バークウルフ
ユキトとエルフのシルフィー、カレル、そして十数名の子供達。
二・三時間ほどの仮眠と休息を取り、再び森の奥へと足を進めていた。
食事は奴隷狩りのを拝借したので問題はないが、問題は体力だった。短い休息、子供達の体力は回復してないようだ。
ましてや交代で休息をしていた、年長者のカレルとその他数名はほとんど疲れが消えてないことだろう。
いつの間にか、肩から膝枕に移動していたシルフィーに癒されながら、仮眠を丸々取っていた精神年齢25歳の俺は、そんなカレル達の責任感のある行動を、起きた後に知り、申し訳無さ過ぎると自己嫌悪に陥っていた。
とりあえず、少しではあるが休憩と食事がでしたこともあり、他の子達は休憩前よりは元気が戻ったように思える。
「・・・でっけぇ」
ユキトが見上げる大樹、近づいてみれば壁にしかみえない程の太さだ。
ユキト達が森の奥へと進むに連れ、森の風景は少しずつ大きく変わっていった。樹々の大きさは森の奥になる程、その大きさを増していき、大樹が所狭しと生えていて、森の奥の風景は見ることができない。
だが、先日の森とはちがい森の中に日の光が多く届いており、雰囲気は陰鬱から明朗に変わっていく。
そして、その壮大な大きさの大樹達にユキトは呆気に取られ、同時に、前の世界では決して見流ことはできないだほう風景に感動を少なからず芽生えさせていた。が、その感動はすぐに不安に変わる。
カレルと魔法を使える子供達が魔法を使えない小さい子供達を挟むような配置で進んでいくエルフ集団。ユキトの前の小さい子供達のグループの一人がが怯えた声をだした。それに気付きユキトは子供達の視線の先を見て、その原因を発見した。
複数の人間の頭蓋骨。頭部の骨は陥没している。他にも体のものと思われる骨やボロボロになった荷物や衣服が散乱していた。いや、散らかしているの方が適切かもしれない。
こんな散らかし方をするのは人間じゃなく、獣だと俺は理解し、同時に恐怖に近い不安が襲う。おそらく周りのエルフたちもそうだ、それらを見て子供たちの顔にも俺と同じ感情が渦巻いているとすぐにわかる。
シルフィと繋いだ手、握る力が強くなり震えている。シルフィーにもみな同じ感情が襲っていた。
だが、数人はそうではなかった。まるで初めから予測できていたかの表情をしていたのだった。カレル。その少年は皆に小声をかけ、指示をだす。その言葉に子供達は恐怖を感じながらもすがりつくように頷き彼の指示をきいていた。
かっこいいなアイツ、と心の中で彼を素直に称賛する。こんな状況下、まだ子供にしか見えない彼だが、ここにいる精神年齢25歳の男よりはるかに頼もしかった。そして同時に自己嫌悪に陥る。
せめて迷惑はかけないようにと、少しでも言葉を理解できないかとカレルの言葉を食い入るように聞くのであった。
それからの移動のスピードはかなり落ちることとなる。
少し進めば、獣を警戒しその場で身を低くし、周りに獣がいないか確認し、また先へ進む。カレルの支持の元、集団は遅いペースではありながらでも、少しずつ森の奥へ奥へ進むでいく。大樹の間から差し込む光が傾き、風景画ほんのりと赤みを帯びた頃、カレルが皆に停止、そして身を低くするように指示を出す。今までとは明らかに違う。緊張した指示。カレルの表情から皆、その状況を理解する。
ユキトも腰にさしてあるナイフに手をかける。先頭のカレル達の位置より一段下にいるユキトと子供たちは、まだそれの正体を把握できない。まだ見ることのできない不明の脅威、シルフィーとの手を放しユキトは奴隷狩りの件で手に入れたマントをゆっくりと外し、左手にキツく巻き付ける。これが役に立つかはわからない。土壇場で考えたものだ。
これを使う相手が、もしそれが熊のような大型の獣であったなら何も意味をなさないだろう。魔物の二文字も頭から離れずにいる。情けなくカレル達の魔法にに期待しながらも、最悪の想定をする。
カレルの視線の先にいるそれは、十数頭の獣、大樹の幹のような茶色い毛並みをした狼の群れ。まだ狼との距離はかなりある、こちらの集団にも気付いてはいないようだ。狼たちが過ぎていくのを待つカレル。
エルフの集団も音を出さないように息を殺している。
シルフィーはさっきまで繋いでいた手が空っぽになり、寂しさと不安が増したのか、少しでも緩和しようと俺の袖を掴んだ。
皆が息を殺し、しばらくたった頃、シルフィーは後ろ方から聞こえたかすかな物音を感じ振り返った。
固まるシルフィー、俺は少女の袖を掴む手が引っ張られるのに気づき、その方に振り返り、最悪の想定の一つが現実になったことを恨んだ。
ユキトとシルフィーの後ろに立つのは茶色の毛並みの狼、
見つかってしまった。頭がパニックになる。こちらを待ってくれず狼は最後尾にいたユキトとシルフィーをめがけ飛びかかった。
とっさにシルフィーを右手で掴み引っ張る。それと同時に自らを狼の方へ乗り出した。
え、なにしてんだ俺?
狼の牙が俺を狙っている。
毛布の巻かれた左腕を出し狼の牙がそれに突き刺さり押し倒される。
その物音にカレル達は自分達が見つかったことに気付いた。
振り向いた時にはもうユキトは左腕を噛まれながら狼に押し倒されていた。
「・・・ってぇ!」
毛布を巻いたのは正解だった。が、不十分だった。
狼の牙は毛布を突き抜け腕に食い込む。
もし毛布を巻いていなければ今頃俺の腕はズタボロにされていたかもしれない。
狼は噛んだ腕を毛布ごと引きちぎろうと首を振る。激痛がはしる。顔を苦痛でが歪ませながら右手で腰のナイフを必死に探すが、激痛とパニック、そして、狼が暴れているせいでなかなかナイフを掴むことができない。次の瞬間、狼の頭に腕の太さほどの木の枝が振り落とされ折れて木の屑がまった。シルフィーが落ちてた枝で狼を殴ったのだ。が枝が腐っていたようで、狼には大したダメージはない。涙目で必死の抵抗をしたシルフィー、ユキトは狼の動きが一瞬とまった瞬間、ナイフを逆手に掴み引き抜く、そのまま最大限の力で狼の首にナイフを突き立てた。
ナイフから伝わる二回目の生きた肉の感触、それがわからないくらいの左腕の激痛、視界が一気に滲んでいくのがわかった?
毛布にできた穴からは血が滲む。牙を放しナイフが刺さったまま後ずさりする狼、遅れて気付いた二人の少年が、ユキトの後ろから狼に飛びかかりナイフと短剣でとどめを刺す瞬間がぼやけた視界に見えた。
無理やりにでも即座にとどめを刺しに行ったのは最初警戒していた。狼の群れに気付かせないためだったが、それは無駄に終わることになる。
どうにかその場を凌ぐことはできたが、その代償は大きかった。牙を防御していた即席の毛布の左腕は脈の間隔でで激痛が上下し、じわじわと赤の面積を広げる。狼の牙はかなり奥まで突き刺さり、そのまま暴れられた結果
かなりズダボロにされたみたいだ。
せめて出血を抑えようと腕の付け根を思いっきり握る。即座に駆け寄るシルフィー、集団の何人かも心配したようにユキトを伺っていた。
出血かそれとも、ショック症状か、目の前の景色が白く朦朧とし、嘔吐感がこみ上げ、そのままうつ伏せにうずくまる。
その現状を見ていたカレル、すぐに周りを確認し奥歯を噛みしめた。
見つかってしまった
もう何十頭かの狼がこちらに進攻していていた。狼の鳴き声はなかった。が、抗争の物音、そして血の匂いは狼たちを気づかせるに十分だったようだ。
カレルはすぐに声をあげる。そん言葉に戦える年長者は集団を囲う陣形を取り魔法陣を発動させる。戦えない子供達は中央に固まる。シルフィーが長い髪の少女に手を借り二人で俺を引きずり中央の集団に入れる。狼の進攻はその瞬間だった。最初の一頭は大樹の後ろから現れた。子供たち目がけ向かってくる。
魔法陣を発動させていた一人が、先の戦闘で見せた白い光弾を発射する。狼の俊敏な動きに何発か外し地面の土がえぐられ、はじけ飛倒れたままそこに力なく横たわった。
奴隷狩り同様、狼の体は大半がえぐれ、欠損していた。仲間の狼達を動揺させることはできたが、直ぐに怒りが増したようにこちらに向け侵攻を始めた。
カレルや数人の子供のエルフ達が魔法で狼を迎撃する。が、狼の俊敏な動きに魔法のほとんどは的を外し地面や大樹をえぐるだけだ。
徐々に押されはじめ、狼の群れと距離縮まる。光弾の以外にも、蛇のようにうねる炎や、ミサイルのように相手を追いかける光線など様々な魔法を駆使しそれを迎撃するが、狼の数とその俊敏さに押し負けている。
そして一頭の狼が光弾のを避け、魔法を使う少年の横を颯爽と抜け、集団めがけ地面を蹴り、中で固まる子供達めがけ牙を向けた。
大量の汗をかきながら痛みと戦う。大量の出血、左に巻いた毛布は既に真っ赤に染まっていた。腕の付け根を破いた布で止血を図るシルフィー。
少年の大きな叫び声を聞き、顔をあげる。その視界に少年たちを突破した狼が走ってくるのが映り、戦慄する少女、声を出す間もなく狼は地面を蹴り跳躍する。
狼の牙はシルフィーを狙っていた。
満身創痍の体で、彼女を無事だった右手で牙の狙いから外そうと押し退かす。身を乗り出し狼に立ち向かう。
シルフィーは何が起こったの理解できずに地面に倒れるこむ。
(何やってんだろ俺)
転生する前、周りに流されるだけの平凡以下の人生を送ってきた自分にはこんな勇気はなない。
全てにおいて中途半端、できることは少なくできないことは多かった。只々、時間を消費していた人生、なぜこんなが出来たのか、俺、自身でもわからなかった。
痛みや恐怖で感情が麻痺していたのかもしれない。自分を支え守ろうとする健気な少女に、守らなければと生まれた意志、もしくは意地が彼を無意識に動かした。
最初の狼を撃破した時にナイフを手放してしまい、狼の牙を防いだところで反撃する手段はない、無謀な決断。
ただ守りたい、彼女を身を優先し体を乗り出しただけだ。手段もなにもない。狼の口を開いた牙が、もうその視界のほとんどを埋め尽くすほどの距離に接近していた。
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カレルは光弾やミサイルのような光線を駆使して狼達の進行を的確に阻止していた。他の少年達の声に気づき後ろを振り向く。
シルフィーたちを確認した時には狼は跳躍した直前、ユキトがシルフィーを庇おうと押し退かした後だった。
奴隷狩り撃退時に出した魔法陣の盾を発動しようとする。が、もう遅い、本能的にそう感じるカレル。せめて被害を最小限にと無理やりに盾の魔法を発動させようとした瞬間、背後から何かが風を切りながらカレルの横を通り過ぎた。
そのままユキトの喉元に喰らいつく寸前の狼の首に被弾すた。
頭に被弾した狼の牙がその勢いに、牙の狙いは俺を大きく外れ、地面に落ちた。
シルフィー、他のこどもも唖然としていた。ふと地面に転げた狼に目を動かす。地面に落ちた狼の頭には頭蓋を貫通したそらが深々と刺さっていた。
離れた所、大樹の太い枝に立つ数人の人影、人影は弓を構え、矢や魔法を的確に素早い狼に当てていく。
さっきまでの危機状態が優勢にかわった。狼達は散り散りになっていた。
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未だに止まらない出血、目眩が起こり、体をバランスを保てずその場に勢いよく倒れる。気づいたシルフィーが俺の体を支えながらその名を何度も呼ぶ。
シルフィーの声を聞きながら目が閉じていく。不思議と恐怖はない、それよりも自分の名を呼ぶ声が心地よく感じる。意識が薄らいでいくと同時に目の前の少女がどんどんと黒に消えていく。寂しさを覚えながら、次は自分を呼ぶ声も次第と小さくなり、やがて消えていった。