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私は黄金に還らない

作者: 工具

誤字、脱字、誤用などに気づかれましたら教えていただけるとうれしいです。

 この世界へ着てからどのくらい経ったのかはいまいちわからない。そもそもが『ここへ来た』という認識こそが間違っている気もする。宇宙、銀河、太陽系、地球、日本。そんな枠組みの中で産まれ生きた記憶の方が私自身の描いた幻想で、今ここで生きている私が本来の私自身であるのか。最近執心していた研究に一区切りつけたため、幾度と無く繰り返し考えて答えの出ていない私という存在への疑問のなかを漂う。

 こちらに来て以来数えるのが億劫になるほど黄金期を乗り越えた存在を、私は私のほかに知らない。もし私と同じく日本をはじめとして地球を故郷とする者達がいるなら黄金期を乗り越えた新しい時代の混沌期に顔を合わせそうなものなのだが、一度として会ったことがない以上は私と同じようにあちらからこちらへと渡って来た存在がいないか、私の根源に焼きついて薄れることのないあちらの記憶は私の妄想ということになる。昔は二つの可能性のうちどちらかが正しいという根拠を探していたものの、いくつかの黄金期を越えた頃にはもうひとつの仮説を見出した。それは私の根幹にある日本での記憶は正しく、あの時代の先に今の世界があるというもの。


 この世界はある程度の周期で黄金期を迎える。物質、エネルギー、あらゆるものが黄金に輝く根源的で純粋ななにかへと還り、ほんの一つまみ残った前時代の遺物に一部が収束し、残りが新たな世界を構築する。その際に最も基本となる法則は変わっていないが、その法則を下敷きにした一部の法則が変化することが多い。魔力と呼ばれたものや気力と呼ばれたもの、思念の強さが物理現象に干渉する超能力と呼ばれたもの。それぞれを中心とした時代に生まれた文明の研究結果を比較する限り、どれも似通ってはいても別物であったと結論するに至った。つまり、私の記憶に残る日本がこの世界の過去に存在した可能性もある。

 とはいえ、黄金期を私以上に経験している存在を私が知らないのでは確かめる方法もない。結局はただ可能性を自分の中で論じるだけで終わるのだ。もしかすると、黄金期を乗り越えるたびに力を増し続けた先で私の疑問を解決することができるかもしれない。そして、この疑問を失った私はどうなるのか。少し楽しみで、同時に恐怖を覚える。


 何度目かも分からない思索にくれたあと、近頃芽生えた疑問に関しても考え始める。黄金期のたびに黄金を身に取り込み力を増しているが、私も含めた黄金の総量はどうなっているのか。少し前の黄金期から私が支配する領域も黄金期を乗り越えられるように保護しているというのに、私と私の領域を除外した黄金の総量が減っているように感じられないのだ。ひょっとすると、私のいる世界を含むもっと大きな枠があり、私と私の領域が取り込んだ分を私のいる世界の外から補充しているのだろうか。私が観測できていないものを想定すると可能性が広がりすぎて、暇を潰すにはちょうど良い。やりたいことが思いつかない時にはこの件を考えてみよう。


 ふと、私の領域の中心区画に人が入り込んだのを感じた。友人が訪ねてきてくれた。内包する力の総量が減っているから、見ない間に子供を産んだのか、それとも大きな病を得たのか。どんな理由にせよ、先ほど完成した薬を試してもらおう。


「久しぶりだ。あなたに聞くことではないけれど、元気かい?」

「久しいかは分からないが、君にとっては久しいようだ。私は大して変わりもなくとも、君の方ではそうではなかったようだね」


 友人は以前別かれた時とは様変わりしていた。腰まで伸ばしていた艶やかなストロベリーブロンドの髪は輝きを失い肩の辺りで乱雑に切り落とされ、右側頭部は頭皮をはがされたかのように引きつっている。右目右耳から右の肩口までは焼けたか溶けたかしたようで玉の肌が見る影もない。左腕は肘から先を失くし、左足も脛の半ばからその辺りで拾ったような木の枝に代わっている。


「見ての通り、中心区画へ入る直前に囲まれてね、逃げるのがやっとだった。私ももう歳か……」


 友人の存在が小さくなっていたのは、力の器たる肉体に多大な欠損が生じていたからだった。手足という肉が減っているのもそうだが、髪や目というのは力を溜め込む上で重要な部品なのだ。そうあるようにと長さを保ち手入れをされた髪は形の無い物を溜め込むのに適した器であり、目は入り込む情報が多いせいか特に意識せずともそういったものを取り込みやすい。それら大切な部品を一度にいくつも失えば存在自体が小さくなるのも当然だ。髪からは今も力が零れ落ち続けており、早く手入れしなければ残っている分を完全に失くしてしまうのも時間の問題だ。


「中心区画に入る直前あたりに生息している魔物とはいえ、本来なら君の相手ではないだろう。君か、深層の生態系か、どちらかになにか大きな変化があったのかな」


 私が黄金期を乗り越えるに際して保護・支配している領域は、属性とでも呼ぶべき力の均衡をわざと崩したうえで刻一刻と形を変え続ける空間歪曲の力場を張り巡らせている。領域に踏み込んですぐに火口も涼やかに感じる灼熱の山脈、一歩進めば音すら凍て付く極寒の森林、一歩戻れば地に立つことすら許されない暴風吹き荒れる平原。そんな、踏み込んだものを受け入れることも逃がすこともない極限とすら言える領域はもともと他者を近づけないために作ったものなのだが、なぜか黄金期を越え一万年も経つと毎度毎度不思議な生き物が住み着くようになる。私の領域には食事によって生きるような生物は存在しない。弱者は強者に食われるよりも早く死に屍すら残さないので他者を捕食する生態で生きることができず、同等程度の力を持つもの同士が争えば大体どちらも弱って死ぬ。私の領域に住み着くものは領域そのものが溜め込み続ける膨大な黄金を元にしたあふれるほどの力を何らかの形で取り込み、そこにただ存在するだけの領域という絶対支配者に依存して生きている。なぜわざわざあんな生きにくい場所でしか生きられない形に適応するのかは分からないが、ある範囲の個体数を維持し続け黄金期を迎えると全てを黄金に還元して私の領域の糧となる。


 そんな危険かつよくわからない生物の住まう私の領域の中心にある私の家だが、彼女は何度も訪れている。前回の黄金期からはそろそろ三万年くらいだから人の文明もかなり発達しているだろうに、彼女の身につけているものは彼女が初めてここを訪れた三百年ほど前と比べて技術力における成長が見られず、正直よくそんな装備で私の領域に踏み込む物だと毎度感心してしまう。

 その彼女が慣れているはずの私の領域で重傷を負うなど、何か大きな変化があったはずだ。


「大きな変化も何も、私がいったい何年生きていると思っているんだ。老いには勝てないし、どの程度老いているかを自覚できなければ足を掬われるのは当然だ」

「私と君が初めて会ってから三百年程、あの時二百歳くらいだと言っていたから君はまだせいぜい五百歳じゃないか」


 彼女と会うまではまともに日付を見ることもなくなっていたものの、私という存在の根幹に刻み込まれているシステムは正確に時を刻み続けている。とはいっても、黄金期を越えるごとに一日や一年の数え方は変わるもので、黄金期を向かえるごとにカウントがリセットされてしまうから私がどの程度存在しているかはわからない。

 私がシステムと呼ぶ不思議な力のひとつであるカレンダー機能は、日付や現在時刻を意識することで視界の隅にその時代時代で用いられている暦のうち設定したものと二十四時間表記の現在時刻を表示してくれる。二十四時間表記だけはいつでも変わらないのは不思議だ。こやつ、一秒の長さを変えてでも二十四時間という表記にこだわる頑固者なのだ。

 このカレンダーをはじめとしたシステムや、人らしい人格のまま億に届きそうな年月を生きる自分の特異性は何度考えても答えの見つからない、恐ろしくすら思う異常なものだ。これらのシステムはいつも私自身がここにいるという実感を薄れさせる。ゲームのプレイヤーキャラクターみたいじゃないか。


「大前提として、普通の人間は百年も生きられないんだよ。私は常人の六倍以上生きているんだ。今まで心身ともに老いを全く感じなかったことがおかしいのさ」


 確かに人の寿命はそんなものだ。彼女が長生きなものだから人間ではないつもりで接していたが、本人が断言する以上は自身の種族に関してなにか根拠があるのだろう。


「さて、私の歳の話はもういいじゃないか。とりあえず今回どの程度逗留したいかなんだが……どうしたものか」


 自分の体を見下ろした後、困ったように口の端を引き攣らせる。いつもなら怪我の治療を兼ねて一ヶ月から二ヶ月逗留する彼女だが、その程度の休養では私の領域を超えて帰ることはできないほどの重傷だ。より正確に言うなら今私の前に立って会話をしていることすら不思議なほどの負傷である。更にはその状態で私の領域を数キロメートルは歩いているのだからやはり彼女を人間のくくりで考えるのは間違っているかもしれない。

 そんなことをぼうっと考え、ふと疑問に感じたことを問いかける。


「そもそも、なぜ毎度毎度歩いてくるんだ? 転移系のマーキングをしていけばいいじゃないか。そっちの結界の縁の方なら使ってくれてかまわない。君以外が使えないことを確かめるのに解析はさせてもらうが」


 私の質問と提案に彼女はちょっと複雑な表情を浮かべ悩むように視線を彷徨わせた後、顔を一度俯けてうなずくと私をまっすぐ見つめるなり口を開いた。


「私が知る限り今の時代に、連続していない空間を移動する類の技術は存在しない。君の領域の転移を解析して真似事ができないかと試したこともあるが、空間の性質を感知する体質と技術を有している私のほかに君の領域の空間異常は誰にも理解できなかったため、その計画は破棄された」


 カレンダー機能を開いて年月を確認する。漠然と把握していた通り前回の黄金期からはおおよそ三万年。今回の文明は随分と発展が遅い。空間に干渉する技術は利便性ゆえに、大体の文明では二万年とかからず一定の技術体系を構築する。汎用性の高い別の技術が生まれたのだろうか。外の世界など気にかけなくなって久しいせいで昨今の事情がまるで分からない。カレンダー機能内で検索をかけ、前回外へ出たのは二万年ほど前だと判明した。


「空間に干渉する類の技術が発展していないのか。今の時代の特色と考えれば興味が湧く」


 私としてはもう少しこの話をしてもいいが、彼女の怪我を放置して続けたいほどのことでもない。


「それはそれとしてだ。君がここを訪れてくれることで私も良い刺激を受けている。それに対する礼というわけでもないが、つい先ほどできた新薬を試してみるか」

「新薬? ついさっき完成した物を人に試させるのはあまり良い趣味とはいえないぞ」


 困ったような、呆れたような、親しみのある苦笑で言われてしまった。いくら私でもそこまで人間性を失っていない。


「手足を一本落として何度か試しているから問題ない。切り落とした部分を接がなくとも手足が再生されるのは確認してある。再生のプロセスが正しく発揮されているなら火傷や毛髪も取り戻せるはずだ。ただ、参照する肉体情報の指定が面倒で手を抜いたせいで投薬の規定時間前の状態で記憶以外の全身が再構成される」


 ざっくりと説明しながら構築した机の上に人差し指と同じ太さ長さの硝子瓶を四本並べる。


「こっちから順に六時間前、十二時間前、二十四時間前、七十二時間前の肉体情報を参照するように設定してある」


 時間を計りながら左腕前腕に刺青を入れるという手間と三日以上の時間をかけて確認してある。そもそもが黄金に変換して構成情報を直接確認することで所定の薬効を有していると分かっていたというのに自分の体を使った治験もどきをしたのは、彼女に贈るつもりで開発した薬だからだ。

 彼女が私の領域を訪れるたびに少なくない怪我を負うのが気になっていたのだ。


「あなたがその薬を飲めば治ると言うなら治るのだろう。そこは疑わないが、私にはその薬に相応しい代価として支払えるような物がないんだよ。例えあなたが気にせずとも、私にとってとてつもない価値を持つ物を無償で譲り受けるのは私の誇りが許さない。誇りを失ってしまえば、私はあなたの前に立つ事もできない。私のわがままではあるが、何か労力なり物品なりで支払うことはできないかな」


 貰うばかりでは納得できないのは理解できる。私も一方的に貰うのは気持ちが悪いと感じる性質だ。代価を決めろというなら丁度いいものを考えよう。


「わかった。何か等価と思えるものを貰う。とりあえずはこの薬を使い、怪我が治るかを確かめよう。体に悪影響が出るようなら、当然その治療に責任を持つ。その場合は代価は受け取らない。これでいいか」


 私の提案に彼女も頷き七十二時間前の肉体情報を参照する薬を手に取り少し悩んだ後一気に薬を呷れば、体が黄金に包まれて再構築が始まった。

 黄金に包まれた彼女をぼんやりと見つめていると、ふと今回往路で大怪我を負った彼女はもうここを訪れないのではないかという考えが頭を過ぎる。

 今回のことで初めて自身の衰えを自覚したと言っていた点を鑑みるに、私の領域を通行するに際して彼女にとっての危険性が相対的に増していくと判断してもおかしくない。私から見る限りでは彼女の言う衰えなど無いように思えるが、私の所感が彼女の判断に影響を与えるかは定かでない。

 彼女があくまで私と会うことを目的として私の領域を訪れているなら、彼女用の空間転移装置を融通することで道中の危険を排除することはできる。しかし、彼女の目的が私の領域自体にあるならば空間転移装置があっても私の領域を訪れることはなくなるだろう。少なくとも外縁部だけで用を済ませられるとすれば私と会うことはなくなる。


「彼女と会えなくなるのは寂しいな」


 ぽろりと、口から零れ落ちた言葉に自分で驚く。

 そうか。私は彼女と会えなくなるのが寂しいのか。寂しいなど、今言葉にしていなければ自覚できなかったほどに懐かしい感覚だ。

 彼女と会えなくなるかは彼女次第だが、そうなった時に心の隙間を埋めるにはどうしようか。別れた次には出会いがあるなんて歌もあった気がするし、新しい出会いが良いかもしれない。かと言って外に出るのは面倒が多い。人。新しい人。そういえば昔にホムンクルスを作ろうとしたことがあった。人工子宮を作った後に材料が自分しかなくて止めたのだったか。自分を増やすなら黄金から直接変換した方が早いし無駄もない。人工子宮……彼女の子を育てるのはどうだろう。クローンは面白みがないし、やはり彼女の子を育てるのが良い。その子が望むなら共に黄金期を越させることも今の私にはできる。外へ行き人の世で生きたいというならそれはそれで良い。彼女の子を作るなら、卵子か精子を貰いたい。どうするか。いや、彼女は薬の代価を支払いたいといっていたのだ。肉体の再構成に問題がないようであれば薬の代価に彼女の卵子か精子のどちらかを貰おう。一度の採取で沢山手に入る分精子の方が都合がいいものの、性転換薬を飲んでくれるかは彼女次第。まあ、卵子一つでも三つ子くらいまでなら無理ではない。育ちすぎる前に時間凍結で保存して一人ずつ育てることもできる。


 彼女が黄金に包まれて再構成されている一分の間に手早く考えをまとめた。

 自分で作っておいてなんだが、投薬から治療の完了までに一分はやはり長すぎる。今回は安全な状態で使えたとはいえ、もう少し短縮できないか改良の余地がある。子育ての傍らで研究するのも良いな。


「一度完全に失われた四肢を取り戻せるとは……右目もしっかり見えている。髪もすっかり元通りだ。密かな自慢だっただけに手足とは別種の嬉しさがある」


 左手をゆっくりと握っては開いてと感触を確かめつつ左足で跳ね、左目を瞑って右目だけで周囲を見渡し、爛れて体液を滲ませていた顔の右側から肩までを右手で撫で、最後に小さく微笑みながら美しいストロベリーブロンドに手櫛を通した。

 肉体が万全の状態を取り戻した喜びに暫く浸り、彼女は力強い双眸で私を見つめた。



「今のところ投薬による悪影響は見受けられない。経過を観察するにしてもあなたがくれた薬である以上、私としては問題は起こらないと思う。であるならば、私は何を代価に支払えばいいだろうか」


「治療後の経過観察には三十日ほど貰いたい。三十日経って副作用や後遺症が確認できなければ、薬の代価として君の卵子または精子を貰いたい」


 私の言葉に、彼女は不思議そうな表情を見せた。何かおかしなことを言った覚えはないのだが。


「申し訳ない、私が持っていると確信している『らんし』や『せいし』とは一体なんだろう」


 卵子や精子について説明する前に彼女がどの程度の知識を持っているか確認してみれば、今の世ではどういった行為により子が生されるか、どういった変化により妊娠したと判断するかは理解されていても、より具体的な仕組みについては解明されていないようだ。そのくせ避妊や性病予防・治療のための薬類はそれなりのものが確立されているのはさすが人間だと笑えてしまう。


 話が長くなりそうだと椅子にテーブルを用意し、お茶とお菓子を勧めて、講義するかのように彼女の前を行ったり来たり歩き回る。

 私が知る限り、黄金期を迎えて世界が作り変えられても毎度のごとく生まれる人間系の種族は人体の基本的な構造がほぼ同じだ。なんらかのテンプレートに沿って一部のパラメータだけいじってるんじゃないかと思うほどにいつもいつも似通っている。魔法の類を使う種族なら脳の一部が変わっていたり内蔵が一つ二つ増える程度だ。獣っぽいのも地下住まいもでかいのも小さいのも骨格や構成する物質に多少の差はあっても大きな差異はないといえるくらいには近縁種だ。少なくとも狼と犬と狐くらいには似ている。今では形から材質まで自由に作り変えられる私と人間よりは、人間種と私がひとまとめにしている種族は互いに似ている。

 そんな経験則を前説に男女の差異や性交渉の具体的な仕組みといったものを口頭で説明しつつ、要所で黒板を作り出して図解に注釈を入れたり立体模型を片手間に作り出して補完する。


「いくつか聞きたいことがある」


 私の説明で私が何を求めているか把握した彼女は、少し頬を赤らめ座りが悪そうにもぞもぞとしている。


「その、私の子供を作るための素が欲しいというのは、あー、私をあなたの伴侶にしたいということだろうか。でもあなたも私も女じゃないか?」


 前半は歯切れが悪く後半はやや早口と、彼女にしては珍しいしゃべり方だった。

 少し肩を竦めて両手の指を組んだり解いたりと落ち着きがない。膝を擦り合わせたりティーカップを手に取ったり置いたり。いつも凛として格好良いという褒め言葉の似合う彼女が、今はとても可愛らしい仕種を見せてくれている。たまに上目遣いになってすぐ目をそらすのが、本人にその意識はなさそうだがあざとくてとてもよろしい。


「伴侶や番、夫婦といった形で君を束縛する気はない。君との繋がりを残したいというのは私のわがままなのだから。それと、体か。久しく気にしていなかったが今の体は女だったな。だが性別も気にしなくて良い。私の体は自由に作り変えられるし、君には性転換薬が何種類かある。使うつもりなら自分に合ったのを選ぶといい」


 違う性別で生まれていた場合の体へと再構築する薬、基本は今のままで異性の性器のみを追加する形で作り出す薬、今の体のまま性器のみを異性のものへ作り変える薬、系統は少し違うが全く違う他人の身体情報を素に体を作り変える薬。

 先ほど用意したテーブルの上にどういったものかをざっくりと説明しながら並べていく。


「結婚はしたくない、ということか? 私はできるなら両親の居る環境で子供を育てたいんだが……あと、んん……男になることなど考えたこともないので私は母親になりたいなと、思うんだ」


 不安そうな顔や、将来の夢を聞かれて答える子供のような恥じらいと誇らしさの混ざった幼い顔。

 子供を作ることについての話を彼女としたことはなかったが、これほど多彩な彼女を見せてもらえるなら今まで少し損をしていたような気分になる。


「君を束縛する気がないというのは、私が君と共にいたいと思うのは私の都合であって、君の意思と権利を踏みにじってまで私自身の望みを押し付けるつもりはないという意味だ。君との繋がりを残しておきたい私の都合と、私の領域の外にある君本来の人生を阻害しない手段。この二つの妥協点が君の精子または卵子を貰って君の子供を育てようという結論だ」


 先と同じ内容をできるだけ詳しく説明している内に、とても大事なことに気がついた。


「もしかして、君は自分の子を残すことに譲れない条件などがあるのだろうか。あるのならば教えてもらえれば私に応えられる範囲かを確かめられるのだが」


「大概の女がそうであるように、私が子を生すのは私の伴侶を相手にのみと決めている。私の子がほしいなら私と結婚してもらう」


 直前までのかわいらしい仕種や雰囲気が霧散し、きりりと力強いいつもの彼女が戻ってきた。まるで戦いに望むかのような凛々しさだ。私にその彼女を向けてくれるのは、出会って間もない私を警戒していた頃以来で少し懐かしくなった。

 そんな彼女が言ったのは当然の条件で当然の要求だ。


「君の言う結婚とはどういうものだ?」


 私も叶うならば彼女との相互独占契約を結びたいが、今の世の、もっといえば彼女の属する国の法律には明るくない。私の知っている法的拘束力のある結婚と同系のものならば、詳しいことを知らずに了承するのは諍いを生みかねない。


「主に子を生すことを目的に互いをパートナーと定め、共に生きていくことを誓い合うものだ」


 ふむ。なんとなく私の思っていたものと差異がある。大枠では同じものの、どういった法に基づいて互いの行動を制限しあうのかが不透明だ。

 その後しばしのやり取りを経て、彼女の言っているのは法的拘束力を前提にしたものではないと分かった。精神的な繋がりを確認し合い、互いを尊重し唯一無二の半身として支えあい独占しあう誓いを立てるものといおうか。この『約束』を破った際には法で裁かれたり損害を補償するのではなく、ただ単純に相手の心と繋がりを失う。

 彼女は『社会制度としての結婚』ではなく、より原始的な『共にある約束としての結婚』をしたいのだ。


「共に生きるには問題がある。君の生活拠点は私の領域の外にある。私は私の領域から外へ出て人里で生きるつもりはない」


 外は煩雑だ。いくら彼女との繋がりを強く望んでいようと、人の世と離れていた時間が長すぎた私は人の社会で生きていく気にはとてもなれない。彼女を失う結果になろうとも、私はもう人の世に関わりたいと思えない。精々が勝手に観察する程度の関係でありたい。


「ならば私がここに移り住もう。私も長く生き過ぎた。人の世に未練はないんだ。あなたが受け入れてくれるならここで共に生きていきたい」


「君がそう言ってくれるなら、一緒に生きていこう。久しく忘れていた愛情を抱くほどに、私は君を求めている」


 こうして、私は初めての妻を得た。今の私なら彼女一人を黄金期から守り乗り越えさせることは容易だ。彼女が望んでくれるなら、いつ訪れるかも、そもそもそんなものがあるのかもわからない黄金の果てまでを共に過ごしたい。

 

 黄金に還らない私の道行きに同行者を得られたら、それはとても幸せなのだと思う。

 今はまだ永劫など求められないが、愛情を思い出させてくれた彼女ならいつかきっと――


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