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102 クラン『冬景色』その4です。

  目を覚ましたら近くに天使がいた。だからこそ自分が死んでいないことがわかった。


「たわわちゃん」


 天使の名前を呼ぶ俺に、天使の方からは強烈な駄目出しが入った。


「駄目ヒビキ。ちょっと、ガラスが刺さったくらいで意識を失うとかありえない」


 天使は厳しい。知っていたさー。

 当たりを見まわすと、ここは病室だ。

 なんで? という疑問が生まれる前に彼女の説明が入った。


「今は、もうあれから半日過ぎている。あの店の庭は全焼したけど、もう鎮火した。ヒビキが気を失ったあと、あの子が……フルルがポーションをかけて治療した。病院に運ばれてから治癒の魔法も受けた。傷はもう塞がっている。明日には退院できる。フルルはさっきまでここにいたけど、疲れていたから、この病院の仮眠室で寝ている。何か質問は?」


 淡々とした説明を受けて、大体事情がわかった。確かにもう痛みは感じないが、治癒を受けた時、特有の虚脱感がある。

 とりあえず、大事には至らないようだ……つか、


「なんで、木が爆発するんだよ?」


  質問というより独り言だったのだが、たわわちゃんが答えてくれた。


「ヒビキが火をつけたのは爆裂木。爆発するのは当たり前」

「えー……。なんでそんな物騒なシロモノ置いとくのさ?」

「インテリアだって。一応、表面をコーティングしてあって、タバコの火ぐらいなら大丈夫だし、観賞用の庭だから、人も入らないようにしていたらしい……」

「そうなのか……」


 じゃあ、俺が悪いのか? いやいや、違う。あれは正当防衛の一環だ。悪いのは冬景色の奴らだ。


「因みに怪我人は、俺の他にもいたりする?」


 冬景色はともかく、店の人が怪我してたらどうしよう? 土下座かな?


「冬景色に怪我人はいない。店のウエイトレスが一人、腕にガラスが刺さった」

「げっ!」


 土下座か? 土下座の出番なのか? 土下座で許してもらえるかな?


「怪我の程度は?」

「大丈夫、大したことはない。もう治療して完全に治ってる。でも……」


  そこで、たわわちゃんは言葉を止めた。

  嫌な予感たっぷりだけど、先を聞かない訳にもいかない。


「でも?」


 先を問いかけると、彼女は素直に答えてくれた。


「警邏の人の話によると、怪我のショックでヒステリーを起こして、『冬景色』のメンバーが『転移』のスキルを持つ空間術師を無理矢理、自分たちの奴隷にしようとしたから、庭が燃えて自分は怪我をしたんだって喚き散らしていたらしい」

「あー……」


 それは、俺にとって良いのか悪いのか? とりあえず、俺が寝ている間に全ての罪を押し付けられる。といった事はなく、『冬景色』の横暴が晒されたのは結構な事だが。同時にフルルの存在も公になっちまった。


「もしかして、大事になってる?」

「なってる」


 その短くも、はっきりとした返しに、事態の隠蔽は不可能だと確信した。

 更に駄目出しがあった。


「それと、警邏から呼び出し。退院したら事情聴取だって」

「なんてこった。俺、善良な一般市民なのに……」


 どうやら、寝てる間に問題が山盛りらしい。

 大まかに分けて3つ。

 一つ、警邏に出頭。

 二つ、冬景色がどう動くか? 冬景色にどう対抗するか?

 三つ、フルルの転移が世間に知られて、他のクランがどう動くか?

 とりあえず、警邏については正直に事情を話すしかないとして、冬景色や他のクランへの対策を早急に考えなければならない。

 ……。

 ……。

 ならないのだが……ちょっと、頭が回らない。

 傷が痛む訳じゃない。ちょっと倦怠感があるが、思考力が鈍っている訳でもない。ただ、自分の思考力がどうしようもなく、別の方向に向いてしまう。


(くっ!なんてこった!)


 思わず、顔をしかめた俺に、その原因であるたわわちゃんが問いかけてきた。


「大丈夫? 傷が痛む?」

「いや、大丈夫……」


 大丈夫、大丈夫なんだけど…………そもそも、たわわちゃんはどうしてこの場所にいるのかな?

 見舞い? 看病? それともクランと揉めている俺の護衛? 守ってくれるの、たわわちゃん?

 いずれにせよ、俺とたわわちゃんはパーティーを組んでいる訳でも、恋人という訳でもない。

 それなのに、こうやって隣にいて、たわわちゃんにはなんの関係もないイザコザの事情を把握しているのは何故なんでしょうか⁉︎


(恋人……はないとして、友達ぐらいには思ってくれているのか? それとも、もしかしたらもしかして友達以上、恋人未満の関係なのか?)


 たわわちゃんの中で、俺のことがどんな立ち位置にいるのか超気になる。

 聞いてみたい。「たわわちゃんはなんで俺の側にいるの」って。でも、それを聞いたら「別に、何の関係もない」とか言って帰っちゃうかもしれない。それは、駄目だ。好きな女の子が看病してくれるという、超絶嬉しイベントを終わらせるなんてとんでもない!


(とにかく、たわわちゃんにとって俺は怪我をしたら見舞いに来るぐらいの親しい相手なんだ。今のところ帰る気も見えない。なら、このまま二人の時間を楽しみつつデートに誘うのどうだろう? いや、いきなりデートは駄目だ。でも、看病のお礼に何かプレゼントするのは有りだ。それにかこつけて、どこかへ遊びに行くのも無理じゃないかも⁉︎ …………じゃ、ねーし!)


 今、俺が考えるべき事はクランとの対立をどうするかであって、デートの誘い方を考えている場合じゃない。

 でも、そんな理性を本能が邪魔をするんだ。俺の本能がラッシュをかけて、理性をボコ殴りにしやがる。もっと頑張れ理性、やりかえせ!

 そんな、自分の中の攻防が体調に現れたのか、それとも、治療の副作用か汗が酷かった。

 備え付けのタオルで顔を拭こうと手を伸ばしたが、若干距離があった。頑張って腕を伸ばせば取れるか微妙な所。

 うんうん、手を伸ばしていたらたわわちゃんがタオルを手に取った。そして、


「拭いてあげるから、じっとしてなさい」


 そう、言ってタオルで俺の顔を拭いてくれた。

 同時に俺の理性は倒れた。

 冬景色? 知らん!

 ヴァイス? あんなのただの雑魚じゃないか!

 そんな事は最早どうでもいい。今、俺がしなきゃいけないのは愛の告白だ。たわわちゃんに俺の気持ちを伝えるのだ!


(どんな言葉がいいだろう…………そうだ、月だ。今夜は月が綺麗ですね? とか言った風流な告白が前世にあった。あれはいい。ちょうど夜だしあれにしよう。でも、この世界では通じないから、俺なりアレンジで『この先ずっと二人で綺麗な月を見続けよう』とかいいじゃん、いいじゃん!)


 と、考えて、今日の月がどんな感じなのかと窓の外を眺めると、ガラスの向こうの、空飛ぶ弓使いにして、たわわちゃんの半ストーカーと化しているアストリアさんと目があった。

 アストリアさんは無表情で俺たちを見つめていて、何を考えているのかは分からない。


(………………怖っ!)


 俺の理性が戻った。

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