がった。
「タワワは、お前にはやらん。絶対にだ」
明らかな虚勢だったが、目は死んでない。そんなカテュハにサリエルはため息をついた。
「わかった。気の済むまで相手をしよう」
いい終えると共に、闇の幻獣が動き出し、サリエルもまた手を掲げた。
……。
……。
どうも、カロリーゼロです。戦え無限術師を読んで頂きありがとうございます。
少しお知らせです。実は少し前に向け無限術師の小説が発売されたのですが、あんまり売れなかったので2巻は出ません。
2巻を待っている方がいましたら、期待に応えられず申し訳ありません。
そんな訳で誠に勝手ながら、無限術師の続きは、この小説家になろうで読んで頂けたらいいなと思っています。
執筆スピードが遅いので、中々、話が進まないのですが、ちゃんと最後まで書くつもりなので、よければ見て下さい。