時空間
情報屋から最悪な情報が入った。
ついに、神が三体、現世に転生してきたのだ。
まずはシヴァ。
世界を破壊し、再び創造へと導く「破壊と再生の神」。静寂と混沌を両立するその存在は、ひとたび現れれば天地が震えるという。
続いてトール。
雷と戦いの神。巨人族を討ち滅ぼした最強の戦士にして、雷鳴そのものを纏う男。戦場では稲妻が彼の足跡となる。
そして最後はマルス。
戦争・軍事・勇気・守護――祖国を背負い戦場に立つ、高貴なる戦の神。冷静沈着な軍神として知られ、彼の剣が振るわれた時、勝敗は既に決している。
完全に攻めの布陣だ。
恐らく、俺、ゼロ、ルアに対抗した布陣だろう。
神は勇者一行のように歩いては来ない。
――奴らは、いきなり降臨する。
時間が、無い。
だが、奴らは知らない。ジークフリートの存在を。
それが今回の、最大の切り札になる。
アスラは仲間たちを広間に集め、作戦会議を開いた。
焔が静かに燃える音だけが、張り詰めた空気の中に響く。
余談だが、ジークフリートはこの家で暮らすことになった。
本人は「野宿で構わぬ」と言ったが、ベッドは一つ余っている。以外にもルアの一言で決まった。
「ジークフリートさん、このお家に住むんですよね?」
「いや、私は孤独の身、外で十分だ」
ジークフリートは答える。
「ダメです!風邪引いちゃいます!体調を万全にするためにも家で寝てください!」
その強引さにジークフリートは小さく頷き、久しぶりに温かい部屋で暮らすことになったのだ。
話は会議に戻る。
「みんなに報告がある。三体の神が現世に顕現した」
「「!!!」」
アスラが続ける。
「まずはシヴァ。
“破壊と再生”を司る神だ。
破壊はただ壊すためではなく、次の世界を生み出すための浄化でもある。戦いの時は舞踏神ナタラージャとして現れ、宇宙すら揺るがすほどの舞を踊る。
三叉の槍と第三の目……その両方が開かれた時、世界は再構築されると言われている」
「シヴァか……かなり厄介だな」
ゼロが顔を沈める。
「破壊神シヴァか。恐れることもなかろう。やつは破壊の神であり、戦いの神ではない」
ジークフリートが淡々と告げる。だがそのグレートヘルムの中の目は、どこか静かな闘志を宿していた。
「次はトールだ」
その名を出した瞬間、空気が変わった。
部屋の中に小さな雷鳴が鳴り響いた気がした。
「トールは雷の鎚を振るう。
あれはどんな敵でも粉々に砕き、投げても必ず手元に戻る。さらに鎧を纏い、腰帯を締めると力は二倍になる。
まさに雷そのものが戦場を歩くような存在だ」
部屋は静まり返る。
誰もが、息を飲んでいた。
「そして最後が、マルスだ」
アスラの声が一段低くなる。
「戦争を司る神。戦場の秩序を守り、兵たちを導く。怒りではなく、冷静な理で戦う神だ。彼の剣が振るわれると、戦は終わる。つまり――戦の神の一振りは、勝利そのものだ」
四人の喉が同時に鳴る。
空気は一瞬にして凍りついた。
目の前に三体の神が現れたかのような錯覚に陥る。
「ここまでで何か意見ある?」
アスラが周囲を見渡す。
「私、戦いについていけないよ……神様が相手なんて、ほとんど何もできないよ」
ルアが俯き、小さく震える。
「大丈夫だ!ルア、禁術があるじゃないか!それに、龍神剣ドラグノアもある。あの剣は龍魔力次第で神をも斬る剣になる」
アスラはルアの肩に手を置き、優しく微笑んだ。
「シヴァ、トール、マルス……恐らく一番強いのはトールだ。ならば、トールは俺が相手をしよう」
アスラの目が炎のように光る。
「それなら我はマルスを相手にする」
ゼロが静かに剣に手をかけた。闘志が滲む。
「ジークフリートはシヴァで大丈夫か?」
アスラが問う。
「神ともあろうものが、三体でよってかかって人間を討つなどあってはならぬな。シヴァは私に任せろ。人の孤独の力を見せてやろう」
ジークフリートの声は低く、だが確かな重みを持っていた。
「なあ、ジークフリート!名前長いからジークにしていい?」
ゼロが笑みを浮かべて言う。
「ああ、名前なんぞ好きに呼んでくれ」
ジーク――彼は静かに頷いた。
空気が少しだけ和らいだ。だが、緊張の糸は切れない。
アスラは深く息を吸い込み、長く考えていたことを口にした。
「これは前から考えていたことだが……もう一度、時空間に入ろうと思う。そこで、さらに千年訓練を積むつもりだ」
ゼロが目を見開く。
「時が止まっているのがアスラだけで、周りの時間が動いているとしたら?その間、俺たちはアスラが存在しない時間を過ごすことになるぞ」
(そうだ……時空間は、孤独の世界。ゼロもルアもいない。ただ、自分だけの地獄が続く場所。だが――今度は違う。)
ゼロが続けた。
「ジークも加わった今、みんなで行かないか?それならアスラにかかる負担は減るだろ?」
アスラは少し黙り、ルアを見た。
(ルアが……耐えられるか?だが俺が耐えたのだ。彼女もきっと――)
「よし!わかった!みんなで行こう!だけど絶対に忘れないでくれ!最初は絶望を感じると思うが、必ず乗り越える事ができる!俺たちは、そういう存在だ!」
その言葉に三人は頷いた。
光が、広間を包む。
四人は、新たな力を求めて――時空間への旅に出た。
――――
アスラの転移魔法で、四人は中央都市ベーゼの森に現れた。
雪のように冷たい空気。静寂の中、木々がざわめく。
ここはアスラが初めてこの世界に出てきた場所。
時空の狭間――出口は経験したが、入口を探すのは初めてだ。
「まだ……あるのか……?」
アスラは独り言のように呟く。
(もし、あの入口が消えていたら……)
胸の奥に不安が灯る。しかし、すぐに掻き消した。
「考えるな、進め」
アスラは記憶を頼りに、時空間への入り口を探し続けた。
足元の大地がわずかに揺れる。
その先に、異界の気配が漂っていた。
――――
─ 一時間後
「アスラー!ちょっとこっちに来てくれる!?この場所、なんか変なんだよねー!」
ルアの声が森の奥から響いた。
息を弾ませながら、アスラはその方向へと駆ける。木々の隙間から漏れる光が、揺らめく風とともに差し込んでいた。
ルアが立っていたのは、森の中心。
そこだけ、まるで空気が違った。
地面が波打つように揺らぎ、水面のような反射光がゆらゆらと踊っている。
「ルア、よくやった!これは……間違いなく入口だ」
アスラは腰のアルティマを静かに抜いた。
刀身が光を吸い込み、白銀の線を描く。
息を整え、構えを低くする。
横一線の閃光。
空間が裂け、水面のような世界がまるで紙のように“切断”された。
白い光が音もなく広がり、風が爆ぜる。
ルアは思わず後ずさった。
ゼロとジークフリートも近づき、四人は緊張の面持ちでその“裂け目”を見つめる。
「……最初は俺が行く」
アスラの声に、誰も異を唱えなかった。
彼だけがこの空間を知っている。
そして、彼だけが耐えうる力を持っている。
一歩、また一歩。
アスラは白い光の線の中へと足を踏み入れた。
──瞬間。
全身を圧し潰すような重力が襲いかかる。
骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。
だがアスラの顔には、わずかな笑みが浮かんでいた。
「ここは……相変わらずだな」
三十倍の重力が空気を濃くし、足元には見えぬ光の砂が漂っている。
無限の闇と光の中、彼は懐かしい空気を感じていた。
かつて己を鍛え、死線を幾度も越えた“修羅の地”だ。
「さて、ゼロを迎えに行くか」
アスラはゆっくり踵を返し、光の裂け目を再び抜けた。
──現世。
アスラが戻ると、三人が待っていた。
ルアの表情には不安が浮かび、ゼロは落ち着かない様子で立ち上がる。
「どうだったんだ!アスラ!」
「無事に時空間に行けた。懐かしい景色だったよ。……次はゼロ、行くか?」
アスラが挑むように笑うと、ゼロの目に闘志が宿った。
「よし!次は我が行く!楽しみじゃ!」
ふたりは並んで白い光の線の前に立つ。
空気が歪み、白光が再び波打った。
──そして、踏み込んだ瞬間。
「ぐっ……!」
ゼロの身体が地に叩きつけられた。
抗おうと力を込めるが、全身が動かない。
呼吸さえも、鉛のように重い。
「ゼロ!どうだ?重力三十倍!キツイだろ?」
アスラは笑いながら見下ろす。
その声すら、ゼロには遠くに聞こえる。
「な、なんなんだ……この世界は……!我は怖い……だが負けない!」
必死に絞り出す声。
その姿に、アスラはわずかに頷いた。
「悪くない」
アスラはゼロをそのままにして現世へ戻った。
「次はジークだな。準備はいいか?ゼロは死にそうになってるぞ?」
アスラが冗談めかして言うと、ジークフリートは無表情のまま頷いた。
「私はいつでも構わん。龍王が死にかける空間……興味深い」
ジークはアスラと一緒に白い光の線の中に入る。
そして、彼は時空間に足を踏み入れた。
だが──。
ジークは、立っていた。
微動だにせず、まるで彫像のように立っていた。
三十倍の重力をものともせず、沈黙のまま耐え続ける。
「……ジーク?その体勢できつくないか?」
アスラが声をかけるが、返答はない。
ただ、静寂とともにその姿だけがあった。
(こいつ……本当に人間か?)
そして最後はルアの番だ。
アスラは少しの間、言葉を探した。
だが、彼女を見つめ、ゆっくりと語りかける。
「いいか?最初は何もできず、ただ苦しい思いをする。何十年も、何もできない日が続く。……でも、ルア。お前なら絶対に耐えられる。俺を信じて、最後まで戦ってくれ」
ルアは唇を噛み、拳を握った。
「わかった!最後まで乗り越える!!」
そして一緒に白い光の線の中に入っていく。
──『ドンッ!』
地面が轟音と共に揺れ、ルアの身体は重力に押し潰されて地に伏した。
胸が押され、呼吸もままならない。痛みに顔を歪め、唇を噛みしめる。
「ルア!大丈夫かっ!?」
アスラは駆け寄る。目の前には、意識を失い小さく沈むルアの姿だけがあった。
身体を揺すり、手を握る。全力で訴える。
「……ほんとに……キツいよ……何も……できない……」
その声はかすかに空間に消え、重苦しい沈黙だけが残る。
アスラの胸に、怒りと焦燥、守りたいという想いが一気に湧き上がる。
拳を強く握り、全身に力を漲らせた。
「絶対に乗り越えろ……ルア。お前なら、絶対にできる」
重力に満ちた世界の中、静寂だけが響く。だが、その中で、アスラの決意だけは鮮烈に燃え上がった。
彼の瞳に映るのは、倒れた仲間の姿と、それを必ず救うという不屈の覚悟だった。
――――
─ 十年後。
時空間に入ってから十年。
ゼロ、ジーク、ルアは、ついに“重力”というこの空間の支配法を身に着けていた。
重力を敵ではなく“力”として操る。
地を踏み締めるたび、周囲の大地が低く唸る。
三人は己の限界を破り続け、やがてアスラを中心とした連携訓練へと移っていった。
四人が繰り出す剣閃、魔力、気の波動が交差し、空間を震わせる。
時空そのものが悲鳴を上げるほどの衝撃。
それでも彼らは、誰一人として歩みを止めなかった。
──そして、時は流れる。
─ 五十年後。
アスラは剣技の極みを超え、さらに“精度”を磨いていた。
その一撃は、風すら斬る。
目に映らぬ速さで、空間の裂け目を作り出すほどだった。
ゼロは肉体強化を超越し、身体そのものを龍へと近づけていく修練を積んでいた。
全身に走る龍紋が淡く光り、吐息の一つで岩が砕ける。
彼は、龍人の頂に立つことを夢見て、ひたすら拳を打ち続けた。
ジークは静かに剣を振り続けていた。
彼の前には幻の龍──己の心が生み出した“試練の龍”が立ちはだかる。
斬っても、焼かれても、倒しても、龍は何度でも再生した。
だがジークは決して退かない。
ただ無言で剣を握り続ける。
ルアは禁術をひたすらに練り上げていた。
この空間の中では、時間という概念が薄く、無限に近い集中が可能だった。
魔法陣を数百、数千と展開し、魔力の精度を極限まで高めていく。
彼女の詠唱はもはや神聖な旋律だった。
─ 百年後。
百年が経ち、四人の姿はもはや“人”ではなかった。
アスラは全身に重りを巻き、地獄の重圧を加えながら剣を振るっていた。
その剣はもはや技ではない。呼吸だ。
一振りごとに、空気が割れ、地平が震える。
ゼロは完全なる龍人化を目指し、龍魔力を肉体に同化させる修行を続けていた。
うねる魔力が背中から龍の翼を形作り、瞳の奥には竜炎が宿る。
ジークは一日中、ひたすら素振りを続けていた。
無駄な動きは一切なく、刃は神速を超え、斬撃が時間差で響く。
剣圧だけで地を削り、風を断つ。
彼はすでに“剣の化身”と化していた。
ルアは龍神剣ドラグノアを完全に操れるようになっていた。
光の龍を纏い、剣を振るえば天空が震える。
かつての彼女の姿はもうない。
そこにいるのは、静かに燃える“龍の魔導剣士”だった。
─ そして五百年後。
五百年が過ぎた頃、四人は己の限界を越えた。
互いを鍛えるため、彼らは日々“実戦”を選んだ。
その名も──エターナル・バトルロワイヤル。
一度倒れれば終わりではない。
倒れても、砕かれても、立ち上がる。
何百、何千という戦闘が繰り返され、四人の力は、神域を超え始めていた。
剣が交錯する音が響くたび、空間が軋む。
炎と雷、光と闇、魔力と気が渦巻き、時空そのものを焦がす。
アスラの剣が閃き、ゼロの拳が咆哮し、ジークの斬撃が地を裂く。
ルアの魔法陣が空を覆い、世界は白光に包まれた。
こうして、五百年の戦いを経た四人の絆は、もはや“運命”で繋がれていた。




