第二話 神隠し編ⅱ
「「神隠し?」」
千聖と天の声が重なった。千聖は訝しげな表情を浮かべ、男は必死に説明を続ける。
「はい、神隠しです!警察にも相談はしました。捜索はしてくれているんですが、おそらく無理でしょう」
男性はそう言って、深くため息をついた。
千聖は、その言葉の裏にある不穏な気配を感じ取り、冷静に尋ねた。
「なぜ、そう思うんです?」
「……私たちの住む地域には、天狗が出るんです」
男性は、まるで告白でもするかのように小声で言った。隣の女性も、怯えたように頷いている。
天が千聖を伺うように見つめる。
「子供の頃は、それが子供である自分たちを守るための、ただの迷信だと思っていたんです。でも、ここ一年ほど前から、子供がいなくなる事件がたびたび起きていて…」
女性は言葉を詰まらせ、泣き出しそうになっている。
「いなくなった数時間後には、ひょっこりと出てくるんです。まるで何事もなかったかのように…でも、今回は…」
男性は言葉を詰まらせ、カバンから一枚の写真を取り出した。
千聖と天は、その写真に写る幼い男の子の姿に目を留めた。にこやかな笑顔の、ごく普通の男の子だ。
「その日の朝、ユウキは家の庭で遊んでいました。私たちは、家の中から見ていたんですが、一瞬目を離した隙に、姿が消えていたんです。鍵のかかった庭から、まるで煙のように…」
「近所の家や、周辺の防犯カメラも調べましたが、どこにもユウキの姿は映っていません。こんなこと、まるで、まるで…」
男性は、苦しそうに顔を歪める。
千聖は静かに立ち上がり、男に尋ねた。
「なぜ、この事務所に?」
「ネットで…神隠しのような怪しい事件を扱ってくれる所を探していたんです。そうしたら、この事務所が、ただの探偵事務所ではない、という書き込みをいくつか見つけて…」
男は言いづらそうに視線を彷徨わせる。
千聖は天に頷いて見せ、言葉を続けた。
「わかりました。御依頼、お引き受けします」
千聖は、依頼を引き受けることを決めた。夫婦は安堵の表情を浮かべ、何度も頭を下げた。
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
「まずは、お二人のお名前を伺っても?」
千聖は静かに尋ねた。
「はい、私は高岡です。高岡ユウヤ。妻がミホです」「高岡さん、ミホさんですね。承知しました」
千聖は頷くと、言葉を続けた。
「ただし、一つ条件があります。これから向かう場所で、何が起きても、絶対に口外しないでください」
二人は戸惑いながらも、頷いた。
千聖は夫婦に自分の車の後をついてくるように伝え、事務所の前に停めていた年季の入った黒のセダンに乗り込んだ。天は助手席に座り、出発を待つ。
「まさか、天狗の村とはね…」
千聖が静かに呟くと、天も真剣な表情で頷いた。
カーナビに依頼人の自宅住所を設定し、車を発進させる。
依頼人夫婦の車が、その後ろを続く。
都市部を抜け、次第に山道へと入っていった。一時間ほど車を走らせると、道の脇に古びた看板が見えてきた。
『ようこそ、天狗の出る村へ』
千聖と天は、看板に書かれた文字を見て顔を見合わせる。これは、ただの迷子事件ではない。千聖は静かにアクセルを踏み込んだ。