第九十話
面倒なことは向こうからやって来るものである。
もちろん、自分から突っ込んで行くはずもないのだから当然だが、勘弁してほしい時もあるのだ。
「初めまして。だな。ミチヤ君」
「今度は天使族の王か」
そろそろどこかの王と会うころだと思っていたが、今度は天使族か。
なかなかに鍛え上げた体つきである。
翡翠色の瞳に、流れるような銀髪で、端正な顔つきだった。
「雰囲気で分かっていると思うが、天使族の王、セレリム・オーバーンレイクだ」
「今は臨時講師をしているミチヤです」
たまに臨時講師をしていることを忘れるときがあるが。
「で、セレリムさんは一体何のようで?」
「呼び捨てでかまわん。アークヒルズも呼び捨てにしているのだろう」
「まあそうだな……」
「ふふふ、気になる者がいると聞いて、この国にいるということだったからな。携帯を少し前に紛失してな。番号が分からんからと言ってシュレイオは直々に手紙を私に来たわ」
「そうか……ん、携帯?」
「うむ。これのことだ」
艶消しされた黒い塗装のガラケーだった。
「王しか持っていないものでな。連絡を早く取りあうために、数年前に創造神ゼツヤが制作してもらったと言うわけだ」
あのバカ……。
「ただ、王しか持っていない故な……」
「まあ、一目は気になるだろうな」
さっきの言い分からすると、シュレイオは知っているようだ。
重鎮に話すかどうかは個人次第と言うことなのだろう。
「それから、講師をしているという話だったな」
「臨時なので、長くてあと三か月と言ったところですけど」
「ふむ……生徒が一人増えても問題ないかな?」
「……」
まさか。
「あなたの息子ですか?」
「いや、娘だ」
写真を見せてくれた。
この世界にあったっけ?まあいいか。
うーん……ミーティアをそのまま小さくしたような感じだ。
天使族は成人になるまではすくすくと成長するはずなので、見た目通りに幼いのだろう。
「母親似ですか?」
「そうとも、私に似なくてよかったと思っている……何故知っているのだ?」
「15年前。と言えばわかりますか?今は俺の奴隷なんですよ」
「なるほど……そういうことか」
セレリムは思いだすような表情になった。
「元気にしているかな?」
「ご想像にお任せします。ただ、それ以上に元気だと思いますよ」
「そうか……いまは、名は何と言う?」
「ミーティアです」
「ミーティア……ミーティアか。良い名だ。付けたのは誰だ?」
「一応俺です」
ミーティアに関しては真名だからな。
「……べつに、いいたいのなら勝手に言えばいいし、言いたくないのなら言わなくてもいいですよ」
「いや、これに関しては、私から言うべきだろう。だが、一応聞いておくか。知っていることは何かな?」
「その時の店員からは、武器とか資金で必要になったと聞いた」
「そうか……わすれもせん。18年前、天使族の領土全域に、スケルトンが出現したのだ」
18年前?15年ではないのか。
「それが原因なのはわかりましたけど、天使族は……」
「そう。周知の通り、神聖属性の魔法を得意とする種族だ。だが、その時出現したのは、『アルカトラズ』という種族だ」
アルカトラズ。地球では、監獄島とも呼ばれている場所だ。
「その特徴は、神聖属性の攻撃を受けることで、周辺に存在する同種族のステータスが激増すると言うものだった」
「……」
「アルカトラズのステータスはもとから高く、さらに、最大にして専売特許といっていいのが神聖魔法である天使族は、猛攻に耐えることは難しかった。ステータスが上昇するにつれて、魔法に対する抵抗力も上がっていく。進撃を止める手段はなかった。もとより、天使族の領土は、神聖属性の行使に寄って浄化が進んでいるのだ。原因は不明だった」
神聖属性の攻撃を受けることで周辺の同族を強化する。か。
「そんな中。ラシェスタが、今日かが発生しなくなる特殊加工の武器を大量に入手したという情報が入った」
そのタイミングか。
「その時、ラシェスタは数々の武器を、我々に無償提供した。特殊加工をしたがゆえに耐久力がやや低い武器となって、大量に用意することが必要になった。ラシェスタにとっては悪い話だろう」
クロノスも余計なことを言っている余裕がなかったということか。
「その時、アーカーシャも戦った。王女としての務めを果たそうと、最前線で戦っていた」
アーカーシャというのは、おそらくミーティアのことだろう。
「すまんな。今はミーティアだったか」
「別に問題はない」
「そう言ってもらえると助かる……あの戦いで、ミーティアは一度、壊れてしまったのだ」
「……」
「それも当然だろう。蓄積され続ける疲労。終わりの見えぬ不安。そして、圧倒的なまでの数に寄る、自らの死の気配。それらの中で三年もの間戦ったあの子は、全てが終わった時、壊れてしまっていた」
ミーティアのレベルが高かったのはそう言う理由か。
「少しふれれば爆発してしまうかのような。そんな状態だった」
「天使族のもの達は痛感しただろうな。自らの無力を」
「そうとも、私は、自分の娘がそうなったと知った時、これ以上にないほど悲しかった」
その時のセレリムの悲しさがどれほどのものだったのかはわからない。
だが、前世があるミチヤは、子も孫もひ孫もいる。
自分の血を引いたものが壊れるのは、つらいものだろう。
セレリムの場合。それを止めることすらもできなかったのだ。
「だが、問題はそれだけではなかった」
「天使族の領土全域で、小さくはない被害があったからだろうな」
「そうとも」
ミーティアの食生活を見ればミチヤには分かるのだが、基本的に、野菜が中心だ。
というより、自然から入手できるものと言った方がいいか。農業を含む。
「山だってそんな状態ではないだろうし、畑なんてもってのほかだ。そもそも、食料の問題が浮上しただろうな」
「そうとも。全てが終わってから三か月ほどだったな。それが全面的に問題になったのは……」
「ということは……ミーティアが売られたのは……」
「あの子は、自分を売ったのだ。その書類もすべてそろえていた。私が全てを知った時、もうすでに奴隷となっていた。私に残ったのは、大量の資金だけだった。まあ、こんなところだな。何か聞きたいことはあるか?」
「……あんたは、ミーティアをどうしたいんだ?」
「あの子のやりたいようにやらせる。それだけだ。誰かに尽くすことが出来るが、それでも、頑固なところもある」
「それはよくわかる」
「それに……君になら、任せられる」
「……」
セレリムの顔が、嫁を送りだす時の父親のような雰囲気をしていた。
ミチヤの顔に汗が流れる。
「……いや、不服ではないし、良い娘さんだとは思うが、俺にそれを言うのか?」
「他に言うものはいない。まあ、考えておいてくれ」
「考えておいてくれって……」
どこをどういう感じに?
「料理もできるし……」
「それは俺がやっているんだが……」
「身の回りのこともかなりできるし……」
「俺最近、『超級生活魔法』も入手しているんで」
「あの通りレイピアも魔法も……」
「今では俺の方が断然強いんだが……」
「……君の欠点を教えてほしい」
セレリムはすごく悔しそうにしていた。
「頑固さはあんた譲りか。というか、容姿は母親譲りで、中の方はほとんどあんた譲りなんじゃないか?」
「……確かに、否定できぬな」
「……はぁ」
何回溜息はいてるんだろうな。俺。
「で、今日はどうするんだ?」
「……ここに来たことはミーティアには知られたくはない」
「似てるな……さすがだ。まあそれぐらい構わん」
「頼む。それから……これからも頼む」
「無理矢理にでも連れて帰ればいいのに……」
「王としての沽券にかかわる」
このおっさんは……。
「まあ、娘さんの編入に関してはあとあと書類整理宜しく」
「分かっている。では、今日はもう帰るとしよう」
セレリムは立ち上がった。
ミチヤは口を開いた。
「最後に聞きたいことがある」
「何かな?」
「あんたは、ミーティア……いや、アーカーシャのことをどう思っているんだ?」
「言わずともわかるだろう。ただ……自慢の娘だと言っておこう。後のことは任せた」
セレリムはそれきり何も言わずに出ていった。
ミチヤは後ろを見たが、その先にある壁の向こうで泣いている父親似の不器用な馬鹿女がいることは、ずっと前から分かっていた。
「この国に来てから、ずいぶんと不器用なのに出会うもんだな……良い親だな。お前はどう思うんだ?」
最後に少し、声が大きくなったのは、わざとだ。
「別に、こたえは分かっているから、返答は求めてないけどな」
ミチヤは溜息を吐いた後、プリント製作に取り組むことにした。




