とある昼下がりにて
それでは、はじまりはじまり。
よう、元気か?相変わらず暑いよなぁ。
お前またこんな時間まで寝てたのお前?ちょっとは働けよな。
……何、また人間の話聞かせろって?
物好きだねぇ。
人間なんてそうそう変化しないってのに。
それとも先週した話を忘れたとでも言うのかい?
……ぶっ飛ばすぞお前。本当に忘れたとか言うな腹立つ!これで123回目だぞ!?
まったく、そんなだから鼠一匹捕まえられないんだよ。
しょーがねぇなぁ……んじゃ、手短に話してやるよ。
人間には二種類いる。
例えるなら、トイレットペーパーの芯みたいなのと高級フカヒレみたいなのと、がな。
高級フカヒレってのは、よく『一流』とか『天才』とかって呼ばれる有名になりそうな一握りの奴らのことな。最終的にテレビタレントになる感じの儲かってる奴ら。もしくはいいとこの貴族や王族とかか?
逆にトイレットペーパーってのはアレだ。一般庶民だ。ありふれてて何の変哲もないどっこにでもいそうな人間。
この二種類の人間が、それぞれいるんだよ。
あ、コラ寝るなって。お前が話せって言ったんだろーが。最後まで聞けよ!
……あの、ごめんほんとお願いだから最後まで聞いて。つまんなかったら聞いてるフリでもいいからとりあえず聞いてる雰囲気は出して!お願い。
えーっと、じゃあ簡潔に簡潔に。
まぁ要するに、高級フカヒレとトイレットペーパーの芯だとどっちが幸せかって話だよ。
高級フカヒレだろって?
甘いな、そうとも限らなかったりするんだぜ。
お、何々興味出てきたってか?
ありがたいねぇ嬉しいねぇ。んじゃ、一から説明しようか。
フカヒレってのはサメの一部分だ、スープだの何だのになって人間が食す頃にはもう、本来の役目は終わってるわけだな。
ということでフカヒレは、食べられるしか道がないのさ。顔もしらねぇ誰かに、美味しくな。
一方、トイレットペーパーの芯ってのは本来の役目っつーか仕事を現在進行形でしてるんだ。ホルダーにおさまってクルクルクルクル回って、いつかお役御免になるときを待って。ずっとずーっとな。
ほら、どっちが幸せとも言えなくなってきただろ?
さて、ここからが本題だ。
例えをわざわざトイレットペーパーの『芯』に限定したのには意味があるんだよ。我ながら言い得て妙な理由がな。
トイレットペーパーの芯ってのは、単体じゃほとんど価値がねぇのさ。セロハンテープとかで芯を色々くっつけて馬作ったりする小学生もいるけどよ、そんなんじゃなくて。
トイレットペーパーの芯は、トイレットペーパーがあってこそなんだ。周りにまとわりついてる何かがあるから、あいつらは『トイレットペーパーの芯』って呼ばれんだ。
じゃなかったらただの紙製の筒だろ?
しかもそのトイレットペーパーってのは一個だけでは普通売ってない。一袋八個入りとかだろ?
まぁ何が言いたいかっつーと……とにかく。
トイレットペーパーの芯は、誰かや何かと一緒じゃなきゃ存在できねぇってことだ。
一つじゃ必要とされない。
常に一緒じゃなきゃな。
ところがフカヒレは、単体でだって価値がある。
ブランド性凄いだろ?そこは高級だからな。名前だけでもう高そうだ。
フカヒレってだけで他に何にも必要ない。
つまりいつだって一人なんだよ。
一人で存在できるのに二人いる必要ないからな。
何だって出来るから一人の奴らと
何にも出来ないから二人の奴ら。
はたして、どっちがよりよい人生なんだろうな?
……俺たちにはわかんないって?
そりゃそうだよな。俺たちを例えれば窒素みたいなもんだもんな。
なきゃ困るけどどうしても必要ではないってか。
ちょいとさみしいけどな。
……おっと、話がズレたな。今は人間の話だ。
人間っつーのは思った以上にめんどくさい性格しててよぉ、普通が嫌だったり平均を嫌ったりすんのさ。人間、特に日本人はな。
だーから皆フカヒレになりたがる。特別なものになりたいってな。
だけど俺からすりゃあ、トイレットペーパーの芯の方がいいと思うんだよ。誰かと一緒に繋がって、まとまって、役に立つって青春くさくて人間らしくねぇかなぁ。
ま、それぞれの感性で違うんだろうけどよ。
あ?お前さんは鉛筆になりてぇのかい?
何でまた……ああ、そっか。
あいつらは気持ちを伝えるための道具だもんな。言葉を綴る、ね。なるほど。
それもいいかもしんねぇな。
少なくとも消しゴムよりはいい例えだ、やりゃあ出来るじゃねぇか。
ーーと。つい長話しちまったな。そろそろ帰っとくのを勧めるぜ。魚屋の旦那が店閉めにくる頃だ。……話し足りないって?また明日もあるからいいだろうよ。俺はずっとここにいるから、暇になったらいつでも来な。酒は付き合えねぇが話し相手ぐらいにはなってやるからよ。今日こんな話聞いてくれたお礼にな。
っておい!それ鯛じゃねぇか!
それは持ってったらダメなヤツだよおい!
変な髪型のおばさんに裸足で追いかけられんぞ。
まて!……子どもが腹空かせて待ってる、だと?お前嫁さんいねぇじゃねぇか!どうやって産んだって言うんだ言ってみろ!俺の目ぇ見て言ってみろコラ!
あっ、ちょ待てってば!
この泥棒猫ぉぉ!!
……はぁ。
本当に持って行きやがったあの馬鹿。
お?旦那こっち来るみたいだな。残念、一足遅かった。
「あ、畜生!またあの猫か!」
旦那ー、もう俺の手には負えねーぜ。
「ったく、よりにもよって一番高い魚持ってくんだもんな。煮干しくらいならくれてやるってのに」
まったくだよなぁ。
「お前もうちょっと何とかしてくれよー。追いかけるとかさ」
いやいや、そりゃ無理ですって。
無茶言いなさんな。現実見よう?な?
「ーーまぁいいさ。今日は店じまいだ。娘の誕生日会するんだよ」
誕生日か、いいねぇ。昔はそんなもん気にする暇もなかったもんだが、やっぱめでたい日は皆で祝わなきゃあ。
「じゃ、今日もありがとな。明日も頼むぜ」
おう、任せときな。
ガラガラとシャッターが閉められて、辺りが暗くなる。ここの主人は俺まで店の中にいれてくれるから、雨が降って濡れることも風に吹かれて飛ばされることも心配しなくていい。
だから嫌いになれないんだよな。
トイレットペーパーの芯って奴らも。
そいつらが作った町も。
生まれてーーいや、作り出されて100年ちょっと経つけれど、人間たちにたいした変化はない。泣いたり笑ったり、嫌いになったり好きになったり忙しい奴らだ。
だけど、そんな人間たちに退屈はしない。
一生懸命頑張ってんのを見るのは、陶器の心にもくるもんがあるのさ。
そういうもんだよ、人生ってのは。
あいつらはきっと明日も変わらないだろう。
そして俺も変わらず、左手を挙げ続けんだ。
満員御礼、千客万来ってな。
おしまい