第39話 王太子の本心
ゆっくりとヴィルの唇が近付き、私のそれに重なる。
(く、唇同士のキスって……初めてじゃない?!)
私の脳内が大暴走している間にも、ヴィルからのキスは止まらない。
何度も繰り返すうちに、だんだん大人のキスに変わっていき――。
初心者の私は、そのまま気を失ってしまった。
***
ヴィルはさすがの体力で、一晩ぐっすり休むと回復しきった。
昨日の貴族議会は、さすがにその場で打ち切られた。
王太子ハロルドは現行犯の殺人罪で捕縛。
余罪は当然、幻獣を素材とした商品の指定購入だ。
「それにしても、どうして私を殺そうとしたのかしら」
あの場で私を殺したところで、証言台の机には幻獣がいるから、聖女殺害と幻獣への害意で、より悪い方へと判決は下るというのに。
「俺には王太子の気持ちは理解できないが、どうしてそうしたかはわかる」
「え……?!」
貴族議会堂の議会室までの通路。
手を繋ぎ歩くヴィルを見上げる。
すっと通った鼻筋に、切れ長の一重の瞳。
私の方を向いて笑う彼は、少しするとやはり無表情に戻っていく。
「セレナの瞳が自分を映さないのなら」
ヴィルが立ち止まり、私を見つめる。
「いっそこの手で殺してしまえば――最期に瞳に映すのは自分の姿だ」
「ヴィ……」
背の高い彼が私の上に影を落とす。
そのまま彼の唇が、私の額に触れた。
「おそらく、王太子はそう思ったんだろうな」
ヴィルの言葉に、私の顔が歪む。
「そんなに私のことを、憎んでいるなんて」
「――そうだな」
彼はそれだけを言うと、私のことをそのまま抱き上げた。
「ヴィルっ! こ、ここは貴族議会堂の中ですよ!」
私を横抱きにすると、そのまま歩き出す。
「でも、どこにセレナを狙うヤツがいるかわからないし」
「いませんって! それに」
彼の耳元に、顔を近付ける。
「ヴィルが護ってくれるんでしょ」
そうして彼を見れば、ヴィルの口の端がムズムズと動いているのが見えた。
(耳や尻尾が出てなくても、一見無表情に見えたとしても、彼はこんなに表情豊か)
さすがに議会室への入室のときには降ろして貰い、彼のエスコートで中に入る。
昨日と同じようにジティスタ公爵が議長を務め、今日は主に王太子とローレア侯爵家の証言を確認する時間となった。
(昨日辺境伯領騎士団が連れてきた男たちの尋問は、夜を徹して行ったみたいね)
そこから得た証言と、私たちが提出している資料、それに昨日の凶行。
全てを合わせて、世界法とこの国の法律に沿って審判は下る。
粛々と行われるその審問に、王太子もローレア侯爵家の面々も諦めの色が見えた。
――たとえ王族といえど、世界法からは逃げられない。
「ハロルド・エルタード王太子殿下。何故セレナ辺境伯夫人を、聖女セレナを襲ったのですか」
ジティスタ公爵がそう問うと、ずっと俯いていたハロルドがゆったりと顔をあげた。
その表情は不気味な笑みを浮かべ、まるでこの世界を見ていないようだ。
「セレナが僕を愛しているって、いつまでも認めないからだよ。そんな強情なセレナには、躾をしないといけないからね」
背中に汗が伝う。
ハロルドは一体いつから、こんなに狂っていたのだろうか。
「どうしてあんなに違うと言ってるのに、私が彼を愛しているということになってるの」
その呟きが聞こえたのか。
ハロルドがこちらを見る。
「セレナは僕を愛しているよ。だって、僕が彼女を愛しているんだから」
(どういうこと……? ハロルドが私を愛している?)
隣に座るヴィルの手を掴むと、彼は私の肩を抱き寄せてくれた。
「狂っていたからといって、自分が愛している相手に何をしてもいいわけじゃない」
「狼辺境伯……! お前があの日! あの夜会でセレナを連れ去らなければ!」
ヴィルの言葉に、地獄の使者のような形相で唾を吐きながら叫ぶハロルドに、私の脳内が真っ赤に染まる。
「いい加減にしてちょうだい!」
立ち上がり、ハロルドを睨む。
「あんたの愛に、何の価値があるっていうの」
「セレナ……? 何を言ってる」
何度も同じことを伝えていて、今ようやく耳に届いたのか。
ハロルドを見ているだけで、気持ちが悪くなる。
「ジティスタ公爵閣下。彼の話をいくら聞いても意味がないと思いますので、客観的な証拠で判決をお願いします」
私の言葉に公爵は同意し、法令書を開いた。
この案件に、これ以上判決に迷う事由などない。
ジティスタ公爵の口が開く。
「ハロルド・エルタードに判決を下す」




