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その昔、この箱庭は存在しなかった。
土地としては存在していたが、壁はなく学校もない。その時は、ここが能力者の集まる場所になるなど誰も想像していなかっただろう。
変わらないものはただ一つ。ここにある木だけだ。イヴの過去にも出てきたこの木。
リリィは気にしていなかったが、あの光景の違和感。小高い丘の上に存在するこの木の根元からは、箱庭のほぼ全てが見渡せる。もちろん壁も。
あの光景には、壁がなかった。少なくとも、俺たち学生が物心ついたときには既に壁は存在していた。
そこに気がついてしまえば、あとは調べるのは簡単だった。
この土地の過去の記録。というよりも、伝承を調べていけば簡単に見つかった。
この土地の神の伝承は、ごく普通の神の話だ。全知全能の神に作物の豊作を、人の願いの成就、そんな当たり前の祈りを神に捧げて、見返りは村人が決めた生贄。
まぁ、そんな当たり前の伝承には終わりがあった。贄が逃げ出し、その土地に住めなくなった。最後は神の怒りを買うという、なんとも後味の悪い話だ。
だが、まぁ…俺が言いたいのはそこではない。
その最後の生贄のことだ。伝承にはこう書かれていた。
『彼の女、異能の者也』
そのほか、その生贄の女については、孤児とか、余所者とか、そんなことが書かれていた。
これらの情報に、イヴのあの記憶だ。
普通ならありえない。と言って、切り捨てるような仮説だが、まず常識なんてものを、勝手に脳をリンクさせて記憶を読み取れる奴が言うものじゃないと、一蹴してその仮説を俺は信じている。
イヴはその伝承にある生贄だった。
それよりも、まずイヴは人間なのか?
伝承通りなら、すでにイヴは学生とは言えない年齢のはずだ。もしかしたら生きていないかもしれないレベルだ。
…人間ではない。
それどころか、イヴは…
「ヴェル君!?」
その声に振り返れば、リリィが驚いた顔で俺を見ていた。
「あ、あれ!?どうして!?」
「お前こそ、何故ここにいる?またお前たちは招集がかかっていただろう」
「あっ…それねぇ…」
リリィが言いづらそうに視線を逸らした。なんとなく察したが、意外といえば意外だ。真面目なタイプだと思っていたが。
「ち、違うよ!?放課後は、ちゃんと伝えたもん!ちょっと調べたいことがあるので、休みます。って言ったよ!?」
「……待て。放課後『は』?」
わかり易いくらいにビクッと反応したリリィは、もう顔を横に向けるどころか、顔だけは逃げ出したいのかほとんど後ろに向いている。
「学生の内に、1回くらいサボっても、いいよね…?大丈夫だよ!うん!1日休んでも、出席日数は足りるから!」
どうやら朝から休んでいたらしい。そして、イヴについてなにかできないか調べていたのだろう。毎回のことだが、ここまでくると見事だ。
「で。何かわかったのか?」
あえてそれを聞けば、リリィは先程まで必死にサボりを正当化しようとしていたとは思えないほど真剣な表情で俺に聞いてきた。
「イヴちゃんって、人間なの…?」
俺と同じような結論だ。
「それに、イヴちゃんの能力なんだけど…本当にないかもしれない」
その言葉に、驚いてリリィを見ればリリィも驚いた顔をしていた。
「な、なに…?私、何か変なこと言った…?」
「あ、いや、能力がないかもしれないなんて、お前はいわないと思ってたからな」
「…だって、イヴちゃんの記憶に友達が持ってる能力を使ってるところがあったから」
その言葉は、俺の仮説を後押しする。
「もしかしたら、イヴちゃんはここを作った張本人なのかもって…それで、能力をみんなに分けて、今はもう能力を持ってないのかもしれない…」
「…」
そう。イヴはこの箱庭を作った張本人であり、ここでいう神的な存在。だからこそ、この箱庭から追い出した時、何が起こるか想像できない。
これが何度もループしていた理由だ。
「先輩…?なにいってんすか?」
2人して突然の声に驚けば、マイクだった。普段は人がいないことが売りのこの静かな場所は、いつから人がこんなに来るようになったんだ?
「イヴがここを作たって…それに能力をみんなに分けるってどういう意味ですか?」
「え、あ、いや、だから、これは私がそう考えただけで…」
「だいたい!ここ最近ヴェルと先輩だけでなんかコソコソやってるし!」
「俺は何もしてないが」
「嘘付け!2人で話してるの見かけてんだからな!それに、2人だけ訳知り顔で!俺は仲間外れかよ!!」
「えっと…だから」
「だって、2人が話してんの、イヴのことでしょ?だったら、なんで俺も混ぜてくんないんすか?」
リリィが助けを求めてくるが、俺は腕を組みため息をつくだけ。それに、一瞬怒った表情を見せたが、マイクの方を見ると言葉を選びつつ先程のことを懇切丁寧にバカなマイクでもわかるように説明していた。




