14.ミコトの記憶(6) 手紙の結末
目を閉じたまぶたの裏に、ぼんやりオレンジ色のものが映って、まゆは、そっと目を開けた。
「あれっ」
まゆは、一瞬、失敗したのかなと思った。目を閉じる前と同じ場所、つまり花壇のところにいたからだ。だけど、目の前の花壇は、赤いサルビアではなく、オレンジ色のマリーゴールドで埋まっているし、そのわきには、少女のお母さんがいる。制服ではなく、私服だ。白いブラウスにチェックのスカートをはいている。
よく見ると、花壇そのものも、ちょっと違っている。さっきまゆが座っていた花壇は、レンガ造りで、動物や小人のオブジェが飾られて、洒落た感じになっているけれど、目の前の花壇は、コンクリートのブロックで囲んだだけの簡素なものだ。
お母さんは、そのブロックに腰かけて、ぼんやりとしていた。
「はるちゃん、待った?」
より子おばちゃんだ。校門のある方向から急ぎ足でやってくる。
「ううん。今日は、来てくれてありがと」
「いいよ、いいよ。あたしも、はるちゃんにすっごく会いたかったし」
より子おばちゃんは、お母さんの横に腰かけた。
「はるちゃんに会うの久しぶりだね。お葬式以来だから、一か月くらい、かな」
「うん。一か月ちょっと」
お葬式?
「よりちゃん元気にしてた?」
「え、あ、うん……なんか、ごめん」
「やだな、あやまるなんておかしいよ」
「うん、そうだね」
「田島くんは? 田島くんも元気?」
「うん、まあね。っていうか、演劇バカになっちゃって、そっちでは、元気すぎ」
「ふうん」
より子おばちゃんが、お母さんに何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。お母さん、より子おばちゃんの方を向いて、ちょっと微笑む。
「あたしも元気だよ。普通に元気」
「うん」
「広瀬くんが死んだ直後は、ものすごく悲しかったし、広瀬くんのこと思い出すと、今でも悲しいんだけど、それでも、普通にご飯食べて、普通に寝て、起きて、顔洗って、普通に学校行って、普通に元気にしてる」
広瀬くんが死んだ?
「広瀬くんのこと考えると、普通に生活している自分が、なんか薄情な人間に思えて、いやんなる」
「……よくわかんないけどさ、みんなそうやって生きているのかもよ」
「え?」
「あたしだって、広瀬くんとはクラスメートだったんだし、普通に高校生活しているのが、薄情って言われればそうかもしんない。けど、それでも、あたしは、ちゃんと生きていくよ」
「……」
「つまり、ちゃんと生きてること、卑下しなくてもいいんじゃない、ってこと」
「アハ、よりちゃんだって、さっき、元気にしてたことあやまったくせに」
「アハ、そうだった」
広瀬くんが死んだ? 言葉では理解できるけれど、実感が伴ってこないまゆは、ただ、ふたりの話に耳を傾けている。
「手紙、まだとってあったんだね」
「うん。卒業式のとき渡せなかったやつ」
「あんときはごめん。あたし、ぐずぐずしてるからだって、はるちゃんのこと責めたよね」
「アハ、いいよ、あたしもそう思ってたもん。あの後、やっぱり、悔しくて、広瀬くんの家まで持って行こうとか、郵便で送ろうとか、いろいろ考えたんだけど、そのうち、あたし、変なこと思いついちゃって」
「変なこと?」
「うん。ほとんど妄想なんだけど、笑わないでよ」
「うん、何?」
「広瀬くんと、高校は別々でも、もしかしたら、街中で、バッタリ会うってことがあるかもしれないよね」
「うん」
「そんときに、久しぶりとかなんとか、気軽に話をして、その流れで、あたし、中学のとき、広瀬くんのこと好きだったんだ、とか軽く言うわけ」
「う、うん」
「そんで、手紙書いたの、まだあるよ、とか言うわけ。そしたら、見せろ、とかいう流れになって、なんかうまくいくんじゃないか、って。今考えたら、バカだねーって思うけど」
「うーん、気軽に話す、っていうのが、まずムリよね」
「えっ、そこ? そうか、そこもだよね」
「ま、多少成長してるかもしんないけど」
「もう、よりちゃんてば」
「アハ、ごめんごめん」
「でも、ま、どっちにしろ、もう……」
「……」
「手紙、もう要らないから、捨てようと思ったんだけど、ゴミ箱にポイッていうのもいやで。なんか、ちゃんと処分したいなって思って」
「うん、ちゃんとした方が、スッキリするよ、きっと」
「いつも、よりちゃんに、つき合わせてばっかでごめんね」
「ぜんぜん。あたし、はるちゃんの大事な時に、そばにいられてうれしいよ」
「ありがと。えっと、じゃあ、焼却炉んとこで」
「うん」
ふたりは、花壇から立ち上がると、校舎の裏側へと歩き始めた。まゆも、すーっとついていく。細い通路を抜けて、校務員室の裏手にあるゴミ置き場へとやってきた。そこに、円柱型の焼却炉がある。でも、まゆには見覚えがなかった。今は、たしか、ここには物置があったはずだ。
お母さんとより子おばちゃんは、焼却炉の扉を開けて中をのぞきこんだ。まゆは、後ろからふたりの様子を見つめる。お母さんが、スカートのポケットから、手紙とマッチ箱を取り出して、マッチ箱をより子おばちゃんに渡した。
まゆのいるところからは、お母さんの手元は見えないけど、燃えやすいように手紙を細長くしているようだ。
「よりちゃん、お願い」
より子おばちゃんが、マッチを擦って、手紙の先っぽに火をつけた。お母さんは、燃える手紙を、焼却炉の中にそっと置く。焼却炉の煙突から、ちょっとだけ煙が立ち昇り、すぐに消えた。
ほんの少し、沈黙の時間。
「終わった」
「うん」
「よかった」
「えっ?」
「あたしね、ほんとは、ちょっと迷ってたんだ。手紙燃やすのって、どうだろうって。なんか、思い出を消し去ろうとしているみたいでさ」
「そうなんだ」
「だけど、今、手紙燃えるの見てたら、自然に、広瀬くん、ありがとう、って思えた。片思いだったし、広瀬くんモテるから、つらいときもあったけど、やっぱり、広瀬くんがいてくれて、楽しかったもん。思い出ありがとう、って心から思えてきたんだ」
「きっと、伝わったよ」
「うん、やっと、伝えられた」
お母さんの笑顔がやさしい。
「よりちゃん、ちゃんと生きていこうね」
「だから、あたしは、そのつもりだって」




