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第9話 領地巡り01

 アルディス辺境伯領はザルナの森の一部を擁していた。

 ザルナの森の中には最古の神殿があり、その神殿を守るように魔獣がいる。

 通常は魔獣はザルナの森を出ることはないのに、ここ数年何度も突然のスタンピードをおこしているという。


(そのせいで、こんなに土地が荒れちゃって……)


 今日、私はヴィルとともに領地を回っている。

 馬車の中から見える農地は、どこも少しの場所でだけ作物を育てていて、他の土地は魔獣に踏みにじられたり血を吸ってしまったような色をしていた。


「この馬車は速馬(そくば)ではなく、普通の馬が牽いてるから、そこまで揺れは酷くないかもしれないが」

 

 そう言ってヴィルは、クッションをいくつも持ち込んだ。

 お陰で今日は、ふかふかの乗り心地を確保できている。


「セレナ、この先が領地で一番高い場所にある農地だ」


 ゆっくりと馬車の動きが止まった。

 私の手をヴィルが取り、降りる。

 遠くまで見渡せる青い空。

 地平線の右側には、深い森が見えた。


(きっとあれがザルナの森ね)


 広がる農地は、小高い丘の上から見ても荒れている。


(まずはできるだけ広範囲で、治癒をしていかないと)


 私の聖女としての能力は『治癒』だ。

 そして、その治癒力の効果が及ぶ範囲は限りがない。

 私は地面にしゃがみ込むと、土の中に手を入れた。


(広範囲だから、詠唱が必要かも)


 普段は対象に手を当てるだけで、治癒力は発揮される。

 けれどさすがに領地全域ともなると、手の届く範囲とは言ってられない。


「大地よ。魔獣と戦いで傷ついた大地よ。我が祈りに答えよ」


 言葉を一つ紡ぐ毎に、私の体に熱が籠もる。

 指先から徐々に体全体が光っていくのを感じた。

 

「――回帰回復!」


 最後に叫ぶと、私の触れていた地面から七色の光が広がる。

 青い光、赤い光、紫色の光、黄色の光、いくつものまばゆい色が混ざり合う。

 それがこのアルディス辺境伯領の端から端まで走り、巡っていくのが見える。


「……すごい」


 後ろからそんな声がいくつも漏れるのが聞こえた。


(詠唱すると派手だから、すごそうに感じるのかな)


 手元の土がふかふかになったことを確認すると、手を引き抜く。


「セレナ、手を汚させてしまってすまない」


(それ、ちょっと意味合いが変わりそうなんだけど)


 なんて、言えるわけもない。


「大丈夫ですよ。洗えばいいし」


 人間を治癒するときなんて、こびりついた血や流れ続ける血に触れることもあるのだ。

 地面の土なんて、たいしたことはない。


「セレナは本当に、素晴らしいな」

「たまたま治癒の力があっただけですって」

「いや、セレナの考え方のことだよ」

「へ?」


 間抜けな声を上げてしまった。

 それを聞いて、ヴィルの尻尾がぷるぷると震えていた。


「あの……笑うのは我慢しない方が」

「そうか。俺は今笑うのを我慢してるのか」

「たぶん……?」


 ヴィルは私の言葉に、大きな口をあけて笑い出す。

 馭者や同行してきた騎士たち皆が、びっくりした顔で彼を見た。


(もしや、今まで大口をあけて笑ったことがなかった?)


「いや、すまない。なんだかセレナの返事が、まるで他人事のようでおかしくなってしまった」


 ひとしきり笑った後で、ヴィルは再びスンッと無表情に戻る。


(表情筋の仕事ぶりは、一流ね……)


 これだけ笑ったのに、すぐに無表情になるとは相当な力量を持っているのだろう。


「いいんですよ。楽しいと、面白いと思ったら笑っていきましょう。その方が、人生楽しいじゃないですか!」

「セレナ、抱きしめていいか?」

「私を?」

「ああ。いきなり抱きしめるのはと思って」

「えぇと……。婚約者だし、別にいいのでは」

「では」


 事前に宣言をされると、妙に気恥ずかしくなる。

 ヴィルはゆっくりと両手を広げて、私をその腕の中にいれた。


(夜会後の領地までの馬車では、いきなり横抱きにしたくせに)


 そのアンバランスさに、思わず吹き出しそうになる。


(いけない。こうやって抱きしめられているときには、さすがに笑ったら悪いわよね)


 一応、婚約者と触れ合うときの作法は年上のシスターに、教会で教えて貰っているのだ。

 婚約者に抱きしめられたら、大人しく相手の腕の中に収まっていろ。

 それがシスターが教えてくれたことだった。


(でもこれ、いつまでこうしてればいいのかな)


 じっとしているにしては、ヴィルの腕の中は心地よくて少し眠くなりそう。

 広域治癒を使ったこともあって、私の体力も大分消費していたのかもしれない。


「ヴィル……私もう」

「セレナ?!」


 私はそう言い置くと、そのまま彼の腕の中で意識を遠ざけてしまう。


「セレナ! 大丈夫か?!」


 単に眠りに落ちていくだけの私に、ヴィルの心配する声がぼんやりと聞こえた。

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