15.まゆの決断
気がつくと、目の前にミコトがいる。
「広瀬くん、死んだの?」
何をおいても、まず確かめずにはいられない。
「うん」
「いつ?」
「高校に入ってすぐ。五月だった」
「何で、何で死んだの?」
「交通事故」
「交通事故……」
「ここの先生たちの話だと、休みの日に、自転車で部活に行く途中、交差点で車と接触したんだって」
「そう……なんだ」
やっと、広瀬くんが死んだ、ということに実感が伴ってきた。
「お母さん、辛かっただろうね」
まゆは、もちろん直接会ったことはないけれど、ミコトの記憶の中で、広瀬くんを見ている。ミコトの記憶の中の広瀬くんは、話をしたり、困ったり、笑ったりしていた。お母さんのことが、気になっていた。好きだったんだよ、たぶん。その、広瀬くんが死んじゃった……まだ少年のうちに。
「そうだね、とても辛かったと思うよ。ここの先生や生徒たちも、すごく悲しんだり落ち込んだりしてたし。とくに、野球部の後輩の子たちなんか、部室で、わーわー泣いてた」
「そうなんだ。……あ、あの子は? 第二ボタンもらってた子」
「あ、あの子も、しばらく落ち込んでたよ。毎日、目ぱんぱんに腫らして学校来てた」
「ふうん」
計算高い女、って思っちゃって、ごめん。
「ね、ミコト」
「うん」
「広瀬くん死んじゃうんなら、先に言ってくれればよかったのに。なんか、さっきの、わけわかんなくて」
「先に、って……」
「冗談。先に言ったら、話の流れ、台無しだもんね」
「う、うん。あの、まゆちゃん、じゃあ、さっきの、何のことかわからなかったの?」
「え? わかったよ、ちゃんと。ただ、広瀬くんが死んだこと、ちゃんと聞くまでは、認めたくなかったっていうかさ」
「そっか。あの、じゃあ、ぼくが、晴美ちゃんは手紙読んでないって、言ったこともわかってくれたよね」
「え? あー、そうだったね……そうだね、読んでいないね、たぶん」
「たぶん、って……」
ミコト、予想外の返事で、ちょっと戸惑う。
「だって、絶対っては、言えないもん」
「だけど、ほら、晴美ちゃんにとって、手紙はすごく意味のあるもので……」
「うん、それはよくわかったけど。だけど、あれからもう、三十年近くたってるんだよ。晴美ちゃんはもう、あのころの女の子じゃなくて、四十一歳のおばさんなの」
「だけど……」
「でも、もういいんだ」
「え?」
「お母さんが、もし、あたしの手紙、見ちゃってたとしても、もういいよ。許す」
「どういうこと?」
「だって、あたし、お母さんの恋バナ、ガッツリ見ちゃったんだよ。あたしの手紙見るくらい、大したことないっていうくらい」
「……」
「実はさ、ミコトの記憶、見始めてすぐくらいでもう、あたし、ちょっとやばいなって思ったんだ。お母さんのこと、こんなふうに盗み見していいのかなって」
「えー、そうっだったの」
「だけど、ミコト言ってたでしょ。記憶の映像を見ているときは、ミコトに話しかけても無駄だって。だから、見るしかないかなって」
「えっ、あの、それ、ちょっと違うよ。ぼくに話しかけても、返事はできないっていうだけで、ぼく、ちゃんと聞こえているから、やめたいって言えばやめることもできたんだけど……」
「え、なんだ、そうだったの」
「あの、ごめんね」
「ううん、いいよ。ミコトのせいじゃないよ。たぶん、それ知ってても、あたし、やっぱり見ちゃったかも。やばいなって思ったけど、晴美ちゃんの恋の行方、すごく気になってたし」
「そうなの?」
「うん。白状すると、好奇心でわくわくしてたんだ。ミコトが言ったことを、ただ言い訳にしてただけ」
「そっか」
「ミコト、ありがとね」
「え?」
「あたしとお母さんのために、一生懸命になってくれて」
「う、うん」
辺りが薄暗くなってきて、よく見えないけど、ミコト、赤くなってる。
「あーあ、だけど、お父さんのこと考えると、ちょっとフクザツ」
「でも、それこそ三十年も前の話だよ」
「あ、そっか。それに、お父さんにも、恋の話、あるかもしんないしね」
「そうだよ。まゆちゃんには見せられないような激しい恋かもよ」
「アハ、それはない。お父さんの場合、フラレパターンのやつだよ、きっと」
「そんなのわかんないよ」
「わかるよ……あ、そうだ。ひとつ聞きたかったことあるんだけど」
「何?」
「ミコトも、お母さんのこととか、あたしが、見てたみたいに見てたの?」
「まゆちゃんは、まゆちゃんが見やすいように見てただけだよ。ぼくも、あの場面のどこかにはいたけど、たいていもっと遠くから見てた。ぼく、目も耳もとってもいいし」
「どうりで。あんな近くから見てたら、ミコトみんなに見つかっちゃうもんね」
「え、あ、うん」
「あれ? でも、遠くからって、壁の向こうからってわけでもないよね」
「うん。さすがに、透視はできないし」
「だったらさ、やっぱり、見つかることもあるんじゃない、同じ教室にいたりしたら。ミコト、小さいって言っても、そこらへんの虫とかよりは大きいし」
「え、あの……」
「もしかして、身を隠す特別な方法でもある?」
ミコト、ちょっと困った顔になる。
「えっと、あの、それは……ぼくたちの秘密事項で……」
「なんだ、そうなの。ミコト、透明になれるのかと思ってた」
「ハハ、そうなんだ」
「それとかさ、ほら、カメレオンみたいに、背景と同じになったりとか」
「えっ、あの、そんなこと……」
ミコト、とたんにあわて出す。ははーん。
「秘密事項かあ、残念。さてと、じゃあ、あたし、そろそろ帰るね」
「うん。気をつけて」
夕闇が濃くなる中、まゆは、家路についた。




