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10.ミコトの記憶(3) バレンタイン

 まゆの視界が、また、一瞬すぅーっと白くなって、次の場面が現れた。

 あれっ、変わってない? まゆは、また、教室の同じところに立っていた。目の前には同じく、お母さんとより子おばちゃん。だけど、さっきよりガヤガヤと騒がしい。周りを見回すと、生徒が増えている。

「はるちゃん、持ってきたんでしょ? チョコ」

「……うん、一応」

そうか、今日はバレンタインデーなんだ。今日はまだ、かなりの数の生徒が、残っている。で、どうすんの、晴美ちゃん。

「でも、ムリ。やっぱり、渡さない」

「えーっ、せっかく買ったのに」

「自分で食べるからいいよ」

「お礼だって言って、義理チョコっぽく、軽く渡すって言ってたじゃない」

「それは、それでいやなんだもん。渡すならちゃんと渡したい」

「んもうっ」

お母さんのガンコっぷりに、より子おばちゃん、かなりじれてきた。

「あたしはいいから、よりちゃん、渡してくれば。なんなら、いっしょに行こうか」

「あたしは、もう渡したよ」

「えっ」えっ。

まゆとお母さん、ユニゾンで驚く。

「いつの間に?」

「ろう下通るとこ見えたから、追いかけてって渡した」

「へぇ、よりちゃん、すごい。で、どうだったの?」

「すごーくびっくりしてたよ。ホワイトデー、よろしくね、って言ったら、『おう』だって」

 まゆ、より子おばちゃんの行動力に脱帽。お母さんも少し見習ったら……って思うけど、実は、まゆにはわかるんだな。好きだけど、なかなか告白できないその気持ち。

 そのとき、お母さんとより子おばちゃんの視線が、同時に斜め前の方に注がれた。まゆ、その視線の先を追って振り返る。そこにいたのは、広瀬くん。

「戻ってきたよ」

より子おばちゃんが小声で、お母さんにささやいた。

「早くしないと、行っちゃうよ」

「え、うん、でも、みんないるし……」

えっ、お母さん、渡さないって言ってたのに、もしかして、ちょっと迷ってる?

「じゃ、あたしが、どっかに呼び出してきてあげるよ。えっと、視聴覚室なんかどう?」

「将棋部が、ときどき部活してる」

「そっか、じゃ、んー、あ、理科準備室は?」

「放課後、鍵かかってる」

「え、じゃあ……」

「やっぱいい、ムリ」

「あのね、はるちゃん……」

 そのときだ。

「広瀬せんぱい」

 か細いけれどハッキリそう呼ぶ声が耳に飛び込んできた。お母さんとより子おばちゃん、まゆ、そして、教室に残っていたみんなの視線が、一斉に、声がした方に向けられる。視線の先にいたのは、ふたりの女子。教室の後ろの入口に、半分身を隠すように立っている。

 「あの子たち、一年だよ」

より子おばちゃんが、小声で言う。

 みんなの視線が、ろう下側の席で、帰り支度をしていた広瀬くんの方に移動した。広瀬くんは、ボク? と尋ねるように、左手の人差指を鼻の頭に向けている。そして、後ろの入口へと向かっていった。

 みんなは、じろじろ見たら悪いって思ったのか、視線をそらしながら様子をうかがっている。そして、お母さんも。まともに凝視しているのは、より子おばちゃんとまゆだけだ。

 ふたりのうち、小柄でお下げのほうの女の子が、紙袋をおずおずと広瀬くんに差し出した。もうひとりの子は、半歩下がって見守っている。

 紙袋を差し出したとき、女の子が何か言ったようだけど、声が小さくてここからでは聞こえない。色白のほおが真っ赤になって、緊張からか、今にも泣きだしそうに、大きな黒目がうるんでいる。恋ガタキじゃなかったら、がんばってって応援したくなるような可憐さだ。

 広瀬くんは、「サンキュ」と言いながら、紙袋を受け取った。女の子は、ペコリとお辞儀をすると、ふたりでパタパタとろう下をかけていった。

 広瀬くんが、席に戻ろうと振り返りざま、ちらっとこっちに目を向けた。目が合った気がして、まゆは、思わずビクンとした。広瀬くんに、まゆが見えているはずないんだけどね。

 それにしても、これはかなりの強敵だ。まゆがお母さんの方を振り向くと、お母さんは、ぼう然としたまま固まっていた。そして、おもむろに立ち上がると、「よりちゃん、あたし、先帰るね」と言って、カバンをつかみ、教室を出て行った。より子おばちゃんとまゆは、その後ろ姿が消えた教室の入口を、ただじっと見つめている。

 「大丈夫かな、はるちゃん……」

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