1.ミコトと、まゆ
沈みかけた太陽が、西の空を赤く染めている。
今日は、ミコト来ないのかなあ。
まゆは、校庭の隅にある花壇に腰かけて、赤く染まった雲が、ゆっくりと北に流れていくのを眺めていた。野球部だけが、まだ練習をしているらしくて、ファイトーという掛け声に混じって、カーンというノックの音が聞こえてくる。
「まゆちゃん、こんな遅くまで居残り?」
声のした方を振り向くと、ミコトがサルビアの葉っぱのかげからひょいと顔を出した。
「ううん、図書室にいたの。勉強のつもりが、またナンシーに夢中になっちゃって」
「ああ、例の少女探偵ね」
ミコトは、そう言いながら、まゆのカバンの端にちょこんと腰かけた。そう、ミコトは、身長五センチほどの小人なのだ。
ミコトに初めて会ったのは、今から一年くらい前、まゆが中一の時だった。あの時も、ここで、ぼんやり夕日を眺めていたんだっけ。ミコトは、いきなり、まゆのひざの上に現れて言った。「まゆちゃんでしょ、ぼく、知ってるよ」って。
その時の、まゆの驚きといったら。なにしろ、まゆの親指くらいの小さな人が、いつか絵本で見た仙人のような恰好をして、突然、自分のひざの上に現れたんだもの。まゆは、足をカチンコチンにこわばらせて、ただただ、あんぐりとひざの上の小人を見下ろしていた。
ミコトは、にこにこしながら、そんなまゆを、しばらくじっと見上げていた。あとになって、「あの時のまゆちゃん、口をパクパクさせてる赤い出目金みたいだったよ」って、ミコトに言われた時、まゆのほっぺた、今度はフグみたいになってたな。
ミコトは、エヘンと咳払いをして、自己紹介を始めた。名前はミコト。年は百歳。でも、人間でいうと、十歳くらい。生まれた時から、ずっとこの学校に住んでいる。そして、ミコトのお父さんお母さんも、そのまたお父さんお母さんも、この辺りが手つかずの森だったころから住んでいる。好きな食べ物は花のミツ。でも、カレーなんかもいいなあ、なんて、言う。ホ、ホント!?
仕事は……仕事って言い方、しっくりこないなあ……ぼくのしていることは、この場所とか、ここで生きている人とか虫とか、ここに生えている植物だとか、とにかく、ココを見守ることなんだ。そうそう、ぼくの家が、この学校のどこにあるかは秘密だよ、ってミコトはつけ加えた。
話を聞きながら、まゆは、なんだか、懐かしいような気分になっていた。カチンコチンの足から、少しずつ力が抜け、いつの間にか笑顔になり、ミコトが話し終えるころには、ミコトがここにいることが、ミコトが小人だってことが、当たり前のような、そんな感じになっていた。
「どうして、あたしのこと知ってるの?」
「坂木まゆ、一年二組。今日、国語の時間、ノートに落書きしてたでしょ、山本先生の似顔絵。頭の光り具合、イイ感じで似てたなあ」
「そ、そんなことまで……」
まゆの顔、一瞬で真っ赤になった。
「ぼくはね、一日中、学校の中を飛び回っているんだ。ここの生徒のことなら、けっこう何でも知ってるつもり」
あれから一年、まゆは、時々この花壇に来て、ミコトが現れるのを待っている。学校中で、ミコトのことを知っているのは、まゆ一人だけ。ミコトは、まゆの秘密の友だちになった。
ミコトは、カバンの上から、まゆのひざにひょいと飛び移ると、ニタニタして言った。
「まゆちゃん、好きな子いるでしょ」
ド、ドキッ。
「ミ、ミコトって、人の心まで読めるの?」
「そんなことはできないよ。だけど、まゆちゃん、ノートのすみっこに書いてたじゃない、タナベタモツって。ちゃんと、あとで消してたけど」
「あ……」
「それに、まゆちゃん、このごろ少し女らしくなったしね」
「えっ」
「ハハ、これ冗談」
「もうっ、ミコトったら。ミコトって、都合の悪い時だけ見てるんだよね。これから落書きもできないじゃない。授業中、退屈しちゃう」
「授業は、マジメに聴くべし」
「ハイハイ」
「ところでさ、一組の田辺くんってイイヤツだよね。恥ずかしがりだけど、思いやりがあって、困っている人にさらっと手を貸す、そんなタイプだよね」
「うん、まあね」
まゆ、自分がほめられたみたいに、ちょっと赤くなった。
「保くんとはね、小四から六年まで同じクラスだったんだけど、帰る方向がおんなじで、よく一緒に帰ってたんだ。学校では目立たなかったけど、一緒にいると冗談言ったりして、けっこう面白いやつなんだよね」
「ふうん」
「中学に入ってから、あんまり話すこともなくなって、気づいたら、それが、なんかさみしいなって思っちゃって」
「ほほう、それが恋ってやつですか」
「ヤダ、恋だなんて」
「でも、好きなんでしょ」
「う、うん」
「田辺くん、今度、幅跳びで県大会に出るでしょ。二年で、代表に選ばれるなんてすごいよね」
「うん、すごい。あたしも、ちょっとびっくりしてる」
「がんばってって、伝えたら」
「えー、ムリムリ。わざわざ言いに行ったらヘンじゃない」
「だけどさあ……」
「うわっ、いつの間にかこんなに暗くなってる。そろそろ帰んないと、晩ごはんの時間になっちゃうよ。あたし、もう帰るね」
「うん、じゃあね、気をつけて」
でも、ホントは言いたいんだよね、まゆちゃん。あわてて校門に向かってかけて行く、まゆの後ろ姿を見送りながら、ミコトの頭の中は、一瞬、遠い昔にタイムスリップしていた。
「そっくりだな、だれかさんと……」




