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結論から言えば、マイクの言っていた言葉は本当だった。
いや、信じていたぞ?体育館でリリィに追いついたところで、俺に向けられた視線はいいものではなかった。相手をする気もなかったので、とっとと先に聞いていたであろうリリィに話を聞けば、本当だと言っていた。確認する手段はあるが、一々能力を使うのもめんどくさい。
それに、これだけ証言があれば嘘ではないだろう。
「どうにか…しなきゃ」
別れ際、隣でリリィが呟いていた。
明日、学校が終わればイヴは追放される。だが、イヴの存在の仮説を説明し、それが証明されたとして、イヴの扱いは今とは変わる。少なくとも、生徒としてはいられない。
これくらいはリリィも気づいているだろう。だからこそ、他の手立てを探していた。
「…無理を、しなければいいがな」
そう願って、眠ったが大抵上手くはいかないものだ。
翌朝、マイクが慌てて知らせてきた。リリィが管理者を含めイヴについての重要な話があると呼び出したらしい。放課後、その話を聞くという。
「…」
「で!どうなんだよ!?コレって…」
「俺が知るか。だが、リリィのやつ…イヴのことをバラす気か?」
「あの、イヴが神様ってやつ…?あ、でも、それなら、イヴがいなくなることは――」
「お前、本当に馬鹿だな。仮りにも神かもしれないって奴をただの生徒として、しかも落ちこぼれクラスに普通に置いておくと思うか?」
「え?あー…うーん…さすがに、それは…ない。特進クラスに行くんじゃね?」
いや、そういう問題じゃないだろ。
「じゃあ、もしお前の目の前に神が現れたら、お前はどうする?」
「え?うーん…とりあえず、頭よくしてもらって、金持ちにしてもらってー」
「あぁ。そうだな。だいたいそんなもんだ。そうやって、イヴになんでもかんでも頼み出すだろうな」
「は…?あ、あぁ!!そっか!そういうことか!ってダメだろ!?イヴは!イヴは…」
「…」
「神様なんかじゃ、ねぇよ…」
「…それを認めなければ、イヴは追放される。だから、リリィはその存在を公にすることにしたんだろうな」
「…でもよ!?他になんかねぇの!?」
何かあれば、リリィもそれをしてるだろう。
それができないのだから、この状況になってんだろ。
「俺は!落ちこぼれだろうがなんだろうが、このクラスが好きなんだよ!イヴがいなくなったら意味ねぇんだよ!!」
「俺も、男だけのむさ苦しい場所になどいたくない」
「うるせぇ!」
何故か俺が殴られそうな勢いで睨んでくる。つまり、俺に協力しろと。そういってるのか。
「まったく…素直にイヴと離れたくないと言ったらどうだ?」
「なっ…!?」
「ヘタレ」
イヴのことをチラチラと見ているのは、同じクラスのせいで無駄によく知っている。マイクは、金魚のように口をパクパクさせてから、少し赤くなった顔で言い返してきた。
「だ、誰がヘタレだ!?誰が!!」
「お前だ」
「ち、ち、ちがっ!?」
「甘酸っぱい青春の恋の話など、女なら惚気も聞いてやってもいいが、男の惚気など犬も食わないな。需要など世界のどこを探してもないな。まぁ、変態ストーカーの話なら、多少の需要もあるだろうがな」
「てめぇ…!!表出ろ!!」
「はっ!誰が体力馬鹿なお前と殴り合いの喧嘩をする?俺は誰よりも運動が苦手だ!」
「自慢することじゃねぇよ!!」
昼休みに、たまたま見かけたリリィは俺の方をじっと見ていた。どうやら、話があるらしい。
「なんだ?」
「…話は、聞いてる?」
「…放課後の話か?」
「うん。ごめんね」
「そう思うなら、俺の前に姿を見せるべきではないだろう。俺がその気なら、無理矢理止められる」
「…そうだね」
「それとも、止めて欲しかったか?」
首を横に振る。こいつも相当覚悟をしているのだろう。
「でも、ヴェル君にはちゃんと謝らないとな…って思って」
「…」
「じゃあ、ごめんね。私、もう行くから」
教室に帰ったところで、イヴは俺を見て目を伏せるだけ。また会えるよ。などと言っていた。
マイクもその空気に押され、授業中も珍しく静かだった。
『イヴがいなくなったら意味ねぇんだよ!!』
誰一人掛けたくない。どこの少年漫画の主人公の言葉だ。
だが、俺もこの状況は好ましくない。時間を戻せるのはリリィだけだ。会議にばかり目を向けていたら、時間を戻せなくなるかもしれない。だから、どうにか何かしらの手を打たなければいけないのだが…
どうすれば、この状況を打破できる…?
リリィは意地でも方法を変えないだろう。となれば、俺がすべきなのはイヴの追放を止めさせる理由を作ることだ。それが、リリィとの約束でもあった。
そう、記憶を取り戻したときは、その記憶から能力がわかるかもしれないと。だから、追放するなと。そんなことを言う約束をしたのだ。
あぁ…そういえば、ずいぶん単純なことを忘れていた。
イヴが神であるとかないとか、それの前に追放を止める最も簡単な方法があるじゃないか。
6限の終わりのチャイムが響いた。イヴはいつも通り帰り支度をして、カバンを持つ。
「2人共、じゃあね」
マイクが声をかけるが、早くに出ないと関所の人に迷惑をかけると言って、行ってしまった。
「くそっ…!どうにかできねぇのかよ!?」
「わからないが、俺も少しやることができた」
マイクが俺を驚いた顔で見ていた。
「なんだ」
「いや、なんか、珍しくやる気だしてるなぁ…って思って」
普段、俺がやる気がないみたいな発言だな。
「…まぁ、いい。出来るかどうかは正直言って微妙だが、やってみる価値はある。というわけで、マイク」
「ん?」
「イヴを誘拐でもなんでもいい。関所に行く前にあの木の下まで連れてこい」
「誘拐!?誘拐はしねぇからな!!でも、わかった!」
そう言って、マイクは持ち前の足でイヴを追いかけていった。
「さて、俺も急ぐか」
俺にしては珍しく会議室まで走った。




