第02話「ゲームを始めるまでに」
「だぁ~、任、この線、壊れてるよ」
浅海は『RFスイッチ』と書かれた白い箱から延びたケーブルを指さす。
任と絵里も顔を近づけて覗き込むが、言われてみれば確かに、箱から出た黒いケーブルは途中で切れていて、赤銅色の芯と同じ色の網のようなものが剥き出しになっていた。
RFスイッチはこれをVHFのアンテナをつなぐ部分にネジ止めするので、これはこれで壊れているわけでは無いのだが、そんなものを見たことがない彼女たちには「剥き出しの銅線」は壊れている機械以外の何物でもなかった。
「……ほんとですね」
「あさみちゃん、それびりびりーて来るかもしれへんよー。きいつけてなー」
絵里に言われて、浅海はあわててケーブルを放り投げる。
どこにも繋がっていない線から電気が流れるはずも無い事は自明だが、彼女たちにとって「千切れたケーブル イコール 漏電」なのだろう。
しばらくそれを見ていた任は、恐る恐るそれを拾い、紙袋に放り投げた。
「……だめじゃん」
「あ、でももう一本ありますよ、線」
ファミコン用のケーブルの束にあった赤・白・黄色に分かれたAVケーブルを取り出し、任は浅海に手渡す。
胡散臭そうにそれを見た浅海が本体を見ると、そこにも同じような端子が見えた。
これはレトロゲームマニアである任の叔父が改造してコンポジット出力を可能にした「改造ファミコン」で、実はなかなかレアものであるのだが、彼女たちにそんなことが分かるはずも無い。
浅海はとりあえず本体側をつなぎ、そのカラフルなケーブルの端を持ってテレビに向かった。
「友達の家でゲーム機をつないだ時は、黒くて四角い線だったんだけどなぁ」
「あぁでもほら、同じ色の穴ポコがあるやん」
「ほんとだ!」
テレビの外部入力の場所に同じ端子を見つけて、彼女たちのテンションが上がる。
右、左、映像。
同じ色の端子を一本ずつ差し込み、3人は頷きあった。
「つながった!」
「すごいです!」
「ほんまやなぁ~」
テレビのチャンネルを「外部入力2」に合わせ、ごくりとつばを飲み込んだ任は、ファミコンの「POWER」と書かれたボタンをスライドさせる。
一瞬、テレビが光ったような気がしたが、その後は何も映らず、黒い画面が続いた。
ファミコンにはシステム画面などは無い。カセットを入れなければ黒い(もしくは砂嵐の)映像が表示されるのみだ。
しかし、とにかく電源さえ入れれば親切な説明画面でも映るだろうと思っていた彼女たちは落胆した。
「電源入らないですね……」
「電源ランプとかもつかないし、やっぱり壊れてるんじゃない?」
ちなみにファミコンにインジケータランプの類は無い。
「ためしにゲーム入れてみぃひん?」
絵里が片手に「スーパーマリオブラザーズ」と書かれたオレンジ色のカセット持ち、任たちの返事も待たずにカセットスロットの小豆色のふたを開け、問答無用でそこに突っ込んだ。
――ゾリッ
ヤスリでもかけたような音を立てて、カセットがそそり立つ。
それはたぶん、レトロゲームを大切にしているであろう任の叔父が見たら卒倒しかねない光景だった。
電源を入れたままのファミコンにカセットを突っ込むと言う暴挙は、しかし、それでも画面に何かぐちゃぐちゃの画像を表示させた。
「お! なんか映った!」
「えりちゃんすごいです!」
「でもゲーム始まらへんね」
絵里はコントローラーを持ってボタンをカチャカチャ押している。
それでも画面に変化は無かった。
当然である。8ビット時代のゲーム機にホットスワップ機能を求める方がどうかしているのだ。
「ちゃんと入ってないのかもよ」
浅海がぐいぐいとカセットの頭を押す。
その時、手がリセットボタンに触れ、暗転の後、画面にはスーパーマリオブラザーズのスタート画面が映った。
しかし、それも一瞬。
カセットをぐいぐいと押し続けているのだ。ゲーム中にちょっと振動を与えただけでバグるファミコンが、そんな状況に耐えられるはずもなく、画面はフリーズし、テレビからは「プーーーーーー」と言う悲しい音が鳴りつづけた。
「お! ちょっと良くなったじゃん! もうちょっとかな?」
更にカセットを押そうとする浅海を任が制した。
「あさみちゃん、待って! たえわかった! さっきこのボタン押したんだよ!」
ついに。
電源ボタンとは反対側にある「RESET」ボタンに気が付いて、彼女たちはマリオが静かにたたずむオープニング画面を目にする。
ファミコンで遊ぼうと決めてからここまで、実に25分。
3人は、無駄に感動を味わっていた。
「やっぱりこれ見たことあるやつやー。うちが最初にやってええ?」
「うん、いいですよ!」
コントローラーの使い方は、今も昔もボタンの数以外ほとんど変わらない。
絵里がスタートボタンを押すと「タラッタッタラッタッ♪」と言う軽快な音楽と共に、ゲームが始まった。
「「「おおー!」」」
3人が声を合わせて歓声を上げる。
知っていると言っていただけあって、始まってしまえば絵里は今までの苦戦が嘘のようにゲームを進めた。
キノコのような敵「クリボー」をジャンプして潰し、亀のような敵「ノコノコ」を踏みつけて蹴飛ばす。
山あり谷ありの1-1ステージを絵里は初めてにもかかわらず、ノーミスでクリアーした。
高台からジャンプして、旗にしがみつく。
ファンファーレが鳴って花火が上がり、任は「えりちゃんすごいです!」を連発した。
「わたしも! わたしもやる!」
興奮した浅海がファミコン本体の横に嵌め込んである2コントローラーに手を伸ばす。
勢いよくそれを掴んだ手は「がんっ」と音を立ててカセットにぶつかった。
もちろん、ファミコンがそんな衝撃に耐えられるはずもない。
画面はフリーズし、テレビからは「プーーーーーー」と言う悲しい音が鳴った。
「ああ~、あさみちゃん、あかぁ~ん」
「ええっ?! わたし?!」
「仕方がない、最初からやりましょう」
任は無情にもリセットボタンを押す。
コントローラーの奪い合いになりかけた浅海と絵里は「じゃんけんで決めますよ!」と言う任の声に、真剣な表情になった。
浅海は両手をクロスさせて一人で手をつなぎ、それをくるっと回転させて手の中を覗く。
絵里は左手を天井に真っ直ぐに伸ばして手を開き、右手の人差し指で左手の甲にしわを作ってそれを数えた。
「いいですか? いきますよ! さ~いしょ~はぐ~!」
「「「じゃーんけーんぽん!」」」
ゲームと言う遊びをするためのじゃんけんと言うあそび。
こればかりはいつの時代でも、日本中どこに行っても、だいたい変わらない。
彼女たちは、やっとゲームにたどり着いたのだった。