4.保と、まゆ
「坂木!」
その日の帰り道、後ろから呼ばれて、まゆは、ハッとして振り返った。
「タ、タモ……田辺くん、……き、今日部活は?」
突然のことに、まゆはしどろもどろだ。ど、どうしたんだろ、あたし。まゆは、自分で自分がコントロールできなくて、アセる、アセる。ヤダ、顔赤くなってないよね。
「明日に備えて今日は休み」
「ふうん……」
「久しぶりだよな。中学入って初めてかな、一緒に帰るの」
「そ、だね」
な、何やってんの、あたし。なんで、フツーにしゃべれないの。
「部活あるしな。そういえば、坂木は、部活辞めたんだよな」
「うん」
「最初、坂木がソフトボールやってるの見たときは、びっくりしたなあ。あの坂木が、ソフトボールだもん。正直、マジかって。だけど、けっこうがんばってたよな、坂木なりに」
「なによ、それ」
まゆの心の中は、複雑な気持ちで、シッチャカメッチャカ。あたし、バカにされてる? でも、あたしのこと見ててくれた? でも、同じ校庭で練習してるんだから見えて当たり前? でも、ほめてくれた? あー、でもやっぱり、見られて恥ずかしいよ。
「坂木、オマエ、なんかおとなしくなったよな」
「えっ?」
「昔はさ、オレのこと、タモツとか、ひどい時なんか、ジメジメタモツとか呼んだりしてたのに、タナベくん、なんて他の女子と同じように言ったりしてさ」
……あの、かげでは、タモツくん、て呼んでます。それにしても、あたし、ジメジメタモツなんて言ったあ?
「だ、だって、もう中学生なんだし……」
「ま、そうだよな。オレだって、昔みたいに、まゆちゃん、なんて呼べないもんな」
「うん……」
ホントは、まゆ、とか、まゆちゃん、て呼んでほしいけど……
「昔はさあ、坂木、口、悪かったよなあ。ドンくさい分、口が立つってかんじで。オレ、いっつも、言い負かされてたもん」
あ、今度は、ほんとの悪口。まゆ、一瞬、本気でカチンと来た。
「ちょっと、なにそれ」
「ハハ、怒った? それ、それそれ、その顔だよ」
えっ、何?
「坂木、怒ると、ほぺった膨らませるだろ、ぷくーって。それが、なんかおもしれーつうか、……かわいいんだよな」
えーっ、カ、カ、カワイイですとお。ううっ、あたし、絶対赤くなってるよ。
「怒ったほうがかわいいって、超レアケースだよな」
ん? どういうこと? 普段はかわいくないってこと? まゆの頭は、再び混乱。
「じゃ、オレ、こっち。じゃあな」
「えっ、あ、じゃあね」
頭の整理がつかないうちに、分かれ道に来てしまった。まゆ、呆然と、保の後ろ姿を見送る。
保とのひと時は、まゆにとっては、一瞬の出来事だった。まだ、半分夢心地。それにしても、保、けっこう言ってくれるよね。まゆのお株を奪ったみたい。それに比べて、まゆ、全然しゃべれなかった。
それでも、まゆはうれしかった。保のことを意識し始めてからずっと、保と話したいって、思ってたんだもの。なんだかヒドイ会話だった……気もするけど、今はそんなことより、うれしさのほうが、まゆの心を占めている。
まゆ、ちょっとニンマリしながら、踵を返して歩き始めようとして、気がついた。
「あーっ、がんばってって言わなかったよー」




