第九十九話
「人使いが荒いって言葉があるが、よく考えたら俺達って奴隷だったな」
イナーセルはミーティアを連れて、召喚された勇者たちのところに向かっていた。
「確かに、ミチヤ様はそこまで言う人ではないのであまり考えていませんでしたが、これは再認識する必要がありますね」
ミーティアも呟く。
ミチヤの奴隷であることに対して、二人はメリットばかりを認識していた。
どういえばいいのだろうか。奴隷たちにも自我はあるのだから、主人のことを言いと思うことや悪いと思うことはできる。
ミチヤの場合、限度を超えたことをすることがないのでいろいろ後回しにしてきたが、公私ともに、彼らは奴隷なのである。
「しかし、まさか、『前提共有』がかけられていたとはな……」
「そうですね……」
氷の彫像と化した召喚勇者たちを迎えに行ったハルカから聞いたのだが、そのほぼ全員に対して、『前提共有』がかけられていると言う情報をもらったのだ。
前提共有。
分かりやすく言うと、一人が考えていることを集団の意思にするということだ。
ザナークル王国の国王が自由にしていても、重鎮から反対意見が出ないのは主にそう言う理由である。
手順としては、まず、一人をマーキングする。
それを、まとまった集団に設定することで、思考に介入させて変更していくのだ。
無論。集団での行動時間が一定以上に達している必要はある。
「前提の完全定着までに半年はかかると言っていたが……ザナークル王国なら可能だろうな」
「でしょうね」
強力なものだし、しかも、奴隷にする必要もなく国の上層部にとって操りやすいものになるので、研究がすすめられていてもおかしいことは何一つない。
今回の場合、ザナークル王国に所属していたものの中から、操りやすいタイプの人間を選出し、その後、その人間の前提を共有させるのだ。
こうすることによって、半年後、奴隷化抜きで自由に動かせる部隊に変わる。
「風雅と春瀬と茜と海道に対して効果がないのは……意志力なのかね?」
「たぶんそうだと思う」
風雅と春瀬のそれぞれの強化手段である、シヴァとアルカナだが、いつ入手したのかは別にして、前提共有を回避できる材料としては十分だ。具体的な対策は知らないが。
茜の場合、まあ、勘がいいのだろう。イナーセルには女の勘は分からないし、ミーティアも、17歳や18歳の女の子を理解するにはちょっと生きすぎている。
海道の場合は……まあ、持ち前の前提が頑丈すぎるのだろう。というか、それしか思いつかん。
対抗手段があるがゆえに、効かない人間もいるのだが。
「いくらなんでもおかしい。見たいな表情をマスターがしていたが、それはこういう理由か」
「前提共有は時間がかかりすぎるゆえに実用化は進んでいないと言われていますが、それは、多くの団体がスピード勝負を繰り広げようとするが故ですからね」
一応、解除方法はある。
ただし、自分では気づけない。
圧倒的な前提と居視力を持つものの意見を変えようとすることがどれほど大変なのかは海道を見ていれば分かる。
悪い子ではないのだがなぁ。鬱陶しいけど。
前提共有はあくまでも、普段の認識方法が変化するだけ。表層心理に対して影響があるといい変えてもいい。
絶対価値観に及ぶ可能性はないのだ。
無論、数年レベルで共有されたらどうなるのかは実験結果としても残っていないので知らないのだが。
「しかし、ザナークル王国は何を考えているのやら……」
「思えば、勇者召喚されたもの達をこの学園に送りだすことに意味があるのでしょうか……」
イナーセルとしても、その理由は分からない。
フィーアリング学園国の生徒は、本当に強いもの達からしたらたいしたことはない。
本当に強いもの達を知っているが故の意見だが。
確かに、強者の域にたどり着けるのはほんの一握りだろう。それは否定しない。どんな種族でもそれは同じだ。
だが、その一握りすらいないのも逆に珍しい。
周辺国の認識もそう言ったもののはずだ。国レベルでの『井の中の蛙』と言っていい。
まあ、それでも今まで問題はなかったのだから強く反論もできないのだが。
学園対抗戦に出場させようとすることに対して否定はしないが、それをしたとして、何かの評価を得ることが出来ると思っているのだろうか。
「大人が考えることって言うのはいまいちよく分からんな」
「それには大きく同意しましょう」
忘れてはならないが、イナーセルもミーティアも、元貴族である。
社会と言うものを少なくとも見てきているのだが、今回の場合はよくわからない。
「まあ、それに関してはマスターと考えればいいか。解除方法は、視認できる範囲に行って、この魔法具を使えばいいんだよな」
イナーセルは魔砲拳銃を取り出す。
解除専用の魔法陣の式が設定されているのだ。
「そうですね……まさか、ヨシュアが精神鑑賞の魔法具を作る技術を持っていたというのは私も想定外でしたが……」
「マスターの懐刀役のポジションだからな……」
一体何を目指しているのだ?あの12歳は。
二人ともげんなりするが、気を取り直して控室に向かう。
……数分後。
結果的に隠蔽効果のあるマントを着用して銃を乱射してきただけだったのだが、作業自体は簡単だったので問題はない。
「ミッションといえるほどのものでもなかったな」
「それはいいのですが……まさか、共有耐性まで付与させるとは……」
「ああ、俺も驚いた」
銃を乱射するまえに出現した魔方陣に何か違和感があったので調べてみると、しっかりと付与機能が存在した。
「さて、これで生徒達はもとに戻ったな」
「これから彼らがどうなるのかは分かりませんが……まあ、問題はないでしょう」
「風雅と春瀬がいるからな。海道も……まあ、入れていいか。クラスメイトのためなら奮闘するだろうし」
面倒な時は本当に面倒だが、思い通りに動いてくれると気には本当に頼もしいのである。
しかも、それに対して自分に絶対の自信を持てるというのは……ある意味、ミチヤにもできないことだ。
彼が持つ特性は必要ではある。
前提はいらん。
「マスター……海道の前提を変えようとか考えているのかね?」
「ミチヤ様はそこまでは考えていないと思いますよ。ただ、半年の時間が必要とは言え、あそこまでの前提変更とも呼べることが出来るというのは、なかなかすさまじいことですね」
「俺としては、アイツらの前提のオリジナルになったザナークル王国の住民が気になる」
「王本人という可能性は?」
「いや、それはない。王といえるほど強烈な前提ではなかった。というか、アイデンティティレベルで自己否定するだろうからな」
一応、自分でその前提共有思考を否定すれば、その時点で効果は終了する。
だから、王本人とは言わなくても、まあ、地球人からすれば屑人間といえる程度の人材を用意したということだ。
無論。この時を持って、彼らの半年間の苦労は水の泡と化したのだが、それに関して彼らが悲しむことはない。
地球人にとっては悪い意見かもしれないが、この世と言うのは弱肉強食である。
強者がどう考えるかに寄っていろいろ決まるのだ。
……世界にいる強者の連中にズボラが多いことも、間違ってはいないのだが。
「一度、ザナークル王国に行って、その内部状況を調べる必要があるかもしれないが……」
「それに関しては冒険者ギルドが行う可能性はありますね」
前提共有をしていたことがハルカにばれちゃったからな。
どうなるのかは二人にもわからない。
ただ、どちらにせよ、少人数の『悪い大人の意見』を、大人数にまで拡大させるこの技術は、無視できるものではない。
前提共有から解放された彼ら彼女らがこれから先どうなるのかは分からないが……まあいい。奴隷のミスは主人の責任だ。
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「ちょっと待てやゴルア!」
その時ミチヤは、本日二回目の絶叫を上げていた。




