2.お母さんと、一平と、まゆ
「一平っ、テーブルの上に、まんがの本置きっぱなしっ。早く片づけなさい、ご飯用意できないでしょっ」
帰宅したまゆが、玄関ドアを開けると、お母さんの怒り声。あーあ、一平、また怒られてる。
「あ、まゆ、お帰り。遅かったね。着替えたら、晩ご飯の用意、手伝ってくれない」
「え~」
一応、軽く拒否してみる。何か言い返してくるかと思ったけど、
「一平っ、早くしなさいっ」
一平がまだ片づけに取りかからないほうが、気になったみたい。まゆは、その間に、さっさと二階の自分の部屋に引き上げた。
まゆの小学四年生の弟、一平は、しょっちゅうお母さんに怒られている。家の中で走るなとか、トイレのあとは手を洗えとか、こぼさず食べなさいとか。たしかに、一平って、幼稚で、見ているとけっこうイライラする。だけど、お母さんだって、いちいちうるさいよって、まゆは思う。すぐにカッカして、一平とケンカしているみたい。
「まゆー、まだなのー」
「まだ、着替えてなーい」
まゆは、このごろ、お母さんがうっとおしい。一平のように怒られることは少ないけれど、ああしろ、こうしろって、いちいち言われるのがうっとおしい。あれは? これは? って、いちいち聞かれるのもうっとおしい。
「まゆー」
うるさいな、もう。
だらだら着替えて、だらだら階段を下りていくと、一平が、また小言を言われている。手の洗い方が雑すぎる、とかなんとか。
食事の支度は、もうすんでいた。
「まゆ、もっと早く来てくれないと」
あーあ、言わなきゃ後片づけ手伝うのに。
坂木家の平日の晩ご飯は、いつも三人だ。お父さんの帰りは、早くても九時、いつもは、だいたい十時過ぎになる。
「今日、お父さんが帰るまで起きていていい?」
一平が、ハンバーグをもぐもぐしながら言って、肉のかけらをぽろっとこぼした。
「口に食べ物を入れたまま、しゃべらないのっ。でも、なんで? お父さんに用事でもあるの?」
「子どもの時、どんなことをして遊んだか、聞いてくるっていう宿題があるんだ」
お母さん、ちょっと怪訝そうになる。
「お母さんのじゃだめなの?」
「え~。男子の遊びがいいんだけどなあ」
不満そうな一平に、横からまゆが口を挟んだ。
「子どもの遊びなんて、男子も女子も、そんなに変わんないよ」
「そうかなあ」
一平、まだ不満そう。
「まあ、いいや。お母さん、どんなことして遊んでたの?」
お母さん、ちょっと考え込む。そうだよねえ、ずいぶん昔のことだもの。
「よくやったのは、やっぱり、ごっこ遊びよね。おままごととか、お店屋さんごっことか、お医者さんごっことか。あと、あやとりとか、折り紙とかも好きだったなあ。そうそう、お母さん、紙芝居が大好きでね、自分で作ったりしてたのよ。あれ、まだウチにあるかなあ」
まゆ、一平を説得したのちょっと後悔。それ全部女子が好きな遊びじゃん。
「ねえ、チャンバラとか、秘密基地ごっことか、そんなのは?」
一平も、ちょっとあわてている。
「そんなの、したことないわよ」
「えー、じゃあさあ、鬼ごっことか、かくれんぼとか、もっと、なんかさ、カ、カ……」
「活動的?」
まゆが助け舟を出す。
「え、あー、カツドーテキなやつは?」
「かくれんぼは、けっこうやったかな。だけど、鬼ごっこ系の遊びはあんまりしなかったなあ。お母さん、走るの遅かったから、すぐ捕まっちゃうし、鬼になったら、なかなか捕まえられないし」
あー、そうだった。まゆは、お母さんから、運動神経のDNAをバッチリ受け継いでしまったことを思い出した。まゆも、運動が苦手で、運動会のかけっこでは、いつでもビリだ。
そんなまゆが、何を血迷ったか、中学に入ると、友だちの恵理子にくっついてソフトボール部に入部してしまった。ろくにキャッチボールもできるようにならなくて、結局、一年生の夏休み前に辞めてしまったけれど。他の部員にはそうでもなくても、まゆにとってはキツイ部活だったし、まゆとしては、まゆのキャッチボールの相手をするという苦行(?)から、恵理子を解放してあげたかったということもある。
まゆには、鬼ごっこをあまりしたくなかった、というお母さんの気持ちはよくわかる。だけど、一平は、納得できないらしい。
「へえ、そうなの? 鬼ごっこ、面白いのに。ぼく、昼休みとか中休みにやってるよ」だって。
一平はいいよね、お父さんに似て、けっこう足速いんだもの。
まゆは、顔も、お父さんよりは、どちらかと言えばお母さん似だ。他にもいろいろ、周りから見れば、お母さんに似ているところがあるのかもしれない。まゆは、そう思うと、なんだかイヤになる。だからと言って、お父さんに似たほうがいいってわけでもないんだけど。
「まあ、でもね、なかなか捕まえられないと、わざと捕まってくれる子もいたりしたけどね」
お母さんの言葉に、まゆの記憶がさっとよみがえった。それ保くんのことだ! 小学生のころ、鬼ごっこをしていて、まゆが鬼になると、いつも保が捕まってくれた。だから、まゆは、保がいるときは、安心して鬼ごっこをすることができたんだ。
まゆ、思い出しながら、ニヤけそうになって、あわてて顔をひきしめた。いつまでも捕まえられないと、みんなだって、鬼ごっこ面白くなんかないってこと、今のまゆには、思い至らなかった。
一応鬼ごっこも入れておいていいよね、と一平が言うのを聞きながら、まゆは、先に夕飯を食べ終えた。気分が良いうちに、さっさと二階に引き上げよう。
一平は、もっとないかとお母さんに聞いている。
「お母さんて、他に、カ、カ……」
もう、一平ったら。
「活発だ! 活発な遊びしなかったの?」
えー、そっち。そんな言葉で、詰まらないでよね、一平!