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四人目

アスラは次に、氷が浮かぶ凍てついた海へと向かった。


海面には大小の流氷が点在し、白く冷たく光っている。風は鋭く吹き付け、服や髪を叩きつけ、油断すれば体を持っていかれそうだ。


息を吸うたびに鼻を突く冷気が肺に刺さる。


アスラは足元の氷を確かめながら、深く息を整え、手を水に浸した。


氷の冷たさが指先から血管の奥まで染み渡る。

全身にわずかに震えが走るが、魔力を水に薄く混ぜて流す作業を止めるわけにはいかない。


ゆっくりと、しかし確実に――魔力は一滴一滴、氷の海へと溶けていった。


全ての魔力を流し終えた瞬間、アスラの体は耐えられなくなり、膝を折り、冷たい水面に顔を伏せた。


──その夜


冷たい海風の余韻がまだ肌に残る。

アスラはゆっくりとまぶたを開けた。


「ここは……スズラかっ!」


体を起こし、周囲を確認する。家の周りには誰もいない。

どうやら魔力切れで意識を失っていたらしい。


軽く肩を叩いて、全身の血流を戻すように動かすと、転移魔法で家へ戻った。


家は静まり返っていた。皆、それぞれ訓練に出ているのだろう。

アスラは荷物を片付け、絶剣アルティマを握り、庭に足を踏み出した。


この剣――世界で最も強いとされる聖剣だ。


両手で握りしめ、ゆっくりと構える。

だが、握った瞬間からアルティマが微かに震え、アスラの精神力を吸い込み始めた。


壊れかけの精神が、剣に食い込む感覚。

胸の奥が引き裂かれるように痛む。


「こんな精神でよければ、全部くれてやるよ、腐った精神でよければな!」


光が迸り、全身の痛みを剣が吸い取っていく。

アスラは無表情のまま、精神を剣に委ねる。


(俺の精神、全部吸って楽にさせてくれ……怒りも、悲しみも、苦しみも、そして絶望も……)


瞳の輝きが淡くなり、世界の色が滲むように消えていく。


アスラがアルティマで自分の首を斬ろうとしたその瞬間――


「アスラー!ダメーー!!」


ルアの声が小さくも鋭く耳に届いた。

次の瞬間、ルアに突き飛ばされ、アスラは土混じりの庭に倒れ込む。


「アスラ何してるの?そんなことしちゃ嫌だよ!」


ルアは泣いている。アスラは慌てて立ち上がり、ルアの元に駆け寄った。


「ルア、ごめん!剣に精神を乗っ取られたみたいだ」


半分嘘で半分本当の答え。


「本当にもう大丈夫なの?嘘じゃない?」


ルアの瞳はまだ涙で潤んでいた。


「約束する!もう大丈夫だ。心配させてごめんな」


アスラはルアの頭をそっと撫でた。


「何かあったら絶対相談するんだよ!」


ルアは少し安心したように頷く。


──その頃、ゼロは不審者に遭遇していた。


普段なら一刺しで決着のつくのだが、今回は異様な緊張感が漂う。


男の出で立ちは普通の戦士ではなく、煤けた細目の鎧をつけ、グレートヘルムをかぶっている。目は鋭く、冷徹な雰囲気を纏っていた。


男は超高速で十回の剣撃を放つ。


ゼロは魔剣エクスで何とか受け止めるが、衝撃は増す一方で、地面の氷が砕け、周囲に霧が立ち込める。


一撃、二撃、三撃……力が増すたびに衝撃で空気が裂け、振動が全身に伝わる。


ゼロは反動を計算しながら攻撃をかわし、男の真上へ跳躍する。


──龍炎息ドラゴンブレス


全身に龍魔力を漲らせ、頭上から燃え盛る炎を放つ。

男は剣でブレスを十字に斬り、劫火の炎は円を描き中心に収束する。


「え?あれってアスラと同じ技じゃない?」


ゼロの体中に龍魔力が満ち、熱と力が渦巻く。


「お前さー、いきなり斬りかかってきて何なんだよ!俺はまだ悪い事してないぞ!」


ゼロの怒気が空気を震わせる。


「……お前は、ドラゴンだな?私はドラゴンを滅する存在。全てのドラゴンを蹂躙する」


男は冷静に片手を掲げる。


第十五階梯神聖魔法

── 神環光アルカナ・ラディウス


円形の神聖光が対象を包み込み、内部の邪悪や魔力を浄化しつつ大ダメージを与える。


ゼロも即座に反撃する。


第十五階梯龍魔法

── 龍神焔りゅうじんえん


龍魔力を媒介に、龍神の焔が対象を焼き尽くす。


両魔法は打ち消し合うどころか、天地を裂く大爆発を起こす。


光と炎が渦を巻き、衝撃波が周囲を吹き飛ばす。

ゼロと男は宙を舞い、土混じりの地面に叩きつけられる。

二人とも全身に深い傷を負い、息が荒くなる。


同時に立ち上がる二人。


「お前はなぜドラゴンを狙うんだ?ドラゴンにも良いドラゴンはいるぞ!」


ゼロは叫ぶ。


「私は古より、龍を狩って来た者。それしか為すべきことは無いのだ」


男は静かに答える。


「……もしかして、お前、龍殺しのジークフリートか?」


ゼロが記憶を辿りながら言った。


「ほう、私の名前を知っているか……」


ジークフリート――龍討伐の伝説的英雄。


巨大な火竜ファフニールを倒し、その血を浴びることで不死身となった古の英雄。

神並みの力を持ち、冷静かつ義理堅い戦士だ。


ゼロが問う。


「そのジークフリートが今度は我を狙うか。だがその先に何がある?我を倒しても平和にはならないぞ」


「この身が朽ち果てるまで、戦うのみ」


ジークフリートは静かに答える。


「いまいちお前が龍を倒したがる理由がわからない!今世は龍より邪悪なものが多くいるぞ!」


ゼロは声を張った。


「龍より邪悪な存在?何だそれは!」


ジークフリートの目が光る。


「……女神アテナだ!奴らは世界を操り、必要があれば、人族も魔族もエルフ、ドワーフ、獣人を容赦なく殺す。何も知らない、幸せに生きている者たちを殺すんだ!」


「……アテナが?愛の神がそのようなことをするとは思えない」


ジークフリートは信じない。


「それなら空にある、ゆっくり回っている輪は何だと考える?

あれはアテナが作った輪廻の輪だ。

その存在がある限り、人も魔も、死してなを救われることはない」


輪の輝きは美しくも冷たく、まるで世界そのものを嘲笑うかのように、静かに空を巡り続けていた。


ジークフリートは久しぶりに思考を巡らせる。


(私は龍を倒す存在……いや本当は違う。

龍のような凶悪な魔物を斬るのが私の使命だったはず……。いつからだ?龍にこだわり始めたのは……

私が本当に求めるものは、悪を斬ることだったはずだ!)


ジークフリートは剣を鞘に収め、ゼロも剣を収める。


「女神アテナの話、詳しく聞かせてもらえないか?」


「それなら今から家に来いよ。仲間がアテナに詳しいから、そこで詳しく話を聞いたらいい」


二人は握手を交わし、家に向かって歩き出す。


――――


家は、アスラの大騒ぎが収まったあと、ようやく静寂を取り戻していた。


アスラはルナに注意されながらも、後ろをつけられている。

トイレの近くに行っても、彼女は黙ってついてくる。まるで守護天使のようだが、その顔は険しい。


そんなとき、家の扉が勢いよく開き、ゼロが帰ってきた。


「ただいまー、帰ったよ!」


ゼロの声は弾み、疲れを忘れたかのように輝いている。だが、その背後に立つ存在を見て、空気が一瞬凍りついた。


――そう、ジークフリートだ。


煤にまみれ、無数の傷跡が刻まれたライトアーマーを身に纏っている。


だが、その背に漂う気迫は圧倒的で、部屋にいる全員の心を震わせた。

誰もが思う――この男こそ、修羅を越えた本物だと。


「友達?」


アスラが訊ねる。


「いや……さっきまで殺し合っていたんだが、どうやら女神アテナに興味があるようでな。それで、こうして戻ってきたというわけだ」


ゼロは笑いながら答えた。


ジークフリートは冷静に答える。

その声は棒読みにも聞こえるが、どこか威圧的だ。


「家まで押し掛けたことを、どうかお許しいただきたい」


アスラはすぐに席を差し出す。


「とりあえず、立ち話もなんだから座りなよ。空いているところに座っていいから」


みんなが席につくと、ルアが白湯を運んできた。

その湯気が立ち上る湯気が、戦場を潜り抜けてきた体を優しく包み込むようだった。


「「ありがとう、ルア」」


アスラは白湯を啜りながら、肩の力を少しだけ抜いた。


「変わった友達がいるんだな、ゼロ」


ゼロも白湯を啜り、笑みをこぼす。


「いや、殺されかけたんだって!」


アスラは目を見張り、ゼロは肩を竦める。

その背後にいるジークフリートの視線は、戦場で見せた鋭さを隠そうともせず、部屋全体に緊張をもたらす。


「それで、女神アテナについての話なのだが……先程の話は本当なのか?私には信じられない。お会いしたことはないが、愛に溢れたお方だと聞いた」


ジークフリートは棒読みのように話す。

だが、その瞳の奥には、わずかな興味が光っていた。


「その前に、俺の名前はゼロだ。で、こっちがアスラ。あの女の子がルア。そしてこの男の名前はジークフリートだ」


アスラの心臓が跳ねた。

聞いたことがある!不死の肉体を持つ龍殺しの英雄――ジークフリート。


「なるほど、あんたがジークフリートか。今も生きているってことは、伝説は本当だったってことだな。それで、龍王ゼログラスに斬りかかったわけか!」


アスラの声には、興奮と好奇心が混ざっている。


「なに!龍王ゼログラスだと!お前は私の一番の標的であったが、どこを探しても見つからなかった。まさかこんなところにいたとは!」


ジークフリートの眼光が鋭くなる。

部屋の空気が、瞬間的に戦場のそれに変わる。


「まあ、そんなに怒るなよ。最近まで神に二千年間封印されてたんだから。ずっと一人だったんだぞ!」


ゼロが肩を竦め、言った。


「封印されていたのか?なぜ封印された?街でも壊したのか?それとも国でも燃やしたのか?」


ジークフリートの声は冷たく、鋭い。


「何もしていない!ただ酒に酔って空を飛び回っていただけだ。

我は守護龍。守護する地を守ることこそ、我が使命だ。

お前は龍のことを理解していない。龍の本来の存在理由は、その守護地を守ることにある」


ゼロの声には揺るがぬ自信がある。


「龍の存在理由はよくわかった。考えを改めよう。だが、何もしていないのに、なぜ封印された?そこには必ず理由があるはずだ!」


アスラが口を開く。


「俺の話を聞いてくれるか?ジークフリート。恐らく、それも関係しているかもしれない」


「まずは、俺とアテナの因縁を話しておく」


アスラは、転生失敗から超重力の時空間での三千年、そしてそこから脱出し、ゼロと出会い、勇者を殺し、ヘラクレスまで倒した経緯を順を追って説明する。


「ヘラクレスを殺ったのか?非常に興味深いどうやったのか今度教えてくれ」


ジークフリートは、グレートヘルムの中の目を見開き、信じられない様子だった。

戦士としての緊張が背筋を走り、声には驚きと興味が混じる。


話はアテナに戻る。


「アテナは世の安定を図るため、いや、神界の安定を図るため、この世に輪廻の輪を創ったと考えている。

要領よく人間から神力を集めるため、人口を増やし、神力が十分になると人口を減らす。

その繰り返しだ。勇者と魔王は利用されているに過ぎない」


アスラが一息つく。


「しかも、死んでも魂は天に登り、再び地上に降りて新しい命に宿る。人族も魔族も、永遠に苦しみから逃れることはできない。目に見えぬ鎖のように、全ての存在は輪廻の輪に縛られるんだ。

だから、俺は女神アテナを斬ってその輪廻を断ち切りたい!」


アスラは一呼吸おく。胸の奥で、長年の怒りと絶望が渦巻く。手には力が入り、拳が微かに震えている。


「そして、何故龍王ゼログラスが封印されたのか?

……それは恐らく、輪廻の輪を壊されるのを防ぐためだ。俺の予想が正しければ、他の守護龍も今もなお封印されている可能性が高い」


アスラがゼロを見据える。彼の目には強い決意と同時に、深い悲しみも宿っている。


「ドラゴンは四大陸に一体ずついて、各大陸を守護している。我以外に残り三体、どこかにまだいるはずだ。

できるだけ解放してあげたい。

彼らもまた、この不条理な輪廻に囚われているんだ」


ゼロの瞳に、かすかな悲しみが宿る。長年の封印がもたらした孤独を思い、深く息を吐いた。


「わかった。それも踏まえて、情報を集めよう」


アスラは微笑み、場の空気を少し和らげた。けれどその瞳には、未来への覚悟と戦いの火が灯っている。


――――


「ところでジークフリートはこれから何すんの?ゼロと再戦すんの?」


アスラが軽く笑みを浮かべながらも、少し険しい声で訊ねる。薄暗い部屋の中、三人の影が壁に揺れ、暖炉の炎がかすかにちらつく。


空気は張り詰め、床の軋む音ひとつですら耳に敏感になるようだった。


「私は……龍を狩る、以外にやることができたようだ」


ジークフリートの声は静かで冷たい。だがどこか鋭さを含んでいて、存在感だけで部屋の空気を凍らせる。


鎧の背中には無数の戦いの傷、手に握る剣の重みと冷たさが、戦士としての強さを物語っていた。


「それならさ、俺たちと一緒に戦ってくれないか?ジークフリート以外に神と戦える人なんていないんだ!

俺たちは三人パーティー、戦力も充分とは言えない。だから頼む!俺たちと一緒に神と戦って欲しいんだ!」


アスラの声には震えるほどの熱がこもる。握る剣先がかすかに炎を反射して光るたび、言葉の重みが部屋の中に落ちていく。決意の粒が、静かに三人の間に積もった。


ジークフリートは一歩踏み出す。深く考える。床に響く金属音や、自分の呼吸のひとつひとつが、部屋の張り詰めた空気を震わせる。


瞳は遠く、天井の梁の向こうを見据えるように揺れ、過去の戦い、孤独、そして宿命をすべて巻き取っていく。


「……その申し出、引き受けよう。だが、私は孤独に囚われておる。それでもよいか?」


その声は重い。孤独の壁を背負った者だけが持つ冷たさと、守るものへの微かな温もりが混ざっている。アスラとゼロは互いに視線を交わし、自然と頷いた。


「大丈夫!みんな孤独を経験してるし気持ちもわかるから」


アスラの言葉に、ゼロも力強く拳を握る。三人の間に、言葉では言い尽くせない絆が芽生え、これからの戦いに向けた覚悟が確かに積み重なった。

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