19.まゆの幸せ
次の日、まゆはいつもより早起きをして、いつもより、二十分も早く家を出た。いつもなら、始業時間ギリギリにかけ込むまゆだけど。いつもはまゆより先に出る一平が、勘違いしてあわてていたっけ。
保の家との分かれ道だ。今日は、ここが出会い道。五分くらいぷらぷらしていたら、保が、向こうから歩いてくるのが見えた。まゆの胸が、ドキドキと音をたて始める。
「おはよ、保くん」
「うわ、何だよ、こんなところで坂木に会うなんて。雪でも降るんじゃねーの」
「えっ?」
「オマエ、いっつもギリギリに来てるだろ」
うわっ、バレてる。
「よく遅刻しないよな。って、もしかして、してるの? 遅刻」
「自慢じゃないけど、無遅刻無欠席よ」
「へぇ」
始業のチャイムと同時に、教室に滑り込むことは数あれど、無遅刻っていうのは本当だ。まゆ、自分でも、今までよく遅刻しなかったなって思う。
「まあ、だけど、ちょっと、あれよ、これからは、早起きしよっかなーって」
「ふうん」
保、なんだかニヤニヤしている。
「な、何よ。早起きぐらいできるよ、あたしだって」
「つーかさあ、保くん、なんて言うからさ。この間、田辺くんて言ってただろ」
「えっ、あ、そうだけど……他の女子みたいって言うからさ、幼なじみとしては、ま、あれよ、ちゃんと区別つけとかないと、やっぱダメでしょ」
「ふうん」
「保、じゃ悪いから、一応、『くん』つけてあげてるんじゃないの。いやだったらいいよ、田辺くんて、呼ぶから」
「いいよ、いいよ、保くんで。ほんじゃ、オレは、まゆって呼ぶかなあ。まゆちゃんじゃ、キモいだろ」
「えー、呼び捨てぇ」
「ほんじゃ、まゆちゃん」
「うっ、やっぱいい、呼び捨てで」
保が笑って、まゆも自然に笑えた。
「あのさ、三位だったんだって」
「うわっ、もう知ってんの。すげえ、地獄耳」
「なによ、悪い?」
「悪きゃないけどさ……運も良かったんだ。強いヤツの調子が悪かったりして」
「ま、運も実力のうちって言うし」
「オイ、オイ。そんなことないよ、実力だよ、ぐらい言ってくれよな」
「こりゃどうも。実力ですよ、保くん」
「何だよ、それ」
校門が見えてきた。
「ま、とにかく、おめでと。来年もがんばってよ」
「へぇ」
「何よ」
「応援してくれるの?」
「当たり前でしょ」
保くんと、あたしの仲じゃない、ってね。
「ほんじゃ、がんばらないと、後で何言われるかわかんねーな」
「ちょっとお」
「来年は、まゆのために優勝してやっかなー、なーんつって」
え、えーっ。
「じゃな、オレ、先行くわ」
「うん」
まゆの心、またまた、幸せに包まれた。
放課後、花壇のところに行ってみた。ミコトは、まゆを待ってたみたいに、すぐに現れた。
「まゆちゃん、すごくうれしそうだね」
「うん」
「よかった、元気になって」
「ありがと、ミコトのおかげだよ。あれから、お母さんとも話をしたし」
「そう」
「この間は、あんなこと言ったけど、お母さん、やっぱり、ミコトが言ったとおり、手紙、読んでないよ」
「うん」
ミコトは、とってもうれしそうだ。
「そうそう、田辺くん、県大会三位だったんだね」
「うん」
まゆは、今朝のことを思い出して、顔が赤くなるのを感じた。
「すごいよね、来年もがんばってほしいね」
ミコト、なんだかニヤニヤしている。もしかして、ミコト、今朝のこと、見てた? でも、ミコトは知らんぷりだ。
「ところで、まゆちゃん、田辺くんに書いた手紙どうしたの?」
「え、あれ? 捨てたよ」
「え、捨てちゃったの?」
「うん、ゴミ箱にね」
「そうなんだ」
ミコト、何を期待してたんだろ。
「だって、あれは、お母さんみたいに、ちゃんと書いた手紙じゃないもん。手紙は、渡すつもりで、ちゃんと書かなきゃだめなんだよ」
「そっか。じゃ、また書くの? 告白、するよね」
「それは……しない」
「えーっ、それじゃ、晴美ちゃんと同じだよ」
「違うよ、同じじゃない。お母さんと広瀬くんと違って、あたしと保くんはもっと深いところでつながってるから」
ミコト、目をまんまるにした。
「うわぁ、すごい自信」
「それに、今はしないけど、卒業式には必ず言う、絶対。ミコトに誓う。だから見守ってて、あたしと保くんのこと。ミコトが見守ってくれてたら、あたし、安心だもん」
「ぼく、おだてに弱いんだよなあ」
「だから、ミコトに頼んでるんだよね」
「もう、まゆちゃんたら」
ミコトが笑って、まゆも笑う。
まゆの心、幸せでいっぱいだ。




