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16.まゆの心配

 家に着くころには、辺りは真っ暗になっていた。

 玄関ドアには、鍵がかかっている。まゆは、インターホンの呼び鈴を押した。

「はい。あ、おねえちゃん」

一平だ。ドアをガチャと開けたのも一平。お母さんは? と聞く前に一平が言った。

「お母さん出かけてるよ」

「えっ」

この時間にお母さんが外出しているなんて珍しい。どうしたんだろ。どこに? と聞く前に一平が言った。

「病院行くって。より子おばちゃんとこのおじさん、救急車で運ばれたからって」

「えーっ。何で? おじさん、どうしたの?」

「えーっと、しんきんこーそく」

うそ、心筋梗塞って、大変な病気じゃないの。

「カレー作ってあるから食べとけって。あと、遅くなるかもしれないから、お風呂も先に入っとけって」


 お腹がすいた、と一平にせかされながら、カレーを温めた。一平とふたりでカレーを食べて、食べている間にお風呂をためて、一平をさっさとお風呂に入らせた。

 一平と入れ替わりにお風呂に入ると、まゆは、ゆっくりと湯船に浸かった。湯船に浸かりながら、頭を整理したかった。

 今日は、いろんなことがあって、いろんなことを見た。保くんに会ったのって、今日だよね。でも、もう、何日か前のことのような気がする。いろんなことがありすぎて、頭の中がごちゃごちゃしている。それを整理したいのだけど、できない。やっぱり、気になる、より子おばちゃんとこの、おじさんのこと。

 より子おばちゃん、今は、田島より子。おじさんが、心筋梗塞だって一平に聞いたタイミングで、ミコトの記憶の中で聞いた、より子おばちゃんの彼が、田島くんだって思い出した。結婚したんだね、あの田島くんと。より子おばちゃんが、バレンタインに手作りチョコをあげて、たぶん、ホワイトデーにお返しをもらって。

 ミコトの記憶の中で、少年時代の田島くんを見ることはなかったけれど、おじさんには、何度も会ったことがある。優しそうな目をした人で、本当に優しい人だ。まゆは、小さい時、何度か、おじさんに絵本を読んでもらったことがある。幼いながらに、おじさんて、絵本を読むのがとっても上手だなと思っていた。なるほど、高校生のときは、演劇バカだったんだね。

 おじさん、大丈夫なんだろうか……


 お風呂から上がると、お父さんが帰ってきた。八時半だ。今日は、ずいぶん早い。お母さんが連絡したんだ、きっと。

「おう、まゆ、ごはん食べたのか」

「うん」

「田島さん、心筋梗塞だってな」

「うん……」

「大丈夫だといいな」

「うん……」

 お父さんも心配そうだ。そういえば、もう、だいぶ前だけど、お父さんの伯父さんが亡くなって、たしか心筋梗塞だって言っていた。

 おじさん、大丈夫だよね……


 十時過ぎにお母さんが帰ってきた。

 あんなふうに、家を飛び出した後だし、それより何より、昔のお母さんをガッツリ盗み見しちゃったし、まゆは、お母さんと顔を合わせるのが、決まりが悪かった。だけど、おじさんのこと、確かめなくちゃ。まゆは、決心して、下に下りていった。お母さんに会うのにドキドキするって初めてだ。

 まゆが、一階に下りていくと、お母さんは、台所でカレーを温めていた。

「あ、まゆ、今日は留守番ありがとね」

「うん」

 まゆ、まともにお母さんを見られない。

「ごめんね、まゆのことも気になってたんだけど……」

「いいよ、そんなの。より子おばちゃんの大事なときでしょ」

「えっ……あ、そうね」

「それより、おじさんは?」

「うん、大丈夫よ。処置が早かったのがよかったみたい。まだ、安静にしてなくちゃいけないけど、とりあえずは落ち着いてる」

「そう」

 まゆ、少しホッとして、お母さんに目を向ける。あれだけ少女のお母さんを見たあとに、四十一歳のお母さんを見るのって、不思議な感じ。

「急なことだったから、お母さんも、ほんとにびっくりしちゃって。朝、家を出るときは、いつも通りだったらしいのよ。会社の人から連絡もらったらしいんだけど、あのよりちゃんも、さすがにオロオロしてて」

「そうなんだ」

「でも、よかった。聡くんも明くんも、まだ高校生だしね」

「うん」

「……あのね、まゆ……」

 お母さんが、何か言いかけて口をつぐんだ。お母さんが、何のことを話そうとしたのか、まゆにはわかった。でも、今は、その話をする気分じゃない。

「えっと、今日は疲れたからもう寝る。おやすみなさい」

「え、あ、おやすみ」

 まゆは、さっさと自分の部屋に引き上げた。今日は、もういっぱいいっぱいだ。たぶん、お母さんだって。

 とにかく、おじさん、大丈夫でよかった。今度おじさんに会ったら、昔好きだった『モチモチの木』、久しぶりに読んでもらおうかな。

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