「ついに追放イベント発生!」とか叫んでいましたが、普通に業務上の解雇です
「タカシ、悪いんだけど――今日でこのパーティを抜けてくれないか」
勇者であるレックが、目の前に座って骨付き肉を豪快に頬張るタカシにそう切り出した。その瞬間、タカシの顔に歓喜が浮かぶ、しかし次の瞬間には役者のように大袈裟な悲痛の表情を作り上げ、私たちを交互に見つめている。
――すごいな。
私は心の中で感心した。王都の大劇場で役者でも目指した方が、よほど大成するのではないだろうか。
街道沿いにあるこの街は、多くの商人と冒険者が行き交う交易の要所だ。夕飯時の酒場は、麦酒をあおる荒くれ者の怒号や仕事帰りの町人たちの笑い声で溢れかえっており、幸いにも私たちのテーブルの会話に耳を傾ける者はいなかった。
「え、なんでだよ!俺、なんかしたかよ!?」
タカシの声は、ひっくり返りそうなほどに上擦っていた。だが、その瞳の奥には隠しきれない期待の色がギラギラと輝いている。口元がだらしなく緩みそうになるのを必死に堪えているのが、私には一目で分かった。
「なんか……ううーん……いや、まあ……」
レックの歯切れが悪くなるのも無理はない。誰だって、昨日まで同じ釜の飯を食っていた仲間に、面と向かって「君、邪魔なんだよね」とは言えない。たとえそれが、寸分の狂いもない事実であったとしても、他人を否定する行為とは一般的な善性を持つ者にとってひどく摩耗するものだ。
レックは根っからの善人だった。これまでの旅の間も、「タカシだってがんばってくれてるんだし、俺がタカシの分まで二倍動けば大丈夫だからさ」と、彼を庇い続けていた。 あまりにもレックの負担が大きいため、私かリリィが代わりに引導を渡そうかと提案したのだが、「このパーティのリーダーは俺だから。俺が言うよ」と、彼はその損な役回りを一人で引き受けてしまったのだ。
大変だな。ちょっと可哀想だな。そう同情しながら、肉をもう一口運ぼうとした瞬間、テーブルの下で私の足がぎゅっと踏まれた。隣に座るリリィが私を睨みつけている。『アルカ、大事なお話をしている最中なのですから、少しは空気を読んで我慢してくださいまし』 と彼女の美しい灰色の瞳が、無言でそう訴えかけていた。私は肩をすくめ、フォークを置いた。
そこから、レックとタカシの噛み合わない話し合いが数分間続いた。レックはタカシを傷つけまいと、言葉を選びに選んで「これからは魔王城が近くなって、魔物も桁違いに強くなる。タカシをこれ以上危険な目に遭わせるのは、俺たちのエゴだと思うんだ」と、さもタカシの身を案じているかのような体裁で説得を試みた。対するタカシは、しばらくの間「そんなの、俺がみんなを守るから!」だの「俺だってみんなと戦いたいんだ!」だのと、吟遊詩人の安っぽい英雄譚のような台詞を並べ立てていた。しかし、レックが胃を痛めそうな顔で「頼む」と頭を下げると、タカシは「……わかったよ。そこまで言うなら、俺は出ていく。後悔しても知らないからな!」と、捨て台詞を残してトボトボとした足取りで酒場を去っていった。
哀愁漂う後ろ姿。完璧な「理不尽に追い出された哀れな追放者」の背中だった。だが。
(……相変わらず、詰めが甘いというか、注意散漫というか)
私は、周囲の警戒のために街の四方に放っていた使い魔からの視界を脳内で受信していた。酒場の重い木扉を閉めた瞬間、タカシはそれまでの悲愴な表情を霧散させ、「よっしゃあああああ!キタキタキタキタ、ついに追放イベント発生!!」と叫びながら、夜の街中をスキップで駆け抜けていった。
私が常に使い魔を通じて周囲を監視していることは何度も説明したはずだ。それなのに、自分の待ち望んでいた「イベント」とやらが発生した興奮で、そんな基本的なことすら頭から消し飛んでしまっているらしい。
「はぁ……。アルカはなんでそんなにいつも通りなんだよ……」
レックは残っていたぬるい麦酒を一気に煽りテーブルに突っ伏した。彼の背中は罪悪感で丸まっている。
「タカシにとっては、これが最善だと思うから」
私がそう言うと、リリィがため息混じりに自身の灰色の髪を指先で弄んだ。
「聖賢であるアルカは達観していらっしゃいますのね。わたくし、実家のお屋敷で不手際を働いた下女に暇を出されるのを見るだけで、一週間は胸が痛む性質ですのよ。理由はどうあれ、一時でも同じ道を歩んだタカシを追い出すなんて……本当に精神衛生上よろしくありませんわ」
「そう言う割には、追放の賛成票、一番最初に投じたよね、リリィ」
「それはそれ、これはこれですわ!仕方がありませんでしょう!」
リリィはむっとしたように頬を膨らませた。まあ、確かに。数ヶ月間も寝食を共にした仲間を、ある日突然、寄ってたかって追い出すという構図だけを見れば、ひどく陰湿で意地の悪い行為に映るだろう。しかし、私たちとて傷心旅行や物見遊山で魔王討伐の旅をしているわけではない。これは人類の存亡をかけた、国家規模の軍事作戦なのだ。
思い返せば、タカシのやらかしは枚挙にいとまがなかった。ある時など、何も言わずに四日間も戦線を離脱して勝手に出歩き、私たちが必死に捜索している最中に帰ってきたと思えば、小指の爪ほどの大きさの、魔力も薄い安物の宝石を掲げて「ほら、お前らに土産!すっげぇ価値があるから」と得意げにのたまった。またある時は、「ゲンダイ知識で便利な道具を開発してやる」と息巻いて、とある街の鍛冶屋の炉を一つ爆破。挙句の果てに「これが神から授かったチート魔法だ!」と、異常な身体強化魔法と速度強化魔法、魔力上昇魔法を何の実験もなしに私たちにかけ、翌日に酷い筋肉痛と高熱を引き起こしたのだ。やめてくれと言っても彼には届かず、筋肉痛と高熱を抱えたまま山を超えたことは一度や二度ではない。彼にとっては「親切心」や「イベント」だったのかもしれないが、こちらからすれば、命がいくつあっても足りない「ありがた迷惑」の極みだったのだ。堪忍袋の緒など、とっくの昔に引きちぎれて消滅している。
「彼、酔っ払うと決まって大声で叫ぶでしょう?『俺はテンセイシャで、神からチート能力を与えられた!この展開は追放モノのテンプレなんだ!』って。……恥ずかしいですし、神職者に聞かれないからと毎回気が気じゃなかったですわ」
「神の愛は『目に見えず、寡黙なるもの』というのが教会の教えだからな……。教会から派遣されている俺やアルカが、あんな堂々と『神からギフトをもらった』と触れ回る人間と同席していること自体、異端審問にかけられてもおかしくないリスクだったんだ」
レックは深く息を吐き出し、ようやく少しだけ表情を和らげた。それぞれに言いたいことは山ほどあった。けれど、自分たちの手で追い出してしまった以上、これ以上彼の悪口を重ねるのも寝覚めが悪い。私たちは残った料理を静かに平らげ、宿屋に取った部屋へとそれぞれ戻った。明日からは、三人での旅が始まる。いや、「始まる」のではない。元々、タカシが強引に割り込んでくる前までは、ずっとこの三人で戦ってきたのだ。私たちはただ、元の形に戻るだけだ。
◎
タカシがパーティを去ってから、数ヶ月が経っていた。私たちの旅は驚くほど順調だった。タカシの気まぐれな「思いつきの行動」に予定を狂わされることもなく、理不尽な強化魔法に苦しむこともない。魔物を討伐し、人々を救い、着実に魔王城へと近づいていく。タカシの存在が、少しずつ過去の思い出に変わりつつあった頃。私たちは、とある渓谷の地下にある洞窟に足を踏み入れていた。この地に住まう魔物が、ここ最近、近隣の村々から人間を次々と攫っているという相談受けたためだ。
「それにしても、最近この手の事件が急増しておりますわね」
ランタンの光が湿った岩肌を照らす中、リリィが不快そうに眉をひそめて言った。
「魔王城が近くなっているからね。瘴気が濃くなり始めている」
私は歩きながら、周囲の魔力の流れを辿った。瘴気が濃くなれば、魔物は凶暴化し、その繁殖スピードも跳ね上がる。魔王城から離れた場所であれば、兵士や並の冒険者ギルドで対処できていた小規模な魔物ですら、この地域では教会の加護や高度な魔力障壁を持たない者には太刀打ちできなくなるのだ。
リリィと肩を並べて歩調を合わせる。ふと背後に違和感を覚えた。いつもなら先頭を歩き、私たちを背中で守るはずの勇者レックが、なぜか数歩遅れて、所在なげに歩いている。
「レック?」
私が呼びかけると、彼はビクリと肩を揺らした。
「ん?……ああ、大丈夫だ。ちょっと、考え事をしていてね。急ごう」
彼は努めて明るい声を装ったが、その横顔は、ランタンの灯りの下でもはっきりと分かるほど土気色に変色していた。額にはびっしりと冷や汗が浮かんでいる。ただの疲労ではない。聖賢としての私の直感が、彼の体内で蠢く「異質な何か」を察知した。
「レック、あなたまさか――」
問い詰めるより早く、レックがその場で激しくえずいた。ゴボリ、という嫌な音が洞窟内に響き渡る。数秒の後、彼の口から、おびただしい量の黒ずんだ血液が吐き出された。
「レック!?」
リリィが悲鳴のような声を上げて駆け寄る。レックは自分の足で立っていることすらできず、岩肌に手をつき、そのまま膝から崩れ落ちた。彼の胸元から、赤黒い紋様が、首筋に向かって急速に這い上がっていく。
「あはは!やっぱりな!」
突如として後方から、緊張感の欠片もない軽薄な声が響いた。顔を上げると、そこには見覚えのある男が立っていた。タカシだ。
彼はどういうわけか、この危険な洞窟に、きらびやかな装備を身にまとった数名の女性たちを従えて潜っていたらしい。この地域ではまず見かけない、美しい金髪のエルフの少女。そして、教会のシンボルを胸元に掲げた可憐な修道女。その修道女が、レックの姿を見るなり、激しい嫌悪と憎悪の籠もった声を上げた。
「タカシ様!こいつらが……こいつらが、かつてあなた様を不当に虐げ、パーティから追放したという悪辣な勇者たちですね!?」
「そーそー!ていうかさあ、レック、マジでざまぁねえな!それ、俺が裏でこっそり抑えてた魔王の呪いが発現しちゃったんだよ。俺を追放なんかしなきゃ、俺のチート能力でずっと抑えててやれたのになぁ!本当にバカだよなあ、お前ら!」
タカシは、レックの苦悶の表情を見て、これ以上ないほど愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
「でも今更、俺をパーティに戻してくれって泣きついたってもう遅いぜ?俺にはもう、俺を信じてくれるコイツらがいるからな!」
そう言って、タカシは隣にいたエルフの少女の細い腰をグッと抱き寄せた。エルフの少女は、ほんのりと頬を染めながら「タカシ様……」と、熱っぽい視線を彼に送っている。
誰も聞いていないのに、相変わらずベラベラとよく喋る男だ。本当に、以前から何も変わっていない。コイツはどういうわけか、私たちの過去や「誰にも知られたくない秘密」を都合よく嗅ぎ取り、土足で踏みにじる天才だった。他人が「言わないでおこう」と配慮していること、察してもあえて尋ねないでいる傷口を、自分の承認欲求と欲望を満たすためだけに大声で暴露する。以前、私の生い立ちについて聞き齧った彼が、『アルカが過去に男に乱暴されて傷ついていたとしても、俺はアルカのすべてを“受け入れて”やるからな!』と、大真面目な顔で、しかも衆目の前でのたまわった時の鳥肌が立つような嫌悪感を、私は一生忘れないだろう。
しかし――今回ばかりは、そのお喋り癖が役に立った。
「……『魔王の呪い』、ね」
私はレックの背中に手を当て、冷静に状況を分析した。原因が「呪い」の類であると分かれば対処は容易だ。私本来の専門分野なのだから。
「ちょっと、タカシ!あなた、レックの容態がおかしいのを知っていて、今まで黙っていましたの!?」
私の横で、リリィよく通る声でタカシを糾弾し始めた。
「いつも報告・連絡・相談ができない男だと思ってはいましたが、まさかここまでとは思いませんでしたわ!この人でなし!」
いかんせん元が名門貴族の令嬢であるため、飛び出す罵詈雑言の語彙がいちいちお上品で、かつ論理的で容赦がない。タカシは「はぁ!?これは因果応報だろ!?」と一瞬で涙目になり、彼の後ろに控えていた、大柄な重装備の女性がたまらず剣の柄に手をかけた。
「タカシ様を侮辱することは、この私が許さない!命が惜しければその不遜な口を閉じろ!」
「おだまりなさい!わたくしは侮辱などしておりませんわ。この男が犯した『人でなしの客観的事実』をただ整然と陳列し、正当に非難しているだけですわ!」
重装備の女性が剣を引き抜こうとした瞬間、リリィは手にした細いステッキを優雅に一振りした。 パサッ、と軽い音がして、女性が引き抜いた大剣の刃が、色鮮やかな百合の花束へと変化した。女性は何が起きたのか理解できず、目を白黒させている。
「な、何をした!?私の剣が……!」
「一時的な物質変成魔法ですわ。せいぜいそのお花で、自分のみすぼらしい頭でも飾り立てていらっしゃいな!」
リリィの容赦ない口撃がタカシの一行を圧倒している。その隙に、私はレックの身体に意識と魔力を集中させた。彼の胸に手を当て、自らの魔力を彼の体内へと滑り込ませる。あった。心臓のすぐ近く、咽せ返るような邪悪によって紡がれた呪いが、ドス黒い瘴気を放ちながら蠢いている。私はその呪いを、自分の魔力でしっかりと掴み取った。
静かに聖句を唱え、一気に引き抜く。パチン、とガラスが割れるような小気味よい音が洞窟内に響き、黒い霧が私の手の中で霧散していった。それと同時に、レックの呼吸が劇的に楽になり、首筋の紋様が潮が引くように消えていく。彼の頬に生気が戻ってくる。
「ああもう、本当にうるさいな!!」
リリィの怒涛の論破に耐えかねたタカシが、耳を塞ぎながら子供のように叫んだ。
「そんなに口うるさくてヒステリックだから、婚約破棄なんかされるんだよ!この、行き遅れの性格ブス!バーカ!バーーカ!」
「……は?」
リリィの動きがピタリと止まった。その額に、見たこともないほど太い青筋がピキリと浮かび上がる。王都の社交界を揺るがした、彼女の「婚約破棄事件」は、彼女にとって最大の逆鱗だった。
「おい、みんな行くぞ!こんな底意地の悪い奴らは放っておいて、俺たちがここのボスを倒して、最深部にある『勇者の聖剣』を手に入れるんだ!」
タカシはそう叫ぶと、花束を持った重装備の女性や、まだリリィを睨みつけている修道女たちを従え、そそくさと洞窟の最奥へと消えていった。
本当に、色々とお粗末な男だ。去り際の暴言のレベルの低さといい、自分たちの力量を省みない無謀さといい、呆れ果てて言葉も出ない。嵐が去った後のような静けさが、洞窟内に満ちていた。
「……アルカ。レックの解呪は、終わりましたの?」
リリィの声は、異様なほど低く、冷たかった。彼女の周囲の空気が、文字通り『凍りついている』
「うん。完璧に終わったよ。もう体内に呪いは残ってない」
「そうですか。……あの一行、後で個人的に、神殿の裏のドブ川に頭から叩き落として差し上げますわ」
「手伝おうか?」
「いえ、わたくし一人で十分ですわ。……それにしても、あの人でなしの軽い口も、たまには役に立ちますのね。レックの体調不良の原因を自分から話してくれるなんて」
「そうだね。本当に、分かりやすい人だよ」
「……あはは、怒ったリリィは、やっぱり一番怖いなぁ」
地面に座り込んでいたレックが、弱々しく、けれどいつもの穏やかな笑顔を浮かべて立ち上がった。
「レック!」
リリィが表情を和らげ、彼の体を支える。
「アルカ、リリィ、ありがとう。二人のおかげで助かった。……でも、急ごう。タカシたちのことも心配だけど、何より、奥に囚われている人たちが危ない」
レックはいつだって自分のことよりも、まず他人の心配をする。彼の純粋な「善性」には、少しの濁りもなかった。彼のような人間こそが、勇者と呼ばれるべきなのだ。私はレックに、念のための回復魔法と、加護魔法をかける。
「よし、行こう」
私たちはタカシたちが進んだ暗闇の奥へ向かうべく、地面を蹴って走り出した。
◎
「ハァ!?何やってんだよ!俺が最強のバフをかけてやっただろ!しっかりタンクやれよ!」
洞窟の最深部、一際濃密な瘴気が渦巻く巨大な空洞にたどり着いた瞬間、壁に反響するタカシの怒号が私たちの耳に飛び込んできた。
「も、申し訳……ございません、タカシ様……っ。ですが、この魔法は……人間の、肉体が耐えられる限界を超えています……!筋肉が、引き裂かれそうで……動け、ないのです……!」
息も絶え絶えにそう答えたのは、先ほどの重装備の女性だった。見れば、タカシの後ろに控えていたエルフの少女も、魔力の過剰供給による異常でその場に嘔吐し、ぐったりと横たわっている。彼女たちの目の前には、全長十メートルを超える巨大な魔物が、赤い目を不気味に光らせていた。
「嘘つくなよ!前のパーティのレックも、リリィもアルカも、みんな俺のバフをかけてピンピン戦ってたぞ!お前らがサボってるだけだろ!」
タカシはパニックに陥りながら、腰を抜かした状態で叫び続けている。
「ハァ……。本当に、どこまでも愚かな男ですわね」
リリィが心底呆れ果てたため息をついた。タカシは根本的なことを理解していない。勇者レックの肉体は神の加護によって常人の数十倍頑強であり、リリィは王宮魔導師に匹敵する魔力制御技術を持ち、私は教会の秘術で常に肉体のダメージを秒単位で回復させていた。だからこそ、タカシの「出力調整を放棄したデタラメな強化魔法」に耐えられていたのだ。それでも翌日にはそれなりの反動が来る。何の加護もない、ただの腕の立つ冒険者にすぎない彼女たちに、そんな無茶な負荷をかければ、肉体が悲鳴を上げるのは火を見るより明らかだった。
「リリィ、彼女たちの救出を。レック、私たちが魔物の意識をこちらに逸らせる!」
「了解!」
リリィがスティックを振るい、瞬時に空間転移を発動させた。倒れていた重装備の女性とエルフ、修道女の身体が、ふわりと浮き上がって私たちの後方に移動させられた。私は即座に杖を構え、彼女たちに回復魔法をかける。
柔らかな光が彼女たちの身体を包み込むと、切り傷が塞がり瘴気が薄れ、苦痛が消えていく。彼女たちの表情から、静かに絶望が消えていった。
「は、はぁ!?なんでレックが生きてるんだよ! 呪いは!?俺のチート魔法がないと、お前は死ぬはずだったんだぞ!?」
タカシが生き生きと剣を構えるレックを見て顔を歪めて叫んだ。
「久しぶりだな、タカシ。アルカが綺麗に治してくれたよ。お前も、怪我はないか?」
レックは、自分を「バカ」呼ばわりし、嫌悪を向けてくる相手に対し、本気でその身を案じるような言葉を返した。
「……ッ!そういう、お前の『陽キャ』っぽいところがキモいんだよ!俺のこと追い出しておいてさぁ!」
「……やっぱり俺、嫌われてるんだな。まあ、そうだよな。君を追い出しちゃったのは事実だし……。『ヨウキャ』っていうのは、よく分からないけど」
レックは眉を下げて、本当に申し訳なさそうに苦笑した。彼はどこまでも善人だった。自分は嫌われて当然の裏切りをしてしまったのだと心の底から自省し、かつて仲間だった男からの憎悪に、純粋に胸を痛めている。ここに至る自らの運命を呪わず、他人のためにひたむきに剣を振るう。そんな彼だからこそ、私は――。
「アルカ、見惚れている場合ではありませんわ! 来ます!」
リリィの鋭い警告で、私は我に返った。魔物がその巨体を震わせ、猛烈な速さでこちらへと突進してくる。
「大丈夫、俺が止める!」
レックが叫び、剣を構えて前に出た。私は素早く呪文を唱え、障壁魔法を展開した。
レックの前に、黄金に輝く巨大な光の盾が出現する。魔物の爪が激突し、激しい火花と金属音が洞窟内に鳴り響いた。レックの足元は一歩も退かない。私の張った結界を完全に信頼し、彼は踏み込んだ。
「リリィ!」
「任せなさいな!炎よ!」
リリィの炎魔法が炸裂し、魔物の巨体が激しい炎に包まれる。魔物は苦悶の咆哮を上げ、のたうち回った。
「タカシ様……あの方々は、一体……」
治療を終え、ようやく起き上がった修道女の少女が、私たちの戦闘を見て呆然と呟いた。
「ち、違う!あいつらは、ズルしてるんだ!俺だってあんなの簡単に――」
「タカシ、下がってろ!危ない!」
のたうち回った魔物の尾が、タカシの頭上へと振り下ろされようとした瞬間、レックがその間に割り込んだ。レックの剣が魔物の尾を弾き返す。
「……っ、レ、レック……」
「怪我はないか?アルカ、リリィ、一気に決めるよ!」
「ええ、いつでもいけますわ!」
「光の加護を、レックに――!」
私の補助魔法を受け、レックの剣がまばゆいばかりの白い光を放ち始める。レックは地を強く蹴り、光の軌跡を描きながら跳躍した。
「はあああああああああ!」
彼の渾身の一撃が、魔物の眉間に真っ直ぐ突き刺さる。まばゆい光が爆発し、魔物は最後の断末魔の叫びを上げながら、光の粒子となって消滅していった。
静寂が、再び洞窟を満たした。最深部の壁際を見ると、頑丈な檻の中に、攫われていた村人たちが閉じ込められているのが見えた。何人かは衰弱が激しかったが、幸いにも全員が息をしていた。
「よかった……。みんな、無事だね」
レックが安堵の息を吐き、檻の鍵を剣で叩き切った。私が村人たちの元へ駆け寄り、衰弱している者たちに回復魔法を施していく。動けない者を背負おうと私が手を伸ばした時、すっと、先ほどリリィに剣を花に変えられた大柄な重装備の女性が前に進み出て、代わりにその村人を背負い上げた。
私が驚いて彼女を見つめると、彼女はバツが悪そうに、けれど優しく微笑んだ。
「その……さっき程は申し訳ありませんでした。あの、できれば後で、私の剣を元に戻していただけると助かるのですが……村人たちの搬送は、私もお手伝いします」
「……助かるよ。リリィ、変成魔法を解いてあげて」
「お安い御用ですわ」
リリィがぱちんと指を鳴らすと、女性が抱えていた花束が、再び大剣へと戻った。女性は嬉しそうにそれを背中に背負い直す。
「……ところで、タカシは?」
周囲を見渡すが、あの騒がしい男の姿が見当たらない。重装備の女性は、少しだけ肩を落とし、苦笑交じりに言った。
「タカシ様なら……魔物が倒された後、怒って一人で先に出て行ってしまいました」
「そう。……相変わらずな人だね」
見れば、エルフの少女や修道女も、率先して怪我人の手当てや荷物持ちを引き受けていた。私はタカシのことが人間的にとても嫌いだ。けれど、彼が「根っから悪人」というわけではないことも理解していた。彼は彼なりに、自分の理想を追い求め、彼なりの独善的なやり方で、誰かを救おうとしてはいるのだろう。ただ、そのやり方があまりにも幼稚で、周囲への配慮に欠け、私たちの旅の目的とは決定的に噛み合わなかっただけだ。
彼のその不器用な「善性」が、時として奇跡的に誰かの救いになることもある。だからこそ、彼女たちのように、彼を慕う者も現れるのだろう。私たちは彼の「思いやりの対象」ではなかった。そして、彼の身勝手さを許容できるほど、余裕のある旅をしていなかった。それだけのことだ。
「ちょっと、タカシ!くるのが遅くってよ!さっさとこちらの方々を運びなさいな!」
突然、洞窟の入り口の方からリリィの怒鳴り声が聞こえてきた。見ると、一度は出て行ったはずのタカシが思い直して戻ってきたところだった。彼はブツブツと文句を言いながらも、リリィに指図されるまま、魔法でゴーレムを作り出して人々を運ばせ始めている。
「タカシ様は……その、少々、上品さや思慮深さには欠ける部分がありますが」
私の隣にいる重戦士の女性が、ぽつりと言った。
「あなたでも、やっぱりそう思うんだ」
「まあ、否定はしません。……ですが、私の村が野盗に襲われ、全てを失って絶望していた時に、一番最初に手を差し伸べてくれたのは他ならぬ彼でした。だから……私たちがこれから、彼を少しずつ『教育』していきます」
女性は慈愛に満ちた笑顔でそう言った。少々傲慢さは否めないが、他の女性たちも多少なりともそういうふうに思っているのかもしれない。
「『教育』、か。……うん、それがいいかもしれないね」
私たちがしなかったことを、彼女たちは引き受けてくれるらしい。タカシには、彼の非を真っ向から叱り、正しい道へと引っ張ってくれる彼女たちのような存在が、最初から必要だったのだろう。私たちはそういう形で彼と向き合うことはできなかった。次にどこかの街で風の便りを聞く時には、彼が少しだけでも「立派な英雄」になっていればいいなと、心から思った。
「みんな、出発するよ! 足元に気をつけて!」
先頭を歩くレックが、振り返って大きな声を上げた。私は「今行くよ」と答え、隣の女性と共に、光が差し込む洞窟の出口へと向かって、ゆっくりと歩みを進めた。
J( 'ー`)し タカシ、みんなと仲良くね




