不服な歓迎
視界に広がったのは見知らぬ天井、木材で作られた天井をしばらく見続ける。
身体の右側にかすかな重みを感じ、そちらへ視線を向ける。
金髪の少女が自分のすぐ隣で寝息を立てていた。起こさぬようにゆっくりと身を起こす。
『・・・って』
身を起こそうと左腕をついた瞬間痛みが走り顔を歪める。左腕を確認すると、腕には丁寧に包帯巻かれていた。この包帯の原因、狼との一戦を思い出す。
長く寝ていたのか体は固く強張っていた。
上半身だけでもと無理やりに起こす。
隣の少女はまだ眠りの中にいるようだ。
自然と手が伸び、優しく少女の頭をなでる。
『・・・今どうしてるかな、あいつら』
幸せだった日常、先程見た夢。それが大切なものを失ったと痛く理解させる。二人の顔や声を頭に映した瞬間、突然視界がぼやける。いつの間にか涙が溢れ出していた。
涙と鼻水を垂らしながら泣く、本当の子供のように、嗚咽のような息をしながら。しかし声を出さなかった。そばで眠る彼女を気付かれないように。
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しばらくたって、真っ赤になった目と鼻を手でこする。案外早く涙が止まり、気が楽になった・・・気がした。
隣のシルフィーを起こさないよう、ベットから慎重に脱出しようとした時、脚の重みに気付く、掛けられていた毛布をはぐると、両足には鉄製の足枷がつけられていた。鎖はついていないが、奴隷狩りの手枷の時のような不快感が蘇る。
足は重いが自由には動ける。まだ気怠い身体を動かし、ベットから降り、立ち上がる。部屋を見渡せば、壁に並ぶ沢山の本、本が壁を埋め尽くし、床にも所狭しと本が無造作に並んでいた。本の一つを手に取る。見たこともない文字が並び、所々に魔法陣が描かれている。
『魔法の本か・・・?』
パラパラとページを流す。理解できず諦めた皮の表紙を閉じる。元の場所に戻した時、部屋の扉が開いた。
「おはよう、腕の調子はどうかな??」
その声の主、扉から現れたその女性と目を合わせ、唖然とする。
無造作に降ろした長く綺麗な金色の髪、幼さをを残した顔立ちだが、優しく落ち着いた雰囲気はその幼さを感じないくらい。
美しいを体現したような女性。
ゆったりとした服装なのに細くスラッとしたスタイルの良さは見て分かった。
前の世界でよく見た、女優やスターにもこれ程美しい者はいなかっただろう。そう思うほどの美貌、それほど彼女は美麗を極めていた。
見惚れて反応もできないでいる中、その女性は口を開けた。
「そうか、本当に言葉がわからないのか・・・そうだな・・・テセラ、、プレファデ?
・・・これも違うか、じゃあえーと、ミネアティスラネアーブ?グヤドレドル??シアタレッテ??・・・んー困ったな、良かったら君から話してくれると助かるんだけどな・・・って、それも通じないか」
彼女の透き通った綺麗な声を聞きくが、案の定、何一つ理解できない。
『えーと、すません、ほんとわかんないです』
通じない、彼女の言葉も内容も理解できず、なにか申し訳ないように俺は謝った。
「・・・聞いたこともない言葉だ。どうしたものかな、アレを使ってもいいけど・・・」
言葉を聞き自分でも理解できないとわかった彼女は、指で前に垂れた髪を耳にかける。そのまま顎に手を当て考え込んでるようだ。
「・・・エイ・・・フィア?」
少女の声が小さく聞こえた。
二人の会話にならない会話の声で、シルフィーは睡眠から覚まし、その身体をのそのそとベットから起こす。
まだ寝ぼけているのか目は殆ど開いていない。ぐしぐしと目をこすり、大口を開けてあくびをする。それに気づいた女性はクスッと微笑する。
「おはようシルフィー、愛しのユキト君、もう起きてるよ」
「・・・うん・・うん・・・おはよ・・・ぅえ!?」
寝ぼけながら挨拶を返すシルフィー、言い終わりに女性の言葉を少し遅れて理解する。
「ユキト!大丈夫??腕は?」
俺が目覚めたことに驚いているようだ、眠気が完全に吹き飛んだシルフィーはベットから飛び降り、足元の本を避けながら走り寄る。安否の言葉を掛けているのだろうか?。あたふたと俺の身体中を確認する。
『ちょっ、どうした!?・・・あー、心配してくれてんのか?もう大丈夫だって、ありがと』
自分を心配してくれていることを察し、シルフィーの頭を撫でながらなだめる。言葉がわからずとも子供扱いされたことにシルフィーは不満げな顔をしているようだが、その手を振り払ったりはしなかった。
「親しくしてるところ悪いんだけど、ユキト君起きたから、とりあえず集会に連れて行きたいんだ。大丈夫かい?シルフィー」
その言葉にシルフィーはハッと女性を振り向き、不安そうな顔で俯向く。
「・・・エイフィア・・・ユキト、どうなるの??」
「悪いようにはしない、約束する」
女性がそう答えると、幾分かシルフィーの不安の表情が薄れる。名残り惜しそうに俺のてを離すと、次は美しい彼女が俺の手を取った。
「言葉は分からないだろうけど、付いてきてくれるかい?」
そう言いながら軽く手を引き、扉の方へ顔を向けた。
なんとなく理解できた。ついて来いってことだろう。そのまま手を引かれ、女性と共に扉へ進んだ。
『すげー、美女と手繋いでる。もうこれ幸せのピークきたかも』
「本当にどこの言葉なんだろうか・・・古代語、もしかすると神聖語」
指を口に当てながらブツブツとつぶやいている。そうしながら扉を開け、扉の外へ一人の美女と見た目は少年の25歳は歩みだす。
振り向きシルフィーに軽く手を振る。シルフィーも不安隠せてない笑顔で扉が閉まるまでこちらに手を振っていた。
部屋を出て、美女に連れられながら短い廊下を歩く。すぐに食卓だろう部屋が見える。はっきり行ってそこまで片付いていない・・・いや明らかに散らかっている部屋だ。
『俺ん部屋より汚・・・』
彼女はその部屋が普通かのように俺の言葉をスルーして、部屋のすぐ横にある扉に手を掛けた。
「そういえば靴がまだだったね」
扉を開ける前に、何か気づいたようにそう言うと一度手を離し部屋の中を物色し始めた。
「えーと・・確かここの辺り・・・お、あったあった」
顔やスタイルよくても、片付けはできないってヤツか、なんか残念だ。
そう心の中で素直な感想をこぼす。眺めていると、たった数秒で彼女があさった部屋のものが辺りに散らかる。そんなことも気に留めず、俺の方に戻り、探し当てたものを俺の足元に置いた。
『・・・靴か』
この世界に来て初めての靴。彼女の散らかしっぷりに唖然としながらも、足元に置かれた靴の意味を理解し、その場で履き始める。
「んー、少しブカブカかな??まあいいか後で新調しよう」
そう言い再び彼女は俺の手を取り、扉に手を掛ける。そしてゆっくりと開ける。
目の前に広がった光景、大樹が生い茂り、その間に民家のような木造の家屋が建っている。
ある家は地面に、ある家はツリーハウスのように高い樹木の上や、その幹に建築されていた。
樹々の間からは光が差し込み、その緑の景色はまさにファンタジーの物語へ入ったような非現実感を味合わせた。
まあまさにその物語のような世界に来てる訳だが。
『・・・すげぇーゲームかよ』
自然と口に感想がでる。彼女はそんな俺を見てクスッと笑った。彼女は優しく手を引き、その非現実的な森の里を二人で進んでいく。
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しばらく歩くと他の住人たちを視認する。
どの住人達も男女構わず整った容姿、だが意外と高身長のエルフは少なく女性に関しては低いものも多い。住人たちを興味深々に観察するが、その俺と同様、住人達も視線をこちらに向ける。ただ好奇心の目ではない。怒りや嫌悪の目、空気読めない俺でもすぐに察することができた。一気に気持ちは下がり、自分に向けられる視線の意味も理解できた。
『まあ、そりゃそうだよな、人間ですからねー』
この住人たちの仲間、あの子供たちを誘拐していた人間、おそらくは彼らの親は少なからず殺されたのではないかと考えていた。だからその嫌悪の目の意味がたやすく理解でき、それを受け入れることができた。
誰がやったとかじゃなく、人間がやった。その人間の俺。まあそれが当然だよな、普通
と、心の中で納得はするものの、いい気分でないのは明らかだ。
逃げるところがあるのならすぐに逃げ出したいが、今はこの女性に引かれるまま、付いていくしかないんだ。
このまま落ち込んで仕方ないと深く息を吐き、鼻で吸い、顔を上げる。
よし、観察の続き!
村の住人と目が合うのは少し気が引けるが。夢に見たこの世界をもっと知りたいと観察を再び始める。
『皆、金髪じゃないんか』
子供たちと共に深い森を歩き続けて気付いた。その時の子供たちは皆、金色の髪をしていた。そしてその次に出会ったこの美しき女性も、金色の髪だ。おそらくエルフは皆金髪。そう思い込んでいたから少なからず不思議に思う。ハーフかそれとも成長で神の色が変わるのかもしれない。
「ユキト君、ほら付いたよ」
彼女が優しく声をかけられその場に止まる。立ち止まり、前方の建物に目を移す。先ほどの散らかった家より大きい建物。あたりの家屋にくらべても明らかに大きい。円錐型に屋根に円柱型の壁、高床式の構造で家屋の下には柱がいくつも建っている。一番興味を誘ったのは家の中心から伸びた大樹である。周りの大樹に比べれば、その高さは3分の1にも満たない大樹ではあるが、元の世界で一度見たことのある樹齢2千年を超えるといわれる大樹と同クラスの大きさだ。
再び手引かれ、家屋についてある階段を上る。
『あて!』
「大丈夫?」
階段の踏み板に脛を打つ。それをみて彼女は声をかける。雰囲気で何となく察して、手を上げ、苦笑いで返す。
10歳前後まで小さくなった体。予想ではおそらく5歳から7歳の予想だが、もしかするとそれよりも幼いのかもしれない。同じ背丈のシルフィの歳がわかればと思ったが、エルフの成長が人間と違うとファンタジー知識で予想していたから、今の肉体年齢の判別は困難だとあきらめていたのだった。
未だ慣れきっていない体で必死に階段を上り終え、外廊下に足を下した頃には息が乱れていた。、そこまで高くはない建物だが慣れない体、そして何よりこわばった体の俺にはかなりの運動になった。
「・・・病み上がりには重労働だったね。ごめんね、皆焦ってるんだ。もう少しがんばって・・・・・あ、最初から背負えばよかった・・・ここまできてあれだけど」
そう言って俺と反対の方を向き、しゃがんで腕を広げる。
『え?』
一瞬意味が分からなかったが、すぐに理解する。おんぶだ。さすがにこの歳で女性におんぶされるとか恥ずかしい、だが今は見た目子供だし、など葛藤しながらどうにか羞恥心が勝ち、それをジェスチャーで断る。
「嫌かい?まあ今更だしね」
さすがに顔は赤くなってないよな。・・・そこまで初心でもねーし、と自分の顔の色が気になった。
腰を上げた美女はまた手を差し出す。どうにか平常に戻った俺はまだ照れ臭そうにその手を取った。
廊下すぐに家屋に入る扉が見えた。扉の横にはエルフの若い男性がたっている。彼女と目が合うと男は扉を開け、頭を下げて、口を開ける。
「どうも、エイフィアさん、皆来てます」
「やあ、そうか、この子入れても大丈夫かな?」
彼女が男の言葉を返す。男の視線が俺に移る。ここの住民達と同じ目、居心地の悪さに俺は視線を逸らした。
「はいヒュムの子が来たら入れるように長老から聞いているので、さあ、中へどうぞ」
「ありがとう」
男が扉の中へ招き入れ、二人でその中へと入る。短い廊下を進みすぐにもう一つの扉が現れ、美女はその扉を二回叩く。
「エイフィアです。ヒュムの子を連れてきました。」
彼女がそう言うと、すぐに扉の向こうから言葉が返ってきた。
「よく来た。入ってくれ」
それを聞き美女は扉に手を伸ばしゆっくりと開ける。
扉の向こうには十数人のエルフ達が集まっていた。
良く見れば知った顔もある、カレルだ。
「エイフィア、丁度いい、先ほどまで、その子の話をカレルに聞いていたところだ。その子と私の前に、きてくれるか?」
「はい、長老様」
老人の言葉に従い、カレルがいた場所に美女と共に移動する。カレルは場所を譲り少し後ろに下がる。
その場に移動し、一瞬カレルの視線が合うが彼はすぐに目を逸らした。
「・・・腰を下ろしてくれ」
そう言われ、美女は椅子に座る。そして俺の手を引き、自分の横のマットをポンポンと優し叩き、ここに座われとジェスチャーをした。
それを察し、彼女の隣の椅子に腰を下ろす。子供体系の俺にはかなり高く、腰を下ろすというよ、上げる、が近いかもしれない。
「エイフィア、看病ご苦労だったな」
「いえ、治療はラテアがほとんどしましたし。私はベットを貸しただけです。看病もシルフィーが付きっきりでしたしね」
彼女の返事に長老はヒゲを撫でながら俺にに視線を移す。
「・・・あの子はずいぶんとその子を気に入っているようだな」
「何度もシルフィーたちを助けてくれたらしいですからね。大分恩を感じているのでしょう」
そう言いながら、美女は隣に座る俺の頭に手を乗せる。子ども扱いされていることに少し羞恥を感じながらも、照れ臭そうに平然を装った。
「カレルからも聞いた。その子には何度も窮地を助けられたそうだな。・・・さて、言葉の方はどうだった」
「そうですね。私が知っている限りの言葉は通じませんでした。明らかに何かの言語は話しているようですが・・・」
彼女の返事に老人は、短く伸びた髭をなでながら考え込んだ。
「お前すら、知らぬ言語となると・・・困ったな」
老人同様、部屋にいる周りのエルフたちも表情を曇らせる。しばらくの沈黙の後、美女が口をひらいた。
「どういたしますか?・・・私個人としてはこのまま保護という形で、とりあえず言葉を覚えるまでここに置きたいと思っているのですが」
部屋中に暗い空気が立ち込める。その息苦しい状態にすぐに気づく。この空気の原因、それが自分にもあると重々と理解していたからだ。そんな中、彼女だけがその空気を気にせずに出した言葉、それを聞いた周りのエルフたちに動揺が走った。静まった部屋がエルフたちの動きや小声で少し騒がしくなる。そして一人の男性が口を開いた。
「私は反対です。危険です。ヒュムですよ!確かに子供に対して可哀そうかもしれませんが、せめてどこかの人里に置いてくるべきです。」
「危険はないと思います。密偵や奴隷商の関係者ではまずないでしょう。現に森が彼を認めています。今までの行動を含めて、森に認められていること。この子がここにいる資格は十分にあると思いますが」
その男性の言葉に彼女は後ろを振り向かず淡々と返す。
彼女の言葉に言い返せず男は黙る。が、納得はしていないようだ。
「・・・エイフィアよ、お前がその子を置きたいと思う理由はなんだ」
美女にそう問いかけた老人、先程よりも目つきは鋭く、表情は厳しくなっている。
「好奇心か、エイフィア」
「・・・・はい、やはりバレていましたか。・・・そうですね、個人的にはこの子に対しての好奇心が一番です。この子が話していた言語、そしてどこから来たのか。でもそれだけではないんですよ?
この子を悪いようにはしないとシルフィーと約束してしまいましたからね。もしこの子に何かあったら、怒られてしまいます。と言うのも一つの理由ですかね」
そう彼女が言い終えた後、老人は深くため息をする。そして先ほどの男性が静かに、しかし怒りを含んだ声でエイフィアの背中に言い放つ。
「そんな理由でこの子をかばうのか、エイフィア。確かに森の意志だが、ヒュムだぞ、今すぐにでも追い出すべーーー」
「ルーテム、それ以上はやめなさい。お前の気持ちは重々承知だ。」
徐々に感情の高まる男性の発言を止める老人、その顔からは先ほどの厳しい雰囲気はきえていた。
「皆もルーテムと同じ考えを持ったものいるだどう。が、それは最悪の策だ。確かににヒュムが認められるなど、今まで数える程しかない。そしてエルクの村の件じゃ、そういう考えになるのも仕方がない。」
男性も老人の言葉に落ち着きを取り戻す。しばらくの沈黙の後、老人は再び皆に話し出した。
「いくらヒュムでもまだ子供だ。それに森がこの子を入れている。私個人としても彼女の意見には賛成だ。」
老人は再びため息をつき、静かに口を開く
「皆の気持ちはわかる、が、森が認めたことだ。森の意志がわからないにしろ、認めたことには変わりない。すべての責任私が持つ。エイフィアよ、とりあえず、だ。・・・その子をまかせた」
「はい、長老」
未だ不服を隠せない者が多い中。返事を聞くと、静かに立ち上がり俺の前に立ち、そこに腰を下ろす。少し身構えるユキトに優しく右手を前に出す。一瞬遅れて、この手の意味を握手だと理解し、恐る恐る自分の右手を老人の手に近づけた。
その手を迎えるように優しく握る老人。その顔は優しく、先ほどまでとは別人のような表情の変化に呆気にとられた。
「ここはアルファナ、エルフの隠れ里。そして私はアルファナの里の長リンゲルと申す。
歓迎しよう、ユキト
君はこの森に選ばれた」