第三話
イナーセルの実力はすさまじかった。
どんなモンスターが出てきても、大剣を振って一撃必殺。
暇である。まあ、ミチヤ本人の戦闘力はゴミレベルなので暇であることは良いことなのだが。
「マスター。何か張り合いがねえ」
「俺にどうしろと……」
「せめてもうちょっと知恵があるモンスターを相手にしたい。牛ばかりって言うものな」
「解体は俺がやっているんだから我慢しろ。というか、どれくらい食うのか事前情報がないしな」
「まあそうだけど、まあいいか」
イナーセルはかなり友好的に話しかけてくる。
別にそれ自体は悪いとは思わないし、こんなムキムキの鬼に忠誠を誓われてもあまり面白くない。
友達、と言うわけではないが、まあ、どう考えたらいいのかよくわからない。というのがミチヤ本人の信条である。
「そう言えば、マスターは隣の町にいって何をするんだ?」
「俺は戦闘力は皆無だからなぁ。でも、魔力の量はものすごく多いんだ。それを活かせる何かを見つけようと思っているよ。とてもじゃないが、住んでいるだけで多額の資金をガリガリ削って行くというのは、俺にとってはばかげた話だ」
「魔力が多いんなら、魔法使いになればいいんじゃないか?」
「まあ、考えていないわけではないがな」
ステータスプレートに刻まれていた魔力最大量。それが『測定不能』だったのだ。
それをうまくすれば少なくとも悪いことにはならないだろう。
まあまずは……文字を読めるようにしないといけないが。
「イナーセルは文字は読めないんだよな」
「必要最低限なら読めるが、魔法文字なんて神秘だからな。あれは人類が読み解くべきではないんだよ」
英語に苦しむ受験生みたいだな。
魔法文字。魔法を習うときに使う文字で、それに関する記号も含めたものだ。
アムネシアにおける魔法と言うのは、この魔法文字をならべて魔法陣を構築することで発動するのだ。
主に詠唱で構築するらしいが、慣れれば魔法名(本来なら魔法名も必要ないが、イメージのために言うものは多いらしい)を言うだけで魔法を発動できるし、魔法陣が出来あがったスクロールを使えば、ノータイムで魔法を使えるのだとか。
「まあ、そこは考えておくさ。でもまさか、ここまでイナーセルが強いとは思っていなかった」
「レベルは高いからな。オーガは力が強いから力任せで大体どうにかなるんだよ。でも、高レベルダンジョンはそうはいかないってよく聞くし、闘技場で人を相手にしていけば何か分かるかなって思ったんだ。技術は磨けたが、知識においてはさっぱりだけどな」
オーガも体内に魔力はあるし、使えない体質と言うわけではない。
しかし、魔力はあるだけで使わなくとも何とかなるのがオーガの膂力であり、今までも大体そうだったらしい。
ふむ、まあ、体内の魔力は全てなくなっても、戦闘そのものには何も影響はないらしい。
結果的に言えば、使うというより、勝手に消費されているパターンの方がよさそうだ。
「だが、膂力だけでは無理なこともあるんだろ?」
「アンデッド系だな。殴っても切っても、行動不能なくらいにバラバラにしない限り普通に動いている。しかも、中には攻撃が当たらないやつもいるからな。オーガはそれは苦手だ」
やっぱりこの世界にもいるんだな。アンデッド。
確かに、素材や技術があっても、当たらなければ意味が無い。
「教会に行けばそういった効果を武器に付与してくれるものなんじゃないのか?」
「俺はかなり遠くから来たんだ。そこでは違うんだが、ここは人族至上主義の国だ。亜人に分類されるオーガは受けつけてくれないんだよ。エルフだけはなんかいいらしいけど」
まあ、そう言うものなのだろう。
納得はしないが。
ただ、無理に行く必要があるわけでもないし、それに、オーガには専門と呼べるほど良い狩り場もあるのだ。そこに行く方がいい。
「む、マスター。もうそろそろ夜になるぜ」
確かに、あたりは暗くなっている。
「荷車を引いているからな。モンスターが寄ってきたら厄介だ。早いとこ準備した方がいい」
「それは経験則か?」
「聞くか?」
「遠慮しようか」
簡単にではあるがテントを張った。
そして、料理を始める。
オーガは焼いた肉であれば何でもいいと言う思考回路らしいが、そんなことは知らん。
様々な材料や器具を持ってきているのである。
まあ、調味料は高かったが。でも、海がやや近いのか塩は安かった。
「お、美味そうだな」
イナーセルはステーキを見て興奮している。
「ただ焼いたのとは違うにおいだな」
「そりゃそうだ」
調理という概念が無いわけではない。
しかし、この世界は何と言うか、遅れている。
重要視するべきだと思うがな。
で、いくら免疫力が強くなったとはいえ、本当に肉しか食べさせないのかと言うと、決して道也はそう言う人間ではない。
が、無理をして食わなければいけないような味にして出すほど非常識でもない。
しっかりと野菜も食べさせておく。
テーブルマナー皆無の豪快な食べ方だったが、まあ、おいしそうにしているのでいいとしよう。
で、肝心のイナーセルの食べる量だが……。
「食べる量は思ったほどではなかったな」
「そうか?うまかったし、檻の中ではまずいもんしかなかったから食が進んだはずだが……」
まあ、少なくて済むことに文句はない。
そして、完全に夜になった。
「真っ暗だな」
「マスターは寝ていてくれ」
「イナーセルは寝なくていいのか?」
「オーガは寝床以外では本能的に眠りが浅いんだ。しかも、周りの気配にも敏感でな。あと、なんかいつもより感覚が鋭いんだよな」
ミチヤは勝手に『真名解禁』と呼んでいるが、まあ、それの影響だろう。
寝ようと思ったが、なんとなく、ミチヤもなかなか寝付かなかった。
理由の一つとしては、イナーセルが攻めてきた魔物を雄叫びを上げながら倒しているからだが。
……うるさいなぁ。
まあ、それでも寝れないわけじゃないけどな。
とにかく、次の街に行ってすること。
……馬車だな。うん。
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ただまあ、偶然と言うものはあるようで。
行く道の道中で、重傷を負った馬がいたのだ。
しかも、竜族が支配する領域にしか存在しない『馬竜種』だった。
銀色の毛並みに金色のたてがみというなかなかの神々しさであった。
まあ、重症とはいっても、分類がケガであることに変わりはない。
薬を与えて、あとは真名を教えてやれば何も問題はなかった。
現在、馬竜種。固有名『フルーセ』を仲間に加えて、移動している。
荷車を馬車に魔改造して。
「いやほんと、マスターって手先が器用だよな」
「まあ、そうだな」
「たしか召喚されたって話だな。たしか前あったのは15年くらいまえかな。10人に満たない人数だったと思うが……」
「そんなものか」
まあ、そうであろうとなかろうと、今は関係はないが。
ただ、15年くらい前であるなら、今も生きているだろう。
会おうとは思わないが。
「ただ、フルーセのレベルがすさまじいな」
「ああ、レベル730。あきれてものも言えないな。始めてみた」
真名解禁を行うと、何らかの壁を突破するというか、レベルの上限が無くなるのだ。
フルーセは人族でもエルフでもないのでレベルは100だったが、レベルは7倍となり、今はギャップに慣れている段階である。
レベルが7倍になっても、ステータスが7倍になると言うわけではないが、自らの強さを示す数字がバカみたいに上昇したのは間違いない。
思った以上に体が動きすぎて暴走しがちだ。戦闘はイナーセル任せである。
「お、もう次の町が見えそうだな」
「三日間は歩くことを考えていたけどな」
「マスターってすごい根性してるよな」
「よく言われる」
いろいろ言いたいことはお互いにあるだろうが、まあとにかく、次の町についた。