エルフとの生活2
「てっきり、怪我人とかの手伝いだと思ってたけどな」
「稽古場だね、興味あるんじゃないかい?」
エイフィアとともに来たのは里の端にある広間、地面の草が剥げ、場所によっては自慢がえぐられている。
太い木の杭が地面の所々に刺さっている。あれに剣を振って稽古するものだろうか。
里の中と違い少し荒々しい雰囲気があり、剣を持った子供や若者達が剣を打ち合い、あるものは魔法陣を出し魔法を打ち出し、師匠、または師範と思われるエルフに指導されている。
稽古場、ここは若者、戦士達や魔道士達が腕を磨く場所だ。
「まあ、あるにはあるけど・・・実際に来たら引けちまうな」
ファンタジーと言えば戦い、剣や魔法、人やモンスターとの戦闘のイメージが強い。元の世界でも小さい頃からそういったものに憧れを抱いていたが、いざ、すぐ目の前にしてしまえば、その荒々しい雰囲気に恐ろしさを感じ、たじろいでしまっていた。
「君はこうゆうのに憧れを持ってるかと思ってたけど」
確かに、学校にテロリスト、特殊能力が目覚めたとか、それこそ異世界召喚や転生、数えきれない妄想をしてきた。恥ずかしいことにその記憶の一部も彼女に知られてしまっているのだが。
「まあな、アニメや漫画で沢山見てたし、何度も妄想はしてたんだけどな・・・いざ来ちまうと、あれだな」
「怖い?」
「うん、それ・・・きっと自分とは無縁とか、ありえないことだから憧れとか自分もそうなればとか思ってたんだろうな・・・」
「へぇ、そういうもんなんだね」
稽古場の端でエイフィアと話していると。稽古をしていた一人の男が俺たちに気付き、隣にいたエルフを呼び、こちらを気付かせる。案の定その視線は、憎みか、それとも怒りか、軽蔑か、若しくはそれに近い感情が入っていた。
「・・・エイフィア、やっぱ来なかった方がよかったんじゃねーの?」
「・・・確かに思ってたよりも酷いね。てっきり無視される程度かと思ってたけど」
「いやそれでもキツイから」
そして続々をこちらに気付く人数が増えていき、集まっていく嫌悪の目、ツッコミを入れる程度には余裕を見繕ってはいるが。エイフィアが隣にいなければ、その嫌悪の目に耐え切れず、すぐにここから逃げ出してしまっていただろう。
「ユッキトーーー!!エイフィアーーー!!」
稽古場の中から聞き慣れた女の子を声が聞こえた。声の方に目をやると金色の髪を揺らし元気な少女がこちらに駆け寄ってきていた。
そのまま俺の目の前まで来てようやく減速をするが、その勢いは完全には止まらず俺の肩を掴み、それをストッパー代わりにどうにか停止する。
「もうちょい、ゆっくり走らないとないといつか怪我するぞ」
「うん!気を付ける・・・・え?」
「・・・どした?」
俺の肩を持ったまま、笑顔からキョトンとした顔になる少女、どうかしたのかわからなかったが、嫌悪を感じないその視線に安堵し、心が救われた気がした。
「もう普通にしゃべれてる」
「・・・ああ・・そだな・・・先生が良かったからな」
そういえば2日に1度は必ずエイフィアの家に訪れていた彼女だが、早く覚えていると不審がられると、申し訳なくもまだしゃべれない振りをしていた。
今日、ラテアさんと話した時も、初めてエイフィア以外のエルフとまともに話したのだ。1週間でも言葉を話せる期間として、かなり異常だと思う。
本当は1ヶ月はまともに話せない振りをしようと思ったが、エイフィアが朝、もう普通に話いいんじゃないかと言ってくれたことと、そしてラテアさんの時も感謝を伝えたい欲が勝ってしまったのかもしれない。
いつの間にかしゃべっていたのだ。
そして今回も、この子と早く話したいと我慢できなかったのかもしれない。
「すごいすごい!早いよ絶対!!ユキト頭いいんだね!!」
やばい、ハードルがあがってしまった。やはりまだ話せない振りをするべきだったか。
「あーー、ほら、あれな、文法が似てたからな、覚えやすかったというか」
我ながら、下手糞な言い訳だ思う。記憶の同調、あれだけは強く秘密にされている。エイフィアと仲の良いラテアさんさえ知らないのだ。俺とエイフィア以外で知っているのは、このアルファナの里の長、長老リンゲルだけである。
やはりまだ話せない振りをしていればよかったと後悔し、エイフィアを振り向く。
『やっぱりまだ話さない方が良かったんじゃねえか?』
『大丈夫だよ、少しは分かってけどコミュ症だから話せませんでしたーって説明すれば?」
『んなアホな理由があるか』
『まあ大丈夫だよ、私がフォローするから』
日本語でそう会話するとエイフィアは笑みのままシルフィーに近寄る。膝を曲げて、シルフィーとの視線の高さに合わせた。
「シルフィー、一人で来たのかい?お兄さんたちは一緒?」
「うん、一緒だよ・・あれ、どこ行ったんだろう」
難なく話を反らせてくれたエイフィア。
お兄さんたちは?と聞かれたシルフィーは辺りを見回して、一緒にいるはずの兄たちを探すが、見当たらなかったようだ。
「あれ?みんなどこ行ったんだろ。しょうがないなもう!」
『どちらかというと、お前がどっか行ったって感じだろうけどな』
そうシルフィーに伝わらないように日本語でつぶやくとエイフィアはクスッと笑う。
「えー、ユキトなんて言ったの??」
「えーっと・・・」
「カレルくん達はどこ行ったのかなーって言ったんだよ」
シルフィーの問いに俺が困っていると、エイフィアがそれに答えてくれた。
「う~~、なんか絶対違う気がする~」
頬を膨らませ不満げにいう彼女見て、笑いがこぼれた。今思えば俺に対して嫌悪の目を向けないのはエイフィアとラテアさん、長老のリンゲル様、そしてシルフィーだ。度々エイフィアの家を訪れ、少し天然で元気が良すぎる面があり何度も勉強の妨害などもあったが、その嫌悪のない目に心を救われたのは。一度や二度ではない。
「シルフィー勝手に走り回るな」
聞き覚えのある少年の声が聞こえた。会うのはあの集会の時以来か。
「こんにちはエイフィアさん・・・・ユキト」
カレル、彼は胸に手を当て礼儀正しく礼をする。
「やあカレル君、元気な妹を持つと手を焼くね」
「はい、もう少し、大人しくしてくれると助かるんですが」
エイフィアの言葉に、ため息交じりにそう答える。それを聞いたシルフィーはというとまた不満げにプクーと頬を膨らませていた。
ふと気づくとカレルの目線は俺に向いていた。
・・・・・気まずい
今思えば彼は俺のことをどう思っているのかわからない、嫌悪の対象なのか、若しくは好意とはいかなくても味方だとおもっているのか。
そしてハッと気づく、シルフィーの手はいつの間にか俺の腕をを掴みかなり密着している。
待てよ・・・この状況!
もしかしてこれは修羅場というものか・・・人生初だ
『違うんです。兄さん、別に妹さんをたぶらかしている訳じゃ・・・・』
そんなおどおどしている俺を見て、エイフィアは面白そうに片手を口に当てながら笑いだす。
挙動不審な俺と笑っている彼女をよそに、カレルの口は開いた。
「こっちの言葉は理解できるか?」
「うん!もう覚えてたよ、早いよね!!」
カレルの問いに俺よりも、さっきまで頬を膨らましていたシルフィーが元気よく答える。
あんまり言葉覚えたこと広めたくないんですが・・・・
と改めて公開する。
それを聞いてカレルの目が俺に集中する。ふざけて答えられないとその眼が言っているような気がした。
「ああ、わかりますよ、ある程度なら」
一応敬語でそう言った。
俺の言葉を聞いた彼は、その場で胸に手をあてながら片膝を付き、深々と頭を下げる。
「・・・・は?」
俺の理解が追いつく前に彼は頭を下げたままその口を開けた。
「恩人ユキトよ。貴兄には何度も危機をお救いいただいた。私カレル・ノゼグラフは貴兄に尊敬と感謝を心から捧げます」
自分に、その言葉が向けられたことに理解が追いつかなかった。もしや、エイフィアに向けられたものではないかとエイフィアを振り返るが、エイフィアは諭すように頷く。
ふと気づくとシルフィーが俺の元から離れカレルの隣へと駆け、そのままカレルと同じ姿勢を取る。
「ちょ、頭上げて下さいって、お礼言うのは俺であって」
「もっと早くこうするべきでしたが。貴兄の言葉もわからず。こうして直に伝えたかった。お許し下さい」
「ちょっ、まって、カレルさんたちいなけりゃ俺だって今頃奴隷か、のたれ死んでたし、恩があるのはこっちの方でーーー」
とりあえず理解が追いつく、明らかに助けられたのは自分の方だ。こちらの方が恩赦するべきなのだと、カレルに対抗して土下座で迎え撃とう膝をついた瞬間、横から聞こえて来た別の声でそれを止められた。
「おい、ヒュムに頭下げてるぞコイツ」
その方に目をやれば、エルフの少年少女が5人こちらには近づいて来ていた。
「エルフの恥知らずが」
「お前エルクの村のやつだろ。その村襲ったのだの種族かわかっていってんのか?」
見た目はカレルよりも大きい。皆カレルよりまだ数個年上だろうか。 ただカレルと比べると雰囲気はまだ子供の感じが残っているように思えた。ただ単にカレルが大人らし過ぎるだけかもしれないが。
「お前ノゼグラフだろ。何故ヒュムに頭を下げてる、これ以上恥を晒すな」
「村を襲った奴隷狩りと彼とは関係ありません。恩人に頭を下げる事になんら問題ないと思いますが」
集団の先頭にいるオールバックの少年にカレルはその姿勢を動かさずに淡々と答える。
するとオールバックの眉がピクリと動く。
「そのヒュムに恩があること事態が恥なんだ!」
「彼に助けられた事に関しても私の力不足が原因でそれが恥という事なら甘んじて受け入れます」
「そう言う事じゃない!」
このオールバック達は同じエルフがヒュムに頭を下げている事が気に食わないのだろうか。
カレルやシルフィーの頭を上げさせようとするが、カレルがそれを冷静に対処し一向に頭を上げない。
あ、俺からもお願いします。頭上げてください!
オールバック達の苛立ちが目に見えてきた。
「ねーお兄ちゃん、じゃあ私もユキトに守ってもらったから恥なの?」
いきなりシルフィーが疑問も投げかける。空気を読まない発言にその場が一瞬止まる。
「いや違う、あれは俺が早く倒せなかったせいで」
カレルの言葉の終わりを待たずシルフィー立ち上がり、言葉を投げかけた。
「そしたら、エルクの子供達みんな恥になっちゃうじゃん。ユキト助けてくれなかったら絶対他の子まで怪我してたもん!助けてもらったのが恥とか絶対おかしいよ!」
オールバック達を見据え、敢然と言葉を放つシルフィー、カレルもいつのまにか顔だけを上げている。
俺はというと、土下座を途中で止められ、膝立ちで2人組を呆然と眺めているだけだった。
そっと後ろに目をやる。相変わらずエイフィアの表情も変わらず、傍観に徹しているようだ。
「何この子、生意気」
苛立ちを感じる声が聞こえた。声の主はオールバックの後ろにいたロングの髪の女の子だ。指をポキポキと鳴らしながら、眉間にしわを寄せている。
「ダメよティーシャ、また怒られちゃう」
宥めに入ったのは落ち着いた雰囲気の天然気の入った髪質の女の子だ。
すかさずティーシャと呼ばれた長い髪の女の子は眉間に皺を寄せながら口を開ける。
「は?あんたには関係ないでしょ」
「あるわよ、私達まで怒られるんだから、前も男の子ボコボコにした時、大変だったんだから」
「だって、アイツが生意気いうから・・・」
「その前だって勝手に森の中入ったでしょ!私まで共犯扱いされたのよ!いい加減にして!」
段々と天然髪の子の口調が激しくなると、ティーシャは段々と先程の威勢がなくなっていく。周りの男子達もオドオドと止めかねているようだ。
カレルとシルフィーもいつの間にか蚊帳の外に追いやられ、シルフィーは小声で「止めなくていいの?」とカレルに聞くが、カレルは「あまり関わらない方がいい」と小声で返した。
『・・・止めなくていいのか?大人さん』
『君も大人さんじゃないのかい?』
『こっちでは子供ですからねー、それとも実は25歳なんですー、って言ってみるか?』
エイフィアはヒートアップしている天然髪の女の子とその集団に目を向け、諦めたように
ため息をする。
『こういうのは得意じゃないんだけどな』
『だってさ、俺が出たら更に面倒臭くなりそうだし』
もう一度ハアとため息をし、重い腰を上げた時だ。
「カレル、シルフィー、何かあったのか?」
カレル達の後ろから男性の声が聞こた。壮年を感じさせる深い声。俺やエイフィア、カレルとシルフィー、オールバック達や、天然髪の女の子もヒートアップした愚痴を止め、その方を向いた。
「やあ、エイフィア、ここにいるとは珍しいな」
「やあ、アデル、もう傷はいいのかい?」
男性の言葉に親しげにエイフィアは言葉を返した。白い髪の壮年の男性、優しく微笑んではいるが、容姿から解るように感じる勇ましさは、彼が戦士ということを実感させた。
「あぁ、ラテア達のおかげでな、また礼を言わなくてわな」
「ラテアなら、もうすぐくると思うよ」
「そうか、それは丁度いい。そういえば、すまないな、ろくに挨拶に行かなくて、傷が完全に治るまで監禁されててな。何度大丈夫と言っても出させてくれんかった。参ったよ」
「貴方の怪我や死はエルフにとっても大きな損失だからね。皆過保護にもなるさ」
男とエイフィアが談笑を始める中。俺やカレル、シルフィーを除いた少年達は言葉を失い固まっていた。
彼はよく知っている。エイフィアの記憶にもいた人物。直に会うのは初めてだが俺にもすぐに誰か理解できた。
アデル・クラウゾ。エルクの森に住み、奴隷狩りの主力を撃退したエルフ最強と言われた戦士である。
「戦士アデル・・・」
オールバックの少年が唖然とした表情でアデルの名を呟く。
アデルと直に会うのは初めてなのだろうか、オールバックの少年とその集団、特に男3人は唖然としながらも、憧れの人物を目の前にしたかのようにその目を輝かせていた。
「カレル、しばらくろくな稽古もできずにすまなかったな」
「いえ、そんなことは、、もうお身体は大丈夫なのですか?痛むところは?」
「あぁ、大丈夫だ、休み過ぎで身体が鈍ってるくらいだな。あ、シルフィーも昨日はクッキーをすまなかったな。とても美味しかったぞ」
「ホント!?やった!また作るね!!」
ぐるぐると肩を回し怪我が完治したことをアピールするアデル。それを見てカレルの顔も少し安心したように柔らかくなる。
シルフィーは嬉しそうにアデルにどのクッキーが好きだったかを聞き始めた。
いつの間にかオールバック少年とその仲間達は蚊帳の外に追いやられたように。こちらを傍観していた。
少し間を置いて、アデルの視線がカレルからこちらに移った。その視線は俺に向いているようだ。
柔らかい表情をしているが、その勇ましい目にたじほぎ、唾を飲み込んだ。
こちらに一歩進み、片膝を付き、俺と目線の会う高さまで腰を下ろした。
目の前まで来た時に気づいた。彼の露出した腕や首元に見られる数々の傷の跡、細かいのから大きな跡まで彼が歴戦の戦士だということ言葉なしに実感する。
まっすぐにこちらを見る勇ましい目に、俺の視線が泳いでしまう。そんな中、戦士アデルは口を開けた。
「礼と挨拶が遅れた。すまない」
「あ、いえ、そんなことは、、」
いきなり謝られカレルの時と同様に言葉に詰まる。そんな中アデルは言葉を続けた。
「私はアデル・クラウゾ、エルフの剣士だ」
「えーと、ツグモト・ユキト、、、あ、こっちじゃユキト・ツグモトです」
「ほう、君の所じゃ妙名が先にくるのか、珍しいな」
「あー、そうですね、あははは」
「ははは、話が逸れたな」
そして胸に手を当て、頭を下げる。
あ、これカレルと同じじゃね?
「え、あ、ちょ、」
「私の教え子達の窮地を救ってもらったと、そこのカレルとシルフィー、そして他の子からも聞いた。あの子達を代表して礼を言わせてもらいたい。・・・ありがとう」
カレルに続いて、ビッグな存在の戦士アデル・クラウゾに頭を下げらた。
そして気になるべきなのは周りの反応である。オールバック少年達はカレルの時は違い言葉に困り発言できていない。さすがに彼にカレルの時のようは発言はできないだろう。が、それ以上に困ったのがその周りだ。
カレルの時には対して反応していなかった。エルフ達だが、エルフ最強戦士が人間、ヒュムである俺に頭を下げていれば話は別だ。
そこら一帯のエルフ達の視線が貫くようにこちらに向いている。人前なんてほとんど経験のない俺にはメンタルを削られる地獄でしかない。
頭の中ではやばいと、どうしようが、繰り返し繰り返し流れる。早くこの空気から逃れたい。
当のアデルは頭を下げたまま上げようとしない。そして勇気を振り絞って言葉を出した。
「あの・・・お頭をお上げください。あの、礼を言うのはこちらというか、、カレルさん達がえーと」
「エイフィアなにしてんの?」
必死に言葉をひねり出している途中、後ろから知った声が聞こえた。俺には天使の声に聞こえた。
「皆あんたらのほう皆見てるし何が・・・あ、そゆことか」
俺と戦士アデルを見つけ、少し間を置いて理解した女性。振り向き顔を見た瞬、ラテアさんが巨乳の天使に見えた。
ラテアさんの出現により、声を聞いたアデルも顔をあげる。
「こんにちはアデルさん、調子はいかがですか?」
「やあラテア、ああ、すこぶる良いよ。それよりも君の先輩達が開放してくれなくてな、あれは参った。」
「あー、許してやって下さい。エルフ最強の戦士ですもん、みんなあーなりますって」
「気持ちは嬉しいんだかな・・・」
オールバックの少年達とは違い。敬意は払いつつも親しげに話す。ラテアさん登場のおかげで、どうにか周りの痛い視線を緩和することができたが、未だに周りの視線はこちらを向いてる。
当のアデルさんはその視線を気付いてないように平然としている。
「さて、他の子達も待っているだろうし、そろそろ稽古にいくか、すまなかったなユキト・ツグモト。周りがこんな風になるとは予想できなかった。誰にも見られない所ですべきだったな」
「あはは、いえ、そんなことは、ないですけど、あはは」
できれば下げる前に気付いてほしかった。
「じゃあ、すまないカレル、場所まで案内してくれるか?」
「はい、こちらです」
まあ、よかった、これで視線を集める人から開放される。と安心するのも束の間、最悪の発言が聞こえた。
「じゃあ私たちも行こっか」
先ほどまで窮地を救ってくれた天使の声、ラテアさんの声が悪魔の声に聞こえた。まさかだと思い聞いてみる。
「え、どこにいくんですか??」
「そりゃ、アデルさん達の稽古の見守りだよ。アデルさんが無理しないかと、もし子供達が怪我したらすぐに治療できるようにね」
まじかよ。できればこの注目を集めるような人とはすぐにでも離れたかったのに。
この英雄をと共にいれば、自然に俺にも注目は集まる。そしてヒュムである俺に向けられるあの視線、鬱になりそうだ。
「ユキトも一緒にいくんでしょ?」
いつの間にか横にいたシルフィーが俺に声をかける。
本意じゃないがここは付いていくしかない。俺は今エイフィアと共にいなければならない。一人で外に出るのは禁止されているのだ。まあそれは俺を庇護するためでもあるのだが。
「あ、ああ、いくよ」
帰りたいけど・・・
「あ、あの!アデル・クラウゾ様!」
とりあえずシルフィーに手を引かれながら。歩き出したカレル達についていく。数歩進んだ時、後ろからあの少年の声が彼を呼び止めた。
ああ、そういえば忘れていた。オールバック少年だ。
戦士が振り向くとオールバック少年は言葉を続ける。
「あ、私はレイル・パラッゾと申します!」
横に並んだ少年2人も続けて、ミール・アデミリス・シカルタ・フロウテムと名乗る。
女子二人もティーシャ・フロテミス・ミリア・シンタと名乗り。少年たちの共に胸に手を当て膝を付く。
「アデル様にいつも憧れていました!もし、御迷惑でなければ、是非、アデル様の稽古に受けさせてもらえないでしょうか!」
レイルと名乗った少年の言葉に戦士アデルは困ったような顔をし、頭を掻くと口を開けた。
「剣術にもそれぞれ個性があるからな。俺の稽古が君たちに最良かはわからないし、それに関しては今まで指南している者の方が君たちの個性をよく知っているだろうし・・・・お前たちの師範は何と言っている?」
「いえ・・・先生にはまだ、何も」
「そうか、では話をしてくるといい、どう教えるかはその師範と私でやり方を練ってから稽古するとしよう。それで構わないか?」
「は、はい!ありがとうございます!!」
アデルの返答を聞き、先ほどまで緊張していた顔がパアと明るくなる。
俺たちとのいざこざはもうとっくに忘れいているようだ。こちらとしても、もう何事もなくなりそうで助かるが、言い返していたシルフィーは少し不服そうだ。
「では、人を待たせたあるから、今日のところはこれでな、」
「はい!ありがとうございました!!失礼します!!」「失礼します!」「ありがとうございました!」
アデルの言葉に少年少女たちは興奮を抑えられない声で大きく返事をし、小走りにその場を去っていった。
少年たちを見送り、アデルは向き直る。遅れて俺は彼の視線が自分に向いていることに気付く。
「ユキト、剣術を習ったことはあるか?」
「え?いや、習ったことは、、一度もないですけど」
「そうか、君さえよければ一緒に稽古してみないか?」
「・・・・・え?」
「どうせ、一緒の場所に行くんだ、見ているだけでも退屈だろう」
「え、いや、ほら、経験もないし俺運動神経ないし、お手を煩わせるだけかと・・・」
無理だ!絶対に無理だ!こんな立場の俺が稽古以来の引く手数多の彼の稽古をしてもらえるとか、絶対周りのエルフ達に何かしらの不感を買ってしまう。教えてもらうならもっとよっわい人がいいです。
「そんなことは気にしなくていい、向き不向きは誰にでもある。まだ平和とはいえない時代だ、少しでも経験があるに越したことはない。それにシルフィーが自慢げに何度も言っていたが、大怪我を負いながらもバークウルフを一体殺ったらしいじゃないか」
「あー。それはそのー、たまたま腕に嚙みついてくれたからで、運が良かったというか」
「左手に布を巻いてそれに噛みつかせて首を刺したのだろう?剣術も経験もなしによくやったもんだ。
もし、経験なしに普通の子供があの状況下にいたならそんなことは思いつかん、君には適性があると思うがな」
「いえーそんなことは、ほんとたまたまで・・・」
良い言い訳が何一つもういつかない、この人の前できっぱりと断る勇気もない。やばいこのままじゃ最強の戦士の稽古をしなければならなくなる。剣術を学ぶ者からしたらとてもじゃないくらい光栄なことだろうが、平和ボケした俺からすれば恐ろしく避けて通りたい道なのだ。
手に布を巻いたのもテレビで警察犬が犯人の腕に噛みつく訓練を見たことがあるからであって、実は25歳なんです。転生していて中身は子供じゃないんです。と言いたくなったが、それは秘密にするとエイフィアと約束しているので言えるわけもない。
「ほら、やっぱり俺、ヒュムですし、アデル様の稽古を受けたい人もも沢山いるわけですし、ヒュムの俺が稽古していただくのは、他のエルフさんたちに悪いというか・・・・」
「そんなこと気にするな、私の剣術にもヒュムから学んだところもある。剣術にヒュムも亜人も関係ないさ。確かに稽古する者を選んではいるが、君にはシルフィー達を助けてもらった恩がある。是非稽古をさせてほしい」
「え、いや、あの、その・・・はい、よろしくお願いします」
あ、駄目だ、もう断れないやつだこれ
「え、いや、あの、その・・・はい、是非参加させていただきます」
心ではやりたくないのに、口はアデルさんの言葉に流され、言いたくなかった言葉を発していた。もう後戻りはできない。・・・・・ああ、終わった。
「あと様はやめてくれ、様は何というか、嫌ではないが、こう・・・な?
だからアデルで、せめてアデルさんとかにしてくれ。カレル達もそう呼んでくれている」
「・・・はい、では、アデルさん、お世話になります。御指南よろしくお願いします。」
「ああ、私こそ、よろしくな」
手を伸ばしてくれたアデルさんの手を握手をする。
その手は今まで触ったことのない感触だった。、固く、厚く、彼がどれだけ剣を握ってきたかを象徴するうような逞しい手の感触に改めて畏怖と尊敬を覚えた。
その様子を見てシルフィーが嬉しそうに微笑む。カレルは無表情にこちらを見つめていた。
ラテアさんが、優しい表情で見守る。
そして、横目に見えるエイフィアが憎たしい微笑みで、おもしろそうにこちらを眺めていることに苛立った、
そしてそんな憎たらしい表情ですら、妖艶で美しいことになぜかまたイラっとした。