第三十二話
「長いな……」
春瀬は馬車の中で愚痴っていた。
さすが、直線距離三百キロ。荷物が多少重い馬車だとすさまじく長い。
ちなみに、馬車とかだと酔ったりする場合があると思うが、ミチヤが新しく『酔い耐性』の付与魔法を『作って』広めていたらしく、全く問題はない。
ちなみにこの魔法。ミチヤが初級魔法クラスにまで難易度を落として、素人の魔法使い、もっと行けば銀貨一枚クラスの魔法具になるように魔法式を組み直したので、もうすでに一般化した。
馬車のスピードを出しすぎるとなれていない限り酔うのは当たり前だが、この魔法によって重要人物の地域間の移動スピードが上昇、様々なところで運営が進みやすくなったとか。
数々の魔法が発見されているが、需要の高い魔法を一般レベルにして広めたのは初らしい。
さすがチートの典型である。
「さて、どうするんだろうな。戻ってから」
「それはまだわからないさ。でも、ゴールはひとつだ」
風雅の呟きに正哉がかえす。
風雅はそこまで納得している訳ではなかったが、あえて何も言わなかった。
「思ったけど、集団用の馬車って……ちょっとバスっぽいよね」
「そうね。乗客は私たちを入れて七人だけど」
そう、今現在、少人数用の小さいものではなく、集団が乗ることのできるタイプのものに乗っている。
乗ることができる人数は二十人ほどなので、春瀬たちが知る馬車と比べると小さいものだが、集団用のものになるとこうなるのだろうか。
集団用なので席の数が多く、荷物おき専用はない。
まあ、馬車そのものの作りもいいし、料金も高かったが、まあ、そう言うものだ。
ちなみに、春瀬たちは前の方の席に座っているが、一番後ろの席に、二人の客がいる。
一人は青く長い髪をひとつにまとめた十四歳ほどの少女で、茶色のローブをまとっていた。本人は熟睡中であり、その膝の上には、全長三十センチくらいの子豚が寝ている。服を着せているのでペットだろうか。
もう一人はメイドで、おそらく十六歳ほどだ。黒い髪を肩の辺りで切り揃えていて、窓の外を眺めている。
旅行……なのだろうか、よくわからない。
ただ、馬車の来る時間になるまでの待ち時間、子豚の上にいまは熟睡中の少女がのってロデオっぽいものをしていた。少女はその時からほとんど寝ているようなものだったが。
「しかし、こうして待っていると、なんか修学旅行を思い出すよな」
風雅がいった。
「五月のあたまくらいに京都に行ったな。あのときは騒いだものだよ」
正哉も思い出しているようだ。
春瀬は……何をしたっけな。確か八つ橋完全制覇のために走り回った気がする。試食コーナーで結構長い間陣取っていたな。あれは迷惑をかけたな。うん。
「そうだね~」
「夏奈は何をしていたの?」
「ん?尾行だよ」
誰の?と聞くのは野暮だろう。
やっぱりな。
あと、たぶんばれていると思う。
「その時にね。デジカメでかけそばを食べてるところを撮った筈なんだけど、いつの間にかデータが消えていたんだよね」
あいつ、京都に行ってかけそば食べてたのか。
すごく変な図が春瀬の頭のなかで出来上がっているが……それを口に出すのは野暮と言うものだろう。
あと、やっぱりバレてたんだな。
「さて、もうそろそろ国境だな」
春瀬がそう言った瞬間、馬車が急に止まった。
「な、なんだ……」
正哉が驚いているが、春瀬と風雅は、ミチヤが春瀬に渡していた『もしもマニュアル(ネーミングセンス酷すぎる)』をみて取得していた『警報』スキルで、馬車の外になにかがいることがわかっていた。
急いで外に出る。
「お、聖刻印をもっている奴であっているな」
そこにいたのは、人に竜の要素を僅かに加えたような、そんな人だった。
基本的な部分は人とは変わらないが、特徴として、ヤギっぽい黒い角がある。
魔竜種の義人体だろうか。魔竜人族(竜にはなれない種)の可能性もあるが、それは分からない。
「いったい何者だ!」
聖剣を抜き放つと、正哉が叫ぶ。
「やれやれ、敵に何者かを聞くときは自分からまず言うっていうのは魔族でも知ってるって言うのに……まあいいか。時間もねえしな。俺はイーゼラー。魔王親衛隊をやってるんだ。よろしく」
……は?
「魔王親衛隊だと。それなら話は早い。今ここで倒してやる!」
正哉が聖剣を構え直して、直ぐ様斬りかかった。
このバカッ!
「遅い」
イーゼラーは普通にかわしていく。
いや、本来なら早いはずなのだが、向こうの普通に出せる速度が速いのである。
イーゼラーは何回か避けたあと、後方に跳躍する。
「避けるなんて卑怯だぞ!」
「いや、それは違うと思うがな……」
激しく同意しよう。
イーゼラーは指をパチンとならすと、直径五十センチくらいの火の玉を作り出して、それをこちらに放ってくる。
時速百八十キロはあったと思うが、正哉のポテンシャルでは問題ないようで、右に飛んで回避する。
が、その火の玉は馬車の方に向かってきた。
「ちっ」
風雅は舌打ちすると、槍を青く光らせて火の玉を貫く。
競り負けているような感じになったので、春瀬は緑色の杖を構えて、水属性の魔法を詠唱短縮で使って消火した。
イーゼラーは口を開いた。
「避けるのは卑怯なんじゃなかったのか?」
「何を言っているんだ?敵の攻撃を避けるのは当然だろう」
「……」
イーゼラーは言葉を失った。
うん。敵ではあるが、気持ちはよくわかる。
「確か、異世界にある……なんだっけ、RPGだったか?それのアクションゲームって、自分には回避コマンドがあって、モンスターとかにはそういったプログラム……っていうのか?それが無いって魔王様が言ってたな。異世界の人間っていうのはこう言うもんなのか?」
詳しいな。魔王。
まあ確かに、多くのRPGのアクションゲームにおいて、例えるならモン○ンとかだが、それらには、自分には回避コマンドはあるが、モンスターには存在しない場合が多いな。それでも、AIの影響で絶妙なタイミングでかわしてくることはあるけど。
「ま、それはいいか。しかし……」
イーゼラーは春瀬たちを見た。
「……苦労してるよな。お前ら」
「ああ、まあ……そうだな」
風雅が呟いた。
確かに苦労しているな。
「なにをブツブツ言っているんだ!行くぞ!」
正哉は再度突っ込んでいく。
「魔王様からは、聖刻印を破壊したらさっさと戻ってこいって言われているんだがな……」
どうでもいいが、わざわざ少数のアイテムを破壊させるためだけに親衛隊を差し向けると言うのはどういうことなのだろうか……。
聖刻印がそこまで重要なのか、それとも、単に人数不足なのか……。
もしくは、聖刻印を破壊できる者が親衛隊クラスにならないと存在しないか。
どちらにしろ、正哉一人にいかせるのはマズイ。
今、聖刻印は正哉が所持している。
いや、厳密にはアイテムポーチに入れているのだが、どちらにせよ、アイテムポーチが破壊されてしまったら、中のアイテムは全て出てきてしまうのだ。
不安要素はまだある。
魔竜族であることはほぼ間違いない。
ただ、親衛隊であるというのに、竜になれない筈はない。
「さて、ぼちぼちやる気出すか」
イーゼラーはさらに距離をとった。
次の瞬間、イーゼラーは指をパチンとならすと、その手に紅色の片手剣を出現させる。
「ふう……さて、最近あまり戦っていないからな。なまったからだたたき起こすくらいの戦闘はやってくれよ」
「お前がどんな武器を使おうと、俺は負けない!」
正哉が突っ込んでいく。
「本当に勇者なのかね。まあ、それ以前に人族か」
イーゼラーは正哉の攻撃を受け止める。
つばぜり合いになっているが、勝てそうな雰囲気ではない。
が、イーゼラーの後ろから、茜がダガーを構えて突撃していた。
「ほう、気配操作が上手いじゃないか」
イーゼラーは茜が背中に突き立てようとしたダガーを、左腕で止める。
その腕は、肌ではなく、黒い竜の鱗のようになっていた。
おそらく、『竜鱗装甲』だろう。親衛隊ともなれば、ほぼ反射的に部分的に竜化出来るようだ。
「無駄に武器のランクが高いな……フンッ!」
右手だけで正哉の聖剣を押し込んで吹っ飛ばす。
そして、茜に攻撃しようと振り返ったが、既に茜は距離をとっていた。
次の瞬間には、風雅が槍を構えて上空から突撃していた。
ちなみに、夏奈の魔法によって貫通力は強化されている。
「ち……!」
下がろうとしたとき、すでに春瀬が地面の土を鎖に変えてイーゼラーの足を縛っていた。
風雅が槍を突き下ろしたが、イーゼラーは右手の剣で迎撃しようとした。
しかし、夏奈の筋力強化がかけられた茜がダガーでイーゼラーの剣を押さえており、春瀬が鎖を増やして左手を縛っていたので、防御は出来なかった。
「オリャアアアアアア!」
胸のど真ん中に槍が突き立てられたが、イーゼラーは直ぐ様竜鱗装甲を追加したようだった。
だが、風雅はしなやかな手首を利用して、鱗で守られていない所を穿った。
三センチほどしか刺せなかったが、まあ、ダメージはダメージだ。
一撃離脱。風雅も茜も一旦離れる。
イーゼラーは竜の再生力が働いたようで、すでに傷は塞がっている。
「ほう、なかなかやるもんだな」
「当たり前だ!俺たちは勇者だからな」
「お前には言ってねえけどな……が、攻めるときは本当に攻め続けた方がいいぜ」
イーゼラーの眼光が風雅を貫く。
次の瞬間、風雅は胴を一閃されていた。
「ぐあっ……」
次の瞬間、夏奈の回復魔法で傷が回復するが、それを理解した瞬間、傷が再度開いて、血が飛び散る。
「いったい何が……」
「なに、斬るときにちょっと魔力の流れを狂わせただけだ。だが、それをするだけで、回復魔法っていうのは完全じゃなくなるんだよ。まあ、それをしたとしても問題なく回復できる魔法もあるけどな」
知識量の差でかなり負けているな。
戦闘力の時点で、すでに互角ではないのだ。少々マズイ。
「よくも風雅を、許さない!」
正哉の体から白と赤の魔力がほとばしる。
召喚された勇者の中でも正哉だけが持つ二つのスキル。白が『臨界覚醒』で、赤が『限界突破』である。
簡単に言うなら、臨界覚醒は、スキル使用者本人を『全力状態』にするもの、限界突破は、一定時間ステータスを五倍にするものだ。
臨界覚醒で、集中力や状況分析能力を最大限引き上げて、本来であれば力そのものに振り回されるはずの、限界突破による五倍のステータスを操ることができる。
しかし、前者は脳に、後者は肉体に負荷がかなりかかるのだ。
低くはないステータスを五倍にして、なおかつ戦闘における集中力を全開にする。
普通なら、警戒レベルは凄まじいだろう。
「『聖王斬』!」
正哉が剣を真っ白に光らせてイーゼラーに飛びかかった。
ただし、イーゼラーは普通ではなかった。
「『矛盾強化』」
イーゼラーはそう呟いたが、特に何かが変化したようには見えない。
だが、正哉の剣は、左腕一本で止められた。
イーゼラーの体は勢いよく地面に沈んでいく。
正哉は、それをダメージが入ったことだと誤解した。
剣は、一ミリたりとも、腕を斬っていなかった。
そして、一瞬、正哉は油断した。
イーゼラーはあきれた顔で、正哉の首をつかんだあと、こちらに投げてきた。
立ち上がったばかりの風雅に激突し、そのまま吹っ飛んでいく。
夏奈は、いったん風雅の胴に手を当てて魔力の流れ方を戻して(完全ではなかったが)、そのあと回復魔法を二人にかけていく。
「い、いったい何が……ガフッ」
どちらかというとやや前に出てきていた春瀬の腹にイーゼラーの拳がめり込んだ。
次の瞬間、巨大な竜に直接殴られたかのような衝撃が全身に走る。
春瀬も吹っ飛んだが、茜が直ぐ様戻ってきてアイテムで傷を回復させる。
しかし、ダメージが思った以上に大きかった。
「どうして……」
夏奈が震えた声でイーゼラーを見る。
「もしかして……竜人体のままで、本来の竜の姿のステータスを引き出した」
頬をピクッと動かしたあと、イーゼラーは茜を見る。
「ほう、小娘、なかなか賢いじゃないか」
先程の『矛盾強化』は、竜人体になって低くなっているステータスを戻すスキルなのだろう。
名前的に竜族専門では無いように聞こえるが、それは今は関係ない。
「まあ、デメリットがあるとするなら、膨大な魔力を使い続ける必要があること、使用するときにブランクが長いと威力調節がきかないってところか。しかし……」
イーゼラーは春瀬を見る。
「本気ではなかったにせよ、魔王親衛隊である俺の、竜としての本来の力で殴ったはずだが、怪我ですんでいるのは驚きだな。取得しているスキルが上手く噛み合っているんだな」
確かに、ミチヤから貰ったマニュアルで防御力はかなり上昇しているが、それでも、激痛で思考が定まらない。
「まあいいさ。さて、さっさと聖刻印を渡してもらおうか」
イーゼラーは剣を振りかぶると、気絶している正哉に向かって降り下ろす。
……だめだ、今から何をしても間に合わない!
思わず春瀬は目をつぶった。
しかし、聞こえてきたのは、ギイイイイイイイン!という、金属と金属が斬りあった音だった。
「ストップ」
無表情な声、と言うのだろうか、そんな声が響いた。
虚ろな目で見ると、馬車の中で眠っていたはずの青い髪の少女が、銀色の長剣でイーゼラーの剣を止めていた。
次の瞬間、イーゼラーが距離をとった。
「お前は……何故ここに……」
イーゼラーは驚愕している。
だが、自分の中で納得したのか、苦い顔になった。
「暴れ足りないのなら、私が相手になる」
「……いくらお前でも、この状況でまもりながら戦えるのか?」
「それができなければ、私は今の職にはついていないとおもう」
「ま、正論だな……やめておこう」
イーゼラーは春瀬たちをみる。
「今回は見逃してやるよ。時間切れっていうのもあるがな」
文字通り、なのだろう。イーゼラーの体が半透明になっていく。
「じゃあな」
そういうと、イーゼラーは消えていった。
回りの状況に安堵したのだろう。春瀬はそのまま意識を手放した。
結果的に言えば、王国に聖刻印を持ち帰ることは出来た。
しかし、あの少女はもういなかった。
馬車のなかでも、夏奈と茜が話していたそうだが、詳しいことは分からなかったらしい。
いったい、誰だったのだろうか……。
「強くならないとな……」
春瀬の呟きは、誰にも聞こえなかった。




