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5.傷つくこころ

 まゆのバカ! バカ、バカ!

 まゆは、自分のバカさ加減を呪いながら、家に向かって歩いていた。大会の前日に保に会えるなんて、神様がくれたチャンスなのに、舞い上がって、アタフタして、あたしはそれをフイにしちゃった。

 保に、がんばってって言えなかったことが、まゆには、相当こたえていた。最初は、ただ、ちょっとがっかりしただけだったのに、歩きながら色々考えているうちに、悪い想像の連鎖を起こしてしまったのだ。

 大事な大会を控えているのに、応援の言葉ひとつかけられない、気の利かない女って思われたらどうしよう。ううん、それならまだマシ。せっかく大きな大会に出るのに、そのことに一言もふれないなんて、保くんに全く関心がないんだって、思われたらどうしよう。

 まゆにはまだ、保に自分の想いを告げるつもりはない。というか、まだ言えない。だからって、まゆが、保に対して、そこらへんの同級生と同じ程度の関心しかない、って思われるのは、絶対嫌だった。まゆは、ちゃんと保くんのこと気にかけてるよ、ってことくらいは知っておいてほしい。だって、保とまゆは幼なじみなんだもの。幼なじみとして、保とつながっていたいんだもの。

 家に着くころには、まゆの心は後悔でいっぱいになっていた。まゆったら、考えすぎだよ、恵理子ならそう言うだろうけど、今のまゆは、思い込みが作ったドツボにはまっている。


「ただいま」

「うん……うん……それで……大丈夫なの?……うん、わかった……」

玄関ドアを開けると、お母さんの話し声。電話をしているみたい。まゆは、洗面所で手を洗うと、そのまま二階に上がっていった。今はひとりになりたい。

 自分の部屋のドアを開けたまゆは、ハッとして、そのまま入口に立ち止った。今朝と様子が違う。部屋がきれいになっている。なら、いい? よくない!

 まゆは、慌てて机にかけよると、机の上に置いておいた保への手紙を確かめた。お母さんが勝手に入ってきても見えないように、一応数学のプリントの下に隠しておいた。けど、違う、一番上のプリントが違う。まゆの表情が変わった……見たんだ、お母さん。まゆの心の中の怒りのスイッチが、ポチッと点火した。

 保への手紙……と言っても、本当に保に渡そうと思って書いたんじゃない。昨日の晩、鬼ごっこの話で、保の優しさを思い出してうれしくなったまゆは、なんだか自分の想いを言葉にしたくなって、それを保への手紙という形でしたためてみたのだ。それに、県大会、がんばってって、気持ちも言葉にしたかったし。そう、手紙の中では、ちゃんと伝えていたのに……その手紙をお母さんに見られてしまった。

 もともと、まゆは、自分の部屋は自分で掃除をすると、宣言していた。けれど、後で、明日に、と、ついつい先延ばしにしてしまうまゆの部屋は、気づくとほこりだらけになっている。たまりかねたお母さんが、勝手に掃除をするようになった。決して、汚くても平気、というわけではないまゆは、それを黙認していた。

 だから、お母さんが、勝手に部屋に入ることがあるのはわかっていたけれど、まゆはちょっと油断していた。一応、簡単に手紙を隠してはおいたけど、今日掃除するかも、って強くは考えなかった。

 それに、さすがのお母さんも、普段、机の上までは手をつけていなかった。いや、実は、多少拭き掃除をしたりしていたのかもしれないけど、今までのまゆは、そこまで気にしたことはなかった。だけど、今日は違う。朝学校に行く前の机の上と、今の机の上の違いは、まゆの目には明らかだ。そして、それが、今のまゆには、重大なことなのだ。

 書いた手紙はおそろいの封筒に入れてある。だけど、封はしていない。お母さんなら、気になって開けてみるはずだ。何でもあれこれ聞きたがるお母さんなら、きっと中身を確かめてみるはずだ。まゆの怒りの炎が、フツフツと燃え上っていく。


 気がつくと、まゆは、勢いよく階段をかけ下りていた。ドタドタと音を立てて、ものすごいスピードで。

「お母さんっ、あたしの部屋、掃除したでしょっ」

「え、あ、うん」

持っていた携帯をテーブルに置きながら、お母さんの返事。

「掃除は、あたしがするのにっ」

「でも、まゆ、いつまでもしないから……」

まゆは、唇をきゅっとかんで、声を絞り出した。

「見たの?」

「え……」

まゆは、声を荒げた。

「だから、見たの?」

「何を?」

「だから、手紙」

「え……」

「机の上の。触ったでしょ、机の上」

「触ってないよ」

うそだ。まゆの怒りの炎がさらに燃え上る。

「あたしには、ちゃんとわかるんだよ、絶対触った」

「そういえば、風でプリントが飛んだから、机の上にもどしておいたけど」

じゃあ、見えてるよね、絶対。

「手紙、見たんでしょ」

「え、あ……保くんあての……」

やっぱり……お母さん、サイテー。

「読んだんだ」

「読んでないよ」

「じゃあ、どうして、保くんあてってわかったのよっ」

「封筒に書いてあったから。保くんへって」

あ……そうだった。しかも「へ」の後ろに、ハートまで添えて……やっぱり、サイテー。

 ノーテンキでうかつな自分にも腹が立って、もう、まゆ、自分で自分の怒りがどこに向かっているのかわからない。でも、とりあえず、怒りの矛先を、目の前のお母さんに向ける。

「お母さんなら、絶対、中を見るよね」

「そんなこと、してないよ」

「うそ、絶対見てる」

「絶対見てない」

お母さんは認めようとしない。でも、まゆにはわかる、お母さんは、中を見ている。だって、あのお母さんだもの。

「前にも、勝手にあたしの日記、見たことあったよね」

「え……」

「忘れたのっ!」

「え……あ……でも、あれは、まゆがまだ小学生……」

「そんなの関係ないよっ」

「ほんとに、読んで……」

「もういいっ、お母さんなんてダイッキライ!」

「まゆ……」

 階段をかけ上がって、ドアをバタンと閉めた。掃除して空になったゴミ箱の底に、手紙を押し込んだ。涙があふれた。 

 机に突っ伏して、まゆは泣き続けた。怒りがこみあげる。同時に悲しみも襲う。保に、がんばってって、言えなかった後悔は、今の怒りと悲しみに追いやられている。でも、傷の上に傷をぬり重ねたまゆの心は、ズタズタで、もうわけがわからない。

 いたたまれなくなったまゆは、ふと立ち上がると、そのまま階段をかけ下りて、スニーカーをつっかけて、玄関を飛び出した。

「まゆっ!」

後ろから、まゆを呼ぶお母さんの声がした。だけど、そんなもの、今のまゆには、後押しする一陣の風みたいなものだ。

 

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