第5話 いやまぁそういうわけで
ヴィルレアムの頭の上に、三角形が見える。
しかも先端が灰色がかっている、ふわふわの毛を纏っている三角形だ。
どう見ても――動物の耳に見える。
(お顔の横にも、耳。こっちは人間のと同じ形ね)
思わず彼の頭に手を伸ばそうとして、失礼だと気付く。
「ああ――。家に戻ったから無意識に気が抜けたんだな」
私がヴィルレアムの頭上をまじまじと見ていたからか。彼は笑いながら頭上の耳をピコピコと動かした。
「旦那様。まずはご令嬢をお屋敷に」
「それもそうだな。皆、彼女は俺の妻であるセレナ・シャーシス嬢。聖女殿だ」
渋くてかっこいいおじさまがヴィルレアムに声をかけると、私を抱きかかえたまま紹介をしてくれた。
「あの……どうも。聖女やってます、セレナ・シャーシスです」
横抱きのままだと何を言っても格好つかないけど、とりあえず挨拶をする。
全員が一斉に頭を下げて、礼をしてくれた。
「さっき、妻って言ってませんでした?」
「まぁ婚約者は妻になるから」
「ふぅん。まぁ名称はなんでもいいですが、その分働きますね!」
「いやその……。そんなに気合い入れなくても構わん」
(あ、耳が少しだけぺたりとしてる。なんだか、かわいい)
立派な体躯の男性に対して、かわいいだなんて失礼かもしれないけど、私は思わずそんなことを思ってしまった。
***
落ち着いた色合いのカーテン。
綺麗に活けられた花。
ふかふかのソファ。
ヴィルレアムが私を連れてきてくれた部屋は、そんな落ち着いた場所だった。
出されたお茶をありがたく飲みながら、目の前に座るヴィルレアムを見る。
「先に告げていなくて申し訳なかった」
「えっ?!」
私と目線があった途端、ヴィルレアムが頭を下げた。
「見ての通り、俺は獣人だ。――それも、人間とのハーフ」
多くの獣人は、隣国パステージ獣人国に住んでいる。
もちろん他の国にも獣人は住んでいるけれど、同族が多く住んでいる国に集まるのは当然。
「母親が狼獣人だったんだ。パステージ側の一番こちら側の領地の令嬢で、戦争終結にあたっての政略結婚ってやつだったが、両親は仲が良かった」
(それで王太子が『狼辺境伯』って呼んでたんだ)
ヴィルレアムは申し訳なさそうな声を出す。表情は無表情に近いけど、耳の先端がピコピコと少し動いていた。
「それは良かったです」
「え?」
「閣下のご両親は仲が良いのでしょう? いいことです」
「あ……いやまあそうなんだが。言いたいのはそうじゃなくて」
(この国の一部の貴族には、獣人を見下す人がいる――まぁそういう人たちは、平民も見下してきてたけど)
彼が私に申し訳ないと言うのは、そういうことだろう。
カップに残ったお茶を一気に飲み干し、私はヴィルレアムへと笑いかける。
「大丈夫! 獣人も人間も、いい人はいい人だしクソ野郎はクソ野郎ですよ!」
一瞬、一重の切れ長の瞳を大きく見開いたヴィルレアムは、僅かに微笑む。
残念ながら、すぐに表情筋が元の位置に戻ってしまったけど。
「ありがとう。聖女殿は救いの女神だな」
「女神の遣いみたいなもんですけどね」
(あっ、尻尾!)
無表情に戻ったヴィルレアムなのに、彼の座席の後ろに垂れている尻尾がぶんぶんと左右に振れている。
(さ、触りたい……っ!)
狼獣人というだけあって、尻尾もモフモフした見た目。
(あれは触りたいけど、触ったら変態女と思われるかもしれない)
私の目線に気付いたのか、ヴィルレアムは頭を掻いた。
「聖女殿といると、ついリラックスしてしまうようで……お恥ずかしい」
「いえ! 私といるとリラックスしていただけるなら、本当に嬉しいです!」
新しい雇用主に警戒されていないのは、大事なことだからね。
「もしかして、王城で耳や尻尾を隠していたのは」
「理由は二つだ。一つは、聖女殿もご存じの通り一部の貴族が獣人というだけで下に見てくるから。もう一つは、感情のコントロールをし辛い部位を出しておくと、交渉が上手くいかないから」
ヴィルレアムの言うことはもっともだ。
だから、特に王都や王城に行くときには必ず耳や尻尾をしまっているという。
(あれって出し入れ自由なんだ)
便利だな、なんて思ってしまう。
「俺がハーフじゃなかったら、もう少し耳や尻尾もコントロールできるんだが、どうにも駄目でな」
「隠せるならそれで良くないですか? 向き不向きっていうだけでしょうし」
それに、モフモフは正義だし。
――とは言えない。
「あなたの言葉には、この短時間だけで何度も救われているような気になる」
「あはは。聖女の治癒力で癒やせるのは、物理的なものだけですよ。でも、怪我をしたら私にすぐに言ってくださいね」
「聖女殿は――いや」
そこで言葉を止めると、ヴィルレアムは立ち上がり、私の横に膝をついた。
「俺のことはヴィルと呼んでくれないか? そしてあなたを、セレナと呼ぶ許可が欲しい」
「きょ、許可だなんて! 雇用主さまなんで、いくらでも呼び捨てにしてください」
「雇用主?」
「あ、いえ! 婚約者なんで」
私の言葉に首を傾げるヴィルレアムに、私は慌てて言い直す。
「だからその……ヴィ、ヴィルって、私も呼びますね」




