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二本の剣

ルアは海に来ていた。

魔法を試すためだ。

禁術の魔法陣は、アスラから託されたものだった。


最初は、紙に描かれた魔法陣に左手をのせ、流れる魔力の構成を解析する。

通常の魔法ならば、ルアほどの魔導師にとって理解は一瞬。


しかし禁術ともなれば話は別だ。

その構造はあまりにも膨大で、まるで「理解そのものを拒絶する」かのような抵抗を感じる。


幾何学的な線が幾重にも重なり、魔法陣は生きているように脈動していた。


ルアは額に汗をにじませながら、一つ一つの式を丁寧に読み取り、解読していく。

魔力の流れが、少しずつ、確かに頭の中に形を成していく。


五分後。

彼女の周囲に、静かな魔力の波が走った。


「シュィリウム・ノクス… ラーロク・ティル’ウン・ゼリス… カリム・ヴォス’サール・ニサル!」


ルアは魔法を起動し、右手を海へと突き出す。


第二十階梯魔法禁術

──《ゼク・カリ・ティ》


ルアの魔力が瞬時に底を尽き、体が落ちそうになる。


空気が震え、海が沈黙する。

世界そのものが、息を止めたようだった。


それは、創造と破滅の境界を越える魔法。

術が発動すると同時に、空間そのものが「存在を維持する概念」を失い、

“光”も、“音”も、そして“時間”さえも意味を失っていく。


海面が、蒸発したわけでも凍結したわけでもないのに、跡形もなく消えていた。

波も風も消え失せ、ただ虚無が数十キロに渡って広がる。


ルアはその光景を見つめたまま、吐血し、ゆっくりと崩れ落ちた。


──気絶。


その後も、彼女は同じことを繰り返した。


魔法を打てば、血を吐き、気を失う。

目を覚ませば、再び禁術を放つ。だが、視界が黒くなり落ちていく。

腕の血管からは、血が溢れ、肌がみるみる赤白くなっていった。


気を失う時間は、日を追うごとに短くなっていった。

一ヵ月の間、ルアはただ一人、狂気にも似た修練を続けていた。

だが確実に、彼女は禁術の制御に近づいていた。


──そしてその頃。


アスラとゼロは、ルアに渡す武器を探していた。

目標は神話級、最低でも伝説級。


ゼロが何かを思い出したように顔を上げる。


「あ、そう言えば、龍族に伝わる剣があったな。双剣じゃないけど。」


アスラは少し肩を落とした。


(ん?待てよ……そもそもルアを双剣にしたのは、火力を補うため。今のルアには、その必要はない。)


「なあゼロ、龍族に伝わる剣ってどんな剣なんだ?」


「五千年以上前から存在する、神龍の鱗、骨、牙、爪で作られた幻の龍神剣だ。我も実物は見たことがないが、伝説級を軽く超える代物だぞ。」


「なぜゼロは、その龍神剣を使わなかったんだ?」


「我には魔剣エクスがあったからな。龍神剣には興味がなかったのだ。」


ゼロは遠くを見つめ、少し間を置いて続ける。


「龍神剣は龍魔力がなければ扱えぬ。だが今のルアなら……使いこなせる気がする。」


ゼロは空を仰ぎ、長い息を吐いた。


「それなら、今から取りに行かないか?」


アスラが言うと、ゼロの瞳が鋭く光った。


「んー、どこだったかな~。あ、龍山脈の頂上に刺さっておったような気がする!ちなみに龍山脈の場所は、北東、およそ七千キロだ。」


「七千キロか……ゼロ、ドラゴンの姿に戻って飛んで行けるか?」


「問題ないぞ。我の速度なら、十時間ほどで着くな。」


ゼロの体が淡く輝き、次の瞬間、轟音と共にその姿が変貌する。


筋肉が隆起し、鱗が光を反射し、翼が空を覆った。

そこに現れたのは、まさに龍王。

天を裂くほどの威圧感を放つ存在だった。


アスラは迷いなく背中に乗り、手綱の代わりに鱗を握る。


「猛スピードで行くから、振り落とされないように気をつけるんだぞ!」


ゼロが叫ぶと同時に、巨大な翼が羽ばたいた。

爆音とともに海面が揺れ、二人は夜空を切り裂くように飛び立った。


――――


──十時間後、龍山脈・頂上。


そこは、極寒の地だった。

凍てつく風が肌を切り裂き、視界を奪うほどの吹雪が吹き荒れている。

雪は止むことなく降り注ぎ、岩は氷に覆われ、全てが白に染まっていた。


「ゼ、ゼロ、寒い……」


アスラは歯をガチガチ鳴らしながら震えている。

服装は半袖半ズボン。完全に場違いだ。


ゼロは龍人型に戻り、周囲を慎重に調べ始めた。


「ん~、ないなー、ここじゃないのか?」


「俺がやってみるよ」


アスラは寒さをこらえ、目を閉じる。

周囲に薄く魔力を広げ、精神を研ぎ澄ます。

冷気の中に混じる異質な波動──龍魔力。


アスラは目を開き、雪の中に走り出した。

岩と岩の間に、鈍く光る金属の断片が見えた。

手を伸ばし、掘り出す。そこには、黒く冷たい剣が眠っていた。


「これだな……」


アスラは右手でそれを構えた。

だが、何も感じない。ただの金属の塊のようだ。


アスラは剣をゼロに手渡す。


ゼロが龍魔力を注ぎ込むと、剣は低く唸り、表面にヒビが走った。

瞬間、閃光が弾け、氷の大地を照らす。


剣は砕け散った──かと思うと、黒い鱗で覆われた刀身がその中から姿を現した。

刃はまるで龍の瞳のように光を宿し、凄まじい気配を放っている。


「うむ、これは軽い。ルアでも簡単に振り回せるはずだ」


ゼロが剣を軽く振ると、氷壁が音もなく切り裂かれた。


「次は、実際にルアに使ってもらおう!」


アスラは嬉しそうに頷いた。

二人はすぐに家へ戻り、ルアの帰りを待つ。


──数時間後。


玄関の扉が開き、ルアが現れた。

その瞬間、彼女はふらりと倒れ込んだ。


「ルア!」


アスラが駆け寄る。

ルアの手からは、まだ禁術の魔力がわずかに漏れ出していた。

その瞳には、燃え尽きたような光と、それでもなお戦いを諦めない強い意志が宿っていた。


――――


翌日、アスラとゼロは朝から活動していた。

二人の目的はただ一つ──それぞれの聖剣と魔剣を見つけ出すこと。

おそらく、次の召喚まで残された時間は二ヶ月。

無駄にできる刻など、一瞬たりとも存在しない。


「おはよー」


あくびをしながら、ルアが木造の階段を軽い足取りで降りてきた。

彼女の髪にはまだ寝癖が少し残っている。


「ああ、ルア。おはよう」


アスラは振り返り、微笑んだ。


「おはようルア、体調はどうだ?」


ゼロは心配そうに覗き込む。


「うん、大丈夫!今日も頑張るよ!!」


ルアの声は朝日を浴びて輝くように明るく、その瞳の奥には確かな闘志が宿っていた。

その姿に、アスラもゼロも思わず微笑む。


ゼロが腰に差していた黒い刀を取り出し、ルアの前に差し出した。


「これからは、この剣を使ってみな?神龍の鱗と牙、骨、爪で鍛えた剣だ。龍魔力を流せば、あらゆるものを断ち切る。

ルア、お前の愛剣だ」


名前は──《龍神剣ドラグノア》。


ルアはその漆黒の刃を両手で受け取り、息をのんだ。

刀身は夜の闇のように深く、静かに鼓動するように光を返している。


「これが……私の剣……?」


その瞬間、ルアの心の奥に何かが共鳴した。


「龍魔力、流してみて」


ゼロの言葉に、ルアは小さく頷く。


「龍魔力、解放!」


地を揺らすような風が吹き上がる。

ルアの足元から黒い光が溢れ、刀身がまるで生き物のように脈動し、形を変えていく。

漆黒の金属が螺旋を描くように縮み、ルアの体格に合わせて調整された。

その刹那、龍神剣ドラグノアがルアの手に完全に馴染む。


──契約は成された。


「龍神剣ドラグノア!かわいい!よろしくね!」


ルアは無邪気に笑った。だが、その笑顔の裏には確かな力の気配が宿っていた。

剣もまた、微かに光を放ち、主への忠誠を示すように低く鳴動した。


「ゼロ、アスラ、ありがと!本当に嬉しい!これでもっと強くなれるかな?」


ルアは目を輝かせながら二人を見た。


「ルアはもっともっと強くなれる!俺たち二人がついているからな!」


ゼロが力強く言った。


「魔法も頑張るね!禁術発動時間短縮は順調だよ!今のところ一発が限界だけどね。でも、次は二発、いや三発は撃てるようにしてみせる!」


ルアのその言葉には決意が満ちていた。

禁術──命を削る危険な力。それを扱う者にとって“一発”でも並大抵ではない。


だがルアは、自分を責めるよりも前を見ていた。

龍神剣ドラグノアという新たな力が、彼女の不安を吹き飛ばしてくれたのだ。


「無理はするな。力を得ても、それを制御できなければ意味がない」


アスラの声には静かな重みがあった。


「うん、わかってる!」


ルアは元気よく返事をし、そのまま海辺へと走っていった。

新しい剣を携え、潮風を切り裂くように。


──その背中を、アスラはしばらく見つめていた。


一方のアスラは、時空間で読んだ古書の記憶を探っていた。

あの中には確か、“最強の絶剣”と“最凶の魔剣”の記述があったはずだ。

だが、その内容を思い出そうとしても、記憶の霧がそれを覆い隠す。


ベッドに横たわり、ゆっくりと目を閉じる。

思考を暗闇に沈め、断片を掬い上げるように意識を集中させた。


──絶剣アルティマ。神の息吹と神の槌によって鍛えられた、神話級の聖剣。

ゼロもかつてその存在を語っていた。

記述によれば、氷の中に封印されているという。


そしてもう一つ。


──魔剣ノクス。魔神の血と魔力が混ざり合い、生きるように脈打つ剣。

その封印の地は、海底千メートル。光の届かぬ闇の底。


(氷の中……この世界で最も氷に閉ざされた都市といえば、スズラ。

海底千メートルなら……魔力を海水に流して探るしかないか)


アスラは地図を広げ、指先で位置をなぞった。

都市スズラ──それは先日訪れた龍山脈のさらに北。

近いと言っても、千キロは離れている。


「まず、龍山脈まで転移魔法で移動し、あとは休憩なしで走れば半日……いや、十数時間で着くな。

それに、海から魔力を流してみよう。この際だから、ありったけの魔力を注ぎ込む!」


アスラは立ち上がり、静かに息を整えた。

彼の身体から蒼白い光が立ち昇る。


転移魔法陣が足元に展開され、眩い閃光が部屋を包み込む。


──次の瞬間、アスラの姿は消えていた。


場所は龍山脈。吹き荒ぶ暴風、雪を裂くような冷気。

アスラは足を止めず、一直線に北へ駆け出した。


その走りはもはや人の域を超え、雷光の如く大地を裂く。

空気が爆ぜ、砂塵が舞い、足跡は熱で焦げ付く。


「待っていろ、スズラ……そして、聖剣アルティマ」


その眼には、燃えるような決意が宿っていた。


――――


──都市スズラ


吹き荒ぶ雪が白い壁となって視界を奪う。

肌を刺す冷気の中、アスラは外套を深くかぶり、ひとり雪原を進んでいた。

足元は膝まで埋まる雪、歩くたびに「ぎゅっ」と音を立てる。

ようやく街の門が見えた時、すでに頬の感覚は失われていた。


街の中も例外ではなく、白一色に覆われている。

石畳は凍りつき、行き交う人々は肩をすくめて足早に家へと向かっていた。

アスラは凍える指先を擦りながら、宿屋を探して歩く。


(どうも寒いと気持ちが落ちる……)


雪に耐えながら、ようやく木造の宿屋を見つけた。

扉を開けると、暖炉の熱が頬に触れ、ほっと息が漏れる。

だが、食事を取る気にはなれなかった。

今はそれよりも――情報だ。


アスラは外套の雪を払い、酒場へ向かう。

扉を開けた瞬間、酒と煙草の匂いが混ざった空気が流れ込む。

ざわめきの中に、「空が割れた」「魔王軍が動いた」「勇者が現れた」――そんな言葉が飛び交っていた。


彼はカウンターに腰を下ろし、酒を頼んだ。

グラスを口に運びながら、隣の高齢の男に声をかける。


「すいません、聞きたいことがあるのですが、いいですか?」


「よいぞよいぞ」


おじさんは頬を赤らめ、上機嫌に笑った。


「氷に閉じ込められた剣の話って知っていますか?」


「もちろん知っておるぞ。祠に祀られている聖剣様のことじゃな」


アスラの心が一気に高鳴る。

ずっと探していた“鍵”が、ようやく見つかるかもしれない。


「そう!それです!どうしたら手に入りますか?」


「簡単じゃよ。切って中身を取り出せばいいだけだ。切れればの話だがな」


おじさんは酒をあおりながらニヤついた。


「もしかして……めちゃくちゃ硬いんですか?」


「すーーんごく硬いよ!」


返ってきた答えに、アスラは苦笑した。

その笑みの奥に、闘志の炎が静かに灯る。

おじさんから祠の場所を聞き出すと、深く頭を下げて宿へと戻った。


夜、アスラはベッドに腰掛け、窓の外の雪を眺めた。


「硬くて切れないものを、どうすれば切れるか」


その一点を思考の底で研ぎ澄ます。

誰も成し得なかった“氷の聖剣”の解放――本当に可能なのか。

考えが尽きる頃、彼は静かに瞳を閉じた。


翌朝。

灰色の空の下、アスラは祠へと向かっていた。

雪はさらに深く、踏みしめるたびに足が沈む。

息を吐けば白く散り、指先は凍え、風が頬を斬る。

それでも彼は歩みを止めなかった。


しばらく進むと、雪の中から古びた祠が姿を現した。

中は静寂に包まれ、足音すら反響するほどだ。

道の奥、淡く光る氷の壁が見えた。


その中に――一本の剣が封じられていた。


「……あれが、絶剣アルティマか。綺麗だ。まるで氷そのものの気配を感じる」


アスラは壁に近づき、手で触れる。

冷たいはずの表面から、不気味なほど“冷たくない”感触が伝わった。


(……異質だ。これは氷ではない。氷に似せた何か……!氷だと思って切れば絶対に切れない。切筋も存在しない。ならば、概念そのものを断つしかない。思いつく二通りの方法を試してみよう)


アスラは深呼吸し、剣を抜く。

聖剣ラグナロクに自身の魔力を流し込むと、空気が震えた。

同時に、第十五階梯魔法──炎裂破壊フレアラプチャーを発動。

紅蓮の魔力が剣身を包み、雪の祠が赤く照らされる。

地面が鳴動し、空気が焦げた。


「──阿修羅、解放」


声と同時に、アスラの背後に揺らめく幻影が現れる。

それは彼自身の“力の化身”――狂気の神を宿す姿。

アスラは剣を大きく振りかぶり、全身の力を一点に集めた。

空気が震え、氷の壁が波打つ。

そして――振り下ろす!


轟音。

爆風が祠を飲み込み、雪を吹き飛ばした。

だが――氷の壁は、微動だにしない。


アスラは剣を鞘に戻し、静かに目を閉じた。

力ではない。

切るとは、破壊ではなく理解だ。

耳で風を聴き、匂いを嗅ぎ、氷の“理”を探る。

脳内で何千、何万という切断の軌道を描く。

やがて、ただ一つの答えに辿り着く。


阿修羅一式

── 神鎖断罪アルカ・レクス


使用者の魂と刃を完全に同調させ、世界に刻まれた「秩序の鎖」を断罪する。

それは物理を超え、概念・運命・封印といった“形なき束縛”をも切り裂く究極の剣技。


アスラが低い姿勢から剣を抜き、風を切るように横一文字で優しく斬った。


その刃筋はまるで空気を撫でるほど静かで、音さえ生まれなかった。


だが次の瞬間、空間がわずかに震える。祠の空気が張り詰め、時が止まったかのような静寂が訪れる。


氷の壁は何も変わらぬように見えた――しかし、確かに“世界が鳴いた”。


刹那、氷の表面に光が走る。

細く、鋭く、まるで世界そのものに刻まれた一線のように。

氷の壁に、横一線の光が入った。


アスラは光の中に手を差し入れる。

そして、静かにその剣を引き抜いた。


──《絶剣アルティマ》。

氷に封じられた未知の刃は、ついにその姿を現した。



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