111 恋する鉄体師、その3です。
「今から、あなたのことを試したいと思います」
その言葉と共に、少女がタワワに襲いかかってきた。
だけど驚きはなかった。言葉より前に、少女の表情や雰囲気が明確な戦意を表していたからだ。
一体、タワワの何が知りたいのかは知らないが、正直、こういったストレートな相手は嫌いじゃない。
そして、
「たあ!」
初手から大技、ショートパンツから伸びる足がタワワのこめかみを狙ってきた。
左手で受け止めると、即座に態勢を整え、次の一撃を繰り出して来る。
ヒビキをいきなり蹴り飛ばしたことといい、思いっきりがいい。あれは、殺すところだった、というのは大袈裟だが、アバラの3、4本を平気で折る一撃だった。
それらと鑑みると、この娘は考えるより先に手が出るタイプ。そして、それは前衛としてのみを考えるなら長所と呼べる。
「ふっ!」
流れる様な連打を受け流しながら、タワワは少し感心していた。
――この子、強い。
戦い方や格好から察するに鉄体師、レベルの程は15あたりか……。
それだけを見るなら、初級から中級といった程度だが、
「りゃっ! りゃりゃっ!」
体の使い方が凄く上手い、この速度だけで同レベル帯の前衛よりも、頭一つ抜ける筈だ。
更に、
タワワは掌底を繰り出したが、少女はきっちりと認識して回避した。
――やる……。
今の一撃を回避できる人間はそうはいない。反射神経だけならタワワに勝るかもだ。
この少女は強い。
とはいえ、それはあくまで他の冒険者に比べて……の話だ。
「はぁ!」
少女が渾身の一撃を繰り出してきた。
後の事を考えない、全身の力を載せた一撃。
そこに少女のそれまでの困難を打ち破ってきた自信が垣間見えるし、それ故に彼女の限界もわかる。
タワワは硬気功で強化された一撃を潜り抜け、少女の腕を摑んでぶん投げた。
回避も防御もさせなかった。
地面に叩きつけられた少女はポカンとしていた。自分が、こんなにもあっさりと投げ飛ばされたことが信じられないようだ。
そんな彼女に、
「まだ、やる? やるなら、次は痛くする」
戦いを続けるかを問うと、少女は地面に座ったまま首を横に振った。そして、
「いえ、もう十分です。いきなり、仕掛けて申し訳ありませんでした」
ですが、と彼女は続けた。
「戦うことで、はっきりとわかりました。貴女が私の求めていた人です。えっと……」
「タワワ。タワワ=リンゴレッド」
「タワワ様、どうか私を貴女の弟子にして下さい! 私は今より強くなりたいんです!」
そう言って、タワワに頭を下げてきた。
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唐突に始まった戦いがたわわちゃんの勝利で終わったと思ったら、女の子がたわわちゃんに弟子入り志願した。
――なるほど、だからいきなりバトルが始まったのか。
ヒビキはやっと事の経緯を把握して納得した。確かにたわわちゃんは凄く強いから、彼女が弟子になりたい気持ちもわかる。
でもなぁ……。
「私はまだ未熟者。誰かを指導できる立場ではないし、やるべきこともある。だから、ごめんなさい」
案の定、たわわちゃんは女の子の申し出を断った。
だけど、彼女も簡単には引き下がらなかった。
「それは、貴女が奴隷の身分だからでしょうか?」
そう言って、俺に視線を向けてきた。
――ん? なんだ? ……ああ!
「俺は別にたわわちゃんの主って訳じゃないよ。友達、友達」
そう誤解を解くと、彼女は俺に対する興味を失なって、再びたわわちゃんへ詰め寄った。
「そこをなんとかお願いします! この先、どれだけレベルが上がっても勝てないと思える人に出会ったのは、貴女が初めてなんです!」
そのまま、押し問答が始まった。
しばらく、やいのやいの言葉を交わしていたけど、互いの意見は平行線だった。
やがて、たわわちゃんが痺れを切らした。
「とにかく、私はあなたの師になる気はない。だから、手を離して。離さないと痛くする」
「いやです!」
そう言い放った途端に、彼女は宙を舞った。
「うぐっ! ……まだです!」
地面に叩きつけられたにも関わらず、即座に立ち上がり、再度、たわわちゃんに詰め寄った。
それから、
「お願いします! ……うっ!」
「ちょっとだけでもいいんです! ……うわっ!」
「まだまだ諦めません! ……うく!」
女の子が諦めずに、たわわちゃんに詰め寄る度にポンポンと投げ飛ばされた。
迷惑極まりないが、何度投げられても向かっていく度胸は凄い。
なんて思っていると、突然、自分の体が硬直した。例えるならヘビに睨まれたカエルだ。
そして、それは俺だけじゃなかった。
「う……わ……あっ……」
さっきまで、何度投げられても元気よくたわわちゃんに向かって行った少女が、凍りついた様に固まっていた。
更に、
「しつこい。……次は、痛い、ではすまないから」
たわわちゃんは、氷の様な静かな殺意を、その瞳と言葉に乗せていた。
――怖っ! たわわちゃん、怖っ!
これは、アレだ。たわわちゃんと奴隷商で初めて出会った時に、ヒビキは嫌だって言われた時の、あの殺気だ。あれは怖かった。鉄の格子越しでも、めっちゃびびった。
そんな、たわわちゃんの殺気を真近で受けた少女は、青ざめた顔で固まっていた。よく見ると、その両足がガタガタと震えている。
まあ、無理もない。とばっちり喰らってるだけの俺が怖いんだ。そんな殺気を直に受けて平気な筈がない。
そんな風に恐怖に怯える少女に、たわわちゃんは続けた。
「私は今、天位の座を目指していて、その事に集中したい。だから、あなたを鍛える気はない」
静かだが、鬼でも逃げ出しそうな気迫だ。
だというのに、それでも少女は逃げださなかった。怯えながらも、たわわちゃんのことをまっすぐ見つめていて、その瞳には並々ならぬ決意が込められている。
「本当にごめんなさい。でも、それを聞いたら、なおさら退がれません。だって、私が必要としているのは天位になれる位の力なんです。……だからお願いします」
なおも食い下がる女の子が、痛いではすまないヒドイ目にあうことはなかった。代わりに、
「………………何故、そんなに強くなりたいの?」
「それは、好きな人を取り戻す為です」
「……好きな人?」
「はい。私、生まれはこの都市からすっごい遠い田舎なんです。畑と山ぐらいしかない様なつまらない田舎なんですけど、のどかでいい所ですよ」
私はずっとそこで暮らしていくんだと思ってました。――そう彼女は続けた。更に、
「隣の家に、私より一つ下の男の子がいたんです。体が弱くて、あんまり外で遊べなくて、だから私がお姉ちゃんとして守ってあげなきゃって思っていたんです。でも私が10歳になったとき、もの凄い不作になったんです。このままじゃ、皆、飢えて死ぬかもしれなくて、お金が必要で、それでその子を奴隷として、この迷宮都市で売り払うことになったんです」
「私、もの凄い反対しました。最終的には、その子の部屋に立て篭もることになったんですけど、逆に、その子に言われたんです。僕は迷宮都市に行くよって。皆もナナルーも死んで欲しくないからって。……私が守るつもりだったのに、守られたのは私の方だったんです」
「だから、その時に決めたんです。いつかこの迷宮都市に来て、冒険者としてお金を稼いで、その子を解放しようって。それから独学で鍛えて、半年前にここに来ました。……それなりに自信はあったんです。周りと比べても私ははっきりと強かった。上級冒険者を見かけても、今は敵わなくても、いずれ超えるだろう……そう思っていましたし、誰かに師事を受ける必要も感じませんでした」
「でも、ちょっと前に、その子の消息が分かったんです。ちゃんと生きててくれたんです。嬉しかったなぁ。……でも、悪夢の様な男がその子の主人で、何億ゼニー積んでも解放してくれそうにないんです。だからお金を稼ぐにしても、他の手段をとるにしても、周りと比べてちょっと位強い程度じゃ話にならない。もっと強くならなきゃ駄目なんです。――だから、お願いします! 私に武術を教えてください!」
最後の言葉と共に、おそらくはナナルーという名前の女の子は、再び頭を下げた。
それをはたから見ていた俺は、ちょっと同情してしまった。唐突に蹴られもしたが、この娘はいい子だ。
――たわわちゃんは、どうすんのかな?
俺が口を挟む場面じゃないのだが……。
チラっとたわわちゃんを見ると、彼女はとても難しい顔をしていた。
しばらくは、そのまま無言の時間が過ぎていったが、やがてたわわちゃんが口を開いた。
「ごめんなさい。やっぱり、私は未熟者で、自分を鍛えることを優先する」
それに顔を歪める女の子だったが、続きがあった。
「でも、私は自分一人で鍛えていて、誰か組手の相手が欲しいと思っていた。だから、もし良かったら、私の訓練に付き合って欲しい」
素直じゃないたわわちゃん、超かわいい。
「ありがとうございます!」
女の子は弾ける様な笑顔で、何度もお礼を言った。
いや、俺もこの娘の気持ち、なんか分かるよ。もし、たわわちゃんを買ったのがカテュハさんじゃなかったら、俺もこの娘みたいに頑張ったかもしんない。
だから、
「よし、俺にも出来ることがあったら協力するよ」
と、申し出た。
それに対して、少女は目をパチクリとさせながら、
「ありがとうございます。でも、本当に危険な相手なので見ず知らずの他人を巻き込む訳にはいかないんです。タワワ様にも指導だけお願いするつもりですし……」
「そんなにヤバイ奴なの? どんな奴?」
「まだ噂だけでしか知らないんですけど……というか、噂だけならあなたも知っていると思いますよ? なんせ、つい数日前にクランを一つ丸々潰した男ですから……」
ん?
「ヒビキ=ルマトール。蒼の軍勢を率いる、史上最強で最悪の無限術師。この迷宮都市で、天位に最も近いと噂される男が私の敵なんです」
「へー……そいつは大変だー……」
なんか、もう他人事の様な返事しか出なかった。
どうも、カロリーゼロです。
実は、あと数カ月後、5月位にとあるレーベルさんから、この無限術師の物語を出版させて頂くことになりました。
自分はいつか、書籍化出来たらなぁ、という気持ちがあったので夢が叶い嬉しいです。
そして、編集者さんの目に止まったのも、この無限術師の話を読んでくれた皆さんのおかげだと思っています。ですので、このあとがきを読んでくれた皆さん。本当にありがとうございます。




