第八十五話
許容範囲。と言う言葉を御存知だろうか。
簡単に言えば、一つの物事における、個人で可能な範囲のことである。
「……風雅」
「どうした?春瀬」
「ちょっとこれは……想定外だったね」
「同意しようか」
ちょっとしたテラスで二人は話していた。
かなり長い時間がかかったが、ザナークル王国からフィーアリング学園国までやって来た召喚勇者たちである。
二人は、ここで海道に現実を言うものをよく学んでほしいと思っていた。
ミチヤが大きな問題を引き受けてくれるので(本人のとっては不本意だろうが)そこまで心配はないのだが、普段から一緒にいる二人にとってはなかなか胃薬がほしいところである。
「しかし……ここではそこまで近接戦闘は習わないんだね」
「そうらしいな。魔法がほとんどだった。お前にとっては退屈はしないこともないだろうが、俺にとってはあまり充実はしていないな」
貴族は、そのほとんどは魔法を使う。
剣を握るものもいたが、何と言えばいいのやら。
竜族領土で様々なことを経験してきた彼らとしては、物足りない部分は多かった。
施設だけが無駄に豪華で、予算が使われていることは分かったが、だからと言ってその質がいいのかとなると首を縦に振ることが出来るのかと言うと疑問である。
竜族領土にいた時、風雅は、槍の扱い方をハルバードを使っていたタイダロス(身長差は一メートルあるが)と、闘技場で扱っていたところを見ていたイナーセルから聞いている。フルーセが概念破壊についてちょっと知っていたので、完成からすると大体7割と言った程度だが、そこまで練度を上げている。
春瀬の方は、ミーティアから魔法を学んでおり、召喚系統についてはミラルドから教えてもらった。風属性がかなり強化されている感じがするが、それはテラリアが影響している。
そして、二人とも、ヨシュアからそれぞれが持つ武器の強化と、メンテナンスの方法を教えてもらった。
ミチヤの奴隷たちに教えてもらって、ミチヤ本人からも、この世界で必要な考え方や、相手の強さや特徴を素早く認識する観察眼を教えてもらっている。
そこまで長い時間ではなかったが、充実していたといえるだろう。
だが、ここではそれが感じられなかった。
「海道も、あまり変わらないよね」
「確かに」
全員が貴族だし、彼らも勇者だ。
階級が同じと言うわけではないとしても、特別貧しいものがいる訳でもない。
第一学校に入学したからと言うこともあるだろう。
貴族とはいってもいろいろあるし、それによって海道が変に反応する時もなかったわけではないが、奴隷と言う立場のものが一人もいなかったし、極端な身分の違いもなかった。
変わるはずもない。だって、その材料がないんだもん。
「町の方もきれいだしね」
「ああ、発展していることがよく分かるものだった」
三階建てや四階建ての建物がずらりと並んでおり、まあ、ちょっと値段が高いと思ったが、それでも治安が悪い様子はなかった。
「当てが外れたというより、当てに乗れなかったというべきかな」
「どっちもそこまで変わらない気がするが……間違いではない」
となると……もうミチヤに会わせるしかない。本人はいやがるだろうが。
「何とかしてミチヤにあわせられないかな」
「絶対にいやがるな」
二人ともそんなことは百も承知である。
日常的な部分で困ったことがあったら二人で解決するし、それができるほどの知識や学力も持っているが、二人と比べるとミチヤの方が手なれている。
要するに丸投げである。
「二人で何を話しているの?」
そう言ってやって来たのは、夏菜だった。
神官みたいな恰好である。
今日も可愛らしい。ミチヤが好きなのもまあ分かっているし、本人も隠しきれていないところを自覚している要なのだが(海道?認めているはずがないだろう)、とにかく、何を言えばいいのかわからんのも事実だ。
「ああ……まあいろいろとね」
「ふーん。そう言えばさ。この第一学校のエリアから別のエリアに行く許可とかって取れないのかな。私、先生に言ったけど、取れなかったんだよね。変な先入観を植え付けられるからって言われたけど」
そりゃ自分たちがすでに妙な先入観を持っているのだからそう思うのも当然である。
「何故そう思ったんだい?」
「私のミチヤ君センサーが反応しているんだよ」
「「……」」
ちなみに、春瀬と風雅は、ミチヤがどこの学校に行っているのかは知らないが、第一学校ではないという時点で、何となくだが第四学校に行っている気がするのだ。苦労人が持つ勘と言うものである。
しかし、女の勘もなかなかすさまじいものだ。それが当たっているのだから、性質が悪い。
コメントに困る。二人の心境はそれに尽きる。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。ミチヤか。今頃どうしているんだろうね」
生徒達の魔改造でもしているのだろうか。
まあ、魔改造とはいかなくとも、超絶強化は行っているだろう。
え、同じではないのかって?二人にとっては違うのである。
「私の勘では、教師をしていると思うんだよね」
勘と言うものは常に、根拠はない。
しかし、当たっているので何を言えばいいのかわからん。
女の勘は鋭い。とはいう言葉が、小説ではよく使われる。
そう言ったキャラがいても不思議ではないし、そう言ったキャラがいるからこそ、と言うこともある。
別にいてもおかしくはないのだ。周辺メンバーが困るだけで。
その困るメンバーが自分たちになるということも、二人は予測していなかったわけではない。
が、ちょっと……運命と言うものを誰が決めているのかは知らないが、もうちょっと考えてほしかった。
「二人はどう思う?」
「さあ?まあどちらにしても、行かないと真実は分からないだろうね」
居るとも居ないとも言えない現実。
いや、夏菜であれば話してもいいかな?と思ったりもするのだが、盗撮写真まで撮るレベルの夏菜をミチヤに会わせた場合、どうなってしまうのかかなり不安なのである。
具体的にはミチヤの貞操が。
「夏菜さんはミチヤに会ったとして、どうするんだい?」
「うーん……そうだね……路地裏か宿に拉致……いや、一緒に入って、ちょっと襲いかか……いや、いろいろお話しをするつもりだよ」
完全無欠のヤンデレじゃないか。
二人の顔に汗がちょっと流れた。
「そうか……」
風雅はぽつりと言ったが、その言葉は、何を言えばいいのかわからなくなったのでとりあえず何かを言った、みたいな感じの声だった。
気持ちは春瀬にもわかるのだが。
「夏菜」
「む?あ、茜ちゃん」
彼女の友人である茜がいた。
戦闘する時は忍び装束なのだが、今は普段着である。
茜はこちらに来て、風雅と春瀬の表情を見て、どんな話になったのか、夏菜が何を言ったのか、そのすべてを把握してくれたような、そんな表情になった。
彼女も彼女でかなり苦労人である。
ただし、彼女の場合は夏菜限定だが。
「夏菜。何を話していたの?」
「この国にミチヤ君がいるかもしれないという話だよ」
「ふむ……」
茜は予想が確信に変わったような表情になった。
即ち、苦労コースであることを悟ったのである。
まあ、頑張れ、夏菜の方は君に任せる。僕たちは海道のことで忙しいんだ。
ということを、風雅と春瀬はアイコンタクトで伝えた。
茜は現実逃避することをあきらめたようである。
解決策を見つけることも諦めているように見えなくもないが。
「そう言えば、次って何の授業だっけ?」
「回復魔法。夏菜の得意分野」
「え、そうだったっけ?」
夏菜が首をかしげて、茜が頷く。
「それじゃあ、もうそろそろ準備しないと。それじゃあまた」
夏菜は走って行った。
「「「はぁ……」」」
ため息でハモる三人であった。
思えば、海道は道也と接触することはあるのだろうか。
ただ、ミチヤ本人とは合わなくても、奴隷の方もかなり行動範囲が自由なので、そちらに会うかもしれないな。
そんなことを、二人は考えていた。




