プロローグ 1ポイントの命
「隊長、これ重いんですけど、鉄亀の甲羅」
隊員その1が泣き言を言ってきた。黙って運べ。
「いやいや、ほんと重いんですって。隊長は手ぶらで歩いているだけじゃないですか?」
黙れといっても黙らない隊員が、嫌みを言う。
うるさいな。いざという時の為に、体力を温存しているんだよ。
「・・・はあっ。いざっていう時の為って、実際いざっていう時には俺が特攻するんじゃねぇすか?」
当たり前だろ。お前は俺が作り出した、俺のコピーなんだから。
「まあ、そうなんすけどね。でも、どうせ生み出されるなら……」
……なんだよ?
「もっとイケメンに生まれたかったっすね」
死にたいのか? 俺は唯一の武器である厚手のナイフを構えた。
「無意味な事は止めましょうよ。どうせ俺なんて、魔力ポイント1で生み出される存在なんすから。俺を殺した所で、次の俺を生み出すだけで魔力の無駄遣いですよ」
……
「ん? ああ、落ち込んじゃいましたか? いやいや、あくまでコピーの俺の価値がって事ですよ。いかに3大クソジョブの筆頭である無限術士といえども、オリジナルのあんたの価値が、魔力ポイント1って訳じゃないんですから、そんな落ち込まないで下さいよ」
うるさいな! 落ち込んでなんかいねえよ! あと、無限術士をクソジョブ呼ばわりするな!
「そうそう、その意気ですよ。自分のコピーに凹まされるとか、とんだ自慰野郎じゃないですか。オリジナルがそんなだとコピーが恥ずかしいんですよ」
本当にうるせーよ。だいたい俺のコピーの分際で、何でそんなに下品なんだよテメーは!
「そりゃ、あんたのコピーだからだとしか言えないっすけどね。そもそも今のあんたの方が、隊長らしくっていう演技をしているだけじゃないっすか?」
違う! 俺はそんな下品じゃない!
「まあ、俺の方も下っ端隊員つー演技を多少なりともやってますけどね。けど、そういうのも含めてあんたのコピーつーか……ねえ?」
ねえ? じゃねえよ! もういいから黙って運べ!
「はいはい」
……。
「……」
……。
「……」
……。
「……あっ、隊長!」
何だ? 黙って運べと言ったろう。
「いや、それどころじゃねーし! 敵だよ!ゴブリンだよ! あっちの方から!」
なんだと!
「つーか何で、クソ重い甲羅担いだ俺の方が、先に気がつくんすか? やっと即死エリアから初級エリアに帰ってきたからって、気抜きすぎっすよ。街に帰るまでが冒険ですよ」
うるさい!
「あっ! でも、敵はゴブリン一匹だけですよ。やりましたね。弱っちい俺たちが勝てる唯一の敵ですよ」
だから、うるさい! 弱っちいとか言うな! それより準備しろ。速攻で蹴りをつける。作戦は『おまえが突撃』だ。
「……本当に人使いが荒いっすよね」
おまえは人じゃない。俺のコピーだ。
……あっ! 馬鹿! 甲羅を放り投げるな! 割れたら値段が下がるだろ!
「いや、割れるような代物じゃないでしょ。じゃ、行きますよ。止めはお願いします。ウラーーーー‼︎」
隊員その1が、ゴブリンに向けて走り出した。素手で。
ゴブリンも、隊員1に向けて走り出した。その手には粗末とはいえ、棍棒が握られている。
……。
……。
ゴブリンの方が装備がイイ!
その悲しき差が、二人が激突した時の結果になった。
「グギギ!」
両手を上に伸ばして近づいた隊員1に、ゴブリンの力任せの横薙ぎがヒットした。
素手の隊員1に対して、ゴブリンの方が棍棒の分だけリーチに勝った。
ボキッと、脇腹の骨が折れた音がした。
「グキャキャ!」
ゴブリンが喝采をあげた。
だが、
「悪いっすね。俺コピーなんで、痛覚とか無視できるんすよ」
隊員1は骨を折りながらもゴブリンを抱え込んだ。更に、足を絡ませて地面に押し倒す。
「ギョ⁉︎ ギョ⁉︎」
拘束から逃れようとするゴブリンと、離すまいとする隊員1がゴロゴロと転がっている所に、隊長がたどり着いた。
死ね。
短く呟くと、ゴブリンの頭に短剣を振り下ろした。
自身の分身を突撃させ、拘束した所で止めを刺す。
そんなカッコよくもなんともない戦い方が、無限術士の戦い方だ。
「あっ、ラッキーですね、魔石になりましたよ」
隊員1が倒れたまま言った。
魔物は死ぬと、時に魔石に変わる。先ほどから運んでいる鉄亀の様に、そのままの方が価値がある魔物も多いが、ゴブリンには魔石以外価値はない。
確かにラッキーだな。で? お前はどうだ? 立てるか?
「無理ですね。隊長、俺の事は置いて行って下さい」
そうか。
「最後だから言いますけど、隊長の部下はそれなりに楽しかったです。隊長ならいつか天位の……」
リセット。隊員1が消えた。
スタート。魔力を1ポイント消費して、無傷の隊員1が現れた。
「あのー……今際の言葉くらい最後まで言わせて下さいよ」
うるさい。とっとと甲羅を担げ。
「はいはい。……ああくそ、持ち上げる時が一番重いよっと」
よし、行くぞ。
……。
……。
……。
「所で隊長」
なんだ?
「さっきゴブリン倒した時に、レベルが上がったりしませんでした? もうそろそろでしょ?」
そうだな……。
ステータス、オープン。
ヒビキ=ルマトール
無限術士Lv 1
闘気 0
魔力 78/100
スキル 分身召喚(最大召喚数 1)
駄目だな。変わりなしだ。
「そうっすか……。いい加減後輩が欲しいんすけどね。隊員1とか呼ばれていても、そもそも2番がいねーよって話しですからね。隊長だって、俺と隊長の二人で戦士団を名乗るなんて虚しいですよね?」
黙れ! いずれ増えるからいいんだよ!
「そうっすね。でも今増えてくれたら、この甲羅運びも分担できて俺が楽なんですけど」
諦めて一人で黙々と運べ!
「はいはい……」
……。
「……」
……。
「……」
……チッ!
「隊長、敵です!」
ああ、気付いているよ。あと少しでゲートなのに……。
「今度はゴブリン4匹っすか。こりゃ勝ち目はないですよ」
ああ、そうだな。
「どうします?」
決まっている。おい、甲羅をよこせ。それからお前が囮になれ。
「うわー。毎度の事とは言えヒデー作戦だよこれ。そんなんじゃ部下がついてきませんよ」
ついて来いとは言ってない。囮になれと言っているんだ。
「あいあいさー糞上司。これどうぞ」
チッ! 本当に重いなこれ。
「でしょ? さっきまでの俺の苦労が分かるでしょ?ふいー、楽になったー。じゃ、楽になった所で隊長!ここは俺に任せて先にいけ!」
もちろんだ。お前の方こそ、死んでもいいから一秒でも長く食い止めろ。
「ここは、死ぬなよ……とか、生きて戻ってこい……とか、そういうセリフじゃないっすか?」
言わん。とっとといけ!
「わかりましたよ。……ったく、そんなんだから、パーティーメンバーもいないボッチソロなんですよ……しょうがない、行くか。ウラーーーーーーーー!」
よし、今の内に、
……。
……。
……あ、死んだ。
チッ。スタート。
魔力を一ポイント消費して、無傷の隊員1が現れた。
「ひでぇ! あいつらひでえっすよ! 一人で素手の俺に、四方から棍棒でタコ殴りしやがるんすよ! 外道の所業っすよ!」
そうか酷い目にあったな。じゃあ、もう一回行け。
「こっちもひでぇ!」
嘆きながらも隊員1は再度ゴブリン達に突撃した。
そうして隊員1が、突撃、撲殺、復活を、5回繰り返した所で、俺は街につながるゲートを潜り抜け、エリアと呼ばれる異界から、鉄亀の甲羅を持ち帰るというミッションを達成した。