3.恵理子と、まゆ
「ホント、一平って、四年のわりに幼稚なんだよね」
次の日の昼休み、まゆは、教室で、恵理子を相手に一平の悪口を言っていた。
「でも、四年の男子なんて、そんなもんじゃないの」
まゆの友だち、原口恵理子は、今では、ソフトボール部期待のキャッチャーだ。肩はいいし、どんな荒れ球でも捕ってくれるから、ピッチャーからの信頼が厚い。三年生が引退したあとの、正捕手候補ナンバーワンだ。まゆには言っていないけど、恵理子は、まゆとのキャッチボールで、鍛えられたと思っている。何しろ、暴投にショートバウンド、何でもありの投球だったから。
「あたしも、えりちゃんみたいにお兄ちゃんがよかったなあ」
恵理子には、高一と高三の兄がいて、ふたりとも、バレーボールをやっている。なかなかのイケメンくんたちだ。
「ダメダメ、弟のほうが、かわいいって。とくに、ウチの兄どもなんか、ガサツでデカくて、家にいたら邪魔だよ~。ご飯のときもすごいの、おかずの取り合いが。昨日もね、唐揚げだったんだけど、家族五人で鶏肉二キロだよ。それでもペロッとなくなっちゃうもんね」
まゆには、鶏肉二キロがどれくらいかわからなかったけど、とりあえず、大皿に山盛りの唐揚げを想像してみた。
「いつもそんなかんじだから、鶏、揚げながら、先につまみ食いしとくの。つまみ食いっていうより、どっちかって言うとガッツリ食いだけどね」
たしかに恵理子はよく食べる。給食の時間も、気持ちいいくらいガツガツ食べている。
「えりちゃん、唐揚げ作るの?」
「二キロもあると、お母さん一人じゃ大変だから、手伝ってるだけだけどね」
昨日、お母さんの手伝いをしなかったことを思い出して、まゆの心が、ちくんとした。ちょっぴりだけど、まゆにだって罪悪感はある。今日は、手伝おう……かな。
「それよかさあ、明日だね」
まゆの後ろの席の恵理子が、ぐっと前に身を乗り出して、意味深にまゆの顔をのぞきこんだ。
「えっ、あ、えりちゃん、明日、県大会なんだよね」
県大会は、中学生の総合競技大会で、競技ごとに、各会場に分かれて試合が行われる。恵理子たちのソフトボール部も、市の大会でベスト4に入って、県大会に出場することになっていた。
「あたしはいいの、補欠なんだし。それよか、タ、ナ、ベ」
恵理子が声を落とした。そう、恵理子だけは知っている、まゆの想い人のこと。あ、ミコトもだっけ。
「アイツ、がんばってるよね。この間もさ、他の部員はみんな上がってるのに、一人で残ってサーキットやってんの」
「へえ」
「なんかさ、一人で黙々とがんばってるとこ、ちょっとカッコよかったよ。なんかこう、カ、カ……」
ううっ、えりちゃんまで。
「えーっと、そう、寡黙! 寡黙なファイターって感じだった」
でも、えりちゃんだと、こういうとこ好きなんだよなあ。
それにしても、ファイター、か。たしかに、保くん、最近、男らしくなったなあ、ってまゆも思う。小学生のころの保は、運動神経は良かったけど、ひょろっとして、力強さがなかった。
それに、保は、運動ができるのに、なんでだか、運動会も球技大会も、それほど目立たなかった。六年生のとき、みんなでリレーの選手を決めようってなったときも、保は、クラスで一番か二番くらいに足が速かったはずなのに、なかなか名前が挙がらなかった。最後に選ばれたけど、それも、推薦したのは、まゆだ。
そんな保が、県大会の代表だもの。たしか、陸上部でも、代表になったのは、三、四人しかいないはずだ。
「明日、がんばってほしいね」
恵理子の言葉に
「うん」
まゆも、静かに、でも力強くうなずいた。心から応援しているよ、って思いを込めて。おっと、忘れちゃいけない。
「えりちゃんも、明日、がんばってね」