エルフとの生活4
「あー疲れた」
エイフィアの部屋、自分用にあつらえてくれたベッドに倒れるように横になる。
「いきなり運動すればね、肉刺見せて」
「ああすまん、うわ、腕キッツ」
俺はベッドから起き上がり、疲労で重たくなった腕を上げ肉刺のできた手の平をエイフィアに差し出す。
「これでいいか?」
「うん」
そうしてエイフィアは俺の手に手をかざす。エイフィアの手と俺の手の間が温かくぼんやりと光った。
あたたかい、痛みが引いていく。
少しの沈黙、居心地が悪いわけではない。むしろ心地いい感覚だ。
稽古場の訓練はその後は問題なく終わった。子供たちは一生懸命に稽古をし、アデルさんはたまに来る別の師範やファンの会話や稽古相手をしながら、子供達の指導を行っていた。
俺はと言うと隅でひたすら素振りをした。
たまにアデルさんが見に来てくれて、無理はするなと優しく指導してくれた。
フィンデルトやエイフィアの記憶通り、優しいエルフだった。
達人の稽古ってのは最初からもっときついもんだと思っていたが、体を壊しては元も子もないと、アデルさん半強制的に休憩を挟さんだりと苦にはならない稽古だった。
それでも、この2週間、運動という運動をしてこなかった俺にはかなりきつかったみたいで帰る頃にはへとへとになり、腕は上がらないくらい疲労していた。
「便利だよな、回復魔法」
「そうだね、私たちの世界からすれば当たり前にあるものだけど」
そう言って少しの沈黙の後、俺は心配していたことを口にした。
「・・・なあ、本当に大丈夫なのか?内緒なんだろ?同調」
「父さんの剣術のことかい?」
「いつかバレるだろ。剣術、初心者の振りはしてたけどさ、たまに親父さんの経験で振っちまったし、何かしら勘ぐられてねーか?・・・俺の考えすぎか?」
「いや、あり得ることだよ。でも剣術を経験しておくべきだと思ってね、より思い出せたんじゃないのかい?父さんの記憶」
「ああ、剣術に関することぐらいだけどな、多分剣術にはついても半分も同調できてないだろうし」
「まだ、同調も記憶を選べるように改良しないとね、私も君の記憶、所々抜けているみたいだし」
「・・・なあ、同調できればしない方がいいんじゃねえか?」
「どうしてだい?」
「・・・・だってよ、、カレル達は必死に稽古してたのに、俺はなんの努力もせずに知識も剣術やら経験ももらってるわけだろ?」
「私もそうだけど?」
「お前は・・・この同調を継ぐ為な訳だけど・・・俺は違うだろ、ましてやエルフじゃないし」
「種族は関係ないよ、第一に君は森に選ばれてる」
「その選ばれたってのもまだピーンとここねーし・・・霊樹ってやつか」
「・・・多分ね」
少しの沈黙の後、エイフィアが口を開ける。
「ほら、終わったよ」
「すまん、助かった、染みるもんなこれ」
「子供たちは努力の証拠って嬉しがる子もいるのにな、それに比べて貧弱だな、この25歳は」
「ああん?ゆとりなめんなよ」
「・・・・はあ、もしかして、君に同調したのは私の人生の汚点になるかもしれない」
エイフィアは、がっかりとした表情でそう言うと少し間をおいてクスッと笑う。
俺もつられて笑っう。
「・・・そろそろ、飯作るか」
「ああ、頼むよ」
そう言ってベッドから起きて、食事の支度に移る。
「あ、エイフィア、火頼むよ」
「うん、了解」
この家には火種になるものも道具がない、エルフは他の種族と違いすべての者が魔法を使える。得意不得意はあるが、幼少を過ぎたエルフは火種程度の魔法なら誰もができるのだ。
だから、料理を作る時など火をつけるときはこうしてエイフィアに頼む。
部屋を出てキッチンに向かい、竈に火を起こしてもらう。
「そういえば、君の記憶にあった『豆腐』ていうの食べてみたいな」
とエイフィアが俺の記憶にあった食品の名前を出す。
「無理、作れない」
「君の記憶には作り方あったけど」
「嘘だろ、うる覚えならわかるけど」
「記憶はうまく引き出せないからね、君は知っているはずだよ。思い出せないだけ」
「え?お前は分かってんの?」
「うん、『大豆』に似たものならあるし、作れるとおもうよ。あ、『にがり』がないか」
「おいおい、『にがり』なんて作り方わかんねーぞ、この世界にあるかも知らねーし」
「えーっと、塩を作る過程でできるってことはわかるんだけどな」
「え?俺それ知らねーぞ、なんで知ってんだよ」
「だから、知ってはいるんだよ、思い出せないだけ」
「・・・どちらにしろ、塩って海だろ?海がないアルファナじゃむりじゃねーか」
「塩瓜で挑戦できないかな?」
「海と塩瓜って成分一緒なのか・・・」
「まあ森の塩って呼ばれているし、モノは試しだよ」
「今度やってみるか、メンドくさ」
「今度塩瓜をもらってくるよ」
「ああ、頼む、で、いつも通りのサラダとスープでいいか?」
「うん頼むよ、毎度ありがとね」
「居候の身だしな、こんくらい当然だろ?」
当たり前のような自然な会話、全く違和感を感じないこの生活。ここの暮らしに慣れたんだと自覚し、少しの嬉しい気分になった。
エイフィアは少し考え込み俺に質問した。
「・・・そろそろ肉とか恋しいんじゃないのかい?」
「肉か・・・まあ、食べてはみたいけどな、でも、エルフの食事は肉食わねーだろ?、こういう食事にもなれたし、魚ならたまに食えるしな、別にそこまでじゃない。それに贅沢言える身分じゃねーだろ」
言われてみると肉が恋しいのかもしれない、エルフは肉を好んで食べる者は少ない、中には腹を下す者までいるらしい。そのためほとんどのエルフが肉を食さないためエルフの村に肉なんてものが出回ることなんてそうはない、いわば高級食材だ。
「立場を弁え過ぎるのもよくないと思うよ・・・そうだね、今度ウィーナー達に頼んでみようか」
「あー、俺たちを助けてくれた狩人さんか?」
「しかも弓の使いならアルファナで一番だよ」
「また一番かよ」
「剣がいやなら、狩りとか教えてもらったら?頼んでみるよ?」
「また一番の人に習うのはプレッシャーがな.」
「他の狩人だと、あんまり親しくないからね、ウィーナーが一番頼り易いんだけどな」
「まあ、肉がそこまで食べたい訳じゃねーし、そのうち考えるよ」
「うん、わかった、別に君がしたくなったらでいいから」
「ああ、わかった・・・飯、できたら呼ぶよ」
「うん、わかった」
そう言い終わると会話をやめエイフィアは部屋に戻った。
俺は包丁を握り食材を切り始まる。
このたった一週間で、家事スキルはかなり上がった。ラテアさんやシルフィーの手ほどき、そしてエイフィアの知識で、大抵の料理は簡単にこなせるようになった。
食材は自家栽培や、ラテアさんたちが分けてくれたりするから、食事には困っていない。
余談だが、この村に金銭の取引がほとんどない。
物々交換が支流で、互いの助け合いでなに一つ問題なく暮らしていける。
ただ金銭がないわけではない。
外とも交易を行なっているため、それなりの
資金はあるようだ。だが、この森で生活に必要な食料や調味料、鉱石などの資源も手に入る為、その資金を使う場面としては、森の外に出る際に使う交通費や書物などの遊戯品などや情報にしか使わない、おかげでアルファナの資金や個人のお金については溜まりに溜まっているようだ。
ーーーーーー
「ご馳走様」
「ああ」
エイフィアと自分の食べ終えた食器を水桶に入れ、外に出す。
扉を開け、外はすっかり暗くなっていた。
エイフィアの家の脇にある水路から水を引き上げ灰を使いながら、食器を洗う。
食器を洗いながらこれからのことを模索する。
たった一週間で言葉を覚えた理由をどう他の皆に説明するかや、フィンデルトの剣術をどうアデルさんにバレずに稽古するか、若くは、何かを理由にサボるのもいいかも知れない。
サボる理由に、さっき言っていた狩りを教わるのもいいのかもしれない。
いつの間にか、すぐに食器は残り一枚になっていた。二人分なんてあっという間に洗い終わる。
最後の一枚を洗い終わり、食器を重ねる。それをもって立ち上がると前方に光が見えた。
静けた暗闇に揺れるランタンの光とそれが照らす人影が、こちらに近寄ってきていた。
ランタンの光は地面を照らしている為、顔は確認できない。
徐々にこちらに歩み寄り、数歩前まで来たところで、そのエルフは言葉を発した。
「やあユキト、久しぶりだな」
少し掠れた優しい老人の声、そして数歩、歩み寄ると、家の明かりでその顔が視認できた。
「えッと・・・長老様・・・ですか?」
「ああ、覚えててくれたか、集会以来だな、元気そうでなによりだ」
「あ、ありがとうございます、あ、エイフィアですか?」
アルファナの長・長老リンゲルだ、思わぬ来客、少し焦りながら、とりあえず皿を置き、家の扉を開け長老を歓迎する。
「外はあれなんで、良ければ、ど、どうぞ」
「ああ、有難う」
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「どうぞ、余りものですみません、こんなものしかなくて」
「いや、突然で悪かった、いい匂いだ、有難う、是非いただこう」
長老にに今日作った芋のスープを温めなおし、恐る恐る出す。
長老は何もためらわず口にする。
「うん、これは旨い、君が作ったのか?」
「あ、はい、お口に合ったのならよかったです」
長老の感想にほっと安堵する。決してまずくはないはずとわかっていても、この言葉を聞くまで不安になるものだ。
「すっかり、この生活にも慣れたようでよかった」
「はい、お陰様で、あの時はここにいることを許してもらい感謝しています」
「礼などいい、私ではなく森が決めたこと。それに、私には君を追放する権利などなかった。それだけだよ」
長老が、そう言い終わると。長老の正面に座っていたエイフィアが口をあけた。
「ところでリンゲル様、こんな時間にここに訪れたのはどういったご用件で?」
「ああ、そうだったすまない」
そう言ってスープをもう一口すすり口を潤しし言葉を続けた。
「彼が言葉も覚えてると聞いてね、やけに早いと思ったのでな。・・・エイフィア、あの術をユキトに使ったのか?」
「はい、使いました、もう3度、同調をしています」
「ファンデルトの記憶も彼に」
「はい、言葉や知識、父の剣術などを中心に同調しましたが、やはり他の記憶も混じってしまっているようです」
「そうか」
長老リンゲルは片手で頭を抱えため息をする。
「・・・・言葉が一切わからなかった彼がもう話せていると、シルフィーが飛んで教えに来てくれた時に予想はしていたが・・・エイフィアよ、軽率すぎやしないか」
「そうは申しましても、もうしてしまったものは」
「そういいうことではない・・・はあ」
端から見れば、孫に困り果てるおじいちゃんとのやり取りみたいだ。
「おかげで彼自身には危険がないということもわかりましたし」
「そうではない、アレを知る者が増えるということが問題なのだ。まだアデルやヴィルラルドならまだわかるが・・・こんな子供に・・・」
「彼とお話に来たのでしょう、いろいろと聞いてみればよいのでは?」
エイフィアが笑みをままそう言うと、リンゲルは再びため息をすると、視線を俺に移した。
「ユキト、エイフィアの言葉は本当か?」
「は、はい、間違いありません・・・」
「そうか、では聞かせてくれないか、君自身のこと、この森に来る前のこと、何でもいい、君の口から聞きたい」
どこまで話すべきか、ちらりとエイフィアを見ると、彼女は頷いた、これはすべてを話していいのだろうと理解し、長老リンゲルを向きなおす。リンゲルの優しそうな眼は、変わらず俺を見ていた。
もしかしたら、これで俺の運命が変わるのかと思うと、少し緊張してしまう。
手に汗をかいているのが分かった。
しかし、おそらくこの人には嘘は通用しないのではないか、と彼の目を見ているとそう思ってしまった。
唾を飲み込みに、俺は一度空気を吸い込み、その口を開けた。
「俺はここに来る前、ニホンと言う国にいましたーーーー」