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121 放浪する魔王、その2です。

 大陸の東側をブラブラと回っていたサリエル=ダーウィンは久しぶりに、迷宮都市に戻ってきた。

 戻って来たことに大した意味はない。動き回る事に飽きて、そろそろ女が欲しくなった。それだけのことだ。

 元々、旅の理由も大したものはない。強いて言えば天位の5番マリオロスに会い、人形を一体作って貰えたらいいな。と思ってはいるが、本質は只の暇つぶしだ。

 留まることに飽きるまでは、のんびりするつもりだ。

 数年ぶりの迷宮都市に、少しは変わったか。と、街中を眺めながら歩いていると、ドン! と、肩がぶつかった。


「ごめん! ちゃんと前見て歩いていなかったわ!」


 相手が謝ってきたので、サリエルも穏やかに対処した。


「いや、気にしないでくれ。私の方こそ、久しぶりの迷宮都市に目移りしててね。すまなかった」


 冒険者は血の気が多い者が多く、一応、警戒したが、それ以上揉めることもなく別れた。

 結構な事だ。

 サリエルも、10も歩かぬ内に男のことなど忘れさった。


「とりあえず宿は確保したし、食事でもしながら、今回の恋人でも探そうか……」


 そう呟きながら、適当な酒場を探し始めた。

 それから30分後、サリエルは、酒場で食事を楽しんでいた。


「なかなかいい店だな」


 上級冒険者向けの酒場で、肉も酒も値は張るがいい物を出している。それに、舞台が備えつけられていて、露出度の高い衣装の踊り子が、音楽に合わせて踊っている。

 舞台の周りには、踊り子目当てであろう男たちが、熱っぽい視線を彼女に向けている。

 サリエルはゆっくりと料理を食べ終えながら呟いた。


「彼女で構わないか」


 男たちが、熱を入れるだけあって、彼女の容姿は美しい。長い黒髪も、すらりと長い手足も魅力的に思える。それに、今から街に繰り出しても、彼女以上の美人に出会える可能性はあまりないだろう。

 サリエルは彼女を口説くことを決め、その前に食事を片付ける事にした。


 やがて音楽が終わり、役目を終えた踊り子は酒場のテーブルに座った。

 すかさず、周囲に男たちが近寄り、彼女を取り囲んで、彼女の舞を褒め称えた。まるで姫と従者だ。


「素晴らしい踊りで、夢のようなひと時でした」

「貴女の前では女神とて、霞むでしょう」


 歯の浮くような美辞麗句を紡いでいる男たちは、格好や雰囲気からして、おそらく上級冒険者だ。

 つまり、サルエルには何ら脅威にならない相手だ。そう判断して、踊り子に声をかけた。


「やあ、少しいいかな?」


 サリエルの問いかけに、踊り子と周囲の男たちの視線が集まるなか、平然と言った。


「よかったら、しばらくの間、私の恋人になってくれないかな?」


 図太いを通り越して無神経ですらあるサリエルの言葉を聞いた者たちは、2通りの反応に分かれた。

 まず、周囲の男たちだが、自分たちが口説いている最中に唐突な横槍を入れてきたサリエルに、露骨な敵意を向けている。

 ついで、口説かれた踊り子の方は澄ました顔だが、得意げな感情を隠しきれていない。

 どうやら、まんざらでもないようだ。

 サリエルの美貌とも言える容姿は、大勢の女性を惹きつけるものであり、この踊り子にも有効な様だ。

 面倒くさくなくて結構なことだ。

 ただ、彼女は、まんざらでもなさそうではあったが、同時にしたたかでもあった。


「ありがとう、お兄さん。でも、私にはみんながいるから……ね」


 そう周囲に微笑む踊り子。まあ、人気商売なだけあって、特定の誰かに入れ込むのは商売上、あまりよろしくないのだろう。

 それは理解できるが、配慮する気はなかった。


「ああ、それなら問題ないよ」

「え?」


 踊り子の疑問を後回しにして、周囲を群がる男たちに言った。


「というわけで、申し訳ないが、君たちは遠慮してくれないか?」


 何のためらいもなく言われた台詞に、男たちは一瞬、絶句したが、次の瞬間、激昂した。


「ふざけるな! いきなり何を言っているんだ、貴様は⁉︎」

「新参者がわきまえろ! ここにはルールがあるんだ!」


 そう罵声を浴びせてきたが、サリエルは気にしなかった。上級冒険者は、実力相応にプライドが高い。素直に遠慮してくれるとは思ってもいないし、何より、彼らへの対処は既に終わっている。


「貴様こそ、消えろ!」


 彼らの中でも、特に血の気の多そうな男がサリエルに詰め寄ろうとした。したのだが……。


「あっ⁉︎ なんだ? 体が動かねえ⁉︎」


 まるで、全身を鎖でがんじがらめにされた様に、首から下が動かなくなった。それこそ、指1本動かせない。

 彼だけではなかった。


「なんだこれは⁉︎」

「どうなっているんだ⁉︎」


 いつの間にか、周囲の冒険者全員が同じように拘束されていた。

 今や自由に動けるのはサリエルと、状況が把握できずキョロキョロと周囲を見回している踊り子だけだ。


「てめえ、何した⁉︎」


 完全に拘束されていながらも、なおも勇ましい男に、サリエルは正直に答えた。

 手の平に、彼らを拘束した()()を乗せながら言う。


「闇の勾玉。闇の精霊の力を固めたものでね、それを君たちの影の中に仕込ませてもらった。人ひとりぐらいなら容易く拘束できる」


 男たちは、愕然として、サリエルの手の平のモノを見つめた。

 本当に小さな、蛍程度の大きさのそれが、自分たちをこうも拘束しているというのか?

 そして、闇の勾玉という名前にも覚えがあった。冒険者なら一般常識と言ってもいい。

 それは、天位の4番の代名詞とも呼べる技だ。

 つまり、騙りではないのなら、このヤサ男は、


「魔王、サリエル=ダーウィン……」


 およそ400年以上の長きを生きる、歴史上最強とも呼ばれる男。

 生きる伝説を前にして、男は冷や汗を流した。

 天位は龍をも倒す。上級冒険者が2、30人集まって、なおも命がけのあの龍をだ。

 正直、眉唾ものの御伽話かとも思っていたが、最近、クランを叩き潰すような無限術師が現れて、そういった規格外が存在していることを男たちも認めざるを得なかった。

 事実、今、男たちは指一本動かせない。完全に生死を握られている。

 中には震えている者もいた。

 そんな彼らに、サリエルは至って穏やかな口調で告げた。


「ああ、安心していいよ。私は平和主義者なんだ。これ以上、君たちに危害を加えるつもりはない。私と彼女が去った後で、何事もなく解放されるよ。だから、その後に追って来ないでくれると助かる」


 言い終えたサリエルは、それ以上は男たちに構わずに、


「では、行こうか」

「えっ? えっ?」


 未だに、事情が把握できずに戸惑う踊り子の手を取り、店を出て行った。

 しばらくして、拘束されていた男たちは、サリエルの言葉どおり、何事もなかったかのように解放されたが、二人を追う人間はいなかった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 サリエルに連れられた踊り子は、とある宝石店の店内で、


「どれでも、好きなモノをプレゼントするよ」


 と、言われて、色々な宝石を前に悩みに悩んでいた。

 彼女は、連れ出された当初は戸惑いもしたが、今ではすっかり上機嫌だ。

 妖艶な美貌のサリエルは、彼女の好みだし、何より、あのサリエル=ダーウィンなのだ。

 迷宮都市においてはサリエルの逸話は有名だ。数年置きに現れ、現れる度に別の恋人を作り、その恋人には遠慮なく貢いでくれるそうだ。

 かつて、ある踊り子がサリエルに見初められて、億万長者になったという話を聞いたことがあるし、今、実際に自分に貢いでくれている。

 ここの宝石店には1億ゼニーに近いモノも幾つかあるのだが、気にした様子はない。


 ──せっかくだから、貢いで貰いましょうか。


 それから一通り宝石を品定めしてから、ちょっと慎ましく、上から3番目くらいの値段の宝石をねだると、二つ返事で買ってくれた。

 色男で紳士的で金払いもよい。彼女にとって、最高の相手だった。

 そのまま、サリエルに肩を抱かれて、サリエルの泊まっている宿屋に向かったが、途中、サリエルの足が止まった。


「どうしたの?」


 そう声をかけたが、サリエルは聞いてない。一箇所に顔を向けたままだ。

 一体、何を見ているのかと首を傾けると、そこには、金髪碧眼の、細身の剣を腰に携えた冒険者らしき少女がいた。

 少女の美貌と、剣士としての物腰が、独特の雰囲気を作り出している。まだ幼さが残るが花がある。

 もし、踊り子を始めたら、1月もかからずに頂点までいきそうだ。

 それは認めるが、だからといって、今日からとはいえ、恋人の前でよその女に見惚れるのはいかがなものか?

 ここは、皮肉の一つでも言ってやろうと思った時には、サリエルは既に彼女の肩から手を離れていた。

 スタスタと少女の元に近付いていった。


「何か?」


 少女の問いかけに、あっさりと……本当にあっさりとサリエルは言った。


「君には私の恋人になって貰いたい。駄目かな?」



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