13.小休止
「まゆちゃん……まゆちゃんってば」
「え……あ、ミコト……」
まゆは、しばらく、何が起きているのか、状況がつかめなかった。まだ、ミコトの記憶を見ていて、場面が変わったのだと思っていたからだ。
「あれ、これ“今”なの?」
「そうだよ」
まゆは、花壇の向こうの校舎に目をやった。今まゆが見ている校舎は、くすんでいて、黒い筋のような汚れもある。さっきの校舎は、新しくてもっと白かった。
「そっか、戻ってきたんだ」
まゆの理解も戻ってくる。
「……あっ、忘れてた」
「どうしたの? まゆちゃん」
「晴美……じゃなくて、お母さん、失恋したんだったよね」
「え……」
「あたし、それ忘れてて、お母さんのこと、めちゃくちゃ応援しちゃったよ。なんか、友だちの恋愛、成就させようとしている気になっちゃって」
まゆ、最後のほうは、もう、ほとんど『お母さん』じゃなくて、『晴美ちゃん』になってたものね。
「だけど、何よあれ」
まゆ、急に怒り出す。ころころ変わるまゆの様子にミコト、アタフタ。
「ど、どうしたの?」
「あんなんで失恋したっていうんなら、ほんとに失恋した人に失礼よ」
「えっ?」
「だって、お母さん、告白もしていないじゃない。それに、ちゃんと告白していれば、両想いになれたはずだよ。広瀬くんだって、お母さんのこと気にしてたし」
「そ、そうだね……」
「ほんと、お母さんて、うじうじして、じれったいんだから。広瀬くんも、広瀬くんだよ。遠回しに言わないで、ばしっと言いなさいつーの」
なんか、まゆ、自分のこと棚に上げていないか。
「何が、手紙は、思い出の印よ」
「ちょ、ちょっと待って、まゆちゃん」
怒りの矛先がミコトに向けられそうになって、あわててミコトが制止する。
「あのね、まだ続きがあるんだ」
「えっ?」
「卒業式で一区切りだから、いったん止めたけど、まだ見せてないのがあるんだ」
「え、なんだ、そうなの」
まゆが、納得して、ミコトほっと一息。ミコト、ちょっと真剣な顔つきになる。
「じゃ、続き見る?」
「あ、ちょっと待って。広瀬くんて、秀英行ったんだよね」
「うん」
「お母さん、北高だよ。広瀬くんにあんなこと言われたのに、秀英にしなかったんだ」
「秀英は私立だし、学費のこととか色々考えたんじゃないのかな。広瀬くんと、ちゃんと約束したってわけでもないし」
「そっか、そうだよね」
「晴美ちゃん、体育祭の準備しているとき、行きたい高校はあるけど、迷ってるって、言ってたでしょ」
「うん」
「晴美ちゃん、広瀬くんは北高志望だと思ってたし、晴美ちゃんも北高に行きたいと思ってたんだよ。だけど、面談で、今の成績じゃキビシイって言われて、迷ってたんだ。でも、ほら、広瀬くんが、秀英志望って聞いて、晴美ちゃん、意地になったみたいに勉強始めて、北高受かっちゃったんだ」
「何それ、普通逆でしょ、やる気なくすでしょ」
「そうなんだよねえ、乙女心は、よくわかんないよ」
「ぷっ」
ミコトの言い方がおかしくて、まゆ、思わず噴き出した。
「えっと、じゃあ……」
ミコトのほうは、ちょっと真剣な顔になる。
「続き、見せるね」
「うん。あ、ちょっと待って」
今度は何? まゆ、辺りを見回す。
「ね、どれくらいかかった?」
「えっ?」
「さっき、ミコトの記憶を見ていた時間」
「え、あの、たぶん十分くらい」
「えっ、うそでしょ」
ミコト、またアタフタする。
「あの、あの、十五分くらいだったかも」
「えーっ、でも、一時間、ううん、二時間くらいは見ていた気がする」
「えっ、あ、そうだね。普通に見たらそれくらいかかるかもね」
ミコト、ちょっとホッとした顔になる。
「だけど、ぼくたちの記憶は、ぎゅっとつまっているから、実際の時間より、短い時間で見ることができるんだ」
「ふうん。よくわかんないけど、あんまり時間がたってないってことだね。どうりで、まだ明るいと思った。二時間も見てたら、もう真っ暗になってるはずだもん」
「ぼくたちの仲間同士だと、あれくらいなら、一分くらいで、見ることができるんだ。だけど、まゆちゃん、人間だからかな、十五分もかかっちゃった。時間かかりすぎって、怒られるかと思っちゃったよ」
「アハ、そんなわけないよ」
「そうだよね。なんか、ぼく、あわてちゃって」
「ミコトたちってすごいんだね」
「記憶を伝えるって、ぼくたちの仲間じゃ大切なことだからね」
「ふうん」
「じゃあ、そろそろいいかな」
「うん」
やり方はもうわかっている。まゆは、さっきと同じように、右手の人差指をミコトのそばに差し出した。ミコトがそれを抱え込むと、まゆは静かに目を閉じた。




