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104 クラン『冬景色』その6です。

「わーお。それで、クラン決闘を受けちゃった訳だ」


  『冬景色』のクランリーダー、ナディア=ララバイは、マイホームでサブリーダーである弟から事情を聞き、あえて、ちゃかす様な返事を返した。


「ああ、勝った時のメリットが大きい。序列1位を掴めるほどに」


 しかし、全く取り合わない弟の返事から、内心ではだいぶ苛ついているなと察した。それでも、思うところを正直に話した。


「でも、それ、相手が提案してきたんでしょ。餌を垂らして待ち構えている釣り人はあっちの方じゃない?」

「どんな策略があろうと、食い破るまでだ」

「謝って、なあなあで終わらせた方が無難だと思うけどなぁ……」

「姉さん!」


 弟の口調に戦意が混じった。そのまま、殺気すら混じる言葉をナディアに突きつけてきた。


「姉さんは、もうクランの序列に興味がなく、『冬景色』の名前にもプライドを持っていないのかもしれないが、姉さんの下の人間まで、そうだとは思わないことだ」


 弟の言葉も態度も辛辣ではあったが、それはナディアを怯ませる程のものではなかった。

 だから、怯えたのは……、


「おぎゃあ! おぎゃあああ!」


 先ほど、苦労して寝かしつけたナディアの息子だった。慌てて、駆け寄る。


「ああ、ごめんね、ルーちゃん。うちの愚弟が驚かせちゃったね」


 ルーちゃんこと、ルーデリアスを抱き上げ、ゆりかごの様にあやしながら、弟に文句をつけた。


「ちょっとー、ルーちゃんを怖がらせないでよ」


 ナディアの叱責に、弟はバツの悪い表情を浮かべた。


「と、とにかく、クラン決闘の許可は貰う」

「はいはい、わかったわよ。好きにしなさいな」


 ナディアの許可を得ると、もう用は無いとばかりに、席を立ち踵を返す弟。

 その背中に問いかけた。


「ヴァイスは、賢帝の制約がなかったら、自分が天位の座に届くと思ってる?」


 弟の足が止まった。そして、背を向けたまま、


「姉さん。今の姉さんにはクランを背負う力はない。それに息子もいる。とっとと引退して子育てに専念したらどうだ?」


 そうナディアに返して、今度こそ出て行った。

 そんな弟の態度にため息一つ、変わってしまったなー……と、そう思う。

 弟が、ではない。

 そうではなくナディアが変わったのだ。

 昔の自分だったら、今の弟の態度は、弟であることを差し引いても半殺しにしていた。

 今回の件にしてもそうだ。『転移』なんてスキルを持つ空間術師が現れたのなら、何としても手に入れようとしただろうし、他所のクランに取られるぐらいなら、戦争の一つも吹っかけただろう。


「私も、丸くなったものね……」


 弟は引退を促してきたが、実際、割と本気で引退することを考えている。


「でもねー……今、私が引退して、血の気の多いヴァイスがトップに立つと、『冬景色』も賢帝の制約撤廃に動くでしょうし……『龍殺し』『要塞』それに『混沌』。クランの上4つが撤廃を支持するとなるとね……お母さんは大変なのですよ、ルーちゃん」


 まだ喋ることもできない息子に愚痴りながら、仮に自分が引退した後の事を予測した。

 普段、いがみ合ってばかりのクランも、賢帝の制約を破棄することに関しては協力するだろう。もしクラン4つが共同で、賢帝の制約を破棄するまで魔石は取って来ない。そう主張すれば、おそらくその主張は通る。賢帝の制約は破棄されるだろう。だが、それは今の安定した時代が壊れることを意味する。

 それは避けたい……と、考えてからナディアは苦笑した。かつて賢帝の制約が無くなればいいと、誰よりも考えていた自分だったから。

 賢帝の制約。天位の8番の施行した法律。

 天位の8番『賢帝』ハウゼル=アートフラワーは、この大陸の皇族に生まれた男で、天位としてより、むしろ為政者として名を残した男だ。およそ80年前、後に賢帝の制約と呼ばれる法律を通し、今の安定した時代を作り上げた張本人と言える。

 そもそも迷宮都市の800年は、決して安穏としたものではなかった。何処ぞの領主が都市を独占しようとしたり、それを危険視した周囲から攻め滅ぼされたり、ギルドや迷宮都市の領主が冒険者を酷使して富を独占しようとしたり、逆に冒険者が図に乗って傲慢に振舞ったり、クラン同士が殺し合いや潰し合いを始めたり、上級冒険者がこぞって天空迷宮に挑んだことで上級冒険者の数が足りなくなったりと、色々だ。

 そして、そんなイザコザが起こるたびに魔石の収集量が減り、結果、 深刻な飢饉もたびたび起きた。

 その混沌とした歴史に終止符を打ったのがハウゼルという男だ。

 彼は皇族としての政治感覚と冒険者の矜持を合わせ持った男で、冒険者への扱いを法で明確に定めた。

 ハウゼルは軽々に天空迷宮に挑むことを制限したり、冒険者の横暴を取り締まる一方で、きっちり働き、ルールを守る冒険者には、きちんと報酬と待遇を与えた。

 ハウゼルの最も優れた点は、そのバランス感覚にあると言えるだろう。冒険者もギルドも商人も、魔石を買い付ける町の代表達も、大多数の人間がこれなら納得できる、もしくは、我慢できる落とし所に落とし込むことが上手かった。

 そして、賢帝の制約が施行されて80年。この80年はどの時代よりも平穏だった。それは間違いない。

 間違いないのだが、天空迷宮を踏破して天位の座を掴みたいナディアにとっては、賢帝の制約は只々鬱陶しい代物だった。

 自分の実力なら届くと思っているのに、挑むことが許されない。苦痛だった。

 苛立ちのあまり、ギルドの本部に軽い襲撃を仕掛けたことだってある。

 ならドラゴンを一人で狩れよ。と、ギルドは言ってくるが、その条件を満たした者など80年の中で一人もいないのだ。

 80年。ナディアが生まれる前から……ナディアの父親が生まれる前から誰も資格を満たせない。だから、国やギルドは安定した魔石の供給の為に天空迷宮に行かせる気がないのだと誤解した。

 ナディアが迷宮都市の冒険者の頂点の一人だったことも、誤解の一因だっただろう。

 当時のナディアは、冒険者の中でも5本の指に入る強者で攻撃範囲と威力に関しては随一と噂されていた。そして、ナディア自身、水の精霊を従える自分は、『龍殺し』のクランリーダーにも『要塞』のクランリーダーにも一対一でなら勝てる。そう思っていたし、実のところ今でもそう思っている。

 また、過去の天位の到達者と比べても自分が劣っているとは思わなかった。ナディアのレベルは70。ハウゼルは68で天位になったし、カテュハは71で天位になった。レベルだけなら負けてない。

 記録では天位の到達者は冒険者数十人を容易くあしらったとされているが、ナディアだって喧嘩を売ってきた奴ら数十人を叩きのめして、土下座させて、パンツ一丁で迷宮都市を一周させたことがある。

 他にも、とんでもない逸話が残っているが、もう何百年も前のおとぎ話だ。半分位は誇張されているんじゃないかと思っていし、そもそも、迷宮都市の冒険者にとって一番身近な天位はカテュハ=サワカーラなのだが、あの女は本当に戦わない。ナディアが喧嘩を売りに行った時も逃げられた。あの女の実力を知る人間なんて、本当にごく少数なんではなかろうか? 因みにナディアは知らない。

 なんにせよ、井戸の中の蛙たちが思い上がる環境は揃っていた。

 自分は天位に負けていないのだと、ずっとそう思っていた。

 それが、只の思い上がりだと思い知らされたのは、天位の4番、サリエルと出会ってからだ。

 サリエル=ダーウィン。放浪の魔王。天位殺しの天位。天位の中でも歴代最強と噂されるそいつは、ある日突然ナディアに会いに来た。


「しばらく、恋人になってくれないか?」


 それが、奴の第一声だった。

 噂には聞いていた。放浪の魔王と呼ばれる奴は、その二つ名の通り大陸を旅している。そして、時々、迷宮都市に戻りしばらく滞在する。そしてまた旅に出る。そんな生き方を、もう何百年も続けている男だ。

 数年ごとに舞い戻ってきては、しばらく滞在するのだが、その滞在する間に恋人を作り、次に滞在する時は別の恋人を作る。それは不老の男らしい恋愛の仕方かもしれない。

 さて、そんな生き方をする魔王ではあるが、単に恋愛対象として見ると悪くはなかった。端正な顔立ちをしているし、恋人である間は遠慮なく貢いでくれるそうだし、華やかな恋愛歴を誇るナディアから見ても文句無しの男だった。

 許容できなかったのはただ一点。奴が天位であるということだ。他の女性にとっては、好ましく思える要素であるそれは、ナディアにとっては戦意を煽ることにしかならなかった。

 天位がどれほどのものか戦ってみたかった。自分なら超えられると思っていた。天位を倒せば、ギルドも天空迷宮への挑戦を受け入れると期待した。

 だからナディアは、


「私に勝ったら、つき合ってあげてもいいわ」


 そう戦いを挑んだ。

 それに、サリエルは、


「気の済むまで、相手になろう」


 大した感慨もなく、引き受けた。

 そして、二人はとある人気のないエリアでぶつかった。

 ぶつかって、ナディアは自分の思い上がりを思い知らされた。

 自分の最大の手札である、水の精霊スザナイルの一撃を闇の精霊で押し潰された時、ナディアは震えた。同じ精霊使いだからこそ、絶望的な差がはっきりと理解できた。

 精霊を使役するのに、魔力も闘気も必要としないが、使役中は、常に精神を削られる。ナディアには5分が限界であり、むしろ5分も持つからこそ、クランリーダーにのし上がったと言える。そんな精霊を……そんな危険な代物を24時間、常に使役し続けるなど狂気の沙汰だ。


「あんた……正気?」


 思わず問いかけたが、サリエルは気にした風もなく、


「さて、気は済んだかい?」


 そう問いかけてきた。それが、二人の戦いの終わりだったし、同時に天位を目指したナディアという冒険者の終わりだった。

 あれから3年、今のナディアは主に子供のあれこれに忙しく、クランの運営をほとんど弟に任せている。いっそ、そのまま引退すればいいのだが、近頃、クランが結託して賢帝の制約を廃止しよう。なんて考えが上級冒険者の間に広まっていて、自分が退けは、『冬景色』もそうなることが見えていて、止めるに止められない。


(撤廃したところで意味なんてないのに……)


 そう思うが、それを弟や他所のクランリーダーに伝えても無駄なことはわかっている。というより、伝えたが無駄だった。結局、ナディアの様にぶつからなければ納得できないような、血の気の多い馬鹿どもなのだ。

 今のクラン間の争いが激化しているのもそうだ。血の気の多い馬鹿どもが上に挑むことを禁止されたら、隣の奴と喧嘩するしかないのだ。少なくとも下を苛めるよりはまだマシだ。

 80年の安定が、淀みを生んだ。

 そんな不穏な空気が満ちている今のクランの状況に、ふって湧いた『転移』持ちの空間術師。破裂してもおかしくない。そして牙の抜けたナディアでは、どうすることもできないだろう。


「あーあ、この淀んだ空気を吹き飛ばす様な何かが起きないかしら?」


 すやすやと眠りにつこうとしている息子に語りかけた。

 息子は可愛い。この可愛い息子の為にも、これからの迷宮都市が平和であって欲しいと思う。


「お母さん頑張るから、ルーちゃんは安心して大きくなりなさい……」


 そこで少し考えて付け足した。


「あー……でも父親のようにはならないでね……」

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