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オルゴールの響く地

作者: こますけ

 そのオルゴールは「聞こえぬオルゴール」と呼ばれていた。

 元は、職人志望の若い男が徴兵され兵士となり、戦いの合間に造った、故郷で待つ恋人への贈り物であるらしい。

 が、完成の前に恋人は空襲で命を落とした。

 それを知りながら、男は一心に製作に打ち込み、やがてできあがったものだ(ちなみに男本人も、完成後間もなく戦死した)。

 そのような来歴のせいか、このオルゴールには不思議な特性が宿っていた。

 ゼンマイを巻き、蓋を開けてスイッチを開放しても、音が聞こえないのだ。

 一流の職人が精査したが、機構はどこにも問題がない。

 なのに、スイッチが入った直後に、ゼンマイがすべてほどけた初期状態に戻ってしまうのである。

 この現象について研究した学者は、何度も実験を繰り返した末、こう結論した。

「どういう原理かは分からないが、スイッチが入った瞬間、このオルゴールは時の流れから外れた場所へ移動し、曲を奏でる。そして、ゼンマイがほどけ切ると同時に、再びこの時空に戻ってきているのだ。そうとしか考えられない」


 「聞こえぬオルゴール」はこの二つとない能力で、世の注目を集めてきた。

 今は厳重な警備の下、さる博物館に陳列され、多くの観衆が見守る中、年に一度だけゼンマイが巻かれる。

 その奇蹟を目にした者は驚き、そして思う。

 このオルゴールの曲目はなに?その響きは、どこへ消えたのだろう?


 いきなり壁が吹き飛び、とてつもない爆音が響いた。

 ロケット弾が直撃したのだ。

 運悪く居合わせたハシムは、キーンという耳鳴りの他何も聞こえなくなったまま、爆風に吹き飛ばされていた。

 宙を舞う10歳の身体の目前に、切り立った瓦礫が迫る。この勢いでぶつかれば、ひとたまりもない。

 ああ、僕は死ぬんだ。

 そう覚悟した時、無音の世界のどこかから、優しい音が響いてきた。

 異国の音色だ。だが、清らかな祈りを届けるためのメロディだと、なぜか分かる。

 ハシムは目を閉じた。

 どうか、早く平和が訪れますように。いきなり命が奪われることが、この地からなくなりますように。

 メロディーに自らの祈りを乗せた一瞬後、ハシム少年は全身を強くたたきつけられ、絶命した。

 だが、その頬には、穏やかな笑みが浮かんでいた。


 闘争はやまず、命は奪われ続ける。ならば、せめて死にゆくものに穏やかな最期を。

 オルゴールは造り手の思いを体現し、今日もどこかで、かすかなメロディを奏でる。

 きよしこの夜。

 諸人よ、いとやすく。

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