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「まゆちゃん……まゆちゃんってば」

「え……あ、ミコト……」

 まゆは、しばらく、何が起きているのか、状況がつかめなかった。まだ、ミコトの記憶を見ていて、場面が変わったのだと思っていたからだ。

「あれ、これ“今”なの?」

「そうだよ」

 まゆは、花壇の向こうの校舎に目をやった。今まゆが見ている校舎は、くすんでいて、黒い筋のような汚れもある。さっきの校舎は、新しくてもっと白かった。

「そっか、戻ってきたんだ」

まゆの理解も戻ってくる。

「……あっ、忘れてた」

「どうしたの? まゆちゃん」

「晴美……じゃなくて、お母さん、失恋したんだったよね」

「え……」

「あたし、それ忘れてて、お母さんのこと、めちゃくちゃ応援しちゃったよ。なんか、友だちの恋愛、成就させようとしている気になっちゃって」

まゆ、最後のほうは、もう、ほとんど『お母さん』じゃなくて、『晴美ちゃん』になってたものね。

「だけど、何よあれ」

まゆ、急に怒り出す。ころころ変わるまゆの様子にミコト、アタフタ。

「ど、どうしたの?」

「あんなんで失恋したっていうんなら、ほんとに失恋した人に失礼よ」

「えっ?」

「だって、お母さん、告白もしていないじゃない。それに、ちゃんと告白していれば、両想いになれたはずだよ。広瀬くんだって、お母さんのこと気にしてたし」

「そ、そうだね……」

「ほんと、お母さんて、うじうじして、じれったいんだから。広瀬くんも、広瀬くんだよ。遠回しに言わないで、ばしっと言いなさいつーの」

なんか、まゆ、自分のこと棚に上げていないか。

「何が、手紙は、思い出の印よ」

「ちょ、ちょっと待って、まゆちゃん」

怒りの矛先がミコトに向けられそうになって、あわててミコトが制止する。

「あのね、まだ続きがあるんだ」

「えっ?」

「卒業式で一区切りだから、いったん止めたけど、まだ見せてないのがあるんだ」

「え、なんだ、そうなの」

まゆが、納得して、ミコトほっと一息。ミコト、ちょっと真剣な顔つきになる。

「じゃ、続き見る?」

「あ、ちょっと待って。広瀬くんて、秀英行ったんだよね」

「うん」

「お母さん、北高だよ。広瀬くんにあんなこと言われたのに、秀英にしなかったんだ」

「秀英は私立だし、学費のこととか色々考えたんじゃないのかな。広瀬くんと、ちゃんと約束したってわけでもないし」

「そっか、そうだよね」

「晴美ちゃん、体育祭の準備しているとき、行きたい高校はあるけど、迷ってるって、言ってたでしょ」

「うん」

「晴美ちゃん、広瀬くんは北高志望だと思ってたし、晴美ちゃんも北高に行きたいと思ってたんだよ。だけど、面談で、今の成績じゃキビシイって言われて、迷ってたんだ。でも、ほら、広瀬くんが、秀英志望って聞いて、晴美ちゃん、意地になったみたいに勉強始めて、北高受かっちゃったんだ」

「何それ、普通逆でしょ、やる気なくすでしょ」

「そうなんだよねえ、乙女心は、よくわかんないよ」

「ぷっ」

ミコトの言い方がおかしくて、まゆ、思わず噴き出した。

「えっと、じゃあ……」

ミコトのほうは、ちょっと真剣な顔になる。

「続き、見せるね」

「うん。あ、ちょっと待って」

今度は何? まゆ、辺りを見回す。

「ね、どれくらいかかった?」

「えっ?」

「さっき、ミコトの記憶を見ていた時間」

「え、あの、たぶん十分くらい」

「えっ、うそでしょ」

ミコト、またアタフタする。

「あの、あの、十五分くらいだったかも」

「えーっ、でも、一時間、ううん、二時間くらいは見ていた気がする」

「えっ、あ、そうだね。普通に見たらそれくらいかかるかもね」

ミコト、ちょっとホッとした顔になる。

「だけど、ぼくたちの記憶は、ぎゅっとつまっているから、実際の時間より、短い時間で見ることができるんだ」

「ふうん。よくわかんないけど、あんまり時間がたってないってことだね。どうりで、まだ明るいと思った。二時間も見てたら、もう真っ暗になってるはずだもん」

「ぼくたちの仲間同士だと、あれくらいなら、一分くらいで、見ることができるんだ。だけど、まゆちゃん、人間だからかな、十五分もかかっちゃった。時間かかりすぎって、怒られるかと思っちゃったよ」

「アハ、そんなわけないよ」

「そうだよね。なんか、ぼく、あわてちゃって」

「ミコトたちってすごいんだね」

「記憶を伝えるって、ぼくたちの仲間じゃ大切なことだからね」

「ふうん」

「じゃあ、そろそろいいかな」

「うん」

 やり方はもうわかっている。まゆは、さっきと同じように、右手の人差指をミコトのそばに差し出した。ミコトがそれを抱え込むと、まゆは静かに目を閉じた。 

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