第二十八話
「ちっ!むかつくぜ」
ザナークル王国、王城の勇者専用ロビーにて、荒川がイライラしている。
そんな様子を、春瀬は溜息を吐きながら見ていた。
何があったのかは聞かされなかったが、噂と言うものは、この世界では伝染力が少々低い代わりに確実性があるもので、町に行けば何があったのかはすぐに分かった。
「まあ、強くなったもんだな。ミチヤ」
窓の外を見ながら春瀬はつぶやく。
昔から、いや、春瀬がミチヤと話すようになったのは中学二年生の時からだが、その時から、どことなくミチヤは変わった雰囲気だった。
精神年齢が自分達とは違うんじゃないかと思うほどだ。
しかも、一応というか、PC製作やプログラマーとしての実力は一級品だが、他のことに関しても高水準だったはずである。
いったい何をすれば彼処までまんべんなくできるのかさっぱりわからない。
本人いわく、『経験量の差』と言っていたが……。
「しかし、これはこれである程度予測していた部分ではあるかな」
その言葉は、荒川にも聞こえていたようだ。
「あ?瀬戸、それはいったいどう言うことだ」
ヤバイ雰囲気になったのを回りも感じたようで、距離をみんなとっている。
「簡単に言えば、言葉通りだ」
「ふざけてんじゃねえぞテメェ」
荒川が春瀬のところに歩いてきた。
「何があったのかは見ていなかったが、噂を聞けば何があったのかはすぐにわかる。決闘を申し込んで、それで圧倒されたんだろう」
「俺は負けてない!」
「形式的に負けていないのは知っている。だから言ったんだ。圧倒されたんだとね」
「俺が茅宮より弱いってのか?」
「そうだ」
「ぶっ殺すぞ!」
荒川が春瀬の胸ぐらを掴んだ。
「甘いね」
「は?」
春瀬は荒川の肘を押し込むようにする。
途中で関節に限界が来たようで、荒川が苦い顔をするが、春瀬はその瞬間に荒川を突き飛ばした。
「ま、こんなもんだ」
「ふざけんな!」
「それ以上するとみじめだよ」
「ちっ……」
荒川は振り上げた手を降ろした。
「俺のことなんて何も知らないくせに」
「ミチヤの言葉を借りるなら、君と俺が出会ってから、まだ四か月ほどだ。お互いに理解できるような関係ではないだろう」
「くそ……」
荒川はロビーを出ていった。
春瀬は、ポケットから折り畳まれた紙切れを出して、荒川に投げ渡す。
荒川は不機嫌そうにそれをキャッチした。
中身を見たあと、苦いかおをして、そのまま去っていった。
入れ違いのような感じで海道が入ってきた。
その目はいろいろなものが混ざっているが、自分のしたことが正しかったのかどうか、それについて悩んでいるようだ。
クラスメイトがいろいろと慰めているようだが、それはミチヤがほら吹きだとか、勝手に言っていることだからとか、そんなことしか言えていない。
確かに、海道は思い込みが激しい分、自分が正しいと思うことが出来ればそれはいいかもしれない。
しかし、それは海道が平常運転に戻るだけで、根本的な解決は何もないのだ。
ミチヤは言っていた。
人の善性を過剰に信じる人間は大きく分けて二つ。
『正論を唱えるがゆえに正論に縛られているか』
『自らが正しいという前提でしか物事を考えることができないか』
海道は、すくなくとも前者ではない。
人の正しい部分を信じる。確かにいいことだ。
その目に写る世界は、輝いているだろう。
しかし、本当のことを知るにはまだまだ甘い。
それでは、いつまでたっても子供だ。
みんな口には出さないが、『空気読めよ!』と言いたくなるような状況は、実はかなりあったのだ。
今回、春瀬は荒川の方についていって、ウルガニアを一体倒したあたりから個人で別行動をしていたのだ。
海道が何をしたのかはよくわからない。
しかし、普通に考えれば正しいと思うことを、デメリットを考えずに実行した。
それは、かかわっていなくてもなんとなく分かるものだ。
何を言おうと、海道は変わらない。
本人が、自らが間違っていることに気付き、それを直すために考え直さない限り、変わらない。
人間、根っこの部分はかわらないからな。
本人次第と言うことである。
「しかし、言うべきなのかどうか……」
春瀬は、夏菜がミチヤのことが好きだということ、そして、ミチヤ本人がそれに気づいていること、そして、その上でミチヤが夏菜にたいしてなにもしない理由を知っている。
そこから判断すると、夏奈の思いがミチヤに届くのはずいぶん先の話になる。
いや、来ないかもしれない。
それほどの物なのだ。
ミチヤも罪な人間である。
いや、それは前々から知っているが。
奴隷になった女性たちも何か妙な感じになるだろうな。
邪心が皆無なのだ。ミチヤは。
春瀬が見る限り、ラッキースケベとは無縁の人間なので何とかなるとは思うが……結果的にはよくわからないものである。
「これからどう行動するべきか……早く決めた方がいいな」
春瀬は王城内部を調べまくっている。
その中で知ったことだが、宝庫の奥に、ダンジョンの入り口があるのだ。
まだ入ってはいない。だが、他の町と比べると少々大きい程度だと推測している。
王城の常備軍を見る限り、たぶん臨時収入程度のものだろうが。
「ダンジョンをクリアすることができないのに、魔王に勝つなんて言うのは夢物語だろうな」
ため息を吐きながら自分の部屋に戻るのだった。
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荒川風雅は春瀬から受け取った紙を見ていた。
その文字は誰からのものなのかはかかれていない。
しかし、筆跡でミチヤのものだと分かった。
『荒川。お前に役者は向いていない。というより、見ていて惨めだ。あと、その素材に貪欲になるのは素のお前だろ。ゲーマー魂もいい加減にしなさい』
荒川はその文だけで、ミチヤが言いたいことをすべて理解していた。
ミチヤは推測している通り、素材を求めているのは荒川がゲーマーで、そう言ったジャンルのゲームにはまっていたからである。
宝庫にあった槍なので確かに強かったが、荒川の思考回路は、『元々が強くても武器と言うのは強化する余地がある』というものだ。
それが原因で、素材を求めるのが多くのゲームでの癖になっている。
最近では、道端の小石や可燃ゴミみたいな使用方法がよく分からないアイテムですらしっかり集めていた。もはや病気である。
まあそんな感じで、素材を求めているのだ。
しかし、この不良っぽい性格は素ではない。
家庭の事情の話なのだが、荒川家は簡単に言えば名家だ。
父親、祖父の時代に至るまで厳格な性格である。
現在荒川は兄が一人だが、以前に一人姉がいたのだ。
その姉は、風雅が小学三年生の時、実の父親に、荒川家から追放されたのである。
様々な分野における実力が規定値未満だったから、と言う理由だった。
内容は多岐にわたり、普通なら大人でも挫折する勢いだった。
父親が達成していない内容の場合もあるのでタチが悪い。
父親からの風雅の評価は、『実力はそこそこあるが素行が悪い』というものだろう。
そうしたのには理由がある。
さすがに追い出すほどまでに冷徹であったとしても、後継ぎがいないのでは話にならない。
だが、兄の様々な分野における実力は、はっきり言うなら風雅よりもかなり劣っていた。
風雅の兄との大きな差は、『危機感の敏感さ』と言う点だろう。
努力を始めるのが、兄は少々遅かった。
そして、兄は風雅に負けているとなった時、何か感じたのだろう。結果的に、精神的な負のスパイラルで実力は急激に低下。精神医療が必要なまでになった。
荒川が取った方法は、自分が不良になることで、素行の悪さを出し、兄の必要性を上げることだった。
実を言うと、危機感を感じたあたりから、荒川はこの顔を用意していた。
何故そうしようと思ったのかはわからない。
だが、現実から逃げるために行ったことは否定できない。
風雅は兄に対して特別な感情はない。兄弟で話すこともあまりなかった。
しかし、おそらく兄もだったと思うが、継ぐのは嫌だった筈である。
「俺はどうすればよかったんだろうか……」
学校ですらその顔を演じているのは、父親が関係する誰かがクラスにいることを知っているからだ。
誰なのかはわからない。誰かが紛れ込んでいることは知っているのだが、誰なのかまでは判別できなかった。
だからこそ、今の顔が素ではないとばれてしまった場合、兄の必要性がぐらつく恐れがある。
現状に不満が多くある。
「しかし……なんで異世界に来てまで引っ張られているんだか……」
荒川もバカではない。魔王を倒すことそのものが、地球への帰還につながっていないことは十分わかっている。
そもそも、魔王を倒すことすら、今の自分たちには無理だろう。
魔王軍と共存して生きていく方がまだ現実味がある。
もしかしたら、ずっとこの世界にいなくてはならないかもしれない。
何かの理由で、自分は死ぬ運命にあるのかもしれない。
そんな中で、何故そのままでいるのか。
それは風雅本人にもわからない。
不良行為とはいえ、風雅は口だけだ。暴力行為は皆無である。
だからといって、謝って許されるものではないということも分かっている。
何故ミチヤを選んだのかはわからない。
ただ、ミチヤなら、問題はないと無意識に感じたのだろう。
いじめても何も感じない。という話ではなく、いじめたとしても、ミチヤにとっては小さなことだと思うはずだと、そして、もしかしたら気づいてくれるかもしれないと、そう思ったのだ。
「我ながら、ずいぶんと過剰評価したもんだな。いや、まだ評価できていない強さも持っている可能性もある」
あんなに闘気を当てたら気づかれるのも当然か。と、広場でのことを思い出した。
「今更救いを求めるか。かっこ悪いな。本当に」
何をすればいいのか。全てにおいて風雅は分からなかった。
「……ん?PS……」
まだ先に文があった。
『今は悩んでいてもいいだろ。お前は才能はあるし努力もしている。俺達はまだ若いんだ。それくらいの権利はあるはずだろ。まだそれでいい。ただな。まずはその変な行動力を早く直せ。不良行為は嫌々でもやろうとするくせに、肝心のことは何一つしないだろ。だから、そういうことは早いところ直せ。器の小さい部分だけを見せるな。現実逃避を選び続けるんじゃない。勇気を持って前を見てみろ』
本当に同い年なのだろうか。風雅は時々疑問に思う。
ただ、今選択をするのはいい。だが、本当に自分に正解が分かるのだろうか。
……ん?文がまだ下の方でまだ続いている。
『あまり正解を求めるな。レベルに差はあるが、誰だって苦渋の選択くらいはする。正しいことなんて、その時の自分には簡単につかめるものじゃない。失敗を恐れるなとは言わないが、逃げていても始まらない。まだ俺達は、それでいいんだ。だから、進むことを考えるべきだろ。というか、本来はこんなこと、俺が言うまでもなくわかることじゃないか?』
その通りだ。何度も自分に言ってきたはずである。
そのたびに、迷って、取るべき選択を捨ててきたのだ。
『お前が悩む理由はなんとなく分かる。だが、それでは話が進まない。というか、お前に似合わない』
だが、決定的な理由にはならない。
『異世界に来ていろいろやったけど、これを機に変えていくべきだろ。尻拭いもつかれたし。それにな……』
風雅は溜息を吐いた後、ミチヤが書いた最後の文を読んだ。
『あまり正しいことばかりを求めていると海道みたいになるぞ』
「……今ちょっと鳥肌立ったな」
風雅は手紙を置いて体をさすった。
そうだよな。うん。無意識の範囲で海道みたいになるかもしれない。
それは……純粋に嫌だな。
「そんなもんか……なんかバカらしくなってきた」
風雅は笑った。




