107 クラン『冬景色』その9です。
「全軍解放!」
「「「おおーーー!」」」
始まりの合図と共に、奴等が右手を掲げ、左手を添えるという謎のリアクションを行った。どんな意図があるかはわからない。
警戒と共にヴァイスもまた、クランの面々に指示を飛ばした。
「遅延防御陣!」
後衛の魔法主体で攻める。前衛は後衛の壁として時間を稼ぐ。そういう意味だ。
(たとえ数が多くとも、個々の力は弱いはず、広範囲攻撃で薙ぎ払う!)
そう決断すると同時に、奴等が動いた。
「そんでもって、突撃!」
「「「おおーー!」」
千を超える軍勢が突撃してくる光景は、それだけで脅威だ。
クランの中に明らかな動揺が走った。ヴァイスも全くひるまなかったと言えば、それは嘘だ。
だが、
「迎え撃つぞ! 後ろには一人も通すな!」
自分と皆を叱咤して、ヴァイスは剣を抜いた。
クランの目を務めるシーフ、バドが警告を発した。
「武器に魔力が流れています! 危険度4!」
危険度とは、クラン内で使われている危険に対する基準の事だ。そして危険度4は、レベル50代の前衛が防具で受ければ無傷だが、生身で受ければ傷を負う、それくらいの強さだ。
つまり、攻撃を無防備にくらえば無傷では済まない。そのことをクラン全員が共有したところで、『蒼の軍勢』と『冬景色』は激突した。
最初の激突は『冬景色』に軍配が上がった。
「スピア、トルネード!」
「裂空!」
「剛拳!」
クランの誇る前衛たちのスキルが、奴等をたやすく打ち破った。ヴァイスもまた、目の前の3人を剣に闘刃を纏わせ、鎧ごと断ち切った。
だが、奴等は全くひるまなかった。後ろにいた奴等が、倒れた仲間の死体を踏み越えてヴァイスたちに迫る。
「ちっ!」
舌打ちを鳴らしながら、迎え撃った。
一時的に、剣速と威力を上げる初級技、スラッシュ。
それを使い、目の前の分身を切り払ったが、そいつが崩れ落ちる頃には、別の分身が迫っていた。
手首を返して、再度スラッシュ。
返す刀が迫り来る分身の首を落とした。
だが、それでも、敵の数は減らなかった。
後ろの奴等が、懲りもせずに槍や剣を構えて突撃してきた。
「くそが!」
それに対して悪態をつきながらも、スラッシュを連発した。
スラッシュ。スラッシュ。スラッシュ。スラッシュ。
次々と敵を切り伏せるヴァイスだったが、6連撃で限界がきた。7撃目を発動させることが出来ず、敵を仕留め損ねた。剣と盾を持った敵は傷を負いながらも、躊躇なく斬りかかってきた。その剣筋は甘く、未熟だ。
とっさに身をかわし、鎧の隙間を狙って剣を刺したが、これは結果的に失敗だった。
刺された敵が、剣も盾も放り投げてヴァイスの利き腕を掴んできた。
そして、血を吐きながらもニヤリと笑った。
「甘い。たとえ、ここで俺が終わっても、第二、第三のヒビキが現れるんだぜ」
そう不敵に言い終えると同時に、
「つー訳で、次の俺だー!」
と、別の分身が襲いかかってきたが、死にかけに動きを制限されて避けられなかった。
とっさに、剛体を発動した。間一髪、間に合った剛体は剣の刃を通さなかったが、その勢いまでは遮断出来ず、ヴァイスは棍棒で殴られたかの様に地面に転がった。
即座に立ち上がろうとするも、死にかけが未だに利き腕に纏わり付いていて邪魔だ。
(離れろ、クソが!)
急いで、腕を引き抜こうとするも、相手も必死だ。ドテッ腹に剣が突き刺さっているというのに、まるでゾンビのようだ。
それを好機と見たか、更に幾人もの敵がヴァイスに殺到してきた。
「止めだー! くたばれー!」
そう、槍を突き出してくる分身に、ヴァイスは最早どうすることもできなかった。
しかし、突如、先頭の分身の眉間に矢が刺さった。
次いで、ヴァイスに絡みついている分身も首を射抜かれた。
弓使いによる後方支援、この混沌とした状況で流石のタイミングだ。
自由になったヴァイスは即座に立ち上り、迫り来る分身たちを闘刃で返り討ちにした。剣に纏わせずに、闘刃のみで、敵の鎧を断ち切れるのは闘気に特化した、戦士から派生する上級職、鬼武者ならではだ。
一時的に、周囲に敵がいなくなったので、地面に転がっていた剣を拾えたが、剣を拾い上げた頃には次の敵が迫っていた。
「くっ! 次から次へと……」
ろくに指示も出せぬまま、混戦に巻き込まれてしまった。
更に、
「弓、来ます! 矢に魔力が乗っていて……危険度4!」
そう、バドが叫んだと同時に、空を埋め尽くすような、という表現があまり誇張にならないぐらいの数の矢が、弧を描いて飛んできた。
「アルレン!」
その間にも周囲の分身を相手にしなければならないヴァイスは、名前を呼ぶことしかできなかったが、呼ばれた方は、ヴァイスの意図を読み取り答えてくれた。
「大護のヴェール!」
神官たちによる魔法攻撃を遮断するヴェールが『冬景色』を包み込み、矢の雨を防いだ。
そこに、魔術師のリーダー格から、待ち望んでいたセリフが飛んできた。
「準備完了しました。いつでも撃てます」
「撃て!」
「はい! ライン・エクシプロード!」
ゴオッ! と背後に熱源が生まれた。
と同時に一糸乱れぬ連携で前衛が左右に分かれた。傷つき、動けぬ味方は竜騎士ガラサドが、騎竜に乗せて、退避させた。
射線が空き、『蒼の軍勢』に向かって何本もの巨大な熱線が放たれた。
上級魔法、ライン・エクシプロード。一直線に伸びるそれは、射程が長く。奴らの前衛から後衛までを蹂躙できる威力がある。あるはずだったが、奴等は手をかざした。そして、
(マジックシールド?)
奴等を両断するはずの熱線は、その遙か手前で霧散した。
それでも、100近い分身を消し飛ばしたのだが、今の状況では、まるで足りなかった。
(馬鹿な、いくらマジックシールドがあるとはいえ、ここまで、効かない筈がない!)
その疑問に答えるかのように、バドが叫んだ。
「奴等の防具! おそらく、魔力への耐性持ちの鉱石で作られています!」
その声には、今までそのことに気がつかなかった事への悔悟がにじんでいたが、無理もない話だ。
ヴァイスにしても、予想もしていなかった。
(そんな稀少な金属を、どうやってこれだけの数を揃えたというのだ? …………転移か⁉︎ それとも、他のスキルか?)
答えは分からなかったが、即座に対処策を叫んだ。
「もう一度だ! 次はグラザレグドを用意! 奴等の前衛は乱れている! 連携して、耐えるぞ!」
重圧を与えるグラザレグトなら、マジックシールドも魔力耐性も効果が薄い筈だ。
敵の攻勢も、連携して守りに専念すれば、耐えられる
そう計算したが、次の瞬間、その計算が崩壊した。
前衛と後衛の間に、突如、奴等が現れた。
「は?」「ええっ⁉︎」「なんで?」
『冬景色』の面々は動揺した。
(転移! 戦闘にも使えるのか⁉︎)
ヴァイスはそれが転移によるものだと悟りはした。が、次から次へと湧いてくる分身たちに、どんな策も思いつかなかった。
「行くぜー!」
「ゴーゴー!」
後衛は次々に打ち倒され、前衛も挟撃され、最早、組織的な行動は不可能になっていた。
ヴァイスは歯噛みしながらも、周りの分身を斬り伏せるのが、精一杯だった。
そんな中、バドの悲鳴のような警告をあげた。
「敵の後衛から魔力反応と熱反応! 撃ってきます! どうすりゃいいんだよ、こんなの⁉︎」
見れば、ズラリと並ぶ兵隊どもが、炎の塊を並べていた。
そして、ドン!
味方が戦っているにもかかわらず、なんの躊躇もなく撃ってきた。
「くっ……アルレン!」
そう、名前を読んだが、返事はなく、大護のヴェールも発動せず、『冬景色』の面々は炎に弾幕にのみ込まれた。
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ナディア=ララバイは最後列にいたことと、とっさに氷の障壁を張ったことで、悪夢のような炎の弾幕を辛うじて無傷でやり過ごした。
「なんとまあ……」
クランの面々は皆、地面に倒れ伏している。
立っているのは、自分と、自分の隣にいた事で、障壁で庇うことができた、若い治癒師の二人だけだ。
(あの阿保、とんでもない奴を敵に回したわね)
とはいえ、ナディアとて、無限術師がこれほどの戦闘力を備えているなど想像すらできなかった。クラン決闘を止めなかった自分にも責任はあるだろう。
まあ、何はともあれ、倒れたメンバーたちの中に命まで失った奴はいない。他の場所なら手遅れでも、女神の恩恵があるこの場所なら死なないだろう。
「ラーヤ。範囲治癒。それから、もしあいつらが来たら降参しなさい」
「は、はい!」
怯えている治癒師に端的に指示を出して、自分は足を進めた。クラン決闘はクランのリーダーが倒された方の負けだ。つまり、ナディアがピンピンしている以上、まだ負けていないのだが、だからと言って、勝負はこれからだといえる状況ではない。
こちらは、ほぼ壊滅しているし、それを成したあちらのリーダーは、決闘の始まりから、その場を一歩たりとも動いてはいないのだから。
戦力差は歴然としている。
決着は既についた。
(なのに、おやおや……)
自分でも意外な事に、ナディアはまだ続ける気だった。
巻き添えを避ける為に、クランの面々から離れ、腰に差した、つがいの剣を引き抜いた。
「まだ、続けるんすか?」
奴らの一人が問いかけてきた。迷いなく返事を返す。
「ええ、続けるわ」
「もう、決着はついたと思うんですけど? 降参しません?」
「まだよ。私が『冬景色』のリーダーだもの。貴方たちこそ、さっきまでの勢いはどうしたの?」
「ん〜……ぶっちゃけ、あの陰険メガネはぶっ倒したし、さっきの一斉射撃で、だいぶ気が晴れたんで、今の俺らは優しさ三割増しですね」
「あはは。優しい奴はクランを潰そうなんて考えないわよ」
ナディアは、笑いを嚙み殺しながら続けた。
「まあ、普通は降参するべき所なんでしょうね。でもね、最近は愚弟に任せっきりだったけど、『冬景色』を作ったのは私よ。だから、まあ、最後まで責任があるのよ」
そう告げて、剣を構えた。双剣、つらら。軽く、薄く、それでいて頑丈で鋭い。鍛冶屋を散々泣かせて作ったこの剣を振るのも、きっと今日が最後だろう。
「結末は決まっているかもしれないけど、一泡ぐらい吹かせなきゃね」




